冷艶素香

現ES21がいろんな人達から愛されていたり、割れ顎の堅物侍を巡って、藤と金の人外魔境神未満ズが火花を散らしたりしてます。

珠玉 5

2006年09月07日 | 珠玉

いいか、仕留め損ねたら速攻で逃げろ。
やばいと感じたら即、退け。
深追いだけは絶対にすんじゃねえ。
そして――


いつも最後に、武蔵さんは何て言ってたっけ?

瀬那は戦場となった浜辺を疾風の如く疾走し、手にした短剣で次々と敵の急所を
貫き、或いは掻き切り、血飛沫を浴びながらも、頭の片隅でぼんやりと、国一番の
匠の言葉を反芻していた。

もうどれだけ殺したのか、数えるのも馬鹿馬鹿しくなる程で、体の感覚はとうの昔
に麻痺していた。それでも敵兵を目にすれば、本能的に体は動く。ましてや相手が、
自分の大切な者に手をかけようとしているのであれば、尚更。

「モン太っっ、危ない!」
瀬那の脚は既に限界だったが、親友の危機に際し、彼は瞬間、光速の世界に達した。

キン!
ザシュッ!!!


剣を振り上げたまま、砂の上にドウと倒れる巨深兵。

「モ、モン太……大丈夫?」
ゼイゼイと息を切らせながら友の安否を気遣う瀬那に対し、幼い頃からの気の置け
ない親友は顔色こそ蒼ざめたままだったが、ニカッと明るく笑って答えた。
「おう!助かったぜ瀬那、あんがとな!……ってオイ、お前の方こそ大丈夫なのかよ!?」

光速の世界に身を置いていられるのはごく短時間。もともとの疲労もあって膝が
笑っている瀬那に、モン太は慌てて手を貸す。
「アハ……そろそろ引き上げないとね……」
親友に心配をかけまいと、苦笑を浮かべる瀬那。だがその時――

「瀬那っっ!」
モン太が必死の形相で叫んだ。先程瀬那が倒した筈の巨深兵が、よろめきながら
も、悪鬼のような形相で、自分を死の淵に追いやろうとした憎き少年に対し、今まさ
に剣を振り下ろそうとしていたのである。振り返った瀬那が愕然と目を見開いたその
瞬間――

ドシュッ!!

大きく瞬きをし、再び砂上に倒れる敵兵。慌てて後ろに飛びのいた瀬那と、元の
位置から更に後ろへと後ずさったモン太は、男の背中に、一本の矢が深々と突き
刺さっているのを発見した。

「お前ら、ボケッとしてんじゃねえ!引き上げんぞ!!!」
矢の射手が、弓を手早く背中の矢筒に引っ掛け、スラリと腰に帯びた剣を抜き、
敵の敗残兵を蹴散らしながら、馬で駆け寄ってくる。
十文字一輝。泥門王国の中堅貴族・十文字家の一人息子である。

巨深との戦が始まるまでは、厳格な父親に似ぬ放蕩息子として、不名誉な噂
ばかり囁かれていた十文字だったが、もともとの頭の回転の速さと、途中で自
主退学したとはいえ、王立士官学校に学んだ経験は現在、瀬那の存在同様、
義勇軍にとって無くてはならないものとされている。

「あ~、また息が止まるかと思ったぜ!十文字、あんがとな!!」
「お互い様だ。それより瀬那は……」
気遣わしげに自分を見やる十文字に対し、心配をかけまいと瀬那は、兜から僅か
に覗く目元と口元に微かな笑みを浮かべた。
「ん……大丈夫。心配かけてごめんね?」
「ならいーんだけどよ……」
照れて仄かに赤くなった顔を見られないよう、そっぽを向きながら、十文字はその
右頬の特徴的な十字傷をポリポリと掻いた。

十文字と瀬那の初めての出会いは、お世辞にも友好的なものとは言えなかった。
あろうことか気弱そうな瀬那を彼は、悪友の黒木、戸叶らと共に恐喝しようとして
いたのである。そこへ「偶然」通りかかった皇太子殿下に、十文字ら三人は、悪名
高い“悪魔手帳”――噂によればそれには、国中の人間のありとあらゆる弱味が
書き込まれていると言う――を振りかざされ、敢え無く屈服させられたのである。

当初は屈辱に歯を噛み締め、隙あらば反抗しようと機会を窺っていた三人だったが、
傍若無人の裏に隠された蛭魔の深謀と、他の王侯貴族には見られない柔軟な思考
に徐々に気付かされ、渋々ながらも次第に彼の指示に従うようになっていった。

「十文字、今日はこれでおしまいなんだろ?ちょうどよかったぜ、これ以上は瀬那に
負担大きすぎるかんな。俺は自分で走ってくからよ、瀬那連れて先に戻っててくれ」
モン太が瀬那をグイと十文字の方へ押しやる。十文字は慌てて馬を降り、瀬那に
駆け寄った。自分より一回り以上も大きな体躯の十文字に支えられ、ホッと気が抜け
たのか瀬那は、縋りつくように彼の腕の中へ倒れこんだ。

「迷惑かけて……ごめ……」

呟きの最後はかすれて誰にも聞き取れなかった。十文字は瀬那を、細心の注意を
払って馬上に抱え上げると、続いて自分も静かに騎乗した。片手でしっかりと瀬那
を抱きかかえ、もう片方の手で手綱を引くと、速過ぎも遅過ぎもしない速度を馬に
命じる。

祖国の存亡も生家の行く末も、本心を言えば、どうでもよかった。皇太子の蛭魔に
対しても、それなりに尊敬の念は抱いているが、命を賭してまで忠誠を尽くそうとは
思っていない(大体、彼は現在、再びの諸国放浪中である)。黒木、戸叶の二人と
一緒なら自分も、各地を流離う生活をしてみようかとまで思っていた。

瀬那の柔らかな微笑みに、いつしか淡い想いを抱くようになるまでは。

「お前に戦場なんて、全然似合わねぇよ……」
腕に感じる瀬那の温もりと、今、彼が自分の腕の中で意識を失っている理由。
沈みゆく夕日の逆光は、十文字の哀歓の入り混じった複雑極まりない表情を巧み
に隠していた。
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「まーた無理しやがって、ったく……」
呆れたように呟きながら、武蔵は瀬那の武具の手入れを始める。彼の本職は大工
なのだが、生来の器用さ故か、木工以外の物作りやその設計・維持・修繕に関して
も天才的な手腕を示し、今では武具・馬具作りから鍛冶仕事までこなして、義勇軍
の中で大層重宝がられていた。

「そうよ、瀬那!あなたまた無理してきたでしょ?自分の身を第一にって、いつもあれ
だけ言ってるのに……ああ、またこんなに傷をこさえて!!!」
怒りと悲痛がない交ぜになった叫びを上げた若い女性はまもり。富裕な商家の一人
娘だが、弟のように可愛がっていた瀬那が義勇軍に志願したことを知って心配の余り、
自らも軍に身を置くことを決意した。女ながらもその高い事務処理能力をもって今や、
義勇軍の後方支援部隊は彼女無しでは成り立たないとまで言われている程の才色
兼備である。

「武蔵さん、まもり姉ちゃん……いつも心配かけてごめんなさい……」
おとなしくまもりに傷の手当をされている瀬那は、申し訳なさそうな笑みを浮かべ、
二人に謝罪した。それを見た彼らは思わず黙り込んでしまう。

武蔵もまもりも分かってはいるのだ。瀬那に、仲間を見殺しになど出来る筈が無い
と。それでも二人は願わずにはいられない。何を犠牲にしても、瀬那にだけは生き
残ってほしいと。そして今更ながら、前線では役に立てない自分たちを歯痒く思う
のだった。

まもりは女性であるから当然として、武蔵は以前、蛭魔の私兵隊に身を置いていた。
だがある時、不慮の事故で片足に怪我を負い、幸い歩行には支障無いと診断された
ものの、戦闘は出来ない体になってしまった。以来、彼は実家の家業に専念するよ
うになったのである。

その武蔵が、「必ず生きて帰ってこい」と、精魂込めて作った戦装束に身を包み、
やはり彼によって、小柄な瀬那に扱いやすく、尚且つ疾走の邪魔にならぬようにと
素晴らしく軽く、だが切れ味は抜群に仕上げられた短剣を握り締め、瀬那は今日も
戦場を駆け巡ってきた。

“アイシールド21”

頭部の保護のために兜を被って素顔を隠した瀬那の姿は、泥門に古より伝わる伝説
の英雄と重ねられ、かつての気弱な少年は今や、泥門の民すべての希望の星と目さ
れていた。だが現今に於けるその英雄の、人殺しに対する罪悪感による凄絶な苦しみ
を知るのは、ほんの一握りの人々だけである。
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「アイシールド21か……腑抜け貴族どもなんぞどうとでもなるが、奴を討ち取らねえ限り、
泥門の民衆は降伏しないだろうな……」
何より、これ以上の長期戦を続ければ、これまでに占領した国々に抑えが効かなくなっ
てくるかもしれない。柱谷や賊学といった補給基地が無くなってしまえば、泥門攻略は
夢のまた夢となってしまう。巨深一の智将は額に手を当てて深く溜め息をついた。

「だぁかぁらぁ~!俺が行くっつってんじゃん!!!俺、アイシールド21と戦ってみてえよ、
なあカケイ~!」
「駄目だ、いつも言ってんだろミズマチ。お前は切り札なんだ。そう簡単には出せない」
強すぎて、下手に出陣させると味方にまで被害出るしな……という呟きは、心の中に
収めておいたカケイだった。

こと軍事に関しては素人ばかりの、寄せ集めに過ぎない泥門の義勇軍に何故これほど
苦戦するかといえば、ある一人の戦士の活躍が、彼らを勇気付け、その士気をこれ以上
ないところにまで高め上げているからだ。
アイシールド21。
名前だけなら幼い頃、大人達が聞かせてくれた昔語りで自分も知っている。それどころ
か実は、密かに憧れていた時期もあったくらいだ。自分も、彼のような強い男になりたいと。

幼児期のたわいも無い夢を思い出し、人知れずそっと微苦笑すると、カケイは表情を
引き締めて、一族の長・コバンザメに向かって言い放った。
「次の戦、俺が出ます。よろしいですね?」

軍議に集った巨深の猛者たちがどよめく。コバンザメは一族の長と言えど、実際には
その穏和な気質と人当たりの良さから選ばれた、いわば象徴的存在。巨深の実質的
指導者はカケイだ。その彼が、自ら出陣するという。

「カケイ先生、すんませんっっっ!俺らが不甲斐ないばっかりにっっっっっ!ですが
もう一度機会を下さい!次こそは必ずやあのにっくきアイシールド21をこのオオヒラ
ヒロシがっ!何としても討ち取ってまいりますっっっっっ!!!」
「発言の度にいちいち怒鳴らなければ気が済まないのかい、君は?まったく……
だが、わざわざカケイ先生御自身が出陣されるというのは、確かに僕も実に勿体
無く且つ申し訳無いと思っていたところだ。カケイ先生、この熱血馬鹿だけでは
心許ありません。僕も行ってまいりますので、先生はやはり吉報をお待ち下さい」

円座から立ち上がり、拳を握り締め滝の如く涙を流しながら絶叫した男はオオヒラ
ヒロシ。やや気取った感じの物言いでオオヒラヒロシを嗜めた眼鏡の男はオオニシ
ヒロシ。巨深一族の中でも一、二を争う巨漢同士で、昔から色々なことで張り合っ
てばかりいる。だがその強さは双方とも折り紙付きである。カケイに狂信的なまで
の尊崇の念を抱いている点でも共通していた。しかし――

「俺はこのところ作戦の立案ばかりで実戦に役立ってねえし、その作戦も失敗続き
だ。オオヒラ、オオニシ、巨深の信条は?」
「「行動と結果こそすべて、です……」」
首を左右に振って二人のヒロシの申し出を拒絶したカケイ。二人のヒロシは揃って
項垂れた。

巨深一族は口先だけの輩を認めない。巨深の誰もがカケイに絶対的な信頼と尊敬
の念を寄せているのは、その卓抜した智略もさることながら、一兵卒と同じ立場で
戦場に立つことを厭わず、率先して血飛沫を浴びてきたことによる部分も大きい。

「ンハッ♪じゃあ俺カケイの援護ってことなら一緒に行ってもいいだろ?相手はあの
アイシールドだしよー、ほらカケイがいつも言ってるあの……そうそう、お供えする
なら瓜と梨?」
「備えあれば患えなし、だろ……」
呆れ顔のカケイだが、内心ミズマチの意見にも一理あると思った。コバンザメを見や
ると、彼もやはり、珍しく真剣な顔でコクコクと頷いていた(カケイの視線に気付くと
慌てて、いつもの、場をとりなすようなニコニコとした笑みに表情を取り繕ったが)。
「そ、そうそう、備えあれば患えなし、だ。カケイ、ミズマチ、オオヒラ、オオニシ四人
の“ポセイドン”が出るなら、次は間違いなく巨深が勝つね!俺もその案いつ言おう
かって迷ってたけど、ミズマチに先に言われるとは思わなかったな~アハハ……
巨深ポセイドン最強!キョイサー!!!」
「「「キョイサー!!!!!!!!!」」」

久々の出陣にミズマチは浮かれまくり、二人のヒロシは尊敬する「カケイ先生」と共
に戦場に立てるとあって、感激の余り泣き出す始末。周囲を見回してみれば他の
者たちも、巨深一族が崇め奉る偉大な海神の名を冠した最強の陣形を久し振りに
見られるとあって、いやが上にも興奮している。

(まあ、士気が高まるのは悪いことじゃねえしな……)
カケイも心を決め、よく通る声で宣言した。
「長の決定だ。次の戦、“ポセイドン”でいく!」
カケイの宣言に一族の者たちは皆、津波のような鬨の声を上げ、賛同の意を示した。
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決戦の日は雨気を含んだ花曇りだった。どんよりとした鉛色の空は、またもや人の
命を奪いにゆかねばならない時が来たと、ただでさえ沈んでいる瀬那の気分を更に
重くする。柔らかな真綿のような湿気は、例年のこの時期ならば、泥門の農地に恵み
の雨を約束してくれる有難いものだったが、この戦渦の最中には、水と一体になって
戦う巨深の軍を更に有利にするものでしかなく、瀬那はその湿気に、ゆっくりじわじわ
と首を絞められているような心地さえしていた。

(それでも……)

不安げに空を見つめながら、瀬那は拳を握り締める。

(それでも、蛭魔さんがいない今は、何とか僕たちで踏ん張らなくちゃ……泥門の人
たちのためだけじゃない、僕自身のためにも……)

ツッと、胸の辺りに指を這わせる。進がくれた佩玉。戦いの最中にあっても手放したく
ない、けれど血で穢すのは忍びないからと、今では細い銀の鎖を通して首から下げ、
鎧の下に隠して護符代わりにしている。

(進さん……)

王城は現在の泥門の危機に対し、傍観の姿勢を貫いている。非情ではあるが、それ
が政治というもの。仮に泥門に援軍を送ったところで、門閥貴族の牛耳る泥門から
王城が得られるものといえば、民からの心からの感謝の念だけだ。援助金や救援物
資を送ってもそれは同じこと。一部の人間に横領されるのが落ちである。下手をすれ
ば泥門と巨深の戦に気を取られている間に、隙を突かれて神龍寺に攻め込まれる
可能性だとてあるのだ。

そしてそれは西の西部にも同様のことが言える。故に東西の隣国からの支援は初め
から期待出来ぬと、外交にも携わる宮廷書記官・雪光から予め知らされていた泥門
の民は、それも仕方の無いことと、隣人たちをさして憎みはしなかった。

(この戦が終わったら、また会いに来てくれますよね?)

瀬那は王城の方角を向き、目を閉じて深く息を吸い込み、そして吐き出す。
目蓋の裏に浮かぶは、誰よりも強く気高い白亜の騎士。
耳に甦るはかの騎士が自分を呼ぶ、重厚で心地良い低音の響き。
再び目を見開いた時、瀬那の心に最早迷いは無かった。
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アイシールド21の活躍にもかかわらず、その日の泥門側の戦況は思わしくなかった。
アイシールドを始め、モン太、十文字、黒木、戸叶、皇太子蛭魔の側近中の側近・
栗田とその一番弟子を自任する小結、鈴音の兄・夏彦ら泥門義勇軍の主戦力が次々
に敵を屠っていっても、その倍以上の泥門兵が、巨深側のたった四人の戦士によって
冥途へと導かれてゆくのだ。

「どどどどうしよう、みんなぁ~!こ、このまんまじゃあ……」
その頼もしい巨体にもかかわらず、栗田はもう半泣きだ。小結は何やらフゴフゴと、
彼ら師弟の間でしか通じない言葉で懸命に師匠を宥めている。

「アハーハー☆この僕がいる限り何も心配することはありませんよ☆」
「「「この馬鹿が自信満々ってことは、今日は相当やべぇな……」」」
持ち前の柔軟性で本人曰く「華麗に」敵の攻撃を回避し(実は無駄な動きも相当
多いのだが)、その反動で攻撃に転じてそれなりの戦果を挙げている夏彦に対し、
十文字らハァハァ三兄弟――義兄弟と見なされての呼び名だが、本人たちには
甚だ不評である――は呆れたように突っ込みを入れる。いつもなら戦場の至る所
に分散し、各所で華々しい戦果を挙げる彼らが、このような会話を交わせるほどの
至近距離にまで、今日は巨深に追い詰められていた。

「どうするよ、瀬那!?」
「見たところ、あの目つきの鋭い黒髪……恐らくは奴が、今回の作戦の中心だな。
あいつだけでも何とか出来れば……」
モン太の問いと十文字の冷静な戦況分析に、一拍置くと、瀬那は勇気を振り絞って
言った。

「僕が、彼を、討ち取ってくる」

言うが早いか、周囲が止める間も無く、瀬那は光速の世界へと旅立っていった。
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「ンッハァ!なぁ~んだ、別に泥門大したことねえじゃん?やっぱ俺をもっと早く
出しとくべきだったんだよ~」
「言葉を慎みたまえ、ミズマチ君。今日の戦況が素晴らしいのはこれすべて皆、
カケイ先生のご指揮の賜物だ。自惚れも大概にしておくんだね」
「腹が立つが今回だけは俺もオオニシと同意見だ!カケイ先生の凄さにはこの
一番弟子オオヒラ、感服の至りでありますっっっ……!!!」

船の上と変わらぬやりとりを、緊張感の欠片も無く戦場で繰り広げる仲間たちに、
カケイは呆れつつも、自分を含めたこの四人の組み合わせはもしかすると、王城・
西部・神龍寺の三大国にも通用するのではないかと、微かな期待を抱き始めていた。
だがすべては、泥門を攻め落としてからの話である。

「おい、お前ら、そろそろいい加減に……」
カケイが注意の言葉をすべて言う必要は無かった。いつの間にかミズマチ、オオヒラ、
オオニシの三人はぴたりと口を閉ざし、緊張した眼差しをある方向に向けていた。
つられてカケイも目線を同じ方向に向ければ、彼方に渦巻く土煙。
「ンハッ、やっとお出ましぃ?」
面白がるような表情と軽い口調に反し、ミズマチの全身を恐ろしいまでにピリピリと
した空気が包む。オオヒラ、オオニシも臨戦態勢に入っていた。

「最初にも言ったように、基本的には俺とアイシールドの一騎打ちだ。お前らには
その間、周囲の雑魚の始末を頼む」

カケイの指示にオーケ~イ!と余裕たっぷりに答え、後方へと移動するミズマチ。
二人のヒロシもそれぞれの配置についたことを確認すると、カケイ自身も静かに身
構えた。
この一戦が、すべての勝敗を決する。
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負けられない!勝たなければ!

決意の程は双方とも同じだった。実力も種類こそ異なれ伯仲していた。

ザンッッッ!!!

まずは瀬那の短剣の一閃が、カケイの鎧を切り裂き、その鍛え抜かれた体に傷を
負わせた。しかし百戦錬磨のカケイにとってその傷は、致命傷とはなりえなかった。

「!」
地に倒れ伏さぬカケイを見て、渾身の一撃が失敗に終わったことを悟った瀬那は、
すぐに退却しようとした。しかしその反転を、カケイの周囲を取り囲むようにして他の
泥門兵を蹴散らしていたミズマチ、オオヒラ、オオニシ三人の即席“ハイ・ウェーブ”
――“ポセイドン”に次ぐ威力を持つ陣形で、本来はミズマチではなくカケイが加わる
ものである――は、許さなかった。

「つっかまっえたっ♪」
「カケイ先生考案の“ポセイドン”と“ハイ・ウェーブ”から逃れられると思うな!」
「今日こそ決着をつけさせてもらうよ」

バチィィィン!!!

人間の「高波」に叩き落とされて尻餅をついた瀬那を、そのままカケイが砂浜に
押し倒した。勢いで兜が、瀬那の頭部から転がり落ちる。
「これで終わりだ、アイシールド21!」

瀬那は覚悟を決め、心の中で進に謝罪した。

進さん――
ごめんなさい――
約束は僕の方が先に破っちゃうみたいです――

絶体絶命の窮地にもかかわらず、その視線はカケイの瞳を真っ直ぐに貫いて、
遥か遠くを見ていた。カケイは戸惑い、剣を握った手を一瞬、静止させる。相手が
想像していたのとはまったく違う、脆弱そうな少年だった驚きもさることながら……

その双眸の何と優しく清らかで、そして哀しいことだろう――

ザァァァ…

折しも降り出した雨が、戦いの興奮で過熱気味になっていたカケイの体を冷やして
ゆく。大柄な自分にのしかかられていることで、雨除けの下にいるのと同じ状態の
少年には、自分の髪や頬を伝う水滴が、ポツリポツリと規則的に落ちてゆくだけだ。

(殺さなければ、この子を……)
だがカケイは躊躇っていた。

死にたくない、死なせたくない。
自分ではない誰かのために、絶ちがたい生への執着。
彼らの代わりに空が泣く。