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【核軍縮②】世界的な核軍縮の流れ(1996年国際司法裁判所~2000年NPT再検討会議)

2009年07月20日 | ニュース紹介
時間があいてしまったが、前回の話をふまえて、今回からは現在までの世界的な核軍縮の流れを大雑把に理解していきたい。


◆1996年、国際司法裁判所の勧告的意見◆
 1996年、国際司法裁判所(ICJ)より、歴史的な勧告的意見が出された。それは、2つの重要な内容を含んでいた。一つは、「核兵器の使用や威嚇は一般的に国際人道法に違反する」という判断であり、もう一つは、「NPT 参加国には、核軍縮交渉を誠実に行い完結させる義務がある」という判断である。第1の点は、「核兵器の威嚇または使用」自体を国際的に違法としたという点で画期的な意味を持つ(ただ同時に、国家の生存が危機に瀕しているような自衛の極端な状況においては、核兵器の使用が違法に当たるかは判断できないとしていた)。第2に、核兵器保有国に核軍縮にむけて「誠実に交渉を行う」という義務を定めたNPT第6条に対し、それまでの曖昧な解釈ではなく、「交渉するだけではなく、その交渉を妥結させ、具体的な成果を達成する義務がある」とした点は非常に重要である。このことにより第6条の意義はいっそう増大した。

 核兵器の使用を違法とすることは、直接に核兵器を削減したり廃絶することには結びつかないが、核兵が持つ軍事的・政治的意味を低下させることで、核軍縮や核廃絶を促すという点から極めて重要な前進である。
 この勧告的意見は、厳密な法的拘束力を持つものではないが、極めて高い権威をもつものであり、その後の核軍縮交渉にも多大な影響を与えた。この勧告的意見以降、核兵器廃絶を求めるさまざまな提案やアイデアがなされるようになった。1997年4月には、核政策法律家委員会(LCNP:米国)や反核国際法律家協会(IALANA)といった法律家団体らが「モデル核兵器禁止条約」を発表しており、段階的な核廃絶へのプロセスを具体的に提案している。国連総会でも、核兵器禁止条約の交渉開始を求める決議(ICJ勧告的意見フォローアップ決議)が毎年採択されている。
 また、この勧告的意見が「核兵器の使用または威嚇の違法性をICJに尋ねよう」というNGOの動きから始まったこと、それが「世界法廷プロジェクト」として発展し、非同盟諸国に働きかけ、非同盟諸国がWHOや国連総会の場で勧告的意見の要請を行ったという一連の流れ、そしてその要請に対し、国際司法裁判所が真剣に応えたという事実もまた非常に評価できるものである。
 

◆新アジェンダ連合(NAC)の登場◆
 2000年NPT再検討会議は後に見るように、核保有国が「核廃絶への明確な約束」をし、とるべきいくつかの具体的な措置に合意する形で幕を閉じたが、この会議で活躍したのが、新アジェンダ連合と言われる国家連合である。
 1998年6月、ブラジル、エジプト、アイルランド、メキシコ、ニュージーランド、スロベニア、南アフリカ、スウェーデンの8カ国の外相が、「核兵器のない世界へ―新しいアジェンダの必要性」と題する声明を発表した。声明は、核兵器国およびNPT外の核保有3カ国(インド・パキスタン・イスラエル)に対して、核兵器全面廃絶の制約を力強く迫った上で、核軍縮のための具体的措置を幅広く提示している。8カ国は自らを「新アジェンダ連合」と呼んだ。
 中心を担ったアイルランドやニュージーランドは非核政策の長い歴史を持つ国であり、エジプトは中東において非核兵器地帯の設置など核軍縮の代表といえる国である。南アフリカは80年代に核開発を行い核保有に至った国だが、91年にはNPTに加盟し、93年に保有していた核兵器をすでに解体したと告白している。ブラジルもまた、核開発計画を途中で放棄した歴史を持つ国だ。新アジェンダ連合の大きな特徴は、このような国家が「東側・西側・非同盟諸国」という冷戦時代のブロックを越えて、核兵器廃絶という目標で一致して行動する国家グループとして結合したという点である。そしてこれらの国々は、それぞれの地域で確たる政治・経済力を有する「中堅国家」であり、国際社会に一定の影響力を持っているのだ。
  以後、新アジェンダ連合は精力的な核軍縮外交を繰り広げた。特に焦点を当てられたのが2000年のNPT再検討会議である。新アジェンダ連合はその前哨戦として国連の場で、米ロの核削減の加速や、核兵器の警戒態勢の解除など、核兵器国への要求を盛り込んだ総会決議を98年、99年と2年にわたり採択させた。このときNATOの非核兵器国が棄権するなど、アメリカの同盟国にも大きな動揺を生んだことは注目される。



◆2000年、NPT再検討会議◆
 2000年再検討会議では、最終的に新アジェンダ連合と核兵器国との「5プラス7」の協議がなされ、重要な内容を含む最終文書が採択された。一つは「核兵器国は、保有核兵器の全面的な廃絶を達成するという明確な約束を行う」という文言が明記されたことである。この合意は、核兵器の廃絶が、もはや精神規定や努力義務ではないことを明示したという点で非常に画期的なものだった。二つ目は、CTBTの早期発効を含む13の核軍縮の具体的措置が合意されたことである。
 ここで重要なのは、このような中堅国家グループと連携した核兵器廃絶を求める多くのNGOが、会議の場で外交官に働きかけをしたり、国内でキャンペーンを展開したりすることによって、国際世論と国家を結ぶ有機的な役割を果たしたということである。ここには97年の対人地雷禁止条約(オタワ条約)成立における、中堅国家とNGOの協力(「オタワ・プロセス」)と同じ勢いを見て取ることができる。

 アナン国連事務総長は、この合意を歓迎して次のように語った。「これは歴史的な合意である。核の危険のない世界、核不拡散と核軍縮のための世界的な規範が強化された世界、つまり、より平和な世界を求める人類にとっての意義深い一歩前進である。」
 

 世界的な核軍縮にとっての次の課題は、合意を実行に移すことであった。(次回に続く)

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