「よお」
「生きてたんですね」
「残念だったな、この通りピンピンしてるぜ」
「お腹にナイフぐっさり刺された状態のまま火に巻かれててもですか?」
「俺がそう言うからにはピンピンなんだよ、このファッキンチビが」
「蛭魔さんらしいや……」
「てめーこそ何こんなとこでグズグズしてやがんだ。もーすぐ天井崩れ
んぞ」
「……」
「復讐済んだんだろ? あのファッキン坊主の墓に報告しに行かなくて
いいのかよ?」
「天国からきっとこの情景を見てくれてるでしょうから、必要有りません」
「あ?」
「もう二度とお会い出来ないのは辛いけど……」
「訳分かんねぇ。もーいーからとにかく失せろ。俺ぁ眠いんだ」
「お断りします」
瀬那はペタリと床に屈みこみ、両膝を両腕で抱え込む。端荘な雰囲気、
深い思慮と理知の光をたたえた双眸の、今でも泣き出したくなるほどに
慕わしいかの僧侶亡き後、彼に向けていたのとは正反対の質の、しか
し思いの強さはそれに匹敵するほど激しい感情を向けてきた諸悪の根
源を、一点の曇りも無い澄み切った静かな眼差しをもって瀬那は、まっ
すぐに見つめた。
「ファッキン吊り目がよく許したな」
「一服盛って、屋敷の皆に運び出してもらって……そのまま船に押し込
んでもらいました。そろそろ目が覚める頃かな? ああでもしないと逆に
僕が、薬盛られてアメリカ連れてかれるところでしたから」
「何でついてかなかった」
「彼は……駿君は、光差す道を歩むべき人ですから」
「なるほど、自覚はある訳だ。生っ白いツラに血塗れの両手、真っ黒な
中身……」
俺と揃いだなと、ふてぶてしくケケケと笑う蛭魔に、瀬那もクスリと小さ
な苦笑を返す。緋色の旗袍(チャイナドレス)のスリットから切り傷・擦り
傷だらけの白い脚が覗く。茨の垣根に有刺鉄線、てんこ盛りのトラップ
を、俊足だけを頼りに乗り越えてきたのだろう。
「ええ、まあ……」
ふと蛭魔は目を眇めた。珍しい、こいつが俺に対してこんな素直な反応、
こんな笑い方すんなんて……。だがそれ以上深い詮索をする時間と気
力・体力はもう、彼には残っていなかった。
「さって……常々殺したがってた奴の無様な最期も見れたことだし、気ィ
済んだろ?んじゃーな」
まるで犬にするように、はよ去ねとばかりヒラヒラと片手を振り、両目を
閉じた蛭魔の周囲をふわりと、柔らかな質感と茉莉花(ジャスミン)の
甘い香りが包む。最早目を再び開ける力の残っていない彼には、自分
を抱き締める相手がどのような表情をしているのか、皆目見当がつかな
い。
「何の……真似だ……」
「僕、空っぽになっちゃったんです。もうこの世に好きなものも嫌いなもの
も、何にも未練が無くなっちゃって……」
「ならどっか別んとこで独りで首吊って、涎と糞垂れ流すなり、身投げして
パンパンに、膨れきったドザエモンになんなり、好きにすりゃー、いーじゃ
ねぇか……よ……」
突如、ゴフッと吐かれた大量の血に眉一つ動かさず、瞬きすらせず、小
柄な体はピタリと吸い付くように、蛭魔の体に密着をより一層深めた。
「勘違いしないで下さい。今だって僕は、あなたが大っっっ嫌いですよ、
蛭魔さん。直接手を下したんじゃなくっても、やっぱり雲水さんを殺した
のは貴方です」
温かで、穏やかで、優しくて。今でも鮮明に思い出せる。仄かな抹香の
匂いに包まれて、僕を取り巻く世界が一番光に満ち、この心が最も素直
に輝いていた、幸せな時。
「でも知ってるでしょ? 僕ももう、天国行けないんですよ。あれだけ沢山
悪いことしたんだから、当然ですよね。でもだからこそ、どうせなら、地獄
の底まで貴方にへばり付いてって、永遠に嫌がらせしてあげようかなっ
て思って」
クスクスと楽しげな、鈴を転がすように軽やかな瀬那の笑い声につられ、
蛭魔も思わず笑い出す。最後の力を振り絞って、いかにも彼らしい、狂
気じみた哄笑。
「おんもしれぇ……あのピーピー泣き喚いてばっかだったファッキンチビ
が随分と面白ぇこと言うようになったじゃねーか……」
「それって褒められてんですか、僕?」
「ああ、馬鹿も突き抜けりゃある意味、感嘆に値すんぜ」
「ひっど……ま、いっか。純粋に蛭魔さんが褒めてくれるなんて気持ち
悪いだけだし。とりあえず結婚式も挙げちゃったことですし、これからも
どうぞ宜しくお願いしますね?」
「おう、離れんなよ」
愛が人を盲目にした時
人はその身を犠牲にする事すら厭わなくなる
愛は誰を虜にしたのだろう?
愛は誰に屈服したのだろう?
業火渦巻く永遠の孤独の中へと
揃って飛び込む程までに!
もしも唇を重ねた時に
感じた温度がすべての怨恨と憎悪を征服出来たならば
誰が愛に対して乞い願えよう?
誰が愛のためににさすらおう?
人は痛みを経ることでしか
自由になれないの?
愛は言葉で説明出来るものじゃない
それは心と骨身に刻み込まれるもの
愛は言葉で言い表せるものではない
それはあまねくすべてに刻み込まれるもの
あの誓いに背き
貴方を愛してしまった痛苦が
この身と貴方を
灰燼に帰す
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
最新の雑記にも書いたように何かと忙しいのですが、やっぱり遊びに
来て下さる皆様方に申し訳無いのと、自分自身、「何でもいいから何か
瀬那受けの話UPしたい、しないとストレス溜まって勉強にも集中出来
ない、死んでも死にきれねえ(はひ?)」と、ある意味クールにプッツン、
ハ○パー死ぬ気モードでUSBメモリを浅蜊……じゃなくて漁ってみまし
たら、去年の冬に拍手用に書きかけていたものの、ロサキネが長くな
り過ぎたので、一旦凍結させたままその存在をすっかり忘れていたSS
を見つけたので、サッと死/ぬ/気/の/炎で炒めてUP(笑)。
詳細は省いてありますが、舞台設定としては1912年~1949年の中華
民国時代、租界・租借地文化華やかなりし頃の上海とか天津とか、香
港とか広州とかで、瀬那(男の子)は雲水さんが営む仏教系の孤児院
(租界内部でばかりストーリー展開していた訳ではないので、寺院も存
在させてた)で育ち、長ずるに及んで密やかに彼を恋い慕うようになる
んですが、紆余曲折を経てやっと両思いになりかけた時、ある豪商(西
洋人か中国人か或いは混血にするかで悩んだ挙句、結局決められな
くて名前はそのまま“蛭魔さん”)の強欲のせいで雲水さんが死んでし
まい、瀬那は復讐目的で蛭魔さんに近付いて……みたいな、そんな感
じ(?)。いかにも東アジアのメロドラマというかsoap operaというか。
“蓋頭紅”というのは漢族の伝統的な結婚式で花嫁の頭をすっぽり覆う
赤い絹のヴェール(透けてないです)。お式が終わって初夜の寝室に二
人っきりになった時初めて、花婿がそれを取り去ります。ここではドロド
ロとした強烈で様々な感情が混ざり合ってるので、紅蓮の炎の色。筧さ
んは蛭魔さんの異母兄弟で、瀬那に一目惚れ。何とか復讐を思い止ま
らせようとと四苦八苦します。瀬那も筧さんの事を憎からず思うようにな
り、かなり心が揺れるのですが、また色々な事が起きて、最後はあんな
感じになったという訳です。
緋色で書かれているのは、執筆意欲を刺激されたこちらの連続サスペ
ンスドラマのEDの歌詞(うろ覚え)を、日本語に訳したものです。凄ぇ暗
くて半ばホラーでしたが、悪女になり切れないヒロインの哀しい美しさと
哀婉な音楽の数々が深く印象に残りました。かなりの好評を博していた
ようで、今も各地で再放送流してるみたいです。
「生きてたんですね」
「残念だったな、この通りピンピンしてるぜ」
「お腹にナイフぐっさり刺された状態のまま火に巻かれててもですか?」
「俺がそう言うからにはピンピンなんだよ、このファッキンチビが」
「蛭魔さんらしいや……」
「てめーこそ何こんなとこでグズグズしてやがんだ。もーすぐ天井崩れ
んぞ」
「……」
「復讐済んだんだろ? あのファッキン坊主の墓に報告しに行かなくて
いいのかよ?」
「天国からきっとこの情景を見てくれてるでしょうから、必要有りません」
「あ?」
「もう二度とお会い出来ないのは辛いけど……」
「訳分かんねぇ。もーいーからとにかく失せろ。俺ぁ眠いんだ」
「お断りします」
瀬那はペタリと床に屈みこみ、両膝を両腕で抱え込む。端荘な雰囲気、
深い思慮と理知の光をたたえた双眸の、今でも泣き出したくなるほどに
慕わしいかの僧侶亡き後、彼に向けていたのとは正反対の質の、しか
し思いの強さはそれに匹敵するほど激しい感情を向けてきた諸悪の根
源を、一点の曇りも無い澄み切った静かな眼差しをもって瀬那は、まっ
すぐに見つめた。
「ファッキン吊り目がよく許したな」
「一服盛って、屋敷の皆に運び出してもらって……そのまま船に押し込
んでもらいました。そろそろ目が覚める頃かな? ああでもしないと逆に
僕が、薬盛られてアメリカ連れてかれるところでしたから」
「何でついてかなかった」
「彼は……駿君は、光差す道を歩むべき人ですから」
「なるほど、自覚はある訳だ。生っ白いツラに血塗れの両手、真っ黒な
中身……」
俺と揃いだなと、ふてぶてしくケケケと笑う蛭魔に、瀬那もクスリと小さ
な苦笑を返す。緋色の旗袍(チャイナドレス)のスリットから切り傷・擦り
傷だらけの白い脚が覗く。茨の垣根に有刺鉄線、てんこ盛りのトラップ
を、俊足だけを頼りに乗り越えてきたのだろう。
「ええ、まあ……」
ふと蛭魔は目を眇めた。珍しい、こいつが俺に対してこんな素直な反応、
こんな笑い方すんなんて……。だがそれ以上深い詮索をする時間と気
力・体力はもう、彼には残っていなかった。
「さって……常々殺したがってた奴の無様な最期も見れたことだし、気ィ
済んだろ?んじゃーな」
まるで犬にするように、はよ去ねとばかりヒラヒラと片手を振り、両目を
閉じた蛭魔の周囲をふわりと、柔らかな質感と茉莉花(ジャスミン)の
甘い香りが包む。最早目を再び開ける力の残っていない彼には、自分
を抱き締める相手がどのような表情をしているのか、皆目見当がつかな
い。
「何の……真似だ……」
「僕、空っぽになっちゃったんです。もうこの世に好きなものも嫌いなもの
も、何にも未練が無くなっちゃって……」
「ならどっか別んとこで独りで首吊って、涎と糞垂れ流すなり、身投げして
パンパンに、膨れきったドザエモンになんなり、好きにすりゃー、いーじゃ
ねぇか……よ……」
突如、ゴフッと吐かれた大量の血に眉一つ動かさず、瞬きすらせず、小
柄な体はピタリと吸い付くように、蛭魔の体に密着をより一層深めた。
「勘違いしないで下さい。今だって僕は、あなたが大っっっ嫌いですよ、
蛭魔さん。直接手を下したんじゃなくっても、やっぱり雲水さんを殺した
のは貴方です」
温かで、穏やかで、優しくて。今でも鮮明に思い出せる。仄かな抹香の
匂いに包まれて、僕を取り巻く世界が一番光に満ち、この心が最も素直
に輝いていた、幸せな時。
「でも知ってるでしょ? 僕ももう、天国行けないんですよ。あれだけ沢山
悪いことしたんだから、当然ですよね。でもだからこそ、どうせなら、地獄
の底まで貴方にへばり付いてって、永遠に嫌がらせしてあげようかなっ
て思って」
クスクスと楽しげな、鈴を転がすように軽やかな瀬那の笑い声につられ、
蛭魔も思わず笑い出す。最後の力を振り絞って、いかにも彼らしい、狂
気じみた哄笑。
「おんもしれぇ……あのピーピー泣き喚いてばっかだったファッキンチビ
が随分と面白ぇこと言うようになったじゃねーか……」
「それって褒められてんですか、僕?」
「ああ、馬鹿も突き抜けりゃある意味、感嘆に値すんぜ」
「ひっど……ま、いっか。純粋に蛭魔さんが褒めてくれるなんて気持ち
悪いだけだし。とりあえず結婚式も挙げちゃったことですし、これからも
どうぞ宜しくお願いしますね?」
「おう、離れんなよ」
愛が人を盲目にした時
人はその身を犠牲にする事すら厭わなくなる
愛は誰を虜にしたのだろう?
愛は誰に屈服したのだろう?
業火渦巻く永遠の孤独の中へと
揃って飛び込む程までに!
もしも唇を重ねた時に
感じた温度がすべての怨恨と憎悪を征服出来たならば
誰が愛に対して乞い願えよう?
誰が愛のためににさすらおう?
人は痛みを経ることでしか
自由になれないの?
愛は言葉で説明出来るものじゃない
それは心と骨身に刻み込まれるもの
愛は言葉で言い表せるものではない
それはあまねくすべてに刻み込まれるもの
あの誓いに背き
貴方を愛してしまった痛苦が
この身と貴方を
灰燼に帰す
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
最新の雑記にも書いたように何かと忙しいのですが、やっぱり遊びに
来て下さる皆様方に申し訳無いのと、自分自身、「何でもいいから何か
瀬那受けの話UPしたい、しないとストレス溜まって勉強にも集中出来
ない、死んでも死にきれねえ(はひ?)」と、ある意味クールにプッツン、
ハ○パー死ぬ気モードでUSBメモリを浅蜊……じゃなくて漁ってみまし
たら、去年の冬に拍手用に書きかけていたものの、ロサキネが長くな
り過ぎたので、一旦凍結させたままその存在をすっかり忘れていたSS
を見つけたので、サッと死/ぬ/気/の/炎で炒めてUP(笑)。
詳細は省いてありますが、舞台設定としては1912年~1949年の中華
民国時代、租界・租借地文化華やかなりし頃の上海とか天津とか、香
港とか広州とかで、瀬那(男の子)は雲水さんが営む仏教系の孤児院
(租界内部でばかりストーリー展開していた訳ではないので、寺院も存
在させてた)で育ち、長ずるに及んで密やかに彼を恋い慕うようになる
んですが、紆余曲折を経てやっと両思いになりかけた時、ある豪商(西
洋人か中国人か或いは混血にするかで悩んだ挙句、結局決められな
くて名前はそのまま“蛭魔さん”)の強欲のせいで雲水さんが死んでし
まい、瀬那は復讐目的で蛭魔さんに近付いて……みたいな、そんな感
じ(?)。いかにも東アジアのメロドラマというかsoap operaというか。
“蓋頭紅”というのは漢族の伝統的な結婚式で花嫁の頭をすっぽり覆う
赤い絹のヴェール(透けてないです)。お式が終わって初夜の寝室に二
人っきりになった時初めて、花婿がそれを取り去ります。ここではドロド
ロとした強烈で様々な感情が混ざり合ってるので、紅蓮の炎の色。筧さ
んは蛭魔さんの異母兄弟で、瀬那に一目惚れ。何とか復讐を思い止ま
らせようとと四苦八苦します。瀬那も筧さんの事を憎からず思うようにな
り、かなり心が揺れるのですが、また色々な事が起きて、最後はあんな
感じになったという訳です。
緋色で書かれているのは、執筆意欲を刺激されたこちらの連続サスペ
ンスドラマのEDの歌詞(うろ覚え)を、日本語に訳したものです。凄ぇ暗
くて半ばホラーでしたが、悪女になり切れないヒロインの哀しい美しさと
哀婉な音楽の数々が深く印象に残りました。かなりの好評を博していた
ようで、今も各地で再放送流してるみたいです。