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【書評】千葉悦子、松野光伸『飯館村は負けない―土地と人の未来のために』岩波新書、2012年

2012年07月02日 | 書評
 6月22日、福島第一原発事故によって全村が放射能汚染にさらされ、計画的避難区域に指定された飯館村の村役場が福島市飯野出張所に移転してから丸一年が経ちました。これを目前に控えた6月中旬には、7月17日に飯館村の避難区域再編が行われるという報道がなされました(朝日新聞、6月14日)。事故の「風化」が懸念される一方、村の「除染」に対して有効な方法は見つからず、避難生活の先行きも見えてきません。また、健康の不安も拭うことができません。

 これから紹介していく『飯館村は負けない ――土地と人と未来のために』では、全村避難に直面した飯館村の人々に焦点を当て、彼らがこの一年間をどのように考え、生きてきたのか、村民一人ひとりの声に依拠しながら描き出されています。

 本書は全6章からなっています。第1章で、全村避難までの経過をたどり、第2章では、村の対応について、村職員への聞き取りをもとにしながら追われています。続く第3章では、3.11以降の飯館村の姿勢の基礎となっている、1980年代以降の村づくりについてまとめられています。原発事故によって、飯館村と飯館村民が抱えることとなってしまった葛藤を皮相のみで捉えてしまわないためにも、この章で行われている考察は重要だといえるでしょう。そして第4章以降では、避難指示以降の村民の生活や村行政の取り組み、またそれに対する村民の動きが紹介されています。



 以下、本書の内容を簡単に見ていきましょう。

 原発事故発生から全村避難へと至る1,2章では、初期対応の混迷と、村から国に対する働きかけが描かれています。津波被害を被った沿岸部ではなく、原発からの距離もあった飯館村は当初、原発周辺自治体からの避難者の受け入れを行っていました。しかし、3号機の水素爆発を機に、避難者は村を去っていき、飯館村の放射能値も加速度的に上昇していきました。しかし、放射能の危険性に関する情報が錯綜するなか、不安を抱えながらも、学校や家畜の存在、農作業や仕事の事情が、村民の避難行動を鈍らせました。また、いったん避難したものの村に戻ってきてしまうという例も多くありました。

 そのようななか、4月11日、飯館村は「計画的避難区域」に指定され、一カ月を目途に「全村避難」が行われることが、突然発表されました。しかし、避難に際する国の施策が不十分であったため、飯館村が村として国に積極的に働きかけを行い、多くの具体的な施策を実現させていくことになります。これら施策のなかには、村民から、低線量被ばくを危険視する立場を無視しているという痛烈な批判にさらされたものが数多くありました。しかし、必要な課題に対しては、そのような立場を問わず、村行政と村民とが「緊張ある協働」に努める姿が見られました。

 原発事故に直面して、飯館村が国に対してさまざまな要求を行い、村行政と村民との「協働」が行われる場面が見られたのはなぜなのか。3章では、この30年間の村づくりの道のりをふりかえっています。そこには、若者や女性の積極的な登用、地区や集落を単位として住民が主体となった村づくりなど、ユニークな特徴が見られました。市町村合併問題に際して、村民と村職員とが議論を重ねた結果、合併見送りを決めたことは、象徴的なできごとだといえます。30年間のさまざまな取り組みの結果、地域づくりの担い手として、「住民全体の底上げ」がなされていったのです。

 4,5,6章は、「いのちと健康を守る」、「なりわいを守りたい」、「一人ひとりの復興へ」と題され、避難指示以降の住民のさまざまな思いが、彼ら自身の声を通して伝わってきます。避難によってバラバラになってしまった家族とコミュニティ、放射線被ばくの危険を訴え続ける「負げねど飯館!!」の取り組み、事業を継続できなくなってしまった事業所、「土」を何とか元に戻そうとする試み、国の疎かな対応に対する不満の声。そこには、「帰村か移住か」という単純な構図には、到底おさまりきらない苦悩があるのです。他方、飯館村の「復興プラン」には、「村の復興」だけでなく、「村民一人ひとりの復興」が掲げられています。さらに、「みんなで創ろう新たな「いいたて」」という合い言葉のもと、「村の外でも元気に過ごす」、「離れていてもいいたて村」という目標も見ることができます。当然、このような「復興」へ向けた村行政、村民たちの自主的な取り組みが数多くあります。

 そして、本書は次のように締められています。
「筆者たちは、危機に面している飯館村の厳しい緊張関係を、未来に向かって責任を果たそうとする共同作業だと考える。その未来に期待しているのは、筆者たちだけではないはずだ」

 筆者自身も述べているように、本書では、筆者の考えや評価が明示されることはほとんどなく、村民の声や村の動きがそのまま記述されています。また、特徴的な第3章の存在が象徴するように、放射能汚染によって注目された「飯館村」ではなく、原発事故以前からあった飯館村とその人々の姿をリアルに感じとることができます。

 飯館村に限らず、放射能によって汚染された土地の人々は、さまざまな状況に置かれ、苦悩を強いられています。しかし、メディアから流れる多くの情報は、ある側面を切り取って誇張し、それを消費しているのではないか。筆者の問題意識はここにあります。

 原発事故から1年以上が経過した今でも、原発事故被災者が、複雑に絡み合った葛藤に苦しめられる状況にあることは間違いありません。しかし、それを単なる個人の価値観の問題として捉えてしまうのではなく、すぐれて原発事故によってもたらされた問題であることを踏まえながら、「一人ひとりの復興」のために何ができるかが、問われているのではないでしょうか。


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