冷艶素香

現ES21がいろんな人達から愛されていたり、割れ顎の堅物侍を巡って、藤と金の人外魔境神未満ズが火花を散らしたりしてます。

珠玉 7

2007年07月15日 | 珠玉
「なあカケイカケイ~! 俺、今すっげー気分ワリーよ。またあんな奴ら来た
ら俺、ホントマジ頭おかしくなっちまうかも~!」
「お前の頭はこれ以上おかしくなりようが無いくらい、もう十分に吹っ飛んで
ると思ってたんだがな……まあいい。それならしばらく、休養に専念してろ。
この城のどこでも、好きな部屋を使え。次はいよいよ西部か王城との戦、完
璧な準備を整えるまでにはしばらく時間が必要だからな……オオヒラ、オオ
ニシ、他の奴らにも適当に部屋を選んで、次の指示が出るまでよく休んでお
くように伝えてきてくれるか?」 
「「ハイッ、喜んで~!!」」

物凄い勢いで駆け出してゆく二人を見送り、「俺ここにするわ~」と適当な
部屋を選んだミズマチとも別れ、カケイは広い城内を隈無く探索し続けた。
主だった奸物どもは先程その殆どを斬り捨てさせたつもりだが、まだ城内
に運の良い馬鹿が潜んでいないとも限らない。

(狸爺なんかじゃなくて、アイシールド21でも隠れてねぇかな……)

これまでと同様に伝書鳩を放ち、巨深族の本拠である細長く狭い列島(と、
呼べる程の数ではないのだが、まがりなりにも小さな島々が連なっている
ので)と、これまで獲得してきた新領土の、戦略上・軍政上の要所要所に、
押さえとして置いてきた同胞たちに勝利を知らせ、また、新たな人的・物的
資源の補給を乞うた。これまでに手中に収めてきた島々と比べれば、大陸
の中では小国とはいえ、泥門はそれなりに大きな──“国”である。自分た
ち巨深族の威令が国土の隅々にまで行き渡る、従順な占領地且つ今後の
対王城、乃至は西部への侵攻作戦に於ける補給基地として、きちんと機能
するようにするまでは、しばしの時間を要するであろう。自分もしばらくの間
はこの城に腰を据え、武器の代わりに筆を手に取っての執務室籠りを覚悟
している。

次に攻めるのは王城か西部か、どちらにしても勝つためには時間をたっぷり
とかけて周到な作戦を練り、万全の態勢を期しておかなければならない。兵
卒たちに、無益な殺戮や婦女子への暴行は厳禁した上で、泥門城を取り巻
く貴族たちの壮麗な屋敷群に於いて、三日間に限定した略奪を許したのも、
布石の一つだった。無駄に広く、不必要なまでに豪奢なそれらの建物は、そ
のまま彼らの宿舎となる予定でもある。

国民の大半が農民である大陸や、海上に無数に点在する島々の内地に於
いて農業に従事する人々──その多くは先祖代々の農耕民族である──
には迷惑千万、決して理解出来ない(したくもない)理(ことわり)だが、巨深
族にとって略奪とは、農業・狩猟・漁業などと同じく、日々の糧を得るための、
立派な“労働”の一種だった。それも、強い抵抗に遭う確率が高く、一歩間違
えれば落命するのは自分たちという、極めて危険な。

そもそも、今回の略奪は客観的、或いは泥門の側から見ても、非難される
ようなものではないということを、カケイは既に知っていた。略奪の対象とな
った旧勢力の資産の殆どは、まっとうな手段で得たものよりも、そうでない
ものの方が圧倒的に多いのだと、彼らの下で働いていた中・下級官吏たち
の口より直接、耳にしていたからである。
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巨深族の泥門城入城後に捕虜とされた彼らは、最上層部の人間たちが虫
ケラのように殺されてゆくのを目の当たりにすると、王国の心臓部たる泥門
城をあっさり放棄して即、逃げ出した、門閥出身の上司たちとは対照的に、
へっぴり腰なのは否めなかったにしても、文房四宝以上に重いものは持った
ことの無さそうなひょろひょろとした両腕に、持ち慣れない武器をしっかと握り
締め、巨深のつわものたちに必死の抵抗を試みた者たちだった。

泥門攻略の最大の壁であった義勇軍を敗走させた後は、無血開城を目指
していた巨深族も、剣を持って決死の覚悟で向かってこられれば、軽くいな
そうにも上手くゆかず、再び、多少の血が流れざるを得なかった。それでも
何とか苦労して、勇気ある抵抗者たちを捕縛すると、カケイは彼らを謁見の
間に集め、朗々たる声で告げた。

「確かに、今後この国を支配するのは俺たち巨深の者だ。遊んで暮らして
いたくせに暴利を貪っていた能無しどもの行く末は、さっきお前たちも見て
の通りだ。だが、命をかけて己の責任と職務を最後まで全うしようとしたお
前たちに関しては、無慈悲な扱いをするつもりは毛頭無い。以後、我々の
ために尽くしてくれるというのであれば厚遇するし、職を辞する者に対して
も、無理に引き止めたりはしない。さしあたっての生活に十分な金子、また
は物資を用意しよう。三日間の猶予を与えるから、よく考えてみてほしい」

これを聞いて、捕らえられた者たちの心中には驚きと共に、複雑な思いが
渦巻いた。我々の上に君臨していた者たちすべてを掻き集めたところで、
今この目の前に屹立する巨深族の美丈夫一人の、数分の一の価値にも
ならないだろう、と。

なるほど、確かに彼ら巨深族は侵略者であり、彼らのせいで多くの血が流
れたというのは、疑いようの無い事実だ。だが彼らの、相当に荒っぽくはあ
るが、同時にまた公平で、信義を重んずる清新な気風は、自分たちの旧主
たちには、まったくと言ってよいほど見られないものだった。
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(下の奴らの“収獲”、一定の分だけは軍備強化とかで必要だから上納させ
るとしても、半分以上はあいつらに褒賞として分配してやれるな……ほんの
少し民生に回しとけば、泥門の奴らももっとおとなしくなるだろ。軍営も簡単
に手に入れられたし、経過はともかく結果だけ見りゃ、やっぱ今回の遠征も
成功だな……)

カケイの、精力的で疲れを知らぬ、怜悧な頭脳は、高速回転を続けていた。

とりあえず、一族の中でも上の方にいる重要人物たちは、泥門城内にある、
多くの御殿に分けて住まわせる──泥門城は“城”と一口に言っても、実際
には広大な敷地内に、国王が国事行為や、謁見式などを執り行うための正
殿を中心として、各政庁及び諸機関、また、国王とその后妃、子女たちを始
めとする王族たちの住まい、即ち宮御殿、加えて使用人たちの宿舎や、よく
手入れされた庭園などが幾つも点在する上に人工の瀑布、湖、小川まで擁
する、事実上の一つの大きな街だった──。そして下っ端の者たちは、堅固
で長い城壁を挟み、これまた泥門城の周囲を満遍無く取り巻くように点在する、
かつての貴族たちの屋敷に、大隊か中隊ごとに放り込む。

住処を追われた者たちとて命さえあれば、本人たちの才覚と努力次第で
これからまた、幾らでも裕福になれよう。彼らの家長たちはその犯した罪
に相応しく、見せしめの意味も込めて、処刑されなければならなかったが、
その係累たちにまで咎を科すのは、時間と労力の無駄というもの。よって
彼らの未来は、彼ら自身の手に委ねることにする。自分には、もっと他に
なすべきことが、山ほどあるのだ。

地方ならともかく、城下に空き地は少なく、またそれらを正統の所有者たち
から強制的に取り上げてまで、巨深族のための新たな建物を建てさせるの
は時間と建材の無駄使いであり、庶民の家々を接収しようとすることと同じ
く、要らぬ反発を余計に招く愚行である。ただし、彼らと同じ無位無官でも、
朝廷の御用商人たちなど、貴族や高官たちと結託して不正投機を行ってい
たような一部富裕層は、上流階級同様、今まで散々良い思いをしてきたの
だし、地方に別荘を所有している者が殆どだから、各々の家から強制立退
きを命じても差し支え無いだろう。奴らの場合、文無しになって路頭に迷うく
らいで丁度、人生の差引きがとんとんになる。

しかし、一般の民衆との衝突はやはり避けたかった。確かに、今後彼らは
自分たち巨深族の支配下に置かれる訳だが、だからと言って虐政を強いる
つもりはまったく無い。その存在だけでも貴重な労働力となり得る上、斥候
たちの報告にあった、農村・漁村に於いてさえ驚異的な高さを誇る識字率
は、皇太子の提案に今は亡き先王が賛同して、潤沢な援助金が下賜され
たことで市井に数多く建てられた、無料で学べる学舎(しかも質素な献立な
がら給食付き)によるものらしく、腕っ節はともかく頭脳労働はからきし駄目
なうちの若い奴ら(特にミズマチとかオオヒラとかオオニシとか……)が、泥
門の民から学ぶことは多いだろう。

(もっとも、寛大に扱ってやれんのは、俺たちに楯突かない限りは、って条
件付きだけどな……)

この辺りは微妙なところだが、疲れ切った民衆には、しばらくの間は武力
による抵抗は不可能だろう。貴族などの富裕層にしても、その中心となり
得そうな人間たちの殆どは最早、この国を去ったか、若しくはこの世を去っ
ている。残された者たちの大部分は、かつての既得権益を失ったことを嘆
くばかりで、その怨恨を何としてでも晴らそうとする気力を持つ、積極的且
つ実行力のある人間は、皆無に等しいと思われる(そのような者がいたの
なら、現在のようなことにはなっていなかった筈だ)。加えて奴らには最早、
手駒も、新たなそれを雇う金も無い。

この際だから、巨深族の者たちは皆、支配層にするとして、それ以外の民
族はすべて、巨深連合の民草として平等に遇するようにし、己の有用性を
積極的に売り込む者たちについては、役に立つと分かった場合には、どの
ような民族・階級の出身であっても、たっぷりと優遇してやることとしよう。

(先王は貴族たちに毒殺されたってことにしておこう。死人に口無しだ。
で、ある時真相を知って、その卑劣さに憤慨した俺たち巨深が仇を討っ
て……と、よし、支配の正当性、半分くらいまで確立。適当な奴に金握
らせて情報源に仕立てておかないとな。あと先王の国葬、国庫の金足
りなくて出来なかったって話だから、寄生虫どもの財産で盛大にやって
やろう。暗君って訳じゃなかったから、個人的にも少し、追悼しておきた
い気持ち有るしな)

それに、恐らくさっきの説得で、少なくとも、三分の一くらいの官吏たち
は残ってくれる筈である。何しろ今は、泥門王国そのものが、半死人の
ようなものなのだ。これまで筆で口を糊してきた彼らが、そうそう似たよ
うな次の仕事を見つけられる訳は無いだろうし、あの細腕では、肉体労
働者として役に立つとはとても思えない。

自分たちを卑下するつもりは無いが、巨深族に文人が少ないということ
は目下、大きな問題となっている。領土が広がれば広がるほど、其所
此所に合わせて様々な施策を考え出してゆかなければならず、そのよ
うな複雑な作業はハッキリ言って、その殆どが武人である巨深族には、
向いていないのである。だからこそ、泥門王国の有能で気骨ある官吏
たちには、ぜひとも自分たちの傘下に入ってほしかった。そうなれば巨
深連合の外征と内政は綺麗に分業され、物事がすべて円滑に進むよう
になれば、巨深族の野望はまた大きく一歩、実現に向けて近付くことと
なる。

(しかし民衆は……それも最前線で戦ってたような奴らは、牙を抜くのに
相当てこずるだろうな……奴らをおとなしくさせるには、やっぱりアイシー
ルド21を……)

ゴン!

ひたすら考え事に熱中していたカケイは、行き止まりの壁に気付かなかっ
た。勢い良く額をぶつけ、蹲った彼の目の前に、火花と星々がチカチカと瞬
く。

「……っっっ………!!!」
「あの、大丈夫ですか……?」

オドオドと少し怯えた様子ではあったが、頭上から聞こえてくる心配そ
うな声。

(子ども……?)

まだ声変わりのしていない、少年の声だった。逃げ遅れた城の下働きでも、
隠れていたのだろうか? 少し痛みの治まったカケイが、ゆっくりと上を見上
げると、そこにあったのは──

“あの時”、自分が捕らえ損ねた小さな小さな小鳥の、琥珀色の双眸。
カケイが、何とかしてもう一度間近で、そして今度こそはこの自分だけ
を映したものを見たいと、切実に願ったあの、愁いに曇りながらも穢れ
てはいない、清幽で優しい瞳だった。
                      ・
                      ・
                      ・
「お前……」

そっと手を伸ばそうとすると、弾かれたように彼は後ずさった。すると、カ
シャーンと何か、金属の落ちる冷たい音が、床に木霊した。

短剣、だった。あの日の戦場で、己の鎧を切り裂いた、アイシールド21の
凶器。カケイは思わず息を呑む。

「お前っっ……!」

少年は咄嗟に短剣に飛びつくと、目にも留まらぬ速さでそれを拾い上げ、
カケイの懐に飛び込んだ。圧倒的な体格の差。少年の細腕は、すぐにカ
ケイの屈強な手で捻り上げられる筈であり、事実、カケイもそうするつもり
だった。しかし、本能的に動こうとしたカケイの手は、寸でのところでその
動きを急停止させた。急停止させざるを得なかった。彼の左胸には既に、
アイシールド21の短剣の鋭利な切っ先が、軽く触れていたのだ。

「アイシールド……21……」
「お願いです、どうか……どうか、この国から、泥門から、出ていって下さ
い……」

戦場で対峙した時の、無言の勇猛果敢さは露ほども感じられない、哀願
の痛々しい響きに、カケイは現在進行形で殺されかけていることも忘れ、
何とも形容し難い罪悪感に苛まれた。

「大陸を除いた国々の既に半分を、貴方たちは手にしたと聞いてます。もう、
十分じゃないですか」
「……いいや、まだだ。まだ、足りない」

それでも小さく息を吸い込むと、冷淡な声を絞り出して(多少の努力が必
要だったが)、小さな暗殺者の懇願を拒絶するとカケイは、剣胼胝で皮の
厚くなった大きな掌で、グッと短剣を握り締めた。

「ひっ……!」

相手は明らかに動揺した。カケイは顔色一つ変えず、血塗れの手でもって
グググ……と、凶器を少年の手から抜き取り、そして己の背後に放り投げ
た。

「あ、貴方、手が……あ、あ、あぁぁぁぁぁっ!!!」

少年の瞳に、今回は前回のように不明瞭なものではない、ハッキリとした
恐怖と哀しみの嵐が巻き起こった。戦場に於いて敵味方関係無く、己の
目の前で息絶えていった者たちの、血と汗と泥で汚れ切った無念の表情
の数々が、彼の脳裏を走馬灯のように駆け巡る。

「お、おい、このくらいの傷、大したことねえよ……お前の方こそ、大丈夫
なのか?」

宿敵に「大丈夫か?」など、間が抜けているとしか言いようが無いが、それ
でもカケイは、この小さな暗殺者を気遣わずにはいられなかった。

落ち着いて眺めれば彼は、やはりどう考えても、せいぜい12歳前後の子
どもにしか見えなかった(もっともこれは、発育の速度が速く、長身の多い
巨深族の基準に照らし合わせての判断だったが)。

(子どもには確かに刺激の強すぎる光景だよな……って、こいつアイシー
ルド21だぞ、俺? こいつにどんだけうちの仲間がやられてきたか……)

首を振り振り、改めて宿敵・アイシールド21と見なそうとするも、顔を真っ
青にしたその少年の、小さな──あまりにも小さな、自分のこの片手だけ
でスッポリと押し包めそうな、そして自分が僅かに力を入れただけで粉々
に砕け散ってしまいそうな、如何にも脆そうな両の掌に、己の、無骨な上
に無残な傷が刻まれた手を取り上げられると、カケイの胸の鼓動は、訳も
無く速まった。

「し、止血……止血しなくちゃ……包帯、ああもう僕の服の切れ端でいい
や、後でしっかり消毒してもらうとして……」
「おいお前、俺のこと殺しに来たんじゃ……」

ねえのか、と、言い終わらぬ内にもう、カケイの手はアイシールド21の粗
末な服地でグルグル巻きにされていた。

「これ、で、よ、し……」

ホッと安心すると同時に、瀬那は至近距離で接してしまった傷口の生々
しさと、むせ返るような血腥ささに、今更ながらこみ上げてくる嘔吐感で、
思わずフラリとよろめいた。

後ろ向きに倒れてゆく最中、背中に、進のように力強い腕を感じていた
瀬那の、グルグルと回る視界に最後に映ったのは、蒼い、蒼い──
                      ・
                      ・
                      ・
「ンハッ♪ 気がついたぁ?」

眼前一杯に広がる、浅黒く精悍だが、とても人懐っこそうな顔。先程から
やけにくすぐったいと感じていたのはどうやら、この男の髪のせいらしい。
日に焼けてかなり傷んではいるものの、動く度にサラサラと快い音を立て
る金髪は、かつて蛭魔の遠乗りに、己の脚をもってお供した都度、目にし
た、黄金色に眩しく輝く麦畑や水田の、秋の豊かな実りを思い出させた。

ほんわかとした心で瀬那は無意識に、見知らぬ相手に対し、ニッコリと微
笑んだ。その笑みの無邪気な愛くるしさにつられ、ミズマチも二カッと明る
く笑い返す。

「ここは……」

見知らぬ金髪の大男に支えてもらいながら、ゆっくりと体を起こした瀬那は、
見覚えのある周囲の風景に、ハタと自分の置かれた状況を思い出した。

ここは泥門城内の客室の一つ。そしてこの男の容貌も、思い出した、戦場
で何度か目にした記憶がある──

「!」

慌てて逃げ出そうとするも、自分の体をガッチリと抱え込んでいる逞しい腕
の力を痛いほどに感じ、瀬那の顔は再び青ざめた。

「い、嫌……放し……」
「ダ~メvv」

金髪の大男は瀬那を抱き締めた腕に更に力を加えると、大きな犬がじゃ
れつくように、瀬那のツンツンと逆立った黒褐色の髪に頬擦りした。実際、
その時のミズマチの気持ちは、飼い主に愛嬌を振り撒く飼い犬のそれと、
何ら違わなかった。アイシールド21の正体、武装を解いたその本来の姿
の、あまりの稚さに驚いたことと、カケイから聞いた話──敵ながら天晴
れな勇気──に感心したこと、何より、泥門はとにもかくにも自分たちの
制圧下に入ったという安心感と精神的余裕が、彼のアイシールド21に対
する敵意を、大分に和らげたのである。

しかし、そんなことは瀬那には分からない。彼に分かっていたのは唯一つ、
自分は今、“あの時”のように、屈強な肉体の檻に閉じ込められており、そ
の頑丈な格子はいつでも自分を絞め殺すことが可能なのだということだけ
だった。

ガチャリ……ギィィ~……

突然、部屋の重厚な扉が開いた。右手に水差し、左手に茶碗を持った、
これまた立派な体躯に、紺碧の髪を持った男が客室内に入ってくる。よ
く見れば、つい先程まで対峙していた巨深族の戦士だった。

「ミズマチ、放してやれ……怯えてんじゃねえか」
「だってすっげぇ可愛いんだも~ん」

ミズマチと呼ばれた金髪の方は不満そうに唇をすぼめたが、仲間の男の
更に険しくなった眼光に、しぶしぶながらも自分を解放してくれた。

「水は飲めるか? 何なら気鎮めの薬湯を用意させてもいいが……」
「どうして……」
「「ん?」」
「どうして、僕を殺さなかったんですか? それとも、すぐには殺さないで、
見せしめのために、城下の広場で惨殺……する、つもり、ですか……?」

恐る恐る、下から見上げるようにして瀬那は、二人の巨深族の巨漢に問
うた。

「……初めはそのつもりだったんだが……」
「や、やっぱり……」

瀬那の体が目に見えてビクビクし始める。

「おいカケイ~、お前の方こそこの子のこと超ビビらせてんじゃんかよ~」

ミズマチは、ブゥブゥとあからさまにカケイを非難した。そして瀬那の頭を
優しく撫でながら、「大丈夫でちゅからね~」と、幼児語で語りかけてくる。
いつもなら即、ミズマチの頭上に鉄拳制裁を喰らわせて、黙らせるカケイ
も、今日はさすが、ばつの悪そうな顔をしていた。

「常識的に考えれば、“アイシールド21”は問答無用で処刑したいし、しな
ければならない。あんたに受けた被害は俺たちが今まで戦ってきた中で、
一番酷いもんだったからな。各地に潜んでるあんたのお仲間たちの闘志
を完全に殺ぐ必要もあるし。けど、激情のままにあんたを殺したりしたら、
売国奴どもの裏切りで苦杯を飲まされた上に、この城を落とされたことで
ようやっと意気消沈してくれたこの国全体が、義憤に駆られて再度、暴発
する可能性が高い。それに何より……」

カケイは心底困ったといった感じで、言い淀んだ。

「ハイハイ、恥ずかしがり屋のカケイちゃんの代わりに俺が言ってあげまぁ
す♪ あんね、幾らちっちゃいっつったって、まさかあのアイシールド21が、
お前みてぇな子どもだとはまさか俺ら、全然思ってなかったのねん。んだか
らさ、殺したりしたら何か、後味がめちゃめちゃ悪くなりそうじゃん?」
「まあ……そんなところだ」

困惑したような表情は相変わらずだったが、二人の言葉にジッと聞き入っ
ていた瀬那は、不意に口を開いて、ポツポツと語り始めた。

「まず一つ訂正させてもらいますけど、僕、もう子どもじゃありません。こう
見えてももう、16です……」
「「は? 嘘だろ?」」
「……まあ、信じる信じないはお任せしますけど。それで、本題ですけど、
僕としては、僕の首を差し出すことで、今生きている泥門の人たちを全員
──前線で戦った人たちや協力者の人たちも、全部ひっくるめてですよ?
彼らを全員、絶対に殺さない、傷つけたり罰したりしないって、約束しても
らえるのなら──貴方たちの中で一番偉い人の名前で保証して、高札を
立ててくれますか? そう確約してもらえるのなら、僕は、黙って殺されて
差し上げます。……ホントは、凄く、怖い、けど……あ、あの、出来れば一
息で楽に死ねる方法でお願いしたいんですけど……駄目ですか? ……
って、ああああお願いばっかりでごめんなさいぃぃぃ……!」

殴られるのではないかと咄嗟に頭を両手で覆い、縮こまった瀬那ではあっ
たが、その脳内では今、恐らくは生まれて初めてはたらかせたのであろう、
打算が、恐ろしいほどの勢いで回転を始めていた。
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