ささの子通信

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てててっ!

2019-05-10 | 人形遣い
地元番組、てててっ!TV
どっちdeやまなし 驚きの甲州弁は「て」or「で」(5月9日OA)
が放送されました。LINEアンケートでも集計。

「て」の方がっ圧倒的に多かったですが、父親は「れっ」て言いま~す(^_^;)
「で~」ってちょっと伸ばした感じは南アルプス市の知り合いが言っていたような。。。

なぜに「て」?
番組の中で訪れたのは駿台甲府小学校の元校長で江戸文学のスペシャリスト・石川博さん。
『て』、あるいは『で』の語源は「浄瑠璃、歌舞伎」からきているという説。
『て』と言う言葉は山梨のほかにも埼玉の一部、栃木や群馬など北関東などでも見られる言葉でもあるそうです。
江戸から伝わったようですが、大月では言わないですよね?

浄瑠璃は『生写朝顔話』の中にあるそうで、床本が映りましたぐにゃ文字で分かりにくかったので調べました。
ここでしょうか?

宿屋の段
 「ハイ/\よう問うて下さります。
お詞にあまへお話し申すも恥ずかしながら、もと私は中国生れ、様子あって都の住居。
一年(ひととせ)宇治の蛍狩りに焦れ初めたる恋人と、語らふ問さへ夏の夜の、短い契りの本意ない別れ、ところ尋ぬる便りさへ、思ふに任せぬ国の迎ひ。
親々にいざなはれ難波の浦を船出して、身をつくしたる憂き思ひ泣いて明石の風待に、たま/\逢ひは逢ひながら、つれなき嵐に吹き分けられ、国へ帰れば父母の思ひも寄らぬ夫定め。
立つる操を破らじと、屋敷を抜けて数々の憂き目をしのぎ都路へ、登って聞けばその人は、東の旅と聞く悲しさ。また都を迷ひ出で、いつかは廻り逢坂の関路をあとに近江路や、身のをはりさへ定めなく、恋し/\に目を泣潰し、物のあいろも水鳥の、陸にさまよふ悲しさは、いつの世いかなる報ひにて、重ね/\歎きの数、憐れみ給へ」とばかりにて、声を忍びて歎きける。
サテ哀れな話。
しかし男日照りもない世界に、エヽ気のせまい女だな。
イヤモしゅんだ話で気がめいった。
寝酒でもたべ気を晴らさう。
イヤナニ女。暇をくれる、立帰れ」
「ハイ/\、ありがとうござります。
さやうなればお客様。もうお暇申します」



相変わらず左手を突けません。
中指は腫れて曲がりません。
来週は試合、再来週は公演と試合と続くのにヤバいです。
とりあえず明日は整形へ。

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