令和5年9月3日(日)
お早うございます。
78年前の1945年9月3日の出来事
英国人記者ウィルフレッド・バーチェットが広島の惨状を取材し「No More Hiroshima」と打電。
1940年、ジャーナリストとしての最初の活動をになう。
フリージャーナリストとして、ヴィシー政権下のニューカレドニアでの反乱のリポートが、ロンドンの『デイリー・エクスプレス』紙に掲載される。
第二次世界大戦中は、ビルマや中国で報道活動に従事する。
また、太平洋戦争でのアメリカ軍の反攻も、リポートしている。
GHQの報道規制があったにもかかわらず、1945年9月3日、原爆投下から1か月を経ていない広島市を訪問し、その惨状を「ノー・モア・ヒロシマ (No more Hirosima)」という言葉とともに世界に打電した。
1945年9月5日、デイリー・エクスプレス紙でまとまった記事「原子の伝染病」(The Atomic Plague)が掲載され、被害の重大さ、放射能の恐ろしさが取り上げられている。
その直後、アメリカの『ニューヨーク・タイムズ』紙は、「広島に放射能はもうない」として、バーチェットを左翼の扇動者とする記事を掲載した。
日本においては、広島の惨状を世界に伝えたバーチェットの業績が、高く評価されている。
今日は、新型コロナワクチンレポート 秋開始接種特別号を紹介いたします。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6b/6a/75acd9587609fd1e0fc1fa1ed3ae5c24.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/79/21/9faf5b44378af38d049ebd72270716e8.jpg)
お早うございます。
78年前の1945年9月3日の出来事
英国人記者ウィルフレッド・バーチェットが広島の惨状を取材し「No More Hiroshima」と打電。
1940年、ジャーナリストとしての最初の活動をになう。
フリージャーナリストとして、ヴィシー政権下のニューカレドニアでの反乱のリポートが、ロンドンの『デイリー・エクスプレス』紙に掲載される。
第二次世界大戦中は、ビルマや中国で報道活動に従事する。
また、太平洋戦争でのアメリカ軍の反攻も、リポートしている。
GHQの報道規制があったにもかかわらず、1945年9月3日、原爆投下から1か月を経ていない広島市を訪問し、その惨状を「ノー・モア・ヒロシマ (No more Hirosima)」という言葉とともに世界に打電した。
1945年9月5日、デイリー・エクスプレス紙でまとまった記事「原子の伝染病」(The Atomic Plague)が掲載され、被害の重大さ、放射能の恐ろしさが取り上げられている。
その直後、アメリカの『ニューヨーク・タイムズ』紙は、「広島に放射能はもうない」として、バーチェットを左翼の扇動者とする記事を掲載した。
日本においては、広島の惨状を世界に伝えたバーチェットの業績が、高く評価されている。
今日は、新型コロナワクチンレポート 秋開始接種特別号を紹介いたします。
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