冷艶素香

現ES21がいろんな人達から愛されていたり、割れ顎の堅物侍を巡って、藤と金の人外魔境神未満ズが火花を散らしたりしてます。

ああ甘露

2007年06月17日 | 十文字×瀬那
「あっつ~……」
「瀬那、大丈夫か?」

ジットリと暑い、ある晴れた夏の休日。泥門デビルバッツの面々はこの
日、休み返上で練習に励んでいた。しかし、十文字と瀬那の二人が今
いるのは、学校のグラウンドではない。

「うん、何とかね。十文字君の方こそ、ホントに大丈夫?」

本日の彼らは、買出し当番なのだ。この役目は目的地に、泥門からは
かなり距離のある店をわざと選ぶことで、ランニングや筋トレをも兼ねて
いる。

「デス・マーチん時に比べりゃ、こんなの屁でもねえよ」

だが、十文字が両腕と背筋をフル活用して運んでいる荷物は、瀬那の
抱えている分の、優に三倍はある。瀬那の方では最初、均等に分けて
運ぶつもりだったのだが、十文字に止められたのだ。

(そんな、十文字君にだけ持たせる訳には……)

瀬那は当然、眉をハの字に下げたが、十文字はただ短く一言。

(この方が早く帰れんだろ)

そして十文字はグッと全身に力を入れて大量の荷物を手に持ち、或い
は両脇に抱え、また背中にも括り付けると、さすがにスタスタという訳
にはゆかなかったが、それでもかなりしっかりとした足取りで、歩き始
めたのだった。
                     ・
                     ・
                     ・
「でもやっぱり、僕ももう少し持った方がいいんじゃ……」

両手にそれぞれ二つずつの袋を持った瀬那は、改めて十文字に提案を
試みる。

「勘違いすんな、別にお前のこと、力無ぇとか馬鹿にしてる訳じゃねえ。
ラインとランニングバックじゃ鍛えなきゃなんねぇとこが違うだろ? 俺
はお前よりももっと筋力つけなきゃなんねーのが、まず一つ目な? ん
で、二つ目は瀬那、確かにお前にとっても筋トレって大事なんだろーけ
どよ、お前の場合は同時にまたさ、全身の筋肉のコンディションに常に
気ィ配っといてだなー、試合ん時にこそ、その力がフルに発揮出来るよ
うにしとかなきゃなんねえってのが、これ二つ目。つまんねぇことで無駄
に体力削って自分を疲れさせるなんざ、愚の骨頂だかんな。三つ目は、
早く学校に戻れれば戻れた分だけ、沢山練習出来っだろ?」

な?と相槌を求められれば瀬那は、十文字の、言葉遣いはともかく、内
容は的のど真ん中を射た説明に、その大きな目を更に真ん丸くさせなが
ら、コクコクと頷くしかなかった。

「十文字君ってやっぱ……頭いいんだね……」
「ハァ?」

十文字にしてみれば、ごく当たり前のことを説明したつもりに過ぎないの
だが、キラキラとした瀬那の「凄いね」ビーム&オーラ(?)は何やら面映
ゆく、彼はフイと視線を逸らす。だが、瀬那からの称賛の嵐は、なかなか
止みそうになかった。

(嬉しくねえ訳じゃねーけどよ、何つーか……)

その強面と言えなくもない精悍な容貌や、以前の荒れていた言動もあっ
て、アメフト部員として青春の汗を大量に流すようになった現在でも未だ
たまに誤解されるのだが、十文字は本来、相当に頭の切れる男である。
父との不和に代表される複雑な家庭環境や、教師など周囲の無理解の
せいで、その明敏な頭脳の急激な発達速度に対し、心の成長が伴わず、
情動制御──平たく言えば感情のコントロールが苦手な彼だったが、最
近になってようやく、アメフトを通して周囲とのコミュニケーションを円滑に
取れるようになり、また精神面の充実に伴って外見も多少の柔軟性を帯
びるようになったせいか(とどのつまりは、以前よりも取っ付きが良くなっ
たということだ)、このところは一部の女子から“ワイルドな魅力がある”と
もてはやされるようにまでなった。もっとも、いくら周囲に認められるように
なったり、或いは学校で女子生徒たちから引っ切り無しに差入れを貰うよ
うになったりしたところで、十文字の本質は決して、傲慢の方向へ歪んだ
りなどしなかったが。

ただし、黒木、戸叶らの“ハァハァ弟たち”以外にも増えた、胸襟を開ける
仲間や大切な“もの”たち、それらの頂点に小早川瀬那を位置付けるよう
になったという、十文字の内面上最大の変化に気付いた者は、まだまだ
数えるほどしかいない。

(初めて会った頃には今みたいな状況、想像もつかなかったぜ……)

もっと正確に言うなら、“情況”も、だ。

陽だまりのように温かな瀬那の笑顔が。
気弱そうでいてその実、自分などよりも遥かに強固な芯を秘めていて、
尚且つ柔軟さを失っていないその心が。
四方八方に跳ねた茶褐色の髪が風にしなう様から始まって、その若木
のようにほっそりとした全身、そのどこに隠されているのかと、いつまで
経っても不思議でならない驚異の脚力と闘志が──

瀬那を構成するすべてが、ともするとすぐにささくれ立つ自分の心を、ま
るで羽毛で撫でるかのように宥めてくれる。何よりあの、琥珀色の虹彩
に自分の姿を見出した時の歓喜ときたら──

(青春……ってヤツ?)

誘惑に耐え切れず再び隣を見やれば、幾筋かの髪がペタリと張り付いた
その額から頬を伝う、透明な雫──小さな彼の、精一杯の努力と奮闘の
証。

一方、十文字の視線にニコリと微笑みで返した瀬那は瀬那で、考えてい
た。

(十文字君の言うのは正しいけど、このまんまじゃ練習再開した時、十文
字君の方こそ疲れ切っちゃってて、練習の意味なくなっちゃうかも……)

袋の一つの中身を見れば、ミネラルウォーターのペットボトルが数本。

(小さめの一本くらいなら、今貰ってもいいよね?)

立ち止まって、よいしょと目的の物を取り出し、何とかその蓋をこじ開ける。
そして──

「十文字君、ちょっとだけでいいから屈める?」
「あー?」

何事かと見下ろせば、ペットボトルを揺する瀬那の笑顔。その意図を十文
字は瞬時にして察する。

「い、いいよ、別に……! 帰りゃ好きなだけ飲めんだし……」

面白いほどの狼狽っぷりである。が、瀬那はさして頓着せず、「まあまあ
遠慮しないでー」と、十文字のTシャツの裾を引っ張り、バランスが崩れそ
うになった十文字はやむなく、中腰になるしかなかった。尚も遠慮の言葉
を放つつもりであった口に、ヒョイとペットボトルが突っ込まれる。

ここまでされたらもう、飲むしかないだろう。

ゴクゴクゴクゴクゴク──

中身が半分にまで減ったところで、ペットボトルは十文字の口から抜き取
られた。

「もう半分は僕に頂戴ね?」

そう言って瀬那は、つい今しがたまでは十文字の口内にあったペットボト
ルの残りの水を、あっという間に飲み干した。

「!!!」
「あー、生き返った!」
「……そ、そうかよ……」

そりゃ良かったなと、急に顔を赤らめたかと思うと、そっぽを向いてゴニョ
ゴニョ口ごもり始めた十文字を訝しげに眺めつつも、午後三時を知らせる
近くの時計台の鐘の音が聞こえてくると、瀬那は慌てて再び手に荷物を
持ち、歩き出そうとする。

「……っと、瀬那、ちょっと待て」
「え?」

見れば十文字は、背中に背負ったものを除き、すべての荷物をわざわざ
一旦、地面に置いて、首に掛けていたスポーツタオルを手にしていた。

ゴシゴシゴシ……

乱暴にではあるが、瀬那は頭から首筋にかけてを、そのタオルで拭われ
た。乾いた汗の男臭さと制汗スプレーとが微妙に混じり合った、不思議な
匂い。無器用だけれど、限り無い優しさ。

「っしと……んじゃ行くか」

ニッと軽く笑って先を急ごうとする十文字を、ポカンと見やった瀬那はそし
て、何気無く呟いた。

「僕……女の子だったら絶対、十文字君のこと好きになってたなー……」
「ハァァァァァ!?」


どんなに猛暑の夏であっても
恋の熱気にゃ敵わない
あなたと飲めば
ただの水でも
甘露甘露♪

                             <★☆おしまい☆★>
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

青春ってこんな感じのものなんでしょうか? 香夜さんの青春はもう、遠く
遠く過ぎ去ってしまった上、現役の頃(?)ですら、こんな風に爽やかに甘
酸っぱくは生きてませんでしたね(苦笑)。でも十文字君はホントいい男だ
と思うので、ぜひ幸せになって頂きたい……!