冷艶素香

現ES21がいろんな人達から愛されていたり、割れ顎の堅物侍を巡って、藤と金の人外魔境神未満ズが火花を散らしたりしてます。

大奥 進典侍編その①

2007年11月04日 | 大奥(進×瀬那)
万葉の昔には、“花”と言えば桜よりも、それのことを指していた花木
の下で、“彼”は嬉しそうに笑っていた。

(進さん)

※東風(こち)が吹いて来、辺り一面に清雅な香りが立ち籠める。

(進さん)

薄桃色の※紬(つむぎ)の紋様は氷梅(こおりうめ)。ひび割れた幾つ
もの氷柱(ひょうちゅう)、その割れ目に清楚な白梅の花と、その可憐
な花びらが、ひらり、ひらりと舞っている。

周囲に対する礼を失してさえいなければ良いと、己が身にまとうもの
にすら、さほど注意を払ったことの無かった自分が、“彼”を想い、“彼”
のため、初めて熱心に見立てた着物。

(ねぇ進さん、約束しませんか?)
(約束?)
(この庭の梅が咲いたら、花が散る前に必ず一度は二人っきりで、
お花見をしようって」
(花見がしたいのならば、桜の季節の方が良いのではないか?)
(そういう意味じゃなくてですね……その、進さんのお家のこの御
庭で……進さんと、二人で見るってことが重要なんですっ……!)


頬を着物の地色よりやや濃い色合いに染め、少し怒ったように両
腕を振り回して、懸命に自分の言わんとするところを説明しようと
する“彼”。その微笑ましい動きに合わせ、庭の古木から舞い降り
てくる本物か、はたまた繊維と氷の間(はざま)に漂う偽物か、白
い花びらがふわふわと“彼”の周囲を飛び交う。

この※風待草(かぜまちぐさ)はどうやら、春を待ちながらジッと寒
さに耐え続けるだけということに我慢出来ず、自らが起こした風で、
麗らかな季節を呼ぼうとするらしかった。

楚々として控えめではあるが、同時にまた、世にも貴なる香りを伴
い、全身全霊で自分にぶつかってきては、“春”の訪れはまもなく
だと何度も告げてくる、この世の誰よりも愛おしい存在。

骨抜きどころか、骨さえも蕩かされたか……?
だが、構うものか。
近く、自分たち二人は正式に番(つがい)となる。※鴛鴦(えんおう)
が仲睦まじきことに、何の差障りあろうか。

(よかろう、約束しよう)
(えっ……ほ、本当に?)
(お前からそう提案してきたのではないか)
(いや、それは確かにそうなんですけど……)


まさかホントに承諾してもらえるとは思ってなくて、子どもじみたこと
言うんじゃないって、怒られるかなって……と、己(おの)が両人差
し指を突き合わせながら、恥ずかしげに呟いていた“彼”。

ああ、今この瞬間、時よ止まれ。
後生だ
お前は何と美しいことか。
そして何と残酷なことか、やはり止まってはくれぬのだな

後はいつもと同じ展開。

突如として、誰とも知れぬ哄笑が庭中に響き渡る。同時に、今まで
自分を──この、自分だけを見上げながら、喜びに照り輝いていた
“彼”の顔から、喜色と血の気がサッと失せ、一瞬にして紙のように
白くなったかと思うと、その小さな身体はドサリと地面に崩れ落ちる。

自分は慌てて“彼”を抱き起こそうとするのだが、まるで金縛りに遭
ったかのように、身体の自由が効かない。

瀬那!

必死に叫ぶも、己の呼び声で“彼”が目を覚ますことは終ぞ無く、気
が付けばその身からは氷梅を始め、ありふれた※丸ぐけ帯締め──
もっとも、帯留には翡翠で鶯(うぐいす)をかたどった逸品を選んであ
ったのだが──によって結び押さえられていた、※白縮緬の無地の
帯も、同じく雪白の足袋も、綿帽子も、何もかも残らずすべて剥ぎ取
られ、そして瞬時に手の込んだ男物──それこそ、将軍が着ていて
もおかしくないほどに豪奢なもの──に着せ替えられていた。

雪や梅とは違う、不吉なまでに病的な白さを持つ二本の手が、愛し
い者を攫ってゆくのを、ただ見ていることしか出来ない、この苦しさ。

(破談!? 一体どういうことだ!?)
(やめろ、進!)
(ここは抑えるんだ!)
(死別だろうが訳有りの生別だろうが、祝言挙げてから出戻ってくる
奴なんて昔から掃いて捨てるほどいたんだ、将軍家だって例外じゃ
ねぇ。ましてやテメェらなら、全然問題無ぇだろが。それとも何か、家、
取り潰されてえのか?)
(卑劣な……!)
(それに、糞チビの了承ならちゃあんと取り付けてあんだぜ?)
(戯けた[たわけた]ことを……仮にそうであったとしても、どうせお前
が脅迫したのだろう!)
(ケケッ、さてなぁ~?)


ツ……ポタリ

空中にまた、別の手が現れる。※犀利(さいり)且つ艶麗なその細い
爪は、“彼”の柔らかな頬に、消えないようにと想いを込めて、冷酷な
三日月を描く。滴り落ちた赤い液体が、徐々に雪中に染み込んでゆき、
やがて※雪の下紅梅となる。

寒冷厳しいこの季節、ほぼすべての花がなす術も無く枯れ果てるこの
時期に唯一、凛として咲き誇っていた白梅。だがそれも、愛撫してくれ
る小さな手があればこそ。簡素であるが故に※完美(かんび)であった
庭に一滴落とされた、禍々しい※朱墨(しゅずみ)が、ジワジワと周囲
の清らかな空気を侵蝕してゆく。

やめろ!

怒りが呪縛を凌駕したのか、よろけながらもやっとの思いで雪中に片
足を踏み出した。するとその刹那、紅梅の熱に溶かされたのか、急激
な勢いで雪が溶け出したかと思うと、たちまち辺り一面に雪解け水が
満ち満ちてゆく。その眺めはさながら──

海のよう
波打つ水が、己の歩みを阻む。

邪魔をするな!

だが、もがけばもがくほど、水は更に強い勢いで絡み付いてくる。そう
こうしている間にも、“彼”を抱く白い腕との距離はどんどん開いてゆき
──

スゥ……

近寄ってきた紫
の※瑞雲(ずいうん)に、手の形をした異形二匹の内、
最初に出てきた方の妖(あやかし)が、後に出てきた方を払い除けて、
“彼”を預けた。

雲が空の彼方へ飛び去り、芥子粒ほどの大きさになって、やがて消
えたのを見届けると、手の形をした妖たちも、不思議な海水も、すべ
てが消え去り、そうして冬枯れの景色の中に残されたのは自分だけ。

(初めまして、瀬那と言います……)
(からかっているのか!?)


まるで初対面の人間に対するような、オドオドとしてぎごちない態度。
自分に“固定”されておらず、別の誰かを求め、哀しげに彷徨う、潤ん
だ琥珀色の視線。

生まれて初めて知った、“哀しい”という感情。武士(もののふ)は滅
多なことでは涙を流してはならぬと、幼き頃より叩き込まれてきたと
いうのに。
                     ・
                     ・
                     ・
(……夢、か……また、昔の……)

はらりと頬を掠めた、冷たい感触はどうやら、風でこの部屋に吹き込
んできた、今年の初雪らしい。

(もうそんな季節か……)

この自分がうたた寝とは珍しいことだと、これまた滅多に無いことに、
いつの間にか脇息に寄り掛かっていた右半身を起こすと、進典侍は
音も無くスッと立ち上がった。衣擦れの音どころか、足音さえ立てな
い独特の裾裁き、そして足裁きは、この大奥に入りたる後も一日とし
て欠かしたことの無い、武芸鍛練の賜物である。

現将軍の閨に侍る者たちの内、進典侍だけは自身の強固な希望と、
それに対する蛭魔局の許可により、“以前”と同様、身分に照らし合
わせれば、質素とも言える男の装いのままに通していた。もっともこ
の御内証の方は、綺羅で身を飾らずとも、元来、十人並み以上の容
貌であった上、こと立ち姿に限定するならば、その真っ直ぐに伸びた
※玉骨(ぎょっこつ)の端正さには、大奥屈指の“華”たちだけでなく、
山里の丸の春を彩る、大輪真紅の八重桜さえ、不機嫌を顕にすると
専らの噂である。

しかし、その端正にして隙の無い御方が、時としてふと見せる、(此
[こ]は如何な[いかな]こと、あの※雪魄氷姿[せっぱくひょうし]の
進典侍さまが……)と、一部の者たちの間では密かに話題となり続
けている、かの御方の微量の哀婉さ。

果たして、その理由は──
                     ・
                     ・
                     ・
※吉野山 峰の白雪踏み分けて

目蓋の奥に未だ僅かに残る、湿り気を帯びた熱さを鎮めようと、ひん
やりと心地良く、清澄な冬の空気を求め、御部屋の庭先に進典侍は、
庭草履も履かず、足袋のまま下り立った。

※入りにし人の 跡ぞ恋しき

けれど己の場合は、あの思い出の庭に、“彼”の足跡を見つけること
さえ叶わなかった。ましてこの庭に於いては、尚更だ。

※しずやしず しずのおだまき くりかえし

二度と還らぬと分かってはいても、それでも。

※むかしを今に なすよしもがな

己の名と掛けたこの歌を歌いながら、この自分と同じく、失われた時
を求めて舞った、中世日本一と今も名高い、かの白拍子が愛した男
も、身のこなしが大層軽く、俊足であったという。

「むかしを、今に、なす、よしも……がな……」

幸せだった過去よ今一度と、それを招き寄せようとするかのように繰
り返し、繰り返し、翻される進典侍の袖と、閃く白無地の舞扇の動き、
そして“哀愁”と“愛執”を帯びた切なき歌声に呼応するはただ、天か
ら舞い降りてくる雪のみ──

                                   <続く>

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

※進典侍編はこれを完結させた後、全体の流れを再確認した上で、
正式な題名を付けるつもりです。今回、題名の候補が沢山有り過ぎ
て、決められなかったんですよ(苦笑)。

語釈

東風…
菅原道真の大宰府への左遷が決まり、その出発日、彼がそれまで
こよなく愛してきた庭の梅の木に対し、詠んだと言われる「東風吹か
ば 匂ひおこせよ 梅の花 あるじなしとて 春な忘れそ」より(最後
は「春を忘るな」であるとも/『拾遺和歌集』、『大鏡』、『宝物集』など
など、どちらの下の句を採用しているかは、本によって異なる)。梅に
事寄せてその実、都に残してゆかざるを得ない妻(詳細不明)に向け
て詠んだものという説も有り。
蝶・意訳するなら、「東から春風が吹いてきたらば、愛しい梅よ、それ
にお前の香りを乗せて、大宰府にいる私の許まで送ってくれ。主の
私が傍にいなくとも、お前は春と、その時期のお前の務めを忘れて
はいけない」みたいな?

紬…
太く、デコボコと節の多い紬糸(通常の生糸には出来ない不良品の
繭・屑繭から作られる)や、同じような玉糸(二匹から三匹の蚕が共
同で作った、普通より大きめで、歪な形をした繭・玉繭から作られる)
で織られた絹織物で、日本各地に様々な種類が存在する。
糸の特徴から当然、表面にも凸凹があり、またその堅牢な織り故に、
着始めの頃は多少ゴワゴワと重く感じるが、着ている内に段々と柔
らかくなってゆき、最終的には冬にうってつけの、軽くて温かな衣類
となる。しかも丈夫で長持ちし、また、昔の紬は光沢が少なく、意匠
も素朴なものが多かったため、身分に関係無く誰もが着られる普段
着の素材として、広く愛用された。
後世、技術の発達に伴い、正絹に勝るとも劣らぬ高級品も生み出さ
れるようになり、現在では訪問着(略式礼装)やお洒落着の素材とし
ても注目されている。
進さんが瀬那に贈った氷梅は普段着を意識してますので、先に糸を
染めてからその紋様に織られたものです。高級品は後染めのようで
す???

風待草…梅の異称。

鴛鴦…オシドリ。

丸ぐけ帯締め…
綿を芯として布を細長く巻き、断面が丸い紐状にした後、縫い目が表
面に表れないように絎縫い(くけぬい)をした、結びやすい帯締め。明
治時代までの帯締めは、これが主流だったらしいです。
ちなみに帯は御太鼓結びなんですが、よくよく考えてみれば、女物の
着物用語をよく知ってる進さんなんてアリエナイィィ!と、途中でハタ
と我に返り、その記述は削除しました。筋肉の付き方で相手を識別し
ているという原作設定、すっかり忘れてました(苦笑)。とりあえず捏
造という事で、最低限は知っているけれど、細かい物に関しては名称
を知らず、一族の女性たちの装い(in 記憶)と照らし合わせ、また出
入り呉服商の助言を参考にしながら選んだ装い一式を、瀬那に贈っ
たという事で一つ。

縮緬…
一面に細かい皺のような凸凹がある、柔らかな絹織物。撚りの無い
糸を経糸、撚の有る糸を緯糸にして織り上げた布を、炭酸ナトリウム
(Na2CO3/ソーダ)と石鹸を混ぜ合わせた液体で煮沸精練し、縮ま
せたもの。表面の凸凹が繊細であればあるほど、高級品として扱わ
れるらしい? 香夜さんは越後の縮緬問屋の娘じゃありませんので、
あまり詳しくは分かりません……祖父の名前も光右衛門じゃないで
すし(笑)。
ザッと調べたところ、縮緬というのは染めが殆どのようですが、今回
は敢えて白無地のままで。染めた場合は、光が表面の凸凹(「皺」
と書いて「しぼ」と読むそうです)に当たって屈折、乱反射し、均一な
光り方をするので、しっとりとした印象を与えてくれるらしい?です。白
のままだと特に変化無しって事なのかな? ま、あんまり派手なのは
瀬那のイメージにそぐわなくて困るから、どうでもいいのですけど。
それよりも先染めの紬は織りだった筈よね、多分……染めの帯に織
りの着物……ん? でも江戸時代だと……あれあれ(--;?

犀利…
武器が堅く、鋭いこと。また、頭脳が鋭敏であることをも意味する。

雪の下紅梅…
11月から2月までの襲の色目。表白、裏紅。別名「一重梅」。

完美…
完全無欠の美しさを持っていること。

朱墨…
朱粉をニカワで練って固めた、赤い墨。お習字の先生が、生徒の
書いたものを添削する(?)時に使う、あれですよ、あれ(何、あれ
って……/苦笑)。

瑞雲…
東洋では、色付きの雲は吉祥を意味することが多い。中でも紫色
の雲というのは、敬虔且つ熱心な仏教徒の死に際して、仏様御自
らがその人を迎えに来て下さる時の乗り物なのだそうです。……
今回のお話では何か人攫いの片棒担いでますけど、所詮は妄想
ですから皆様、どうか石投げないで下さいまし……(ビクビク)。

玉骨…
梅の木の異称。高潔な姿形の形容としても使われる。

雪魄氷姿…
氷雪のように澄み切った、穢れ無き心と姿。これまたやはり、梅の
高潔な美しさの形容に使われる。

吉野山~なすよしもがな…
兄・頼朝の不興を買った源義経は、兄の追討から逃れ行く逃避行
の最中、現在の奈良県中部にある吉野山(当時は女人禁制の修
験の地)に於いて、そこまで同行してきた愛妾・静御前と別れざる
を得なくなる。
義経一行と別れた後、追っ手に捕らえられ、鎌倉に連行されていっ
た静御前は、源頼朝・北条政子夫妻を始め、鎌倉幕府の重鎮達居
並ぶ中(この頃もう幕府成立してたっけか? うろ覚え……)、鶴岡
八幡宮の舞台で舞を舞うよう強制される。その場に於いて、大胆に
も義経を恋い慕って歌ったのが、この二つの歌。
御存知の方も多いでしょうし、最初の歌の方は、原文のままでも十
分、意味取れますよね?二つ目の歌の“しずのおだまき”は、漢字
変換すると“倭文の苧環”になります。“倭文”だけなら、古代に織ら
れていた乱れ模様の麻布、若しくはクワ科の落葉高木・穀の木(か
じのき)の皮の繊維を使って織られた、これまた乱れ模様の布を指
すようです。が、“苧環”というのは、こんがらがりやすい麻糸を、そう
ならないよう、潰した輪のような形に束ねたもの(つまり、中心は空
洞となる)、或いはその糸束を作る作業を意味するらしく、要するに、
麻糸の束を作る時や、その糸束で機織りをする時、引っ張られてグ
ルグルと回る麻糸のように、時間も、自分が愛する人と幸せに過ご
していた過去へ、グルグルと巻き戻ってくれたなら、どんなに良いだ
ろう……けれどそれは、現実には決して叶わぬ願い、儚い望み。故
に“しず”(=“静”との掛詞)の心は、哀しく千々に乱れているのです
……みたいな?
歌の意味は理解出来るのに、物としての苧環が、未だによく分かり
ませんorz
あ、ちなみに白拍子の舞というのは、南北朝~室町時代にかけて
流行した、曲舞(くせまい/男は直垂、女は水干と立烏帽子という
姿で舞う。女が白拍子の直垂着なくなって、太刀も佩かなくなった?)
の素地にもなったらしいのですが、進典侍お得意の幸若舞は、その
曲舞の一種なのだそうです(by広/辞/苑)。