冷艶素香

現ES21がいろんな人達から愛されていたり、割れ顎の堅物侍を巡って、藤と金の人外魔境神未満ズが火花を散らしたりしてます。

珠玉 4

2006年05月28日 | 珠玉
進と瀬那が初めて出会ったのは五年前に遡る。一年に一度行われる、泥門国王
の誕生祝い。その年も神龍寺を除いては、東西の隣国・王城と西部、及び南北の
海洋諸国家から、絢爛たる祝賀の使節団が泥門を訪れていた。

王城からの使節団には護衛として(実は大国の威容を誇示するためでもあったの
だが)、精鋭部隊・ホワイトナイツが必ず随行してくるのが慣例となっていた。
ホワイトナイツへの入団可能年齢は15歳からと定められていたが、進の突出した
才能と実力は特例を認められ、騎士見習いとしてその年から、護衛の一員に加わ
ることを許されていた。経験を積み重ねることでその力は更に確かなものとなり、
必ずや王城に多大な貢献をするであろうと、12歳の幼さにして進は、祖国の期待
を一身に背負っていたのである。その期待に背くことなく、彼の強さへの探求心は、
飽くことをまったく知らなかった。
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その年も、各国使節団のそれぞれに特色ある行列を一目見ようと、物見高い群集
が押し合いへし合いしていた中で、小さな体を何度も健気にジャンプさせていた瀬
那に、さすがに国の公式行事とあって帰国していた蛭魔が何気無い一言を放った。

「そんなにあいつら見てぇんなら、うちの城の謁見式来っか?」

進と瀬那の出会いを決めた、運命の一言だった。
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本来なら拝謁の儀に列席することなど到底叶わぬ庶民の瀬那だったが、皇太子
という公の地位とは別に、「地獄のプリンス」という異名で、国内外問わず恐れら
れる蛭魔の、ほんの一言、二言によって、小柄で幼い顔立ちの少年は、あっと
いう間に皇太子付きの侍従の一人として、彼の傍近く控えていることになった。

王城と西部の使節団は毎年、泥門国王の誕生祝賀式典に於いて、交互に最初
の謁見を賜っており、その年は王城の番であった。王城の使節団は誰しもが威厳
を備え、立ち居振る舞いも作法に適う見事なものであったが、その中でもとりわけ
瀬那が目を引き付けられたのは、年の頃、自分より少し上といった黒髪の少年だ
った。

少年と呼ぶにはいささか貫禄があり過ぎないでもなかったが、周囲を堂々たる体
躯の騎士達に囲まれながら、まったく物怖じしていないその落ち着きぶりは、瀬那
に知らず知らずの内に、畏敬の念を起こさせていた。

あの人、誰なんだろう……?

瀬那の表情を目敏く読み取った蛭魔が小声で簡潔に説明する。
「ありゃ、ホワイトナイツの進清十郎だ。まだ騎士団に入団出来る年じゃねえが、
実際にはもう王城で、あいつと戦って敵う奴は一人もいねえって話だ」

進さん……か、すごいなぁ。
僕とそんなに年も離れてなさそうなのに……。
頭も良さそうだし……。

「ちなみにオメーより一つ上なだけ」
またもや瀬那の心を見透かして、ケケケと笑う蛭魔のセリフに、瀬那は更に驚き
を深め、改めて進を凝視した。幸いにして、進は好奇の目に晒されることに慣れ
ていた上、その日もやはり泥門の多くの者たちが、進に対し興味津々の態であっ
た為、彼が瀬那一人の視線に注意を向けることは無かった。
……ある瞬間までは。


「国王陛下、お覚悟!」

そのある瞬間というのは、突然、謁見の間の高い天井から、黒装束に身を包んだ
賊が、床へ飛び降りると同時に、同じその床を蹴って、泥門国王に切りかかろうと、
突進してきたのである。

しかし賊がその目的を果たせることはなかった。玉座まであともう少しという所
で、背後から物凄い勢いで走ってきた何者かに、強烈な一撃─槍のように感じ
られたそれは、実は人間の片腕だったのだが─を喰らわされたからである。

しかしその衝撃によって、国王の傍らに置かれていた泥門王国の象徴─玉製の
蝙蝠の置物が、置かれていた台の上から落ちて、今にも床と衝突しそうになった。
その瞬間、小さな影が旋風のように─いや、旋風そのものが置物の下に滑り込ん
で、その「玉砕」を防いだ。

国王の命を救った功労者は僅か12歳の見習い騎士であり、泥門の象徴を守った
のは、これまた僅か11歳の少年侍従だった。
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あっという間の出来事に、誰しもがただ驚くしか出来なかったその中で、ただ一人
落ち着き払っていたのは、皇太子の蛭魔だった。彼がつまらなそうにパチンと指を
鳴らし、その音が静まり返った謁見の間に響き渡るや否や、ザッと、手に手に武器
を構えた兵士たちが、突如として至る所から出現し、あれよあれよという間に幾人
かの泥門貴族たちの身柄を拘束した。

「国と王室に対し謀反を企てし者ども、即刻引っ立てよ」

常日頃の荒っぽい言動からは、想像も出来ないほどの静かな皇太子の声に、捕ら
えられた貴族たちは却って恐怖心を煽られ、身を震わせた。そして屈強な兵士たち
に悲鳴の届かぬ所まで引きずられていった彼らは、そこで自分たちの直感が正しか
ったことを、まさしく「痛」感させられることになったのである。

兵士たちは、以前から謀反の気配を察知していた蛭魔が予め城中に配置していた、
彼個人の私兵たちだった。
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賊がすべて捕らえられたことで騒ぎがひとまず収まると、顔色はさすがに未だ青ざ
めていたが、泥門国王も落ち着きを取り戻し、各国の使節団に非礼を詫びると共に、
二人の少年を労った。

「その方たちの見事な働き、幼いながら大したものよ。褒美を取らす、何ぞ望みが
あれば遠慮なく言うてみよ」

国王の鷹揚な申し出に、瀬那は「いえ、僕は何も……」と、オドオドとした態度で
遠慮をした。だが隣国の見習い騎士・進は、瀬那に一瞥を投げると、よく通る凛と
した声で国王に願った。

「陛下のかたじけなきお言葉に甘えましてこの進清十郎、こちらの侍従殿としば
し、お話をしてみとう御座います。皇太子殿下の御側付きを一時とはいえ拝借する
無礼、重々承知してはおりますが、この儀、お聞き入れ下さいましょうか」
「断る」

即答したのは進の願いを叶える立場にあった国王でもなく、当事者の瀬那でもなく、
皇太子・蛭魔だった。予め知っていたとはいえ先程までの騒動にも、謀反人たちに
無慈悲な宣告を下すに際しても、眉一つ動かさず終始一貫して冷徹な表情と態度
を崩さなかった蛭魔が、この時だけは怒気をあらわにしていた。

「何を訳の分からぬことを、幼子の我儘でもあるまいに。進清十郎とやら、構わぬ。
そこな侍従と御苑でも散策してくるがよい。年近き者同士、話も弾むことであろう」

言葉同様に鷹揚な笑いを示す父王をも、蛭魔は遠慮無く、鋭い眼差しで睨み付け、
更に何かを言おうとしたが、それよりも速く進が「有難う存じます、それでは」と、
瀬那の手を取って謁見の間から走り去って行った。瀬那ほどではなかったが、進
の俊足も大したもので、二人の姿はまるで煙のように広間から消え去った。

一拍おいてからの蛭魔の表情は、それはそれは恐ろしいものであったと以後、
城中に長く語り継がれてゆくことになる。
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「あの、進……さん?僕にお話って何でしょうか……?僕、早く蛭魔さ……皇太子
様のお側に戻らないと……」

それほど長身という訳ではなかったが、自分よりはずっと高い身長の進を恐る恐る
見上げ、瀬那はか細い声で彼に用件を尋ねた。進はしばらく黙りこくったままで
瀬那を見下ろしていたが、ふとしゃがみ込むと、王城の紋章が入った手袋を脱ぎ
捨てて、突然、瀬那のふくらはぎに触れてきた。当然のことながら、瀬那は飛び
上がらんばかりに驚いた。

「ななななななにするんですかぁ!?」
「……大したものだ」

瀬那の抗議に対して返されたのは、意味不明の称賛だった。

「は、はい???」
「あれほどの俊足、一朝一夕で得られるものではない。どのような鍛錬をしている
のか、ぜひ教えてほしいのだが」

先程までとは逆に、見上げてくる進の瞳には、いささかの戯れも存在せず、ただ
「強くなりたい」という、ひたすらに真摯な思いだけがあった。

瀬那はそこでようやく、彼が隣国で現在、最も騎士としての将来を嘱望されている
少年であったことを思い出した。

「いや、特にこれといって何かしてる訳じゃ……強いて言うなら昔からパ……」
パシられ続けてきてたんで、と言いかけて、慌てて瀬那は口を噤んだ。

こんな立派な人に言える訳無いよ!友達が教えてくれた俊足術使って、ずっと
他人の使いっ走りばかりしてきたから足速くなりましたなんて……。今は蛭魔
さん以外の人には無理言われること無いけど、それでもなぁ……

「パ……何だ?」
進が怪訝そうな表情で瀬那にその先を促した。

「パ、パ、パン!そう、パン!もう死んじゃったんですけど、腕の良かった知り
合いのお医者さんが、僕の体がもっと健康になるようにって、薬草入りの特別
なパンの作り方を教えてくれて……それと毎日走り込みをするようにって!
そしたらだんだん足が速くなって……」

咄嗟に思いついた出鱈目を、それ故に物凄い早口で瀬那はまくし立てた。

「ふむ……そのパンの作り方、俺にも教えて貰えないだろうか?」
「あ……すみません。肝心の薬草が……何でもそのお医者さんが昔、旅の
行商人からほんの少しだけ買ったものらしくて、僕の家と、あと二、三人に分け
たら、あっという間に無くなっちゃったそうなんです。お医者さんが死んじゃった
んで、もうその薬草の名前も分からなくて……」

よくもまあこんな嘘を次から次へとつけるものだと、瀬那は自分自身でもある
意味感心しながら、進の反応を窺った。進はしばらく腕組みをして考え込んで
いたが、諦めたように一つ溜息をつくと、立ち上がり、無理に引っ張ってきて
すまなかったと、己の性急な行動を詫びたのだった。

「いえ、僕の方こそお役に立てなくて……そうだ!進さん、何日間か泥門に
いるんですよね?ご迷惑でなければ、一緒に走り込みしませんか?っと、そう
いえばまだ名乗ってませんでしたね。僕、瀬那って言います」

何か……何か他に、この人の役に立てることは無いだろうか?
強制や命令ではなく、生まれて初めて自分から、誰かの為に何かをしたいと
思った瀬那は、自分の足の速さを何故か高く評価する蛭魔に命じられ、走り
込みをしているのだけは本当のことだったと思い出し、勇気を振り絞って、普段
の彼ならば決して言わないような、積極的な誘いの言葉を口にした。

「む……悪くないな」
進は心を動かされたようで、それからの数日間、彼ら二人は朝と夕の決まった
時刻に、城からほど近い川沿いを共に走った。

進が王城に帰る日の、最後の走り込みの後。進は瀬那に、
「いずれまた泥門を訪れるだろう。その時はまた一緒に走ってくれるか?」と
聞いてきた。

ほんの数日間ではあったけれど、まもりやモン太や鈴音たち友人らや、少々
乱暴ではあるが蛭魔の、「守るべき対象」としての優しさに満ちた接し方では
なく、時には厳しいことも口にする進の、自分を対等な者として扱ってくれる
態度に好感を抱き始めていた瀬那は嬉しそうに、本当に嬉しそうに、それまで
見せていたものとはまったく違う、卑屈さの欠片も無い初めての笑顔を浮かべ、
答えた。

「はい、喜んで」

それでは約束の証にと、進は腰に帯びていた佩玉を外し、瀬那に手渡した。
それほど大きくはなかったが、つややかな光沢を放つ白い玉は、一目で極上
の品と分かるもので、腰に結ぶ帯の部分は白絹だった。瀬那は吃驚して進に
それを返そうとしたが、進はもう一度、約束だと呟くと、瀬那の腰に佩玉を素早く
結び付け、走り去っていった。
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あの佩玉を強引に瀬那の腰に結び付けてきたのは、或いは彼のあの、花が
綻んだような笑顔と、どこかでいつも、繋がっていたいと思ったからだろうか?
ほんの数日間、一緒にいただけだというのに……。

王城へ帰る道すがら、進は自問自答を繰り返した。しかし、その時にはまだ、
どんなに考えてもその疑問に対する答えが見つかることは無かった。
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それから五年の間、進と瀬那の約束は毎年守られ続けた。進が王城からの
使節団に随行してくる度、彼らは時間を見つけては共に走った。互いに交わ
した言葉はさほど多くはなかったが、二人は共に過ごす時間の間に、それぞれ
生きてきた中で、一番の幸福感を感じていた。

しかし、一見穏やかそうに見えてその実、友情と呼ぶにはあまりにも濃厚な
その感情の正体に気付くには、彼ら二人の心の成長は、肉体の成長とは
裏腹に、あまり進んでいなかった。

悲劇が起こるのは、五年後。

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