10月12日に国立オリンピック記念青少年総合センターにて「市民・科学者国際会議」が開催されました。第一部の講演では、岐阜環境医学研究所所長の松井英介先生、医学博士で高木学校の崎山比早子先生、物理学博士でドイツ放射線防護協会会長のセバスチャン・プフルークバイル先生、物理学博士で名古屋大学 名誉教授の沢田昭二先生らをお招きし、たくさんの貴重なお話をしていただきました。主婦や会社員、それから市民団体の方や学生など様々な人が会場一杯に来場しました。(各セッション150名以上の参加者)
どの先生方も広島・長崎・チェルノブイリの実例に基づく緻密なデータを使いながら、これまで過小評価されてきた被曝の実態を細かく説明してくださいました。また、これまでの被曝の評価はABCC(原爆障害調査委員会)や放射線影響研究所などによって、政治にとって都合の良いように曲げられてきたのだという話が印象的でした。そうした評価形成に科学者達が強く関わっていることを改めて認識し、科学者の社会的責任について考えさせられました。会場からの質問で多かったのは、やはり食品の安全性や子供に対する健康影響についてでした。これに対してセバスチャン先生は、放射線の健康影響にしきい値はないので被曝限界値を決めるのは生か死を決めることであり大変難しい問題だが、年間汚染が0.3mSvまでならば、核種などを考慮した上で青少年に与えてよい食物は4Bq/㎏以下とすべきだとおっしゃいました。より汚染のひどい日本ではどこまで安全を求めるのかということについて、市民と科学者がともに考えなくてはならないと思いました。
第二部の円卓会議では多くのパネリストを迎え、パネルディスカッション形式で会議を 行いました。前半は9月11日・12日に開かれた福島「国際専門家会議」についての批判を中心に、専門家のあり方について多くの指摘がなされました。市民を無知として、専門家によって真実が伝えられなければならないとする「国際専門家会議」は、自らを権威付けして専門家の意見を押し付けるものだったというリボーさんの指摘が印象に残りました。もう一つ重要だと感じたのは、学問的な正当性を市民の側で用意できるか、という松井先生の提起です。市民と科学者の関係についての非常に富んだ示唆で、この会議にふさわしい話題だと思いました。
第二部の後半では、市民・科学者放射線防護ネットワーク(CSRPN)(仮)の設立案が提出され、実践的な課題について議論しようという流れになりまし た。パネリスト以外の多くの参加者からそれぞれ自分の活動の話をしていただき、こういった運動のやり方もあるのだということを会場で共有できました。また、福島県 「健康管理調査」を批判的・体系的に評価する「第三者機関」を作るなどと生ぬるいことは言わずに、「健康管理調査」自体をやめさせようという意見も出まし た。全員で共有すべき課題についてもっと議論を重ねたかったのですが、話したいことが多すぎたようで時間が足りなくなってしまいました。
朝の9時半から夜の9時半まで続いた長い会議でしたが、3月の国際シンポジウム準備委員会のメンバーも集まり、非常に有意義な会議となりました。講師の先生方、準備していただいたスタッフの方々、また参加いただいた皆さんのおかげです。ありがとうございました。
どの先生方も広島・長崎・チェルノブイリの実例に基づく緻密なデータを使いながら、これまで過小評価されてきた被曝の実態を細かく説明してくださいました。また、これまでの被曝の評価はABCC(原爆障害調査委員会)や放射線影響研究所などによって、政治にとって都合の良いように曲げられてきたのだという話が印象的でした。そうした評価形成に科学者達が強く関わっていることを改めて認識し、科学者の社会的責任について考えさせられました。会場からの質問で多かったのは、やはり食品の安全性や子供に対する健康影響についてでした。これに対してセバスチャン先生は、放射線の健康影響にしきい値はないので被曝限界値を決めるのは生か死を決めることであり大変難しい問題だが、年間汚染が0.3mSvまでならば、核種などを考慮した上で青少年に与えてよい食物は4Bq/㎏以下とすべきだとおっしゃいました。より汚染のひどい日本ではどこまで安全を求めるのかということについて、市民と科学者がともに考えなくてはならないと思いました。
第二部の円卓会議では多くのパネリストを迎え、パネルディスカッション形式で会議を 行いました。前半は9月11日・12日に開かれた福島「国際専門家会議」についての批判を中心に、専門家のあり方について多くの指摘がなされました。市民を無知として、専門家によって真実が伝えられなければならないとする「国際専門家会議」は、自らを権威付けして専門家の意見を押し付けるものだったというリボーさんの指摘が印象に残りました。もう一つ重要だと感じたのは、学問的な正当性を市民の側で用意できるか、という松井先生の提起です。市民と科学者の関係についての非常に富んだ示唆で、この会議にふさわしい話題だと思いました。
第二部の後半では、市民・科学者放射線防護ネットワーク(CSRPN)(仮)の設立案が提出され、実践的な課題について議論しようという流れになりまし た。パネリスト以外の多くの参加者からそれぞれ自分の活動の話をしていただき、こういった運動のやり方もあるのだということを会場で共有できました。また、福島県 「健康管理調査」を批判的・体系的に評価する「第三者機関」を作るなどと生ぬるいことは言わずに、「健康管理調査」自体をやめさせようという意見も出まし た。全員で共有すべき課題についてもっと議論を重ねたかったのですが、話したいことが多すぎたようで時間が足りなくなってしまいました。
朝の9時半から夜の9時半まで続いた長い会議でしたが、3月の国際シンポジウム準備委員会のメンバーも集まり、非常に有意義な会議となりました。講師の先生方、準備していただいたスタッフの方々、また参加いただいた皆さんのおかげです。ありがとうございました。