青い鳥の世界へ

人として厳しい中で生きていかなければならない中、少しでも良い世界になったら。そして、より明るく、清らかに、暖かく。

「男女平等」同権の魔性 (上)

2011年01月25日 | 人生設計

民主主義は「基本的人権」を以って、成っている。
この「基本的人権」とは、「自由と平等」である。

「平等」は、「男女平等」を詠い、且つ「男女同権」も建て前となしている。
だが、この「男女平等」と「男女同権」により、男子の男子たる本性性と本質性、女子の本性性と本質性が損なわれてゆき、喪失
していっている。
これは、男子の役割としての本性と本質が失われていき、女子の役割としての本性と本質が失われていくという事となる。
言ってみれば、「男女平等、同権」意識を前面に押し出すことにより、突然変異を起こしたという事ができる。
それはまた、この事によって男子や女子の本性と本質に「自発的対称性の破れ」が生じたとも、言う事ができる。

「男女平等、同権」により、何故突然変異や「自発的対称性の破れ」が生じたかというと、それは「思いやり」が欠落していった事による。
「思いやり」が欠落していった事により、「労わり、ねぎらい、感謝、慈しみ(愛)」などの敬愛心が廃れていく。
敬愛心が廃れていくけれども、「願望、欲望、金銭欲、権力志向、拡大拡張志向」は増大する。この増大には、教育の高学歴志向に「科学技術の発展」が拍車をかける。
こうした「敬愛心が廃れ」て行くとともに、人は「豊かに、楽しく、楽(快適、便利)」ばかりを追い求め、その事が一層「男女平等、同権」の魔性性を際立たせていく。

「男女平等、同権」が無くとも、思いやりを持った男子き男子なりの役割としての本性性と本質性に生き
女子は女子なりの役割としての本性性と本志津性に生きてゆくならば、「児童虐待、親権放棄、老親虐待」などや、諸々の争い事は起きないだろうに・・・・・。

コメント
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