冷艶素香

現ES21がいろんな人達から愛されていたり、割れ顎の堅物侍を巡って、藤と金の人外魔境神未満ズが火花を散らしたりしてます。

珠玉 6

2007年07月15日 | 珠玉
「進、進、聞いたか!? 泥門、降伏したって……!!!」
「……知っている」

いつもと変わらぬ静かな表情、そして落ち着いた低い声音。今や名実共に、
ホワイトナイツ随一の騎士にして、王城最強を謳われる身となった進清十郎
ではあったが、当の本人はといえば、「自分は未だそのような栄誉に相応し
い人間ではない」と、頑なに事実を否定し続けていた。

そして実力に裏打ちされた自身の名声に驕ることなく、彼はその日もホワイ
トナイツの鍛錬場に一人残り──本日の全体演習は既に終了、また騎士団
員の各自の特質に合わせて課せられる、個人鍛練の時間帯も疾うに過ぎた
この時刻、役目のある者たちを除いては、大部分の騎士たちは皆、大抵、自
由時間を過ごしているのだが──、黙々と愛用の斬馬刀で素振りをしていた。

両手で一振り、片手で一振り、鋭い一閃が繰り返される度、ヴォォン!と凄ま
じい豪風が起こる。その音はまるで、多大な雑念を必死で振り払おうとする人
間が、腹の底から出す、苦痛の唸り声のようにも聞こえた。

「おっまえ、心配じゃないのかよ!? 瀬那君もいるんだよ!?」

桜庭春人は、温和な性格の彼にしては珍しく、声を荒げた。自分たちホワイト
ナイツとの顔見知りも含まれる、隣国の良き友人たちが現在置かれている危
機的状況に対して、落ち着きを通り越し、冷淡とすら言えるこの進の反応は一
体、どうしたことか。冷徹ではあっても、冷酷無情な男ではなかった筈なのに。

(どうしたってんだよ、いつもあんなに瀬那君のこと気にかけてたじゃん)

紆余曲折を経て、ようやく本当の親友になれたと思っていたのに、そう思って
いたのは自分だけだったのか。親友の中に未だ残されていた未知の領域が、
桜庭には手酷い裏切りに感じられた。友ならば、互いの内心のすべてを相手
に曝け出すべきだなどというのは、単なる理想主義であり、そして今、それを
進に対して求めるのは自分の傲慢に過ぎないと分かってはいるのだが、それ
でも目の前の寡黙な“親友”に対し、桜庭はこれまで彼と一緒に過ごしてきた
中で、初めての失望を感じていた。

確かに、騎士見習いの頃より育まれてきた友情はしかし時として、危うい橋
を渡りかけたこともあった。主に桜庭が一方的に、進のその圧倒的なまでの
強さ──精神的なものも含めた、本当の意味に於いてのそれ──に対して、
羨望や嫉妬が複雑に混ざり合った微妙な感情を向け続けた結果だったのだ
が、最終的にはそれを向上心、克己心といったものに昇華した彼は、自分を
成長させる起爆剤となってくれた進を、今では、以前にも増して、かけがえの
無い友と見なすようになっていた。

進の方はといえば、桜庭に対して特にこれといった蟠りを抱いたことは一度
も無く、二人の仲がぎごちなくなった時でさえ、進の態度は、それまでと何ら
変わるところは無かった。それどころかむしろ、己を理解してくれる数少ない
貴重な友人たちの中にあっては、隣国泥門のある俊足の少年を別とすれば
──彼に対する感情は、“友情”と呼ぶにはどこか、違和感を覚えるものだっ
──、進は桜庭を、他より一等抜きん出た所に位置付けていたくらいであ
る。人付合いの苦手な自分が、先述の少年とどうにか交流を深められるよう
になったのは、桜庭の助言に負う所が多く、脚が速いという共通点だけでは
どうにもならなかっただろうと、今でも感謝しているくらいである。

多少、神経の細い所はあったが、“国一番の美男子”として数多の女性(にょ
しょう)に持て囃されていた頃から、決して驕り高ぶること無く、それどころか、
己がホワイトナイツに入団出来たのは自身の努力に非ず、容貌による名声ゆ
えかと、絶えず気に病んでいた彼(顔の造作なんぞ、戦いの場では何の意味
も持たぬであろうし、第一そんなものを入団条件にしていたのなら、俺は矛盾
した存在であり、そもそも、ホワイトナイツの勇名の長きに渡る存続が難しくな
っていたと思うのだが)。

だが、その懊悩も、何がきっかけとなったのかは知らないが、ある時を境に
吹っ切れたようで、それからの桜庭はひたむきに騎士としての修行に励んで、
メキメキと頭角を現すようになり、その実力は努力にどんどん正比例していっ
た(俺も、もっともっと精進しなければ)。しかしだからといって、彼のその人当
たりの良さが失われることはなく、良識家なのも相変わらずであった。

長きに渡り苦楽を共にしてきたホワイトナイツの仲間として、また、世事に疎く、
細かい物事を大の苦手とする進の、常識指南役兼歯止め役として、桜庭春人
が進清十郎の人生に欠かせぬ人物であるとは、進自身も含めて、誰しもが認
めるところであった。しかし──

「まったく……今度という今度こそは、お前って人間が本当に分からなくなっ
たよ!」

生来の優しげな雰囲気も、常日頃の朗らかな笑顔──特に小さき者たちに
向けられていることが多い──も、今の桜庭からはその片鱗すら見出すこと
は出来なかった。

「……お前は王城ホワイトナイツの騎士なのか、それとも泥門の民なのか?
政事(まつりごと)は我々武人がとやかく口を出すべきものではない、まして
──

ましてや、己が属する国のことでなければ、尚更だ。

淡々としていながらも、最後の方で微かに感じ取れた苦渋と痛切の響きに、
ようやく桜庭も落ち着きを取り戻す。

──ごめん、キツイ言い方して悪かったよ」
「気にしていない」

そうして二人の間に沈黙が流れる。周囲の物音の大部分は桜庭の意識から
自動的に遮断され、彼には進の荒い呼吸と素振りの音だけが、やけに大きく
聞こえた。

(……俺、馬鹿? そりゃ確かに進は時々、石像か何かと勘違いしたくなるよ
うな朴念仁だけど──“あの子”に向けられてたあいつの視線は、いつだって、
あれ以上は絶対に無いだろうってくらい、優しくて、愛おしげで、人間味に溢れ
たものだったのに。進の内面は俺なんかよりもずっとずっと、グチャグチャに混
乱してるんだ。王城の騎士としての誇りと立場、そして、瀬那君への想いの間
[はざま]で……)

“Glory on the kingdom!”

国を統べる国王は確かに存在するが、ホワイトナイツの騎士たちが忠誠を誓う
のは、王城国という“国家”と、その国民に対してのみである。国土と民、双方
の繁栄と幸福を死守するという義務を負う彼らは、決して私情に流されてはな
らない。何よりもまず、その責務を全うすることが求められるのだ。一度入団す
れば死ぬまで脱退は認められず、所帯を持つことも許されないのは、彼らの責
任の重大さを象徴する一端であった。
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民衆を中心として構成された義勇軍の、予想外の善戦により、一時は巨深
族の侵攻を撃退出来るかと思われた泥門王国。その戦いの行方は、既に
巨深の猛攻の前に屈して、彼らの支配を受け入れた国々に於いても、いず
れ自国が同様の道を辿るのも時間の問題かと、戦々恐々としていた残り少
ない国々に於いても(何しろ、自分たちの住む島々を取り囲む“海”を、一番
よく知っているのは彼ら、巨深族なのだから!)、厳重な鎖国体制によって、
情報の伝わってこない神龍寺を除いては、大国の西部と王城ですら、興味
津々に噂されていた。だが、噂の的であった泥門の、国家的規模且つ民衆
水準での奮戦はしかし、最終的には報われることなく──その決着は、双
方の勇猛果敢な戦士たちの命を賭した戦いの勝敗に非ず、人の心の闇より
生まれ出でた謀略によって、つけられたのだった。

(友好を求める巨深使節団に対し、私利私欲を貪らんと、朝廷の許可無く刃
を向け、王国を揺るがせし叛徒どもに告ぐ! 即刻武器を捨て、潔く法の裁
きを受けるべし! 盟友たる巨深軍の諸君らはこれなる賊軍を討ち果せし後、
泥門城への御出でを願う!)


泥門王国の国旗と、降伏と同意義の白い休戦旗を左右に靡かせて、金ぴか
の衣装に身を包んだ、大層血色の良い、肥満気味の男が一人、突如として、
甲高く耳障りな叫び声を上げながら戦場を駆け抜けていった──つやつやと
した毛並みの上に見事な馬具を付けた、義勇軍の厩舎では絶対にお目にか
かれないような、元気の良い馬に跨って。

ヴワァァァ──!!!

もともと巨深軍が押していたこともあって、それを機に、彼らはなだれを打つか
のような勢いで泥門軍の掃討を開始した。予想外の出来事に総崩れとなって
しまった泥門義勇軍の約半数近くは、そうして討ち取られるか、或いは空隙を
ついて捕虜とされてしまい、英雄“アイシールド21”を始め、命からがら落ち延
びることの出来た者たちとて、その心身に負った傷の大きさ、深さ、そして量は、
計り知れないほどのものだった。
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「終わっちゃったね……」
「ああ、終わっちまった……」
「グス、グス……終わっちゃったぁぁぁ……」
「フゴォォォ……」
「「「ハァァァ……」」」
「アリエナィィィ……」

似たような慨嘆、哀号が各処から、途切れること無く細波のようになく聞こえ
てくる。初めの頃には怒涛のように叫ばれていた激しい憤怒も、やがては深
い疲労のせいもあり、徐々に消えていった。

命を賭して戦い、多大な犠牲を払い続けながら、愛する祖国と愛する者たち
を守ろうと奮戦した結果、“叛徒”、“賊軍”、“ならず者の集団”などと言う汚
名を着せられようとは! 

義勇軍の兵力も補給物資も既に底を突いており、何より彼らは、国の行く末
に対し、自分たちよりも遥かに重大な責任を負っていた筈の上つ方によって
“売られた”という屈辱、憤激、絶望のあまり、戦意はおろか、生きようとする
気力さえ失いかけていた。

重く沈みきった空気の中、嘆いても最早どうにもならぬことと分かってはいて
も、瀬那は思い返しては、後悔せずにいられなかった。

(あの時、もし僕が……あの大きな巨深の人を、討ち取れていたら……)

あの時、一度は確かに死を覚悟した瀬那だった。大鎌の代わりに剣を振り翳
した蒼い死神の、冬の海の色をした冷たい瞳が、最後の最後に放った光には
多少、不可解なものがあったが、死ねば何もかも意味を成さなくなると思考を
放棄し、せめて最期はと、白亜の騎士に再び想いを馳せたあの時──
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終戦と事実上の降伏を叫びながら、尚且つ抜け目無く新たな支配者たちに
媚を売る耳障りな声と、早馬の嘶き、そして蹄が地面を蹴りつける激しい音
はだがしかし、あの時の自分の“心”はさておき、この世を離れる寸前の状
況にあった肉体にとっては、確かに救いとなった。

突然の異常事態に、戦場に流れていた時間が等しく止まった一瞬から、刹
那の差ではあったが、いち早く意識を取り戻したのは瀬那だった。彼に覆い
かぶさっていた──見ようによっては瀬那を、この日の雨だけでなく、あらゆ
る意味で“冷たい”、過酷な現世から保護しているようにも見えたかもしれな
──、“死”の蒼き化身すら、一体全体、何が起きたのかと混乱したようで、
瀬那の小柄な身体を地面に縫い付けていたその屈強な力が一瞬、緩んだ。
瀬那にとっては、その一瞬だけで十分だった。

ガッッ!

「!?」

巨深の戦士たちが身に着ける鎧は、機動性を重視して作られた軽装備のも
のが殆どである。彼らは、自分たちの巨躯の頑強さに自信を持っているから
だ。しかし今日この日のカケイにとっては、それが逆に裏目に出てしまった。
瀬那は普段こそ、無駄に痛めてはならじと使わないが、光速の速さを持つ両
脚の筋力はその実、腕力の非力さを補って余りあるものなのである。膝蹴り
を食らった鳩尾の痛みに、カケイが顔を顰めた時にはもう既に、小鳥はカケイ
という名の鳥籠から飛び立っていた。

「待っ……」

戦士としての本能と経験から、あの速さには追いつけないと分かってはいた
が、カケイがそれでもなお、手を必死になって伸ばしたのは、相手の首級を
求めてのことではなく、先程の琥珀色の瞳の中に垣間見えた哀しみの理由
に、ひどく興味をそそられたからだった。

太古の動植物でも昆虫でもない、その内包物──瞳の奥にあった不鮮明な、
自分ではなかった人影。あれは一体、誰だったのだろう? 

アイシールド21の生殺与奪の権を己の手中に収めていたあの一時、奴の全
世界は当然、この自分一人だけであるべきだったのに。

実質上の、嫉妬だった。
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「さささ、巨深の皆々様は上座へ、上座へ……」
「すぐに戦勝を寿ぐ祝い酒をお持ち致します故……これ、女官ども、早う
せぬか!」
「いやいや、近頃国内を荒らし回っておった盗賊ども、何しろ人数が多過
ぎる上に、下賤の者どもが何を勘違いしおったか、“救国の軍隊”なんぞ
と抜かしよりましてな……」
「賊に協力する輩が後を絶たず、ほんに手を焼いておったのです」
「なれど、巨深の勇者さま方が……」
「こうして再び、平和をもたらして下さった」
「実に有難いことで御座いますなあ」
「丁度、我が国は先王崩御から間も無く、加えて暴れ者の皇太子はまた
もや流浪の旅路にあり……」
「あの皇太子が戻ってきたところで、国は再び乱れるだけじゃろうて」
「如何であろう、巨深族にこの国を治めてもらうというのは?」
「おお、それは良い!」
「妙案じゃ!」
「はて、一族を統べておられる御方はどなたか……」
「我ら忠君愛国の人士たち、粉骨砕身の覚悟でお仕え致しましょうぞ……」

権力と贅沢の腐臭にまみれた、阿諛追従の嵐。ようやく泥門城を手にした
カケイを始め、巨深族の面々ではあったが、彼らは自力で得た訳ではない
勝利の喜びなど、露ほども感じていなかった。むしろ攻略に苦労し、汗と血
と泥にまみれながらも、無限の可能性を秘めた未来を目指し、脇目も振らず
に邁進していた頃の方が、彼らにとっては遥かに充実して時間だっただろう。

高い身分と、それに相応しい待遇を与えられていたにもかかわらず、長きに
渡って地位に伴う責任を放棄し続けてきたばかりか、今度は自国民を敵方
の自分たちに売り渡してまで、甘い汁を吸い続けようとする、羞恥心の欠片
も無い“貴顕”たちの厚顔無恥な態度には、巨深の誰しもが吐き気を催して
いた。人の好いあのコバンザメですら両眉を急角度に吊り上げ、顔を顰めて
いる。彼の智略と武勇の程はさておき、一族の中心であるという自覚と、責
任感に関しては、コバンザメはそれなりにしっかりしたものを持っており、だか
らこそ一族の誰からも慕われているのだ。

(((((((気色悪い……)))))))

下卑た愛想笑いを浮かべ、揉み手をしながら、「何か役に立てることは無い
か(新たな地位と役得をくれ)」と、彼ら“だけ”が誇る由緒正しい血統とやら
いうもの以外には──それですら特に有用な使い道がある訳ではなかった
──、何の取り得も無いくせに、せわしなく自分たちを売り込んでくる売国・
棄民の恥知らずどもに対し、カケイは窓の外を見遣りながら、氷よりも冷たく、
だが内心には炎よりも熱い怒りを燃やしながら、「では早速一つ、頼みたい
ことがある」と言った。

「はは、何なりと……」
「目障りだ、滅えてくれ(きえてくれ)」

カケイの言葉が終わるか終わらぬかの内に、察しの良い巨深のつわものた
ちの、それぞれの得物が唸りを上げた。

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