冷艶素香

現ES21がいろんな人達から愛されていたり、割れ顎の堅物侍を巡って、藤と金の人外魔境神未満ズが火花を散らしたりしてます。

Do you need sugar?

2006年04月20日 | 陸×瀬那
人間の体に糖分は必要不可欠なものだけど、別にそれをお菓子から摂取する
必要は無い。
果物、錠剤、点滴……今の世の中に糖分摂取の手段はいくらでもある。
じゃあどうして、この世にお菓子というものが存在するんだろう?
俺は思うんだ。
お菓子っていうのはその存在に感謝や愛情、祝福、称賛といった「いい」想いが
たくさん込められていて、人々を幸せな気持ちにさせるからなんじゃないかって。

「陸、お誕生日おめでとう!」

満面の花のような笑みと共に差し出された、中くらいの箱。白地に銀色の砂粒の
ようなものが所々にキラキラ光っている特殊な紙で出来たそれには、緑色をした
絹地のリボンが結ばれていた。心なしか、微かに甘い匂いが漂ってくる。

「ありがとう、瀬那。開けてみていいか?」
もちろん!と快諾してくれた瀬那から箱を受け取り、丁寧にリボンを解く。
中から出てきたのは……焦げ茶一色でシンプルではあるが、上品な感じのチョコ
レートケーキだった。

驚いた表情で見やれば、ちょっと恥ずかしそうな表情の瀬那。
「瀬那、これもしかして……お前が?」
「まもり姉ちゃんに教わって作ったんだ。陸はそんなに甘いもの好きじゃないっ
て知ってるけど、僕はお誕生日にはやっぱりケーキがあった方が、それらしくて
いいと思って……」

それに……陸にはお金で買えるものじゃなくて、僕の“気持ち”を受け取って
ほしかったから……

俯いた顔はほんのりと赤く染まり、最後の方は消え入りそうな声だったけど、その
部分に限って俺の心に一番強く響いた瀬那の言葉。

嬉しい!心の底からそう思った。手を洗うのももどかしく、一緒に入っていたプラス
チック製のフォークで一切れ、ケーキを口に放り込む。

美味い……甘さ控えめだけど、濃厚なカカオの味がしっとりと口内に絡み付く。
まも姉の指導のおかげもあるんだろうけど、このケーキの美味しさの理由はそれ
だけじゃない筈だ。その理由に思いを至らせると、ケーキの食感や香りとも相俟って、
何だか凄くエロティックな気分になった。

「陸?どうしたの?」
知らず知らずの内に俺の口元はだらしなく緩んでいたらしい。自分では見えなかっ
たけれど、目尻もみっともなくヤニ下がっていたに違いない。

美味しくなかった?という瀬那の不安そうな声で、ハッと我に返った俺は、慌てて
表情を引き締めた。いけないいけない、危うく瀬那の俺に対するイメージが崩れる
ところだった。

「いや、あんまり美味いもんだからビックリしちゃって……」
ニッコリと、「瀬那が憧れている甲斐谷陸」の微笑みを顔に浮かべ、瀬那に返事を
する。

瀬那は俺の言葉にホッとしたようで、よかった!と嬉しそうに声を弾ませる。
可愛いな。
こんな可愛い恋人と素敵なプレゼント、今年の誕生日は今まで生きてきた中で
間違いなく最高のものだ。

「なあ瀬那、俺、お前にお返しがしたいんだけど……?」
ゆっくりと呟きながら、もう一切れケーキを口に放り込み、少しだけ味わう。
瀬那が、え?と不思議そうな顔をして無防備になった瞬間、彼の両頬を強く自分の
両手で挟み、可憐な唇に口付ける。

「○×△□★♯♪†~¥@※!!!???」

驚きのあまり、瀬那が金縛り状態なのをよいことに、口に含んだチョコレートケーキ
を瀬那の口内に押し込んだ上で、俺は瀬那の口内を舌で存分に弄った。
むせ返るように濃艶なカカオの香りと口端から零れる銀糸が、いやが上にも気分を
昂揚させる。
                        ・
                        ・
                        ・
ずっとこうしていたいと思いつつも、俺の胸を両の拳で叩いて抗議する苦しそうな
瀬那に、俺はしぶしぶ彼を解放した。口元を拭いながら、潤んだ目で睨み付けて
くる瀬那。
……怒った顔も可愛いとはよく言ったもんだ。

「り、陸っ!」
「なぁ、瀬那……?」

抗議と誘惑の声が重なる。だが誘惑の声には相手の頬を指先でゆっくりと辿ると
いうオプションが付いていた。途端、瀬那の瞳に弱々しいながらも、妖しい光が
宿る。

君という甘い甘い「お菓子」が、幸せな気持ちで一杯にしてくれた僕の心。
ねぇ、お願い?
今日一日は、僕だけのものでいて?
他の人に食べられちゃダメだよ。その代わり僕も、君以外の「お菓子」は
絶対に食べないから。
人間が生きてゆく上で必要不可欠な糖分。
僕達はそれをわざわざお菓子から摂取する必要は無い。
でも僕は叶うことなら、これから先の糖分摂取は全部、
君から摂りたいんだ……。

墨染桜 (中編)

2006年04月17日 | 金剛双子×瀬那
「雲水さん、阿含さん」
瀬那は振り向き、嬉しそうに笑みを深くする。だが双子の方は対照的に、強張った
表情だ。兄の雲水はまだしも、弟の阿含の表情など、まるで悪鬼の相を呈しており、
普通の人間なら足が竦んでしまうところである。だが瀬那は特に臆する様子も無く、
変わらず笑みを湛えている。

まずは阿含がツカツカと歩み寄ってきた。そしてむんずと瀬那の頭を覆う白い絹布を
掴み、取り去る。あっという間の出来事に、瀬那は一瞬、何が起きたのか理解出来
なかった。一拍おいてようやく、彼女は驚愕の表情と声を出す。
「な、何するんですかぁ!?」

阿含は阿含で瀬那のツンツンの短い髪に驚いていたのだが、瀬那の抗議の声で我
に返ると、地を這うように低い、ドスの利いた声で凄んだ。
「テメェ…人に断りもなく何ふざけた真似してやがる……」

瀬那は思わずビクリと身を縮こませた。まだ入り口の所に立っていた雲水は、瀬那
の尼僧姿を見て弟同様、目を大きく見開いていたのだが、阿含の様子と瀬那の怯え
た表情を見ると、慌てて二人の傍に走り寄った。

「よさんか、阿含!瀬那が怯えているだろう」
「ああ゛? じゃあ何か、お優しいオニーサマは従妹のこの妙ちくりんな格好が全然
気にならないってか? そーかそーか、似たような進路選択だもんなぁ~?」
阿含の怒りはエスカレートする一方、このままでは瀬那に手を上げかねないと判断
した雲水はとりあえず、ストレートに瀬那を向いている弟の怒りの矛先を逸らすため、
何故急に尼の形を始めたのかと瀬那に問うた。雲水は雲水で、多大に困惑して
いたのである。

「だって、僕もう今日で中学卒業しますし、高校に進学するつもりはないから……
これでやっと修行始められると思って……少しでも早く院主様のお役に立ちたかっ
たし……」
瀬那は自分を「僕」と言う。別に少年のように振る舞うのが好きな訳ではなく、単に
尼寺に引き取られたばかりの頃、人見知りばかりしてなかなか友達の出来なかった
瀬那とよく遊んでくれたのが、養母の尼の甥にあたる金剛兄弟だったので、瀬那も
つい自分を男の子のように錯覚し、「僕」と言っていたのが、そのまま癖になって
しまったのだ。

瀬那のオドオドとした答えを、義理の従兄にして昔から一番近しかった男の友達の
一人─あくまで瀬那にとっての感覚であったが─は、冷笑と共にバッサリと斬り
捨てた。
「ケッ、未だに般若心経すら満足に暗唱出来ねぇテメェが修行だと? 笑わせんな」
阿含の指摘に瀬那はシュンとしてしまう。確かに、お経の中で最も短いと言われる、
僅か262文字の般若心経の読経にさえ、しばしば躓く彼女だった。義理の従兄弟達
と違い、それほど頭が切れる訳ではなく、ややもすれば「鈍い」とまで評されてしまう
瀬那。本人は何事にも一生懸命なのだが、如何せん結果が伴わないことが殆どなの
である。

「阿含、言葉が過ぎるぞ」
再び雲水が弟を注意する。他者の心情を慮ることに長けた雲水は、たとえ弟と同じ
疑問を抱こうとも、瀬那を無闇と傷つけるような発言は決してしない。無骨な手で
そっと瀬那の頭を撫で、厳しい表情をやや緩めると、「気にするな」と瀬那を慰めた。
穏やかな年長の従兄の優しい言動に、瀬那は俯いていた顔を上げ、再び嬉しそうな
顔になる。

一方阿含は、兄と従妹の醸し出すほのぼのとした雰囲気に疎外感を味わい、イライラ
を更に募らせていた。このままでは自分が悪者にされるだけで、本題がうやむやのまま
になってしまう。実際には阿含自身、自分が善人だなどとはまったく思っていないし、
普段なら他者からの非難など歯牙にもかけないのだが、こと瀬那に関する執着心だけ
は人一倍あるが故に、不本意ながらも彼にしては珍しく、最大限の忍耐力をもって一旦、
その怒りを抑え込んだ。そして不機嫌さは相変わらず滲ませながらも、先程までと比べ
ればかなり落ち着いた表情と声で、再び言葉を発する。
「ババァもいつも言ってんじゃねーか、別におめーまで尼になる必要はねえってよ」
「だから、院主様のこと“ババァ”って呼ぶのやめて下さいっていつも言ってるのに!」
瀬那は先程までの阿含に対する怯えはどこへやら、両手を強く握り締めて抗議すると、
頬をプゥと膨らませた。まだまだ幼稚さが抜け切らない彼女のそんな様子に、表にこそ
出さないものの、阿含は心の中でだけ満足気に笑った。いつも通りのこいつだと。
瀬那の額に軽くデコピンを放つと、彼女から奪い取った白絹をヒラヒラと振り回しながら、
阿含はさっさと寺の中へ入っていった。

あいつは一体いつになったら、好きな子をいじめて気を引こうとする、幼稚園児の域から
抜け出せるのだろうと、弟の言動に苦笑しつつも、瀬那に対する感情が男女間の甘やか
なものだとは決して認めようとしない弟の頑なさに、兄の雲水は心中、密かに安堵して
いた。三人の中で一番大人びた思考力を持つ雲水は、心身ともに未だ幼さが色濃く残る、
義理の従妹への淡い恋心を、既に自覚していたからである。

珠玉 3

2006年04月13日 | 珠玉
巨深に併合された柱谷と賊学は、泥門から海を隔てて、北と南の最も近い
隣国だった。国の豊かさは泥門と比べればそれほどでもなかったが、軍事
力においてはかなりの定評があり、それぞれ泥門とは、友好国という程の
間柄ではなかったが、貿易などで一応の交流はあったし、軍事的には不可
侵条約を結んでいた。柱谷と賊学が存在するおかげで、泥門は海岸線の
警備や、水軍の増強にそれほど気を回さなくて済んでいたと言ってもよい。

しかしそれらの頼もしき二国家が、巨深の軍門に降ってしまった。となれば、
次に狙われるのは泥門である。巨深は南北それぞれの中小国家群に、
その中の雄とも言うべき柱谷と賊学を倒すことで、自分達の実力を見せ
つけて牽制し、泥門攻略に専念出来るようにしたのである。

泥門を足場にして、巨深の名を世界に轟かせたい─壮大な野望を胸に、
数年で民族を一つにまとめあげた若き実力者の名は“カケイ”。その名前
の音を大陸の文字に当て嵌め、「筧」の文字と畏怖の念をもって呼ばれる、
眼光鋭い美丈夫である。また彼の野望を実現化するにあたり、最大の強み
は“ミズマチケンゴ”という、筧に見出され、戦場に於いてその勇が止まる
ところを知らぬ、金色の髪の巨漢であった。大陸の文字では「水町健悟」
と表され、その戦いぶりと目立つ髪から黄金の獅子にも例えられていたが、
普段は大層人懐こく呑気な男であった。
                       ・
                       ・
                       ・  
時の泥門国王は、決して暗君ではなかったが、穏やかな気性が災いしてか、
やや優柔不断のきらいがあった。それ故に時として、国内の勢力ある貴族
達のよいようにされてしまうこともあったが、彼にも最低限の譲れない一線
はあったことと、見聞を深める為、諸国を遊学中の皇太子・蛭魔が、時として
フラリと帰国しては、その才智を遺憾無く発揮し、それらの権臣達の企みを
粉砕していたので、完璧ではないにしても、これまでの泥門は一応の平和
と繁栄を維持してきたのである。だが、今回の巨深の侵略は、彼らにとって
は絶好のタイミングで、泥門という国にとっては最悪の時期に始まった。

即ち─皇太子不在時の国王崩御である。

国王という枷が無くなり、目の上の瘤である皇太子は遠い異国の地。王族
の中には、一時的にでも執政を務められるような器量を持つ者─ましてや
奸臣達の企みを抑え込める者は一人もいなかった。泥門はすぐさま大貴族
達の支配下に置かれてしまう。

新たな支配者達の頭の中を占めるのは、巨深が王都に迫るまで、或いは
皇太子が帰ってくるまで、可能な限りの搾取をして他国に亡命すること。
彼らに愛国心などというものは欠片もなく、あるのはただ薄汚い欲望だけ
だった。

泥門が小国というのは、大陸上繋がっている、他の三大国家に比べればと
いう話で、南北の海上に無数に存在する国々と比較すれば、結構な広さの
領土を持っていた。いくら巨深が力をつけてきたとは言え、所詮は海の民。
陸に上がってからもその勢いを維持することは難しかろうし、ましてや地の
利も無い。適当に軍隊を派遣しておけば、王都に居座る時間はまだまだ十
分にある……これが貴族達の読みであった。

確かに、ある意味でその読みは当たっていた。軍の大半を構成する庶民出身
の兵士達が、皇太子が帰ってくるまでは何としてもと、悲壮な決意の下、高い
士気をもって勇敢に戦っていたからである。瀬那も、そんな中の一人だった。

瀬那は本来、気弱と言ってもよいくらいの心優しい少年だ。幼い頃から他の
子ども達にいじめられては、幼馴染のまもり、鈴音、モン太に庇われていた。
争いを厭い、他者に対して手を上げたことすらない彼が、それでも今回の戦い
に身を投じる決意をしたのは、時には乱暴ともいえるやり方ではあったが、彼
なりの愛情表現で瀬那を可愛がってくれた皇太子への恩返し、そして……

一年に一度だけ、東の隣国・王城からやってくる使節団に随行してくる騎士、
進に、二度と会えなくなるかもしれぬという恐怖からであった。

珠玉 2

2006年04月10日 | 珠玉
泥門は小国ながらも豊かな国だった。ほどほどの耕地に恵まれ、また国内を流れる
大小幾つもの河川からは、常に一定量の砂金が産出し、国庫を安定させていた。
加えて東の大国・王城と、西の大国・西部の間に位置していたことから、二国間の
勢力均衡を保つという重要な役割を果たしており、両国にしばしば話し合いの場を
提供することで、双方から様々な優遇措置や保護を受けていたのである。それらの
恵まれた条件の下、泥門は東西の文化・物資が一堂に集まる商業国家としても
栄えていた。

その泥門の平和に最近、暗雲が垂れ込め始めてきていた。国に水資源と砂金、
交通の便といった恵みをもたらす河川は、そのどれもが皆、最終的には必ず、
北か南の海へと繋がっている。浅瀬から10海里程度までなら泥門の船も漁に
行くことが可能だったが、そこから先は蛮族として恐れられる海洋民族、巨深の
勢力範囲であった。

巨深は10にも満たぬ小さな島々を除いて、領土らしい領土は持たず、もっぱら船の
上を生活の場とする民族であった。彼らの生活手段は漁と、北海・南海に接して
いる国々からの略奪が主なものである。過酷な自然環境に暮らす彼ら、巨深の民に
とって略奪は、犯罪ではなく、農耕民族の収穫作業と同じように重要なものであった。
それ故に巨深の民─特に男性の間では高い戦闘能力と、造船術及び操船術が
大変に重視されており、言い換えればそれらが彼らにとっての、絶対の強さと正義で
あった。

しかし皮肉なことに、その価値観は個々人の自信を不必要なまでに過大化させ、
民族の団結を阻んでいた。彼らの行動は常にまとまりを欠いており、そのおかげ
で、海に接した国々は皆、いつもギリギリのところで巨深の侵略を食い止められて
いたのである。

しかし、その巨深が最近になって、今までとは比べものにならない程のまとまりを
もって勢力を増しつつあると、北の海、南の海にそれぞれ接する国家の間で、恐怖を
もって語られるようになったのが去年の春頃のこと。二人の若者を中心として、巨深
は急速に力をつけ始め、先日にはとうとう中規模国家である柱谷と賊学が、巨深の
攻撃に抗しきれず、併合されてしまったという。

墨染桜 (前編)

2006年04月08日 | 金剛双子×瀬那
ご注意下さい!瀬那を女の子としている上、付け焼刃の仏教知識が出てまいり
ます(ある意味、宗教に対する冒涜かと)。「そういうのはちょっと……」と思われた
方には、読まないことをお勧め致します。










暖かな光が燦々と降り注ぐ中、寺の裏庭に佇む少女は桜貝のように小さな唇を
綻ばせ、静かに微笑んでいた。春爛漫の極彩色の中にあって、彼女だけは春に
相応しくない、薄い墨染めの法衣に身を包んでいる。だがつつましい色彩しか
持っていない筈のその姿には、何とも言えない可憐な魅力が溢れており、庭に
咲き誇る艶やかな花々にも、不思議と見劣りするものではなかった。

少女の名は小早川瀬那と言う。幼い頃に両親を交通事故で失い、尼寺の住職を
務める遠縁の女性に引き取られた。尼は瀬那を血を分けた我が子のように慈しみ、
瀬那もまた彼女を実の母のように慕っていた。そのまま何事も無く、穏やかな日々
が続いてゆくのだろうと思われていた二人だったが、瀬那の中学卒業が近付くに
つれ、彼女の将来に関して、双方の意見はしばしば衝突するようになっていった。

尼は瀬那に、ごく平凡な女性としての幸せを掴んでほしいと望んでいた。しかし
淋しがり屋の瀬那は、大好きな養母から離れたくなかったのと、これまで愛情
深く育ててくれた彼女への恩返しのため、尼となり、寺を継ごうとしていたので
ある。

まだ未成年のこととて、尼の許可無しに剃髪することは当然許されなかった。
しかし、中学の卒業祝いに何を望むかと問われた瀬那が迷うことなく、法衣の
着用を許してほしいとせがむと、養母もとうとう根負けし、一日限りとの条件
付きで、可愛い養女の願いを叶えてやることにしたのである。

「お前ぐらいの年頃なら、普通はもっと明るくて、綺麗な服を着たがる筈なのに……」
苦笑する養母を尻目に、瀬那は大満足だった。つぶらで澄んだ瞳は誇らしさで
キラキラと輝き、細い指先から華奢な手首にかけては、瀬那の清らかな心を
結晶化したような水晶の数珠がかけられ、これまたキラキラと陽光を反射して
輝いている。頬は嬉しさのあまり、紅を刷いた訳でもないのに薄紅色だった。

はらはらと、瀬那の滑らかな象牙のような額と、頭部全体を覆う白絹の上に、先程
からひっきりなしに桜の花びらが零れ落ちている。滑らかな絹地の下には、昨日
までは清楚な尼削ぎだった褐色の髪が、まるで少年のような印象を他者に与える
ほどの長さにまで短くされ、隠されている。法衣を着せてもらうのに、俗世の象徴
である髪は少しでも短くし、本物の尼に近付きたいと思っていた瀬那が、決して
器用とは言えない危なっかしい手つきで、躊躇うことなく切り落としてしまったのだ。
おしゃれのためではないのだから、自分で切れば十分と、彼女は思ったのである。

どうせ、いずれはすべて無くなるものなのだから、とも。
瀬那には、尼になることを諦める気などさらさら無かった。

「「瀬那!」」
条件付きとは言え、今日ようやくにして法衣の着用を許可されるに至るまでの、
養母とのこれまでのやりとりを苦笑交じりに思い返しながらも、この上ない満足
感に浸っていた彼女の名を、二つの声が同時に呼んだ。

よく似た声ではあったが、一つは穏やかさと寛容に満ち、しかしどこか厳しさも
含む、耳に心地良い低音の響き。もう一つは荒々しく、いっそ暴力的ですらあり
ながら、どこか無邪気な子どもらしさをも感じさせる声音。

前者は雲水、後者は阿含、瀬名の義理の従兄に当たる双子の兄弟が、庭の入り
口に立っていた。

珠玉 1

2006年04月08日 | 珠玉
「好きだ…大好きだ……セナ君……」
大きな手で、側頭部からうなじにかけての線を幾度も撫でられては優しく囁かれる。

でも、僕は君の愛に値しない人間なんです。

寝台に腰掛けた筧の膝の上に横向きに座らされている瀬那は、真摯で情熱的な
筧の愛の言葉に耳を傾けながらも、その琥珀色をした瞳だけはずっと、どこか遠い
ところを見つめていた。

ごめんなさい、筧君。君の胸に体を預けている僕の「心」は、君に出会う遥か以前、
ずっとずっと昔、もうあの人にあげてしまっていたんだ。
                            ・
                            ・
                            ・
雲間から月が顔を出し、その冴え冴えとした光が徐々に、男の憂いに満ちた横顔を
明確にしてゆく。常に冷静沈着な表情を崩さぬ平素の彼を知る者達が見れば、一体
どうしたことかと首を傾げるであろう。

「瀬那……」

低く落ち着いた声音が言の葉を紡ぐ。文字にすればたった二つの音。だが男にとって
それは、この世のどんな響きよりも彼の心を熱く震わせ、そして同時にまた、氷で出来た
刃のように冷たく、その心を容赦なく切り刻み、苛むものであった。

過ぎ去った時の流れは最早遡ることは出来ない。しかしそれでも男は繰り返し思うのだ。

もしも、もしもあの時、自分が彼の傍にいることが出来たならば……と。

何故気付かなかったのだろう。自分はずっと愛していたのだ。

あの、琥珀色の瞳をした優しい少年を。
                            ・
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                            ・
こんなに満たされた気持ちは生まれて初めてだ。殺伐とした戦の中でしか、自分は
生きているという実感を抱けないのだと思っていた。自分と海を鮮血で染めることで
増してゆく自信と領土こそが、この世で至上の価値を持つのだと信じて疑わなかった、
過去の傲慢で愚かな自分。
だがあの日、彼が─琥珀色の瞳をした、一人の小柄な少年が、一陣の風のように
俺の鎧を切り裂いて走り去って行った時、その価値観はあっさりと崩れ去った。

そしてその少年─セナ君が俺の目の前に現れ、自分の命と引き換えに、彼の暮らす国、
泥門のすべてを傷つけないでほしいと、俺に向かって膝をついた時……
皮肉なことに俺は、生まれて初めて敗北というものを知った。

俺が負けたのは、心地良い恋の甘美さだったのだ。