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【書評】布施祐仁『災害派遣と「軍隊」の狭間で 戦う自衛隊の人づくり』(かもがわ出版、2012年)

2012年07月31日 | 書評
 昨年の東日本大震災当時、自衛隊は最大10万8000人もの規模の災害派遣部隊を被災地に派遣しました。多くの人々を救助し、炊き出しやインフラ整備などに献身的に働くその姿には、被災者のみならず多くの人々が好感を抱いたのではないでしょうか。内閣府が2012年1月に行った「自衛隊・防衛問題に関する世論調査」では、9割を超える人々が自衛隊の災害派遣を評価し、自衛隊そのものについても良い印象をもっているという結果も出されています。

 しかし、自衛隊の主たる任務はあくまで「国防」であり、災害派遣は“従たる任務”でしかありません。近年、自衛隊は急速にその役割を変化させ、国防だけではなく、「海外活動」を本来任務に組み込み、グローバルに活動できる基盤を整えてきました。

 以下で紹介する『災害派遣と「軍隊」の狭間で 戦う自衛隊の人づくり』は、著者の現役自衛官や元自衛官への取材や、情報公開制度を利用した自衛隊の内部文書をもとに、そうした自衛隊が「軍隊」として任務を遂行できるようになるために、その内外でどのような人的基盤を作り上げていこうとしているのかを明らかにしたルポルタージュです。

 本書は全5章から成っています。以下に、その内容を簡単に見ていきたいと思います。

 第1章では、2004年からおよそ2年半に渡って行われた陸上自衛隊のイラク派遣について、派遣員であった自衛官の証言や、著者のイラク現地での体験や取材を踏まえながら、イラクへの自衛隊派遣とは何だったのかを明らかにしています。当時の小泉首相は、自衛隊を派遣する地域は「非戦闘地域」であり、派遣の目的は「人道復興支援」であると主張していましたが、実際には、自衛隊の宿営地や移動中の車列が攻撃を受けたこともあり、証言をしている自衛官も「死を意識した」時があったと話しているなど、いつ「戦死者」が出てもおかしくない状況であったといいます。さらに、現地で自衛隊が行っていた「人道復興支援」の内実や、自衛隊が派遣されることで引き起こす危険性を考慮しても、自衛隊が派遣される必然性は見出せません。結局、イラクへの自衛隊派遣はアメリカのための「派遣のための派遣」であり、その政治的圧力によって自衛隊が政治の駒として利用されたと派遣隊員であった自衛官も証言しています。

 第2章では、著者が取材した自衛官一人一人の生い立ちや、なぜ自衛隊に入隊したのか等の背景が描かれています。他に適当な就職先がないことや、待遇面などの経済的動機で自衛隊を志願する人も少なくなく、最近では雇用環境が厳しい東北地方や九州地方などで応募人数が顕著に増加しているといいます。さらに、インタビューを受けた自衛官も、入隊前は中卒でフリーターや派遣社員として働いていて不安定な生活を送っており、大学進学や資格を取得するために自衛隊に志願したと話しています。自衛隊への志願者数の増加の背景には、日本社会において急速に拡大している貧困があり、これは「戦争への想像力の問題」ではありません。アメリカでは、貧困や就職難、セーフティネットの欠如によって選択肢が奪われ、軍隊に入らざるを得ない状況を生み出していることを「経済的徴兵制」と呼んでおり、まさに同じような状況が日本でも生まれています。

 第3章では、米軍再編や日米の軍事協力の深化、それに伴う自衛隊の活動量の増加など、大きく変貌しつつある自衛隊が隊員に対して行っている訓練や教育、そしてその訓練によって生じる影響について書かれています。まず、戦闘訓練においては米軍から戦地での経験を生かした実践的な指導を受けるだけでなく、日米が一体となって実戦訓練を行う等の質的な変化が表れきており、さらに、精神面を鍛えるために、自衛官としての心得を作成し、また、生死に動じない精神力を身につけ軍として行動する使命感を持つために、戦前の旧陸軍から「軍人精神」を学ぼうとする精神教育も行われているといいます。しかし、このような「戦える」隊員づくりのひずみともいえる現象が、隊員の自殺の増加を例として生まれてきていると著者は指摘します。

 第4章では、少子化や景気の動向によって応募人数が減ることを想定し、「募集基盤」を固めておくために、自衛隊が積極的に行っている募集活動の実態が浮き彫りにされています。特に力を入れているのは地方自治体や学校との協力関係の強化だといいます。例えば、学校で行われる自衛隊説明会にその学校出身の自衛官を派遣し、自らの体験談を講演してもらい母校との関係強化を図りながら募集を推進したり、説明会を開催できる基盤をつくるために、教育委員会や進路指導教諭を対象にした自衛官募集に関する説明会を開催したりする等の取り組みを行っています。その他にも、あらゆる方面で広報活動を行うことで、自衛隊に対する抵抗感を薄めさせ、募集基盤を拡大させようとしているのです。

 最終章である第5章では、前章を受け、志願者獲得のための勧誘文句や軍隊色を漂白した宣伝活動の裏にある自衛隊のねらいや、自衛隊がいまどこへ向かおうとしているのかを示唆しています。現在、自衛隊は、日本の多くの人々が評価し期待を持っている災害救助活動ではなく、イラク戦争の際に示されたように、日米同盟の名のもとに米軍と一体化する中で海外での活動範囲を拡大し、グローバルに活動している財界や企業と関係を深めつつ、それらの利益を追求するツールとして活用されようとしています。そして、ひとたび戦争が起きれば、犠牲になるのは戦地に派遣される自衛隊員です。この章の最後に出てくる自衛官の言葉が印象的でした。「守るために働きたい」。
「日本の若き防人たちの未来は、我々国民の選択にかかっている」と著者は最後に締めくくっています。

 本書は、自衛隊という組織の自衛官に焦点を当て、その実態を明らかにしつつ、貧困と戦争との構造的な繋がりについても示唆しています。本書の視点を手がかりに、軍事によらない安全保障を考えていく上で、私たちがどのような社会を目指していくべきなのかを議論していく必要があるのではないでしょうか。

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