冷艶素香

現ES21がいろんな人達から愛されていたり、割れ顎の堅物侍を巡って、藤と金の人外魔境神未満ズが火花を散らしたりしてます。

ひぐらしのなく頃に

2008年07月28日 | 金剛双子×瀬那
「こ、来ないで! 阿含さん、来ないで下さい!」
「あ゛ー? チビカスてめぇこの俺に向かっていい度胸してんじゃねーか、
何様のつもりだ?」
「嫌! 来ないで! う、雲水さ~ん……!!!」
「瀬那君、どうし……阿含! 今度は何をしたんだ!?」
「別に何もしてねーよ(今日はまだ)! 雲子はすっこんでろバーカ!」

尊敬と憧れと仄かな恋心の対象である雲水への悪態を耳にした途端、
瀬那の涙目は瞬時にして乾き、178th down“GAME OVER”(コミックス
第20巻)のVS神龍寺戦、前半戦終了直後、阿含のGAME OVER宣言
に静かにブチ切れた時と同様の表情へと変貌を遂げた。

「おいコラこっち来い。雲子のダッセェ道着なんかに引っ付いてんじゃね
ーよ、テメーまで抹香臭くなんぞ」
「………、……、………………、……、………………」
「言いたいことあんならハッキリ言えや、ブッ殺されてーのか、あ゛!?」
「せ、瀬那君……?」

雲水の問いかけに力づけられて(恋の力は偉大だ)、カッと大きく両目を
見開くと、瀬那は雲水のエクトプラズマ(魂魄)が体内から搾り出されて
しまうのではなかろうか、と、いうぐらいの力で、ギュッと雲水の腰を抱き
締め、その後ろから頭だけを覗かせると阿含を真っ直ぐに見据え、周囲
半径100m以内なら確実に聞こえるであろうと思われる大声で、叫んだ。

「この季節は暑っ苦しいから阿含さん
近寄ってほしくないんですよ!ちゃん
と洗ってないドレッドヘアとかキッツイ
香水とかジャラジャラのアクセサリー
とかヤクザみたいなサングラスとか背
中の刺青とかすぐキレて白目に毛細
血管浮き出させるとことか! しかも
今日は珍しくちゃんと部活に出てさっ
きまで走り回ってたもんだからまだ中
途半端に汗の匂い残ってんのが香水
と混じって何か凄く微妙な匂いになっ
ちゃってるし! あっち行って下さいよ、
来ないで! こっち来ないで!!!」


「「……」」

──夏の瀬那はどうやら、対阿含限定でドSになるようだ。

西日が辺りを緋色に染め、ひぐらしがカナカナと鳴くある夏の日のジットリ
とした夕暮れ時。

グラウンドにいた神龍寺ナーガの全部員たちが阿含を見つめる眼差しは、
何故か今日この時に限って、恐怖や畏敬とは程遠い、とても生温いもの
であったという……。


何の目的で瀬那、神龍寺に来たんでしょう……雲水目的? アゴン
ヌはこの後ハサミをじっと見るか、白刃の滝に打たれに行くといい。
タイトルの『ひぐらし~』は、怖いと有名な某PCゲームより拝借しま
したが、思いつきで付けたものなので、特に深い意味は御座いませ
ん。そもそもあのゲームがどのように怖いのかをまず、詳しく知りま
せんから……(それこそ“怖くて”、知りたくもありません)。



↑と、web拍手の御礼に使っていた時は、申しておりました(笑)。そう言
えばあのゲーム、実写化もしたらしいですね。どうして皆さんそんなに怖
いもの好きなのかしら? 程度にもよりますが、香夜さんは基本的にホラ
ー映画やサイコ、スプラッタ系の怖い&グロいお話は駄目な人です……
ガタガタ((((TДT;))))ブルブル。精神的に気持ち悪いのとか、痛い系の話
をしょっちゅう書いている奴が何を戯言をと、鼻で笑われてしまいそうです
が、それでも後味が悪くなる事だけは避けようと(自分自身、後味が悪く
なるものが苦手なんで;)、いつも、自分なりに気をつけているつもりなん
です。

罪滅し編……いやいや、これまたやはり何の関連性も無いのですが(苦
笑)、少しまぁるく、可愛く(?)なった最近の阿含への愛故に、拍手お礼
に久々の阿含×瀬那を投下してみましたので、もしよろしけばそちらもど
うぞ(あ、でもリンクしている訳ではありません)。

今夏は阿含もヘアスタイルを変えてはどうだろう、坊主とか坊主とか坊主
とか(どこまで雲水贔屓なんだ、香夜さん!)。夏の瀬那が優しくなってく
れるかもよ?(笑) そうだよ、坊主二人とちびっ子で浴衣着て、夏祭りで
も花火大会でも行ってきなされよ!(はい?) 肝殺りでも可!(←え、試
すんじゃないの!? 取りに行くの!?/笑)

私が今いる所も、日本程ではないと思いますが、やはり暑く、湿気も凄い
です。皆さんも体調にはくれぐれもご注意下さいねー\(>○<)/

墨染桜 (後編)

2006年06月09日 | 金剛双子×瀬那
「まずゲームやめねぇとな」
「菓子類も控えなければならない。むしろ茶だな。薄茶で苦いと言っているよう
では話にならん。人に振る舞わなければならない機会もあるだろうしな」
「おー、ほんじゃ正座の練習もだな。一時間もしない内に足が痺れる尼なんて
聞いたことねえや」
「せわしなく走り回るのも禁止だ。伯母上を見れば分かるだろうが、動作はゆっ
たりと落ち着いたものでないと」
「「何よりもまずもっと勉強しろ」」

双子の歯に衣着せぬ指摘に、瀬那はズゥゥゥンと落ち込んだ。お洒落などに
興味が無い分、小遣いの大半を注ぎ込んでいるテレビゲーム。檀家からの差し
入れによる甘味類。尼になる覚悟に嘘偽りが無いのならば、それらの楽しみは
すべて捨てられる筈だと、阿含はニヤニヤと意地悪気に、雲水は苦笑交じりに
言う。

「えっと……一度にいろんなこと始めるときっと失敗しちゃうから、順番に少し
ずつ始めるつもりなんですけど……」

さきほどまでの意気込みはどこへやら、急に弱々しい声になる瀬那。だが阿
含はやはり容赦が無い。

「そ~んな意志の弱さで尼になれるなんて思ってんのかよ?こりゃ真冬の滝
に打たれたら即死だな」
「阿含!」

弟のあまりにも無遠慮且つ不謹慎な言葉に、さすがに雲水が声を厳しくする。
だが阿含はどこ吹く風で、一向に気にする様子も無く、盛大な欠伸を一つした
だけだった。

「……っやっぱりっ、こんな僕ではダメなんでしょうか……っ?」

微かに震えを帯びた瀬那の声が本堂に響き渡る。いつもの口論を始めようと
していた双子はギョッとした。見れば震えているのは瀬那の声だけでなく全身、
そしてやはり薄墨色で覆われた両膝の上にちょこんと重ねられた小さな両手の
上には水時計のように一定の間隔で、透明な雫がポタリ、ポタリと落ちてくる。

「「……っっ!」」
顔立ち以外は何もかもが正反対の雲水と阿含だったが、実は年下の義理の
従妹の涙に弱いという点だけは共通していた。穏和な雲水は勿論のこと、粗
暴極まりない阿含ですら、である。瀬那の涙は彼ら二人に遠い昔の記憶を思い
起こさせた。
                       ・
                       ・
                       ・             
その昔、瀬那が小学校に上がったばかりの頃。ちょっとからかえばすぐに涙ぐむ
小柄な少女は、元気過ぎる男の子達の格好のからかいの標的だった。彼らに本
当の意味での悪意は無く、所謂「好きな子ほどいじめたい」という、屈折した幼い
恋心だったのだが、やはり未成熟な心の少女にとってそれは、苦痛以外の何物
でもなかった。それほど頭の回る訳でもなかった瀬那は担任の先生にも何と相談
したらよいのか分からず、かと言って養母を心配させるのも本意ではなかったので、
いつも寺の裏庭の草花や、池の鯉を見るのに没頭している振りをしながら、とめど
なく涙を流していたのだ。

ある日のこと。やはりいつものように男の子達に囃し立てられ、タンポポまで
投げつけられた瀬那は─実はそのタンポポ、彼らの内の一人が、プレゼント
のつもりで摘んできたものだったのだが、如何せんどう渡したら良いものか
思い付かず、結果的に投げつけるという行為に行き着いてしまったのだった─、
またまた桜の樹の下で声を押し殺しながら泣いていた。

その日、両親に連れられて尼寺を訪れていた金剛兄弟は、いつもなら伯母の
尼と一緒にニコニコと自分達を出迎える筈の瀬那が、一向に姿を見せないこと
を不審がり、手分けして瀬那を探していた。伯母の話では、最近は裏庭、或い
はそこから続く裏山で遊ぶことに夢中なのだそうだ。それにしても自分達兄弟
が来た時にまで……?と訝しく思った二人は、死角になっていて見えなかった
桜の大木の陰で、ウサギのように真っ赤な、泣き腫らした目の従妹を、日が
翳り始めた頃にようやく見つけたのだった。

「「瀬那……?」」
同じ小学生の男の子の声でも、恐怖心ではなく安堵感を抱ける、大好きな二重
の呼びかけ。瀬那は両膝に埋めていた顔をもたげ、嬉しそうに笑った。

「雲水お兄ちゃん、阿含くん!!!」
雲水にだけ「お兄ちゃん」が付くのは年上というだけでなく、人徳の成せる業で
ある。

「瀬那、どうしたんだ、その目は?」
「え?セナどうもしないよ?あっ、さっきね、目にゴミが入ったときにつよくこすっ
ちゃったの」
「……んじゃ何で顔がまだら模様になってんだ」
「マダラってなあに?」

小学一年生など幼稚園児に毛の生えたようなものと分かってはいるが、話の
前後からも自分達の問いをきちんと理解していない従妹の鈍さに、双子は彼女
の将来を一瞬本気で危ぶんだ。が、すぐに気を取り直し、その年にしては切れ
すぎる頭脳を急速に回転させ始めた雲水と阿含が結論に達するのに、そう長い
時間はかからなかった。義理の従妹のこの愛すべきトロ可愛さと、下校後すぐ
は尼に帰宅の挨拶だけをして、すぐに外へ出てゆくという状況。そして泣き腫ら
した顔。兄弟はその晩、翌日は彼らの通う小学校の開校記念日で休校だから
と(それ故に双子の両親は尼寺を訪ねてきたのだが、大人達は基本的に日帰
りのつもりだった)、ゴネて尼寺に泊まると言い張った。いつも我儘ばかりの阿
含だけでなく、普段あまりおねだりというものをしない雲水が珍しく願い事をして
きたので、明日は休みだし、この二人なら子どもだけで帰ってくるのも問題ある
まいと、その日は彼らの両親だけが帰っていった。大喜びの瀬那を見て、尼は
苦笑しながら客間に三人分の布団を敷いてやったのだった。

翌日の午後。瀬那を迎えに行ってくると、伯母から瀬那の通う小学校の所在地
を聞き出した双子は(理由は「瀬那と早く一緒に遊びたいから」とした)、校門に
辿り着いてすぐ、昨日の自分達の推測の正しさを確信した。

「いっつもアタマにしろい布かぶってるなんて変だ!」
「変なおかあさん!」
「セナもきっと家では布かぶってんだ!変なの!」
「あっ!泣き出した!やーい、泣き虫セナ!」

口々にからかいの言葉を瀬那に対し投げつける少年達。彼らに宗教がどうの
こうの、仏に仕える者の心得とは……などと言ってみたところで、理解出来る
筈もない。その無邪気さ故に残酷な好奇心と、屈折した幼い恋心。普通ならば
情状酌量の余地が無いでもないのだが、こと瀬那に関する限り、金剛兄弟は
相手が誰であろうと容赦するつもりはなかった。

「雲水、瀬那頼むわ」
「やり過ぎるなよ」
一分も経たぬ内に作戦は決まった。
                       ・
                       ・
                       ・
スゥ……と音も無く近寄ってきた、見知らぬ年上の少年。彼は現在進行形で
泣いていた瀬那を抱き上げると、ポンポンと軽く背中をたたいてあやし、やはり
スゥ……と、静かにその場を立ち去ろうとする。一瞬ポカンとした少年達だった
が、ハッと我にかえると「なんだよお前!」、「待てよ!」などと、口々に叫び始
める。喚く彼らとは対照的に、少年は一言も発しなかったが、安堵のあまり自
分の肩に顔を埋めていた少女の頭を撫でながら、彼が一年坊主どもに向けた
一瞥は、ゾッとするほど冷たいものだった。集団をたてに、強気の姿勢を崩そう
としなかった少年達も、親や教師たち大人の恐ろしさとは違う、ことによるとそれ
よりも遥かに恐ろしそうなものに初めて出くわした恐怖で、その場に凍りついた。

「よ~ぉ、楽しそうじゃん?」
場違いに明るく楽しそうな声に、再び我にかえる少年達。気がつけばいつの間に
か、もう一人見知らぬ─正確には最初に現れた少年とそっくりな容貌だったので、
別な意味で彼らは驚いたのだが─少年が、彼らの傍に佇んでいた。だがその明
るい声からは年齢に不釣合いな残虐さが感じられ、また彼の表情は笑顔を湛えて
いたが、目だけは笑っていなかった。何とも身勝手な話だが、阿含は自分と雲水
以外の人間が瀬那をいじめたりからかったりすることを決して許さない。

そして穏やかな筈の昼下がり、乾いた校庭は鮮血の雨に濡れた。

その後、瀬那に面白半分のちょっかいを出す子どもは一人としていなくなった。
小学生にして既に中高生の不良グループとも互角に渡り合っていた阿含は、
近隣の町々でもかなり名が知れていた。実際、彼の制裁には欠片の容赦も
なく、自分の身を犠牲にしてまで大人達に報告に行こうとする者は誰一人と
していなかった。また、雲水の抜かりの無い、大人顔負けの後始末(?)の
おかげもあって、後日になっても証人は一人として出てこなかった。だが子ども
同士のネットワークの中では噂があっという間に広まった。曰く、
「小早川瀬那に迂闊に手を出すと、隣町の金剛阿含に死ぬほどボコられる」と。
                       ・
                       ・
                       ・
思えばその頃から二人は、既に無意識の内に、瀬那に惹かれていたのだろう。
幸い、女の子の友達には徐々に恵まれていった瀬那は、それ以降は楽しい学
校生活を送ってきたようだ。だが彼女は今、それら俗世の幸せをすべて捨て、
人知を超越した存在に一生を捧げようとしている。雲水の想いと阿含の自尊心
は、それを容認することなど到底出来なかった。双子の心があの幼かりし日
と同様に、再び同調する。

ワタスモノカ、タトエアイテガ何デアロウトモ……

二人の視線が一瞬交わり、再び作戦が決まった。
                        ・
                        ・
                        ・
「駄目と言っているのではない。冗談抜きに言えば、仏道に入るということは己
一人の精進で済む問題ではないんだ。伯母上のもとにもよく、色々な悩みを相
談しに多くの人が来るだろう?俗世での経験を豊富に積んだ者の方が、適性が
あるのだよ」
「別に今すぐなる必要ねえだろ。年齢制限ある訳じゃねーし。も少し時間おいた
ら、オメーが好きなモンみんなあきらめっ時、そんな苦しまなくて済むかもしんね
ーぜ?」

双子は言葉を尽くして瀬那を説得した。単純な瀬那はアッサリとまるめ込まれ、
とりあえず近くの都立高校の三次募集の願書受付〆切が明後日ということで、
大急ぎで準備にとりかかるという予定変更を、養母の尼に告げに行ったのだっ
た。

本堂に取り残された雲水と阿含は顔を見合わせ、してやったりと会心の笑みを
浮かべた。

「あいかーらず鮮やかな口舌なこって」
「お前もなかなかのものだったぞ」
「いえいえ、オニーサマには及びません」
「謙遜する必要は無い」

ゴロリと横になった弟から、従妹が先程まで頭部を覆うのに使っていた白い絹布
を取り上げると、雲水はそれを丁寧に畳み始めながら、淡々と独り言のように呟く。

「まあ、もし瀬那がどうしても尼になるというのなら、剃髪さえしなければ、それは
それで……な」
「?」

珍しく読み取れぬ兄の意図に、阿含は怪訝な顔をした。雲水はチラリと弟の顔を
一瞥すると、済ました顔でサラリと爆弾発言を放つ。

「薄墨、白色、うすくれない……あれの法衣を己が手で乱して、雪肌(せっき)に
桜花を散らすのも、なかなか趣深いのではないか?」

さすがの阿含も一瞬、目を点にし、たっぷり十秒は沈黙した。そして一言。

「雲子ちゃんのヘンターイ☆★」
「黙れ、想像しなかったとは言わせんぞ」

可憐な桜の花びらが舞う麗らかな、春のある晴れた日の、何とも心和む(?)
兄弟の会話だった。

墨染桜 (中編)

2006年04月17日 | 金剛双子×瀬那
「雲水さん、阿含さん」
瀬那は振り向き、嬉しそうに笑みを深くする。だが双子の方は対照的に、強張った
表情だ。兄の雲水はまだしも、弟の阿含の表情など、まるで悪鬼の相を呈しており、
普通の人間なら足が竦んでしまうところである。だが瀬那は特に臆する様子も無く、
変わらず笑みを湛えている。

まずは阿含がツカツカと歩み寄ってきた。そしてむんずと瀬那の頭を覆う白い絹布を
掴み、取り去る。あっという間の出来事に、瀬那は一瞬、何が起きたのか理解出来
なかった。一拍おいてようやく、彼女は驚愕の表情と声を出す。
「な、何するんですかぁ!?」

阿含は阿含で瀬那のツンツンの短い髪に驚いていたのだが、瀬那の抗議の声で我
に返ると、地を這うように低い、ドスの利いた声で凄んだ。
「テメェ…人に断りもなく何ふざけた真似してやがる……」

瀬那は思わずビクリと身を縮こませた。まだ入り口の所に立っていた雲水は、瀬那
の尼僧姿を見て弟同様、目を大きく見開いていたのだが、阿含の様子と瀬那の怯え
た表情を見ると、慌てて二人の傍に走り寄った。

「よさんか、阿含!瀬那が怯えているだろう」
「ああ゛? じゃあ何か、お優しいオニーサマは従妹のこの妙ちくりんな格好が全然
気にならないってか? そーかそーか、似たような進路選択だもんなぁ~?」
阿含の怒りはエスカレートする一方、このままでは瀬那に手を上げかねないと判断
した雲水はとりあえず、ストレートに瀬那を向いている弟の怒りの矛先を逸らすため、
何故急に尼の形を始めたのかと瀬那に問うた。雲水は雲水で、多大に困惑して
いたのである。

「だって、僕もう今日で中学卒業しますし、高校に進学するつもりはないから……
これでやっと修行始められると思って……少しでも早く院主様のお役に立ちたかっ
たし……」
瀬那は自分を「僕」と言う。別に少年のように振る舞うのが好きな訳ではなく、単に
尼寺に引き取られたばかりの頃、人見知りばかりしてなかなか友達の出来なかった
瀬那とよく遊んでくれたのが、養母の尼の甥にあたる金剛兄弟だったので、瀬那も
つい自分を男の子のように錯覚し、「僕」と言っていたのが、そのまま癖になって
しまったのだ。

瀬那のオドオドとした答えを、義理の従兄にして昔から一番近しかった男の友達の
一人─あくまで瀬那にとっての感覚であったが─は、冷笑と共にバッサリと斬り
捨てた。
「ケッ、未だに般若心経すら満足に暗唱出来ねぇテメェが修行だと? 笑わせんな」
阿含の指摘に瀬那はシュンとしてしまう。確かに、お経の中で最も短いと言われる、
僅か262文字の般若心経の読経にさえ、しばしば躓く彼女だった。義理の従兄弟達
と違い、それほど頭が切れる訳ではなく、ややもすれば「鈍い」とまで評されてしまう
瀬那。本人は何事にも一生懸命なのだが、如何せん結果が伴わないことが殆どなの
である。

「阿含、言葉が過ぎるぞ」
再び雲水が弟を注意する。他者の心情を慮ることに長けた雲水は、たとえ弟と同じ
疑問を抱こうとも、瀬那を無闇と傷つけるような発言は決してしない。無骨な手で
そっと瀬那の頭を撫で、厳しい表情をやや緩めると、「気にするな」と瀬那を慰めた。
穏やかな年長の従兄の優しい言動に、瀬那は俯いていた顔を上げ、再び嬉しそうな
顔になる。

一方阿含は、兄と従妹の醸し出すほのぼのとした雰囲気に疎外感を味わい、イライラ
を更に募らせていた。このままでは自分が悪者にされるだけで、本題がうやむやのまま
になってしまう。実際には阿含自身、自分が善人だなどとはまったく思っていないし、
普段なら他者からの非難など歯牙にもかけないのだが、こと瀬那に関する執着心だけ
は人一倍あるが故に、不本意ながらも彼にしては珍しく、最大限の忍耐力をもって一旦、
その怒りを抑え込んだ。そして不機嫌さは相変わらず滲ませながらも、先程までと比べ
ればかなり落ち着いた表情と声で、再び言葉を発する。
「ババァもいつも言ってんじゃねーか、別におめーまで尼になる必要はねえってよ」
「だから、院主様のこと“ババァ”って呼ぶのやめて下さいっていつも言ってるのに!」
瀬那は先程までの阿含に対する怯えはどこへやら、両手を強く握り締めて抗議すると、
頬をプゥと膨らませた。まだまだ幼稚さが抜け切らない彼女のそんな様子に、表にこそ
出さないものの、阿含は心の中でだけ満足気に笑った。いつも通りのこいつだと。
瀬那の額に軽くデコピンを放つと、彼女から奪い取った白絹をヒラヒラと振り回しながら、
阿含はさっさと寺の中へ入っていった。

あいつは一体いつになったら、好きな子をいじめて気を引こうとする、幼稚園児の域から
抜け出せるのだろうと、弟の言動に苦笑しつつも、瀬那に対する感情が男女間の甘やか
なものだとは決して認めようとしない弟の頑なさに、兄の雲水は心中、密かに安堵して
いた。三人の中で一番大人びた思考力を持つ雲水は、心身ともに未だ幼さが色濃く残る、
義理の従妹への淡い恋心を、既に自覚していたからである。

墨染桜 (前編)

2006年04月08日 | 金剛双子×瀬那
ご注意下さい!瀬那を女の子としている上、付け焼刃の仏教知識が出てまいり
ます(ある意味、宗教に対する冒涜かと)。「そういうのはちょっと……」と思われた
方には、読まないことをお勧め致します。










暖かな光が燦々と降り注ぐ中、寺の裏庭に佇む少女は桜貝のように小さな唇を
綻ばせ、静かに微笑んでいた。春爛漫の極彩色の中にあって、彼女だけは春に
相応しくない、薄い墨染めの法衣に身を包んでいる。だがつつましい色彩しか
持っていない筈のその姿には、何とも言えない可憐な魅力が溢れており、庭に
咲き誇る艶やかな花々にも、不思議と見劣りするものではなかった。

少女の名は小早川瀬那と言う。幼い頃に両親を交通事故で失い、尼寺の住職を
務める遠縁の女性に引き取られた。尼は瀬那を血を分けた我が子のように慈しみ、
瀬那もまた彼女を実の母のように慕っていた。そのまま何事も無く、穏やかな日々
が続いてゆくのだろうと思われていた二人だったが、瀬那の中学卒業が近付くに
つれ、彼女の将来に関して、双方の意見はしばしば衝突するようになっていった。

尼は瀬那に、ごく平凡な女性としての幸せを掴んでほしいと望んでいた。しかし
淋しがり屋の瀬那は、大好きな養母から離れたくなかったのと、これまで愛情
深く育ててくれた彼女への恩返しのため、尼となり、寺を継ごうとしていたので
ある。

まだ未成年のこととて、尼の許可無しに剃髪することは当然許されなかった。
しかし、中学の卒業祝いに何を望むかと問われた瀬那が迷うことなく、法衣の
着用を許してほしいとせがむと、養母もとうとう根負けし、一日限りとの条件
付きで、可愛い養女の願いを叶えてやることにしたのである。

「お前ぐらいの年頃なら、普通はもっと明るくて、綺麗な服を着たがる筈なのに……」
苦笑する養母を尻目に、瀬那は大満足だった。つぶらで澄んだ瞳は誇らしさで
キラキラと輝き、細い指先から華奢な手首にかけては、瀬那の清らかな心を
結晶化したような水晶の数珠がかけられ、これまたキラキラと陽光を反射して
輝いている。頬は嬉しさのあまり、紅を刷いた訳でもないのに薄紅色だった。

はらはらと、瀬那の滑らかな象牙のような額と、頭部全体を覆う白絹の上に、先程
からひっきりなしに桜の花びらが零れ落ちている。滑らかな絹地の下には、昨日
までは清楚な尼削ぎだった褐色の髪が、まるで少年のような印象を他者に与える
ほどの長さにまで短くされ、隠されている。法衣を着せてもらうのに、俗世の象徴
である髪は少しでも短くし、本物の尼に近付きたいと思っていた瀬那が、決して
器用とは言えない危なっかしい手つきで、躊躇うことなく切り落としてしまったのだ。
おしゃれのためではないのだから、自分で切れば十分と、彼女は思ったのである。

どうせ、いずれはすべて無くなるものなのだから、とも。
瀬那には、尼になることを諦める気などさらさら無かった。

「「瀬那!」」
条件付きとは言え、今日ようやくにして法衣の着用を許可されるに至るまでの、
養母とのこれまでのやりとりを苦笑交じりに思い返しながらも、この上ない満足
感に浸っていた彼女の名を、二つの声が同時に呼んだ。

よく似た声ではあったが、一つは穏やかさと寛容に満ち、しかしどこか厳しさも
含む、耳に心地良い低音の響き。もう一つは荒々しく、いっそ暴力的ですらあり
ながら、どこか無邪気な子どもらしさをも感じさせる声音。

前者は雲水、後者は阿含、瀬名の義理の従兄に当たる双子の兄弟が、庭の入り
口に立っていた。