「ドッテテドッテテ、ドッテテド
でんしんばしらのぐんたいの
その名せかいにとどろけり。」
と叫びました。
そのとき、線路の遠くに、小さな赤い二つの火が見えました。するとじいさんはまるであわててしまいました。
「あ、いかん、汽車がきた。誰かに見附かったら大へんだ。もう進軍をやめなくちゃいかん。」
じいさんは片手を高くあげて、でんしんばしらの列の方を向いて叫びました。
「全軍、かたまれい、おいっ。」
でんしんばしらはみんな、ぴったりとまって、すっかりふだんのとおりになりました。軍歌はただのぐゎあんぐゎあんといううなりに変ってしまいました。
汽車がごうとやってきました。汽缶車の石炭はまっ赤に燃えて、そのまえで火夫は足をふんばって、まっ黒に立っていました。
ところが客車の窓がみんなまっくらでした。するとじいさんがいきなり、
「おや、電燈が消えてるな。こいつはしまった。けしからん。」と云いながらまるで兎のようにせ中をまんまるにして走っている列車の下へもぐり込みました。
「あぶない。」と恭一がとめようとしたとき、客車の窓がぱっと明るくなって、一人の小さな子が手をあげて
「あかるくなった、わあい。」と叫んで行きました。
でんしんばしらはしずかにうなり、シグナルはがたりとあがって、月はまたうろこ雲のなかにはいりました。
そして汽車は、もう停車場へ着いたようでした。
――宮澤賢治「月夜のでんしんばしら」