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【書評】池尾靖志『自治体の平和力』岩波ブックレット、2012年

2012年09月23日 | 書評
「平和」ということばは、さまざまなかたちで定義されてきたために、非常に多義的なものとなっています。しかしこれを狭い意味での「平和」、つまり軍隊や安全保障の問題として捉えたときには、日本に住む私たちの実生活からは、時間的、地理的な距離のある問題だと感じてしまう人が多いのではないでしょうか。また、「自治体」との関係で「平和」を考えようとしても、「平和月間」の設定などが精一杯で、とうてい国の政策や国際関係には影響を及ぼすことなどできないと思ってしまいがちです。しかしながら、広大な米軍基地を抱える沖縄県が、県民と自治体が一体となって日米安保体制に異議を申し立て、実際にこれに大きな影響を与えている現状が示すように、「自治体」は、潜在的に大きな可能性を秘めているといえます。

 本書は、「自治体が安全保障の問題に関与することは、本当にできないのだろうか」という問いに関して、自治体の平和政策がこれまで果たしてきたことやその限界、そしてその可能性についてまとめられています。


 本書では、まず前提として、「平和」についての定義づけを行っています。そもそも「平和」をどの視点から考えるかが重要な問題であることから、政府と自治体の「平和」の捉え方の相違について指摘されています。つまりイラクや沖縄の例が典型であるように、「現実政治」に追随しながら、一部の人たちの犠牲を要求する国の「平和」に対して、自治体にはあくまでも、時として犠牲にされる住民自身の「平和」を貫徹する余地があり、これが憲法の平和主義と結びついたとき、「自治体の平和力」が最大限に発揮され、国の施策に抵抗するのです。

 そして次に、実際に自治体が国の政策を批判し、抵抗し、介入を試みた具体的な事例を紹介しています。ここでは、核問題で代表的な広島市・長崎市や「非核神戸方式」によって核兵器積載艦艇を拒否した神戸市の取り組み、また「戦争に巻き込まれない」ための政策として、自衛官募集業務の拒否やジュネーブ条約に基づく無防備都市宣言などが挙げられています。現在大きな注目を集めている沖縄県については、ひとつの章をおいて書かれています。沖縄県は、1995年に起きた少女暴行事件の際、軍用地の土地貸借に必要な「代理署名」を当時の大田知事が拒否したことで、日米安保体制に強い抗議の意思を示しました。また名護市辺野古と東村高江に関しては、政府があらゆる手立てを使って基地建設を強行しようとしている実態について書かれています。

 自衛隊の変容や有事法制の制定などの影響で、自治体の平和政策には限界もみられるものの、国も、自治体の協力と理解の得られない安全保障政策を進めることはできなくなっています。これは、「自分たちの地域のことは自分たちで決める」という民主主義の根幹に関わる問題で、今後も変わらない傾向であるとされます。だからこそ、地域の自治をより強固にすることは、自治体の平和政策を変え、国の安全保障政策や国際関係に関与する可能性を持っているのだ、ということが強調されています。


 本書のなかでは、安全保障政策が決して国の「専管事項」ではない、という点が繰り返し述べられています。この根底には、「自分たちのことは、自分たちで決める」という「自治」の最も基本的な考え方があります。自治体の平和政策は、たとえ問題が特殊に見える軍事や安全保障に関わることであっても、自治体の明らかな役割である「地域住民の安全・安心な暮らしを保障すること」の延長線上に考えていったところにあるべきものではないでしょうか。その意味で、安全性に問題のあるMV22オスプレイに「島ぐるみ」で抗議する沖縄の自治体の「平和政策」はとても参考になります。

 また、国の考える「平和」と自治体の求める「平和」が衝突し、自治体が抵抗した時にみせる国の強権的な対応こそが、自治体の「平和力」の強さを意味しているのだという著者の指摘は印象的です。国と自治体で考える「平和」の守備範囲が異なる以上、その対立は避けられないのであって、自治体の「平和政策」がその対立には触れないかたちでのみ行われるのであれば、自治体の固有性・独自性は大きく減じます。この視点に立って初めて、たとえば「非核自治体宣言」が「核の傘」を不問に付していることなどを批判できるのです。

 中央集権体制によって進められた植民地支配と侵略戦争の反省をもとに、日本国憲法では、権力の分散が図られました。そのなかで自治体は、住民の主体性に基礎をおいた、国から独立した存在として規定されています。また、近年叫ばれている「地方分権」のスローガンによって、多くの問題を孕みながらも、その重要性が再度認識されています。しかしながら、「安全保障の問題では、むしろ中央集権化が進められている」のが実情です。本書で紹介されている、自治体の権限を利用した「国策」への異議申し立ては、自治体の「平和政策」が、国の安全保障政策に対して、また国家を超えた国際関係のなかにおいて、果たしうる役割を多分に示唆しています。

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