「陸、陸、クリフォードさん怒らすとホント、後が大変だから……!」
「なっさけないぞ、瀬那? アメリカで何学んできたんだよ、いずれはあいつにも
リベンジするって毎年毎年誓い合ってただろ、俺ら?」
クリフォードの傍らから瀬那を勢い良く引っぺがすと、彼の居ない半年間、アメフ
トの実力のみならず身長・知性・メンタル強度に顔の精悍さと、すべての面に凄
まじい磨きをかけた甲斐谷陸@もうすぐ19歳は──早くも合格発表会場や試合
会場の多くの女性たちから、チラ見どころかガン見されまくっている彼である──、
まるで今後の人生一生を共に歩むことを誓うかのように、引き寄せた瀬那の象牙
色をした滑らか(すべらか)な額に、自分の額をコツリとぶつけた。
(あー……久し振りの陸の目……やっぱキレーだなぁ……それに陸、すっごくカ
ッコ良くなった……)
エメラルドグリーンの色を映した鼈甲の瞳、その目元がポポポと仄赤く染まって
ゆくのを見て、双眸に氷の炎を点したのはクリフォードである。
こちらはアッシュブロンドの髪にベビーピンクの肌、ベビーブルーの瞳と、柔らか
なパステルカラーで構成されたクリフォードの外見は、天使と形容しても良いくら
いであるのに、その身にまとう雰囲気と、口ほどにものを言う両目に代表される
表情の苛烈さは、現在から五、六百年ほど未来の架空世界を縦横無尽に飛び
回る金髪のグリフォン(翼有る獅子)──某・常勝の貴公子も斯くやといった風情
である。(実際のクリフォードの二つ名は“不敗の勝負師”でしたよね? “勝負師”がもし“魔術師”だ
ったら危なかった/苦笑)
「ここにも目障りな青二才(サニー)がいやがったか……」
そこへタイミング良くと言うべきか、それともタイミングを計っていたと言うべきか。
「本家本元はこっちだけどな、糞トンガリ鼻」
ケケケッと、狡猾この上無さそうな笑い声にクリフォードと陸が一瞬、気を取られ
た隙を突いて。
ビヨヨヨヨヨ~ン
「あの……蛭魔さん、さっきあの特注車で帰った筈じゃ……」
「テメーの悲鳴が聞こえたんでな、助けに来てやった。泣いて感謝して俺を崇め
奉りやがれ」
(ああ、僕帰って来て早々、またどっかに盗聴器付けられてんだな……orz)
幾ら地獄耳の蛭魔とは言え、凄まじい騒音を撒き散らしながらF1も真っ青のスピ
ードであっという間に会場を後にしておきながら──でも帰り際、あの車の物見台
に立ったまんま蛭魔さんと対等に口喧嘩しながら走り去ってったまもり姉ちゃんも
ちょっと怖かったり……とは、炎馬大学今年度新入生S.K君(18歳)の証言である
──、本当に自分の悲鳴を聞き付けて来たとは思えない。
「あの……とりあえず首のこの……」
今、自分の首根っこを掴んでいる、駅で線路に物を落とした時に駅員さんが使う
アレから解放して頂けませんでしょうかと蛭魔に頼もうとして、項垂れていた首を
恐る恐る上げた瀬那は、すぐにその予定を撤回せざるを得なくなる。
(怖い……三人の目付きとか雰囲気とかもう、人間のじゃなくて超サ○ヤ人とか
のだよ……( p_q)シクシク)
お願い、誰か助けて! 少年の瞳がうっすらと露を含んだかと思うと、まろい頬に
哀願の雫がきらめく。それを見て勇み立つ、試合後の瀬那に慰労の言葉をかけよ
うと未だ観客席でウロウロしていた犬馬鹿、猫馬鹿、ハムスター馬鹿ならぬ瀬那
馬鹿どもが、そこにかしこにひのふのみ──
(あ、すみません、助けて欲しいって、誰でもいいって訳じゃないんです;)
妄想にときめき、欲望にギラめくライバル&かつてのチームメイトたちに対し、心
の中で補足説明(哀)をした瀬那は、考えた。この危機を何とか脱することが出来
たとしても、その後は後でまた、到底無事に済むとは思えなさそうな雰囲気で近
寄ってくるのが一、二、三……(以下略)。叶うことならそれ以外の者たちを頼りた
いところだが、有難いことに厚意の割合の方が大きい者たちは、しかし同時にま
た残念なことに、前者たちの押しと強引さに勝てる可能性が極めて薄い。
「(そうだ!) ……ク、クリフォードさん、肝心の忘れ物、僕まだ受け取ってないん
ですけど……!」
“What?”
忘れ物を届けに来たと言う当のクリフォード自身、ここへ来た本来の目的と当初の
発言などすっかり忘れ、目の前の青二才どもに今日はどのようなカードを切って身
の程をわきまえさせてやろうかということで頭が一杯になっていたので、初め彼は、
瀬那の問いに面食らったほどだった。
“……Ah.”
再び注意をこちらへと戻した瀬那に、クリフォードの逆立っていた柳眉が、侵し難い
気品に満ち溢れていながらも恐ろしく鋭利な眼光が、血の気の少ない酷薄な唇が
人知れず、ほんの僅かにではあったが、フワリと柔らかなものを帯びる。
高校時代の一時、共にワールドカップユースのアメリカ代表として対日本戦を戦い
抜いた──クリフォードのそれまでの人生に於いて、初めて“辛勝”というものを知
った、今でも忘れ難い試合だ──パンサーが、高校卒業後に念願のプロ入りを果
たしたのは当然の結果であるとして、憎まれ口を叩きながらも、多種多様な酒類を
ぶっ掛けて祝福し、快くプロ世界へと送り出してやった後。
クリフォードを含め、パンサー以外のペンタグラム・メンバー達は全員、ノートルダム
大へと進学した。彼ら四人を新たに迎えたノートルダム大アメフト部の強さと名声は、
更に上昇の一途を辿り、またそれが当然と誰しもが思っていた──当の、クリフォー
ドら四人を除いては。
パンサーの抜けてしまった五芒星(ペンタグラム)は面白味のまったく無い、単なる
四角形に過ぎず、中でもとりわけ気性が激しく堪え性の無いクリフォードは、物足り
ない思いから来るイライラを持て余していたところで、ふと、“彼”の存在を思い出し
たのである。
“戦場のNijntje Pluis(ふわふわうさこちゃん)、セナ・コバヤカワ”
半年間の期間限定ではあったが、ノートルダム大アメフト部に於いて新たなペンタ
グラムが結成され、再びの伝説が語られるようになったのは、それからまもなくの
ことだった。
・
・
・
俺は目に見えるものしか信じない。だから……うさこと接する内、だんだんあいつが
この上無く貴重なものに感じられるようになってったことが、一体何に起因するもの
なのか、正直今でもよく分からない(脚の速い男なら沢山知ってる、悪かねぇと思う
女にも時々出会う。小動物を飼いたいと思ったことなんざ一度も無いし、そもそも興
味が無ぇ。なのに、どうしてだ?)。
あいつの面倒はお前が見てやったらどうだとドンから提案された時、それこそ“面
倒”臭ぇのを敢えて引き受けたのは、パンサーのポジションを埋められるかもしれ
ない逸材を仕込むってのは、結構いい暇つぶしになるかもしれないと思ったからだ。
そしたら──
・
・
・
“これは、パンサーから”
「?」
大好きな友達へ、額に──smack!
“これは、ドンとタタンカから”
「!?」
可愛いルーキーへ、両頬に──smack!
“死ぬほど忌々しいが、あいつにしては珍しい遠慮に免じて、これはバッドのスケ
コマシ野郎からの分”
「!?!」
未成熟な心を誑かしてもつまらない、恋愛はfairでなくちゃと嘯いて、口やら首筋
やらを狙わなかったのは殊勝な心掛けだが、「早く大人にな・ぁ・れvv ……って、
伝えといてな~」という、諦めの悪さ全開の伝言は完全無視の方向で、大根役者
と器用貧乏プレーヤーの兼業農家から、両の掌へ──smack!
「ななななな、何でキス!? おおお男同士ですよ!?」
「ただのコミュニケーションだろ、何そんなキョドってんだ」
「た、確かにアメリカ(あっち)で何度かされましたけど、僕にキスしてくれたのは皆、
子どもやおばさんやおばあさんたちだけでしたよ!? それに全部ほっぺただけだ
ったし!」
「大学で女どもが時々挨拶代わりにお互いやってたの見ただろ、何で男同士じゃ
駄目なんだよ?」
「日本人の僕に聞かないで下さいよ、そんなこと!」
「ピーピーうっせぇな、いいんだよ、細かく考えんな。それにこれがお前の“忘れ物”
だ。テメェの脚、マジ速過ぎてヘリ降りてからは追い付けなかったからな……まとも
な見送り出来なかった」
「あ、そういうことだったんですね……って、でもやっぱ何かおかしくありません?」
「要するに、気持ちの問題だ」
「きも、ち……?」
「大切なもんは、目に見えねぇんだよ」
「は?」
つぶらな瞳を真ん丸にして、瀬那は口をポカンと開けた。
(……っ! 何でこいつ日本人なのに「イシンデンシン」出来ねぇんだよ!? 空
気中に書いてある透明な情況説明の文字が読めるとか言う忍術が使えるんじゃ
なかったのかよ畜生! ああ言ったらうさこが俺のこの訳分かんねぇ頭のこんが
らがり状態解す答えくれるって、クソ、あいつら(ノートルダム大アメフト部メンバーズ)の
言葉なんか一瞬でも信じた俺が馬鹿だったぜ……帰ったら速攻でシメる!!!)
「……さん、クリフォードさん?」
ギン!
突然黙りこくってしまったと思ったら、一気にイライラ頂点時の顔になったクリフォ
ードさんの眼光は、縮み上がるほど怖かったけれど。
「あの、大切なものって、目に見える時も有りますよ?」
“?”
「た、例えばですよ? これから星空の綺麗な夜の日なんかは、きっと僕、その
キラキラに、ノートルダムにいた時、皆さんと走り回って掴み取った勝利の輝きを
思い出したり……或いはそうですね、きっと星が瞬く度に、またパンサー君やペ
ンタグラムの人たちが試合で、すっごい大活躍してるんだろうなぁって、想像する
と思います」
“……”
「そうそう、それに……」
フイとクリフォードを見上げ、瀬那はニッコリと笑った。
「大抵の星は、クリフォードさんの髪の毛みたいな、白っぽい金色してますよね。
それに夜の群青の空と、赤っぽい星と流れ星の尾っぽ……晴れの日の夜空っ
て、ある意味全体が、アメリカの国旗みたいだ」
(……成程ね、そういうことか)
ようやく得心がいったと、クリフォードの表情が落ち着きを取り戻した。
「……英語忘れないように、週一で手書きの手紙送って来い。添削して返事と一
緒に送り返してやる」
天空に輝く星々の数ほど、そしてその光輝の洪水の如くに溢れんばかりの想いを
込めて──
五芒星の中心に位置する小さな唇に、smack!
「え、え、え、えぇぇぇぇぇ!?」
標的の驚愕の叫びに今一度、ニヤリと不敵な笑みを浮かべると、王子さまはファ
ッション・モデルのようにクルリと優雅に踵を返し、スタスタと出口に向って歩き去
って行かれた。
「え、あの、今のって、その、ちょ、クリフォードさん待っ……!」
“(お前が)真っ赤になるくらい、色々教えてやるから覚悟しとけよ?”
「(ムッ)つ、綴りは前ほど間違えなくなりましたよっ、おかげさまで! だからそっ
ちから返って来る便箋にだってちゃんと、絶対、余白有りますよっ!」
“そりゃ楽しみだな、ククッ”
「「「「「「「何が楽しみだ、覚悟すんのはテメーの方だぁぁ!」」」」」」」
「な、ここここっちはこっちで一体何なの~!?」
★☆★おしまい☆★☆
「なっさけないぞ、瀬那? アメリカで何学んできたんだよ、いずれはあいつにも
リベンジするって毎年毎年誓い合ってただろ、俺ら?」
クリフォードの傍らから瀬那を勢い良く引っぺがすと、彼の居ない半年間、アメフ
トの実力のみならず身長・知性・メンタル強度に顔の精悍さと、すべての面に凄
まじい磨きをかけた甲斐谷陸@もうすぐ19歳は──早くも合格発表会場や試合
会場の多くの女性たちから、チラ見どころかガン見されまくっている彼である──、
まるで今後の人生一生を共に歩むことを誓うかのように、引き寄せた瀬那の象牙
色をした滑らか(すべらか)な額に、自分の額をコツリとぶつけた。
(あー……久し振りの陸の目……やっぱキレーだなぁ……それに陸、すっごくカ
ッコ良くなった……)
エメラルドグリーンの色を映した鼈甲の瞳、その目元がポポポと仄赤く染まって
ゆくのを見て、双眸に氷の炎を点したのはクリフォードである。
こちらはアッシュブロンドの髪にベビーピンクの肌、ベビーブルーの瞳と、柔らか
なパステルカラーで構成されたクリフォードの外見は、天使と形容しても良いくら
いであるのに、その身にまとう雰囲気と、口ほどにものを言う両目に代表される
表情の苛烈さは、現在から五、六百年ほど未来の架空世界を縦横無尽に飛び
回る金髪のグリフォン(翼有る獅子)──某・常勝の貴公子も斯くやといった風情
である。(実際のクリフォードの二つ名は“不敗の勝負師”でしたよね? “勝負師”がもし“魔術師”だ
ったら危なかった/苦笑)
「ここにも目障りな青二才(サニー)がいやがったか……」
そこへタイミング良くと言うべきか、それともタイミングを計っていたと言うべきか。
「本家本元はこっちだけどな、糞トンガリ鼻」
ケケケッと、狡猾この上無さそうな笑い声にクリフォードと陸が一瞬、気を取られ
た隙を突いて。
ビヨヨヨヨヨ~ン
「あの……蛭魔さん、さっきあの特注車で帰った筈じゃ……」
「テメーの悲鳴が聞こえたんでな、助けに来てやった。泣いて感謝して俺を崇め
奉りやがれ」
(ああ、僕帰って来て早々、またどっかに盗聴器付けられてんだな……orz)
幾ら地獄耳の蛭魔とは言え、凄まじい騒音を撒き散らしながらF1も真っ青のスピ
ードであっという間に会場を後にしておきながら──でも帰り際、あの車の物見台
に立ったまんま蛭魔さんと対等に口喧嘩しながら走り去ってったまもり姉ちゃんも
ちょっと怖かったり……とは、炎馬大学今年度新入生S.K君(18歳)の証言である
──、本当に自分の悲鳴を聞き付けて来たとは思えない。
「あの……とりあえず首のこの……」
今、自分の首根っこを掴んでいる、駅で線路に物を落とした時に駅員さんが使う
アレから解放して頂けませんでしょうかと蛭魔に頼もうとして、項垂れていた首を
恐る恐る上げた瀬那は、すぐにその予定を撤回せざるを得なくなる。
(怖い……三人の目付きとか雰囲気とかもう、人間のじゃなくて超サ○ヤ人とか
のだよ……( p_q)シクシク)
お願い、誰か助けて! 少年の瞳がうっすらと露を含んだかと思うと、まろい頬に
哀願の雫がきらめく。それを見て勇み立つ、試合後の瀬那に慰労の言葉をかけよ
うと未だ観客席でウロウロしていた犬馬鹿、猫馬鹿、ハムスター馬鹿ならぬ瀬那
馬鹿どもが、そこにかしこにひのふのみ──
(あ、すみません、助けて欲しいって、誰でもいいって訳じゃないんです;)
妄想にときめき、欲望にギラめくライバル&かつてのチームメイトたちに対し、心
の中で補足説明(哀)をした瀬那は、考えた。この危機を何とか脱することが出来
たとしても、その後は後でまた、到底無事に済むとは思えなさそうな雰囲気で近
寄ってくるのが一、二、三……(以下略)。叶うことならそれ以外の者たちを頼りた
いところだが、有難いことに厚意の割合の方が大きい者たちは、しかし同時にま
た残念なことに、前者たちの押しと強引さに勝てる可能性が極めて薄い。
「(そうだ!) ……ク、クリフォードさん、肝心の忘れ物、僕まだ受け取ってないん
ですけど……!」
“What?”
忘れ物を届けに来たと言う当のクリフォード自身、ここへ来た本来の目的と当初の
発言などすっかり忘れ、目の前の青二才どもに今日はどのようなカードを切って身
の程をわきまえさせてやろうかということで頭が一杯になっていたので、初め彼は、
瀬那の問いに面食らったほどだった。
“……Ah.”
再び注意をこちらへと戻した瀬那に、クリフォードの逆立っていた柳眉が、侵し難い
気品に満ち溢れていながらも恐ろしく鋭利な眼光が、血の気の少ない酷薄な唇が
人知れず、ほんの僅かにではあったが、フワリと柔らかなものを帯びる。
高校時代の一時、共にワールドカップユースのアメリカ代表として対日本戦を戦い
抜いた──クリフォードのそれまでの人生に於いて、初めて“辛勝”というものを知
った、今でも忘れ難い試合だ──パンサーが、高校卒業後に念願のプロ入りを果
たしたのは当然の結果であるとして、憎まれ口を叩きながらも、多種多様な酒類を
ぶっ掛けて祝福し、快くプロ世界へと送り出してやった後。
クリフォードを含め、パンサー以外のペンタグラム・メンバー達は全員、ノートルダム
大へと進学した。彼ら四人を新たに迎えたノートルダム大アメフト部の強さと名声は、
更に上昇の一途を辿り、またそれが当然と誰しもが思っていた──当の、クリフォー
ドら四人を除いては。
パンサーの抜けてしまった五芒星(ペンタグラム)は面白味のまったく無い、単なる
四角形に過ぎず、中でもとりわけ気性が激しく堪え性の無いクリフォードは、物足り
ない思いから来るイライラを持て余していたところで、ふと、“彼”の存在を思い出し
たのである。
“戦場のNijntje Pluis(ふわふわうさこちゃん)、セナ・コバヤカワ”
半年間の期間限定ではあったが、ノートルダム大アメフト部に於いて新たなペンタ
グラムが結成され、再びの伝説が語られるようになったのは、それからまもなくの
ことだった。
・
・
・
俺は目に見えるものしか信じない。だから……うさこと接する内、だんだんあいつが
この上無く貴重なものに感じられるようになってったことが、一体何に起因するもの
なのか、正直今でもよく分からない(脚の速い男なら沢山知ってる、悪かねぇと思う
女にも時々出会う。小動物を飼いたいと思ったことなんざ一度も無いし、そもそも興
味が無ぇ。なのに、どうしてだ?)。
あいつの面倒はお前が見てやったらどうだとドンから提案された時、それこそ“面
倒”臭ぇのを敢えて引き受けたのは、パンサーのポジションを埋められるかもしれ
ない逸材を仕込むってのは、結構いい暇つぶしになるかもしれないと思ったからだ。
そしたら──
・
・
・
“これは、パンサーから”
「?」
大好きな友達へ、額に──smack!
“これは、ドンとタタンカから”
「!?」
可愛いルーキーへ、両頬に──smack!
“死ぬほど忌々しいが、あいつにしては珍しい遠慮に免じて、これはバッドのスケ
コマシ野郎からの分”
「!?!」
未成熟な心を誑かしてもつまらない、恋愛はfairでなくちゃと嘯いて、口やら首筋
やらを狙わなかったのは殊勝な心掛けだが、「早く大人にな・ぁ・れvv ……って、
伝えといてな~」という、諦めの悪さ全開の伝言は完全無視の方向で、大根役者
と器用貧乏プレーヤーの兼業農家から、両の掌へ──smack!
「ななななな、何でキス!? おおお男同士ですよ!?」
「ただのコミュニケーションだろ、何そんなキョドってんだ」
「た、確かにアメリカ(あっち)で何度かされましたけど、僕にキスしてくれたのは皆、
子どもやおばさんやおばあさんたちだけでしたよ!? それに全部ほっぺただけだ
ったし!」
「大学で女どもが時々挨拶代わりにお互いやってたの見ただろ、何で男同士じゃ
駄目なんだよ?」
「日本人の僕に聞かないで下さいよ、そんなこと!」
「ピーピーうっせぇな、いいんだよ、細かく考えんな。それにこれがお前の“忘れ物”
だ。テメェの脚、マジ速過ぎてヘリ降りてからは追い付けなかったからな……まとも
な見送り出来なかった」
「あ、そういうことだったんですね……って、でもやっぱ何かおかしくありません?」
「要するに、気持ちの問題だ」
「きも、ち……?」
「大切なもんは、目に見えねぇんだよ」
「は?」
つぶらな瞳を真ん丸にして、瀬那は口をポカンと開けた。
(……っ! 何でこいつ日本人なのに「イシンデンシン」出来ねぇんだよ!? 空
気中に書いてある透明な情況説明の文字が読めるとか言う忍術が使えるんじゃ
なかったのかよ畜生! ああ言ったらうさこが俺のこの訳分かんねぇ頭のこんが
らがり状態解す答えくれるって、クソ、あいつら(ノートルダム大アメフト部メンバーズ)の
言葉なんか一瞬でも信じた俺が馬鹿だったぜ……帰ったら速攻でシメる!!!)
「……さん、クリフォードさん?」
ギン!
突然黙りこくってしまったと思ったら、一気にイライラ頂点時の顔になったクリフォ
ードさんの眼光は、縮み上がるほど怖かったけれど。
「あの、大切なものって、目に見える時も有りますよ?」
“?”
「た、例えばですよ? これから星空の綺麗な夜の日なんかは、きっと僕、その
キラキラに、ノートルダムにいた時、皆さんと走り回って掴み取った勝利の輝きを
思い出したり……或いはそうですね、きっと星が瞬く度に、またパンサー君やペ
ンタグラムの人たちが試合で、すっごい大活躍してるんだろうなぁって、想像する
と思います」
“……”
「そうそう、それに……」
フイとクリフォードを見上げ、瀬那はニッコリと笑った。
「大抵の星は、クリフォードさんの髪の毛みたいな、白っぽい金色してますよね。
それに夜の群青の空と、赤っぽい星と流れ星の尾っぽ……晴れの日の夜空っ
て、ある意味全体が、アメリカの国旗みたいだ」
(……成程ね、そういうことか)
ようやく得心がいったと、クリフォードの表情が落ち着きを取り戻した。
「……英語忘れないように、週一で手書きの手紙送って来い。添削して返事と一
緒に送り返してやる」
天空に輝く星々の数ほど、そしてその光輝の洪水の如くに溢れんばかりの想いを
込めて──
五芒星の中心に位置する小さな唇に、smack!
「え、え、え、えぇぇぇぇぇ!?」
標的の驚愕の叫びに今一度、ニヤリと不敵な笑みを浮かべると、王子さまはファ
ッション・モデルのようにクルリと優雅に踵を返し、スタスタと出口に向って歩き去
って行かれた。
「え、あの、今のって、その、ちょ、クリフォードさん待っ……!」
“(お前が)真っ赤になるくらい、色々教えてやるから覚悟しとけよ?”
「(ムッ)つ、綴りは前ほど間違えなくなりましたよっ、おかげさまで! だからそっ
ちから返って来る便箋にだってちゃんと、絶対、余白有りますよっ!」
“そりゃ楽しみだな、ククッ”
「「「「「「「何が楽しみだ、覚悟すんのはテメーの方だぁぁ!」」」」」」」
「な、ここここっちはこっちで一体何なの~!?」
★☆★おしまい☆★☆