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時戻素

昔の跡,やがてなくなる予定のもの,変化していくもの,自身の旅の跡など・・・

(400) 【隧道の狭間から】 1 海岸の岩屋観音を拝みに

2010年09月13日 02時56分09秒 | 旅・散策の足跡
【隧道の狭間から】の記事

1 海岸の岩屋観音を拝みに…(400)
2 観音様の海岸(418)
3 道のようなところの先には…(510)
4 草むらに隠れる駅(569)

※ 写真撮影日:2010年9月5日
北海道虻田郡豊浦町の海辺を訪問した時の記録。

 長万部駅から室蘭本線の普通列車で2駅目に…

 小幌という駅がある。19番が長万部駅,18番が静狩駅からの運賃だが,そこまで高くはない。(距離が遠くない。)この一つ先の礼文駅からも210円。

 この駅,長万部や隣の礼文などからそんなに距離はないのだが,普通列車でも通過する列車もあるので訪問時には注意が必要になる。
 この駅で下車し,国土地理院の地形図にも載っている海岸部の岩屋観音を目指す。

 降りたホーム(室蘭方面行き)の向かい側に見える建物の左側に岩屋観音へつながる道の入口はある。

 板橋を渡り,茂みの奥の方へ獣道をたどっていく。

 こんな感じのところをしばらく行くと…

 分かれ道があった。岩屋観音へはこちらの看板に従うことになるが,反対側(向かって右側)には…

 こんな看板があり,その奥に道がある。こちらは海岸へつながる道なのだが,こちらについては3の記事で触れたい。

 左の道を進んでいく。
 駅からここまでの道とは雰囲気が変わり,木々が生い茂っている。

 この時点で顔の周りをたくさんの蚊が飛び回っていた。この蚊達はかなりしつこく岩屋観音到着まで付きまとってきた。そのため,ここから後の写真は手振れをしているものも多い。追記(2010・9・20) 後から考えると蚊にしては変な点があったので,調べてみるとムカカの一種のメマトイのような気がした。

 道は細く,片側は崖というところも多い。そして,アップダウンもそれなりに激しい。携帯の電波(AU)はアンテナ3本立っていたが,連絡ができたところで救出は簡単にはできない。細心の注意が必要だろう。熊が出てきそうな気もするが,事前に調べた情報ではこの辺りで目撃情報はないようだ。とはいえ,人間がいることを示すため,空のペットボトルをたたいて音を出しながら歩いた。付きまとう蚊に気をとられていたそのとき足元の道を青緑の細いものが横切った。蛇(たぶんアオダイショウ)だった。こちらから手を出さない限り,襲われることはないとはいっても,やはり警戒対象になってしまう。頭上,足元,音に注意を払いつつ,このような道を進んでいく。

 山火事注意の看板もあった。

 片側にロープの張ってある部分があった。その先を見ると…


 岩が露出し,その下は深い谷状になっている。落ちたら一大事ということは間違いはない。
 その先,下り道が続く。

 ロープが備え付けられているところもある。地面が水気を含んでいる場所も多いし,ロープに付着物がある可能性も有りそうなので,軍手があるとより安全かもしれない。

 沢を越えるところもある。

 木の枝が道をふさいでいるところも。蛇がいないか確認しながら,潜り抜けた。

 急なカーブを繰り返し,下の方へ下っていく。
 木々の間からは…



 下の海岸が見える。目的地は近そうだ。

 ロープつきのところも多い。つかまなくてもいけないことはないところもあるが,滑ったことなどを考えると安全な手段をとるべきだろう。
 ロープ伝いに下っていると…

 その先に沢が見えた。実はここ,分かれ道になっている。沢を渡った先を手前の方へ行くと岩屋観音のある浜辺にたどり着ける。沢に沿って登っていくと,林道につながっており,その先が国道に出られるようになっている。この道は今回行っていないが,ネット界隈を探るとそれなりの装備をして臨んだほうがよさそうだ。鉄道からアクセスする場合も,帰り道の場合は…

 正面に沢沿いに踏み跡が見えるので,駅につながる道の入口(木の橋を渡る道)を見落としやすい気がする。

 向かって左手が上り坂になっているのもよく見ないと見落としそうだ。
 ここまで来たら…

 この沢に沿って海を目指せば岩屋観音に着く。

 海岸へ到着。海の中に桟橋が見える。船でのアクセスも可能なようだ。干潮時には桟橋まで海に入ることなくいけるそうだ。国土地理院の地図では向かって左手に岩屋観音があるように描かれているが,実際は右手にある。地図が間違えているか,道が付け替えられたのかは分からない。いずれにせよ,地図のルートよりは実際のルートの方が長くなる。
 海とは反対側を見ると…

 岩盤が露出しているところに立札がある。

 岩屋観音の説明。こんな場所でもしっかりした案内があるのにも驚いたが,この言い伝えが本当なら当時はこの辺りに熊がいたことになる。立札に向かって左手を見ると…

 岩屋観音の入口が見えた。浜辺で開けたところまで来ているのだが,まだ結構な量の蚊がまとわりついていた。偶然ここで出会った人に蚊取り線香に寄せてもらうことで,顔がぼこぼこになることなく済んだ。ここの蚊かなり飢えているのか,しつこかったので,虫除けスプレーは必要そうだ。
 入口に近づき,中を見る。

 入口の土嚢は最近考古の調査がここで行われたことの名残らしい。駅からここまで道具を背負って調査していたそうだ。
 中へ入る。





 祠には鍵がついていて中は見られなかった。この鍵がついたのもごく最近のことらしい。
 洞窟内から外を見る。


 案内にあったが,近々ここで祭礼が行われるようだ。
 海岸には,さっきの沢の東側(岩屋観音とは反対側)に…

 集会所のような建物と仮設トイレがあった。

※ 次の記事ではこの観音様のある海岸をとりあげたい。

(398) マンホールでみる旅のルート

2010年09月11日 11時50分18秒 | 旅・散策の足跡
大阪から北陸・東北(日本海側)経由で北海道まで行ってきた。
 そのときの道筋をマンホールのふたで振り返りたい。マンホールの絵柄に気付かなかったところ,絵柄が描かれていなかったところは省略。

大阪市
  

 一番上のものは福島区と書かれているが,市内全体で使われているデザインだ。

富山市


糸魚川市(旧能生町域)

合併前の能生町(のうまち)の名前が書かれている。

上越市(直江津)


新潟市
 


酒田市

  


秋田市
 


函館市
   


森町


長万部町
 


札幌市
 


旭川市
 

(旭山動物園内)

 知らなかったその土地のイメージが書かれていることもあって,マンホールの絵柄も興味深い。

(396) 【H21春・18切符2枚目】 3日目-2 高知~大阪

2010年09月01日 02時08分35秒 | 旅・散策の足跡
【H21春・18切符2枚目】の記事一覧

【363】 1日目(3月29日) 鹿児島~飫肥~延岡
【374】 2日目(3月30日) 延岡~大分~臼杵~八幡浜~宇和島
【385】 3日目-1(3月31日) 宇和島~高知
【396】 3日目-2(3月31日) 高知~坂出~岡山~大阪
【412】 4日目(4月5日) 肥薩海岸周遊
【479】 5日目(4月8日) 奈良・三重・滋賀・京都

3月31日行程

宇和島 6:11
窪川 8:34
9:05
高知 10:58
13:44
土佐山田 14:12
14:36
阿波池田 16:31
16:34
琴平 17:18
17:25
坂出 17:57
18:54
岡山 19:28
20:29
姫路 21:54
22:17
大阪 23:18

※ 撮影日 2009年3月31日
 次の列車の待ち時間で生まれた3時間の高知観光を終え,阿波池田行きの列車に乗る。バスみたいな車両を2つつなげた感じだったが,また車掌付き。
 30分ぐらいで土佐山田駅に着いた。

 ここに目的があったわけではないが,さっきの列車が約20分間停まりっぱなしだったので,駅前をぶらぶらして時間をつぶした。
 しばらくして,駅前にこんなバスが現れた。

 この駅,アンパンマンミュージアムへのアクセス駅のようだ。四国にいる間はいろんなところでアンパンマンやそのキャラクターを目にしている。会社のイメージキャラなのではというぐらいいたるところに現れている。
 しばらくしてホームに戻る。

 この日は朝からタイプの列車(細かく見たら違いがあるかもしれないが)にしか乗っていない。バスのような車内やトイレ休憩も兼ねた20分近くの停車時間にもなれてきた。
 この駅を出た後も,すぐに新改という駅でやや長めの停車があった。こちらは駅周辺がしーんとしているだけでなく,隣に線路がないので,行き違い待ちの停車とも思えなかった。ドアが閉まったとは列車がバックし始めた。別の車両を通すためにスイッチバックでこの駅に停まっていたようだ。地図で見たらかなり山深そうなところに駅があった。駅に停まって進路を譲らない列車はこの駅は通過のようだ。
 土佐山田を出て30分ぐらいすると,またこの駅で長めの停車があった。

 この駅なんか雰囲気が違うと思ったら…

 川に架かる橋の上にホームがあるようだ。しかも結構位置は高めだ。
 この穴内川(土佐穴内駅付近で吉野川に合流)に沿って列車がすすんでいく。

 トンネルの箇所も多い。
 吉野川との合流後数駅過ぎると,こんな橋が見えてきた。

 きれいな橋だと思って見ているとこの橋の付近にあった駅に列車が停まった。

 ここでも10分近くトイレ休憩の時間が与えられた。
 トイレのある駅舎に行く際に駅周辺の様子も見られた。

 さっきの橋と駅前の桜と吉野川。

 駅舎。駅名が部分的に消えている。
 この奥の庇の下のドアがトイレなのだが,鍵のかかっていなかったドアを開けると中に人がいた。用は済んでいたようだが,気まずい感じになった。「鍵かからないんですか?」と聞くと明確な返事はなかった。入れかわりで入ると,鍵の場所が見つけにくいとかかけ方が分かりにくい(つまみを縦から横になるように回転させるタイプ)とか閂がおかしくなって鍵がかかりにくいとかでなく,簡単に鍵をかけることができた。何かあったのだろうか?
 この駅が高知県最後の駅となり,次の駅からは徳島県に入った。
 最初が…

 次が…

 となっている。ふりがながなければ知らないと読めないような地名だ。しかも,「大」が付くのもたぶん偶然だろうがすごい。大歩危が看板だけなのに対し,小歩危は駅舎まで撮っているのは,もちろんこの駅でも10分ぐらい停車したからだ。
 駅前。

 川と斜面の間の狭い空間に道路とその高台に線路が通っている。

 この辺りの桜もきれいだった。下に民家があるように見える。その中に郵便局もある。
 待合室内。


 きれいに維持されているという印象を受けた。

 10分近く待たせた主がやってきた。
 この駅を出て20分程度で終点に着いた。

 今まで途中の駅では10分近く余裕があったが,乗換えをしたこの駅には3分しかいなかった。
 この駅を出て,さっきの新改と同じで普通列車でも通過する坪尻という駅があるが,今回は対向車の方が待っていたようで,そのまま通過で済んだ。通過するという感覚を久々に感じた。その後,香川県に入って,琴平駅で乗り換えてからはスピード感が出てきた。
 高松が近くなるにつれ,利便性も良くなったように感じながら移動し,坂出駅で下車。

 駅前のサティの百均で物資調達をし,駅の一階にあるこの店で夕食をとった。

 評判がいいらしく,持ち帰り用の麺も置かれている。

 釜揚げうどんの肉汁おろしだれ。

 つけだれの器も結構大きい。
 ホームに戻る。


 この後は瀬戸大橋を渡って岡山へ。この辺りからスピード感がかなり増してくる。
 岡山で1時間姫路行きの電車を待っている間は…

 この記事でも書いているが,駅前で政令指定都市化前夜の雰囲気を味わった。
 姫路からは新快速で大阪へ。夕方までのスローライフが嘘のように思えてくる。時間当たりに進んだ距離を計算したら歴然とした差が出てきた。距離は営業用の数字しか分からなかったので,実際のものと差がある可能性あり。
 宇和島~高知 154.3km 4時間47分 538m/分
 高知~坂出  138.0km 4時間13分 545m/分
 坂出~大阪  227.0km 4時間24分 860m/分
  (坂出~大阪間には岡山での1時間1分の乗り継ぎ待ちを除くと1118m/分)
 この日の終わりにはスピードで過ぎて怖いという感覚は全くなく,快適としか思えなくなっていた。 

(395) 水没集落からの脱出(4) ~集落への道編~

2010年08月31日 03時18分19秒 | 旅・散策の足跡
【水没集落からの脱出】の記事
静岡県浜松市天竜小和田~塩沢

1 入口編(306)
2 駅前メインストリート編(326)
3 最寄の民家とつり橋編(359)
4 集落への道(395)
5 徒歩1時間の集落(405)


6 駅を離れても(482)
→ 観光地天竜峡はこちら
→続編はこちらへ。

※ (3)からの続き。
※ 写真撮影日 2010年3月20日
明々後日からまた鈍行旅行をするため,似たようなところにも立ち寄ろうかと思っているので,雰囲気を思い起こすためにもこのシリーズを書き進めてみる。

 ときどき銃声(猟銃)が聞こえる中,現役の民家前から塩沢集落を目指し,移動を進める。

 ここから先,足場が土ではなく金網状になっているところも結構出てくる。

 途中途中に碑のようなものもあり,人の手が及んでいることが分かる。

 こんな感じで道を進んで行く。
 しばらくして…

 金網足場が長く続く道が現れた。

 金網がへこんでいるところもあり,網の下から板のようなもので補強?もされている。

 こんな感じであからさまに補修がされているところもある。こういうところを見ると金網が長く続いている道は少し怖かった。
 この金網の道の先には…

 赤い柱が見える。吊橋だ。

 橋の上も金網状の足場になっている。
 橋の真ん中から下を見ると…

 恐怖感が増強する。恐れながら橋をわたりきる。

 橋を振り返る。民家からここまで約10分だった。
 ここから先の道はまた雰囲気が少し変わり,斜面を登っていることを感じやすくなる。

 途中道が分岐しているところもある。

 ジグザグに坂を登っていく。

 階段の部分もたまに現れる。

 途中には廃墟もある。

 道と同じ高さに屋根がある。
 その先…

 道幅も狭くなり始める。来た道を振り返る。

 勾配もかなり急になってきている。
 目の前に小屋が現れる。

 廃墟かと思ったが…

 壊れたドアにWCと書かれており,トイレ用の建物だったようだ。駅利用者やハイキング客へのもてなしだろうか。
 2,3分ぐらいすると…

 高いところに小屋見える。あの小屋は林道に接しており,そこが塩沢集落だ。

 出口は見えてもまだまだ急勾配は続く。

 滑るのを防ぐためか金網状の床の部分もある。
 来た道を振り返る。

 狭く急な一本道になっている。

 こんな急なヘアピンカーブも…
 最後の急勾配を登り終え…

 最後の階段を踏みしめる。この上が塩沢集落。
 急坂の連続で足がかなり張っていた。民家から約30分で到着した。
(5)へ続く。


(392) 春に見てきた東京の姿

2010年08月28日 22時05分10秒 | 旅・散策の足跡
今年の春に関東に行った時に,東京を通った。当初は東京に行ったつもりになっていたが,実際よく振り返ってみるとネットカフェで夜を越しているものの,それ以外は通過同然のような感じだった。その東京で撮ってきた写真を並べてみたい。

 高尾駅に強風の影響で遅れて到着した電車を待ってくれた電車。

(2010年3月20日撮影)

 窓越しにさっきまで乗っていた電車が見えているが,内部の印象がだいぶ変わった。
 この電車で東京駅まで。途中,よくテレビで聞くような駅にとまっているが,夜なのと人が多いので,周囲の状況は把握できず。

(2010年3月21日撮影)

 着いた東京駅のホーム。結構新しそうできれいだった。エスカレータも結構長めだったので,改築された部分なのかもしれない。
 改札を出て,駅の丸の内口へ行くが,工事中だった。周りを一周し,総武線ののりばの大体の行き方を確認した。

(2010年3月21日撮影)

 駅内部の通路も明るく,0時をとっくに回っているが人も多かった。
 さっきのホームに戻り,中央線の終電で隣の神田駅へ。強風の影響で遅延が出ているようで15分以上発車は遅れた。

(2010年3月21日撮影)

 神田駅のホームから改札口へ向かう途中。東京駅と比べると古さを感じた。
 駅の出口の真ん前のネットカフェで夜を明かす。
 朝5時頃,雨が降っている中,ふたたび神田駅へ。

(2010年3月21日撮影)

 人はいるものの本格的に動き出すのはもっと後という感じだ。

(2010年3月21日撮影)

 昨日も通った改札口。逆の方から見ると,客への案内の言葉が良く目に付いた。
 ホーム。

(2010年3月21日撮影)

 数時間前の東京があまりにもきれいだったので,この雰囲気にはある意味安心感があった。

(2010年3月21日撮影)

 東京生活をおくっていた人に大阪駅の案内は分かりにくいと言われたことがあった。その理由の一つが案内板のラインカラー別の色分けだった。確かに分かりやすそうだが,ラインカラーを把握できていないよそ者は結局文字を読んでいた。
 何か強風で電車が止まっているという声も聞こえた気はしたが,すぐに復旧することを期待し,再び東京駅へ。

(2010年3月21日撮影)

 改札内の待合所もかなり広々としていた。改札内の空間を通り,総武線の地下ホームへ行く道へ向かう。

(2010年3月21日撮影)

 結構長めのエスカレータを下る。
 ほーむより一つ上の階層に着く。

(2010年3月21日撮影)

 駅内の放送を聞きながら,想定していたことではあったが,現実の文字として運転見合わせを確認した。
 それでも何とか動き出すだろうと期待をし,ホームで待つことに。

(2010年3月21日撮影)

 中央線のホームとはだいぶ違った感じの空間だった。

(2010年3月21日撮影)

 柱に書かれた駅名表示も時代を感じさせる。

(2010年3月21日撮影)

 かなり深いところにあるのも影響しているのか,水も湧き出していた。東京駅の地下水の問題,結構深刻だというのを耳にしたこともあったので,その光景を見ているのだという勝手な判断をした。
 しばらくして,横浜方面が動き出したのでとりあえずそっちへ行ってみることにした。横浜で千葉方面への復旧も確認した後は,千葉へと向かった。その際にも東京を通過しているが,さっきのホームで乗り換えたぐらいだった。
 千葉から帰ってきたのも東京駅でそのとき大学の同級生と落ち合い,駅から100mあるかないぐらいの喫茶店へ。今考えると,神田のネットカフェも駅から狭い道路一つ分の幅しか離れていないので,このときが東京で一番線路から離れた瞬間になるようだ。

(2010年3月21日撮影)

 東京駅の八重洲口のビル。構内は移動していても,駅の姿を外から本格的に見るのはこれが初めてだった気がする。昨晩は,工事現場の柵しか見ていないような感じだったし。
 横浜方面へは,京浜東北線で向かった。

(2010年3月21日撮影)

 今見て見ると,中央線のホームとの雰囲気はだいぶ違いそうだ。

 東京は線路からほぼ離れることのなかったルートだったと今振り返って分かった。東京は今行かなくてもいつか行くことがあるだろうぐらいの考えでルートを組んだのが最大の理由ではあるけど,東京行って何見てきたんだと自分でも思う。

(385) 【H21春・18切符2枚目】 3日目-1 宇和島~高知

2010年08月21日 00時27分56秒 | 旅・散策の足跡
【H21春・18切符2枚目】の記事一覧

【363】 1日目(3月29日) 鹿児島~飫肥~延岡
【374】 2日目(3月30日) 延岡~大分~臼杵~八幡浜~宇和島
【385】 3日目-1(3月31日) 宇和島~高知
【396】 3日目-2(3月31日) 高知~坂出~岡山~大阪
【412】 4日目(4月5日) 肥薩海岸周遊
【479】 5日目(4月8日) 奈良・三重・滋賀・京都


3月31日行程

宇和島 6:11
窪川 8:34
9:05
高知 10:58
13:44
土佐山田 14:12
14:36
阿波池田 16:31
16:34
琴平 17:18
17:25
坂出 17:57
18:54
岡山 19:28
20:29
姫路 21:54
22:17
大阪 23:18



 とりあえず記事の中身だけ。(2010/9/1記事の体裁(リンクや日程など)を他とそろえました。)

※撮影日2009年3月31日撮影
 朝の宇和島駅。

 駅前のこの像で…

 名物を思い出した。夜11時について朝6時に出るのでは,名物を味わうことはできないが,朝一から空いていたキオスクで名物のさつまじるを買った。
 改札を抜けると…

 アンパンマン特急が朝一から待っていた。特急に乗れるような身分ではないので,ホームの端の方へ行って別のホームへ。

 途中にかぶとのようなものが置いてあった。

 3つあるホーム全てに列車が停まっていた。
 乗るのは…

 一番短いこの列車。
 駅舎の方を見てみる。

 ホームの下に線路横断禁止と書かれている。

 ホーム端まで行くのは遠回りだけど,階段はないので線路に下りるほうが面倒な気がする。

 宇和島を出ると内陸部を進んで行く。

 こんな感じの駅も多い。

 途中の駅で行き違いとかで数分待たされることも多い。この駅の名前ひらがなで見たら絶対に漢字変換できない気がする。よしのぶって人の名前みたいだし。

 四万十川が幅のある状態で見えてきてしばらくすると…

 広々とした駅に着いた。
 この駅で約20分待ちのようだ。もちろん,トイレ休憩も兼ねている。

 桜がきれいだった。

 ようこそ四万十の里への下に予土線利用促進の文字があった。廃線の危機もあるのだろう。この駅もこのときは有人駅だった。

 駅舎。この後はすぐに斜面になっている。集落は駅前の道をしばらく進み,四万十川を渡った先にある。駅はこの辺にしては大きめでも,集落から離れた駅で寂しさを感じた。

 駅から高知方面をみる。
 川と斜面に挟まれた場所に駅と畑が広がっている。

 この駅を出て隣駅へ。

 四国の駅名も読みにくいものが多い。
 この駅の辺りは…

 四万十川沿いの少し高台を走っている。



 印象に残る橋も多い。
 この区間である女性に声をかけられた。酒蔵の関係者で鹿児島出身だと分かると,大量のパンフレットをくれた。高知のお酒についても詳しく教えてくれた。そんなことをしているうちに…

 終点の窪川駅へ。ここでさっきの女性は特急に乗り換えたのでここでお別れになった。

 駅の周辺を散策したが,特に目立つものはなかった。
 駅に戻り,JRの駅の隣を見ると…

 くろしお鉄道の駅もあった。外では別々に見えるが改札内でもつながっている。たぶん中間改札があったように思う。

 さっき通った隣の若井までの区間はくろしお鉄道の路線となっている。これはJRだけで宇和島方面へはいけないことを意味している。宇和島方面からのJRの列車の着くホームには,いったん改札に行ってくろしお鉄道分の200円を払うようにと書かれている。JRだけで四国1周ができないとは思わなかった。
 この駅を出た後は,1両か2両かは忘れたが,短い列車に車掌付きで検札もあった。

 砂浜の風景も見られた。

 11時半ごろ高知駅へ着いた。
 2時間ほどの高知観光をした。というか,次の列車が乗り継ぎを考えるとその時間まで待つしかなかったような気もした。

※3日目-2へ続く。

(379) 高松の散策(2) ~繁華街方面とうどん~

2010年08月15日 06時39分56秒 | 旅・散策の足跡
【高松の散策】の記事

1(320) 四国一の規模の駅と周辺 
2(379) 繁華街方面とうどん
3(411) 海辺の散歩


※ (1)の内容を一部移して,再編した記事です。

 ホテルに荷物を置いた後は,市の中心の方へうどんを食べに行った。10分ほど徒歩で移動。
 繁華街へ着きかけたあたりの歩道は…
 あと,この道路に沿った歩道では…

(2009年3月19日撮影)

 歩行者と自転車のルートが分けられていた。これだけでは表示が違うだけでどこの町でも見られる光景だが,周辺の看板を見ると…



(2009年3月19日撮影)

 その意識の高さが分かる。中央に柵を置くと意識も強化されるようだ。
 アーケードの入口に到着。その前の交差点には…

(2009年3月20日撮影)

 道路の真ん中にかつて橋があったことを伝えるモニュメントがある。

 そこの信号を見ると…

(2009年3月20日撮影)

 大阪市でもなかなか見ない残り(待ち)時間が数字で表示されるタイプの信号があった。しかも28秒という細かそうな表示。
 しかし,この後は…

(2009年3月20日撮影)

 25秒になり,5秒刻みで表示されていった。ゲージタイプよりも数字は分かりやすい。
 アーケードに入ってすぐにうどん屋が見えた。
 時間帯が21時ごろともう遅く,開いている店も少なかった。この店で夕食を。

(2009年3月19日撮影)

 食べたうどんと丼のセット。

(2009年3月19日撮影)

 うどんの種類と価格は忘れてしまったが,500円は下回っていたような気がする。

 翌朝も食事を取りにこの界隈へ来たが,今度は朝早くで開いている店が限られ,昨日の夕食を食べた店のほぼ向かい側のこの店で食べることに…

(2009年3月20日撮影)

 店名は聞いたことがあったが,高松以外にも多くの店舗を抱える店であったことは忘れていた。
 食べた朝食セット。

(2009年3月20日撮影)

 家の近くの店に時たま行くが,このメニューはないので,高松限定だったかもしれない。(ただ単に廃止になったメニューかもしれないが…)

 ここから北のほうへ行くと…

(2009年3月20日撮影)

 テレビ局や…

(2009年3月20日撮影)

 百貨店

(2009年3月20日撮影)

 中央郵便局。

(2009年3月20日撮影)

 家庭裁判所。
 その隣には…

(2009年3月20日撮影)

 弁護士会館。その前に門のようなものがあるが…

(2009年3月20日撮影)

 高松警察署(現高松北警察署),移転後は香川県丸の内分庁舎が入っていた建物の一部をモニュメントとして残してある。解体は2000年の道路拡張を含む整備事業時のようだ。

 ここからさらに南へ行くと市役所や県庁がある。

 船への連絡をしていた関係もあるのだが,高松駅は繁華街からは結構離れているみたいだ。

(376) 島影をめぐる船旅

2010年08月12日 05時00分00秒 | 旅・散策の足跡
離島部を抱える県に長いこと住んでいながら,その離島部へは2度しか行ったことはない。そのうちの片方である沖永良部島からの帰路の風景で記事を書いてみようと思う。

沖永良部の和泊港。

(2008年3月22日撮影)

 港の地面に沖永良部島の図が描かれている。ここから沖縄方面へは隣の与論島までが鹿児島県,その次はもう沖縄本島になる。ちなみに沖永良部島と与論島,センター試験の会場は奄美市ではなく,沖縄県が会場となっている。文化も琉球の文化の影響が大きい。
 

(2008年3月22日撮影)

 和泊港の建物。フェリーが着いてからは客の乗降に加え,貨物の積み替えも行われる。
 出港はそれが終わってからだ。

(2008年3月22日撮影)

 次第に島から離れていく。

(2008年3月22日撮影)

 だいぶ島が小さく見えるようになって,しばらくすると進行方向には…

(2008年3月22日撮影)

 次の徳之島が見え始める。普天間の移転先の問題で名前が出てきたあの島だ。

(2008年3月22日撮影)

 この辺まで来ると島の様子もはっきりと見え始める。

(2008年3月22日撮影)

 亀徳港。地元のディスカウントスーパーの建物が見える。

(2008年3月22日撮影)

 入港。先ほど同様,客の乗り降りと荷物の入れ替えが始まる。荷物と言い方は不適切かもしれないが…

(2008年3月22日撮影)

 家畜(たぶん牛)もフェリーで運ばれているようだ。
 それが終わり,その後出港。
 徳之島も小さく見え始めるぐらい進むと,今度は…

(2008年3月22日撮影)

 奄美大島の南側の加計呂麻(かけろま)島が見え始める。奥には奄美大島も見える。
 この奄美大島がはっきり見える頃には辺りは暗くなり,名瀬港のある湾に入り始めた頃は…

(2008年3月22日撮影)

 辺りは真っ暗だった。湾岸にあるダイエーが目立つ。
 21時ごろ…

(2008年3月22日撮影)

 名瀬港へ入港。

(2008年3月22日撮影)

 前の2つの港と同様のことが行われる。この港を出る際に鹿児島で春よくニュースに取り上げられる光景に遭遇した。



(2008年3月22日撮影)

 離島勤務を終えた教職員の見送りだ。船の異動する先生と港に残った教え子や保護者らが紙テープで結ばれる。教員の中には,この寂しさを避けるために飛行機移動を選択する人もいた。
 名瀬港を出たあとは客室に戻り,朝までゆっくりした。

 翌朝6時ごろ。

(2008年3月23日撮影)

 もうトカラ列島や種子屋久は通り過ぎ,三島村の硫黄島や竹島が見え始めた。この辺以降は,時間の関係もあってこちらの記事が詳しい。
 その後…

(2008年3月23日撮影)

 佐多岬付近を通過。18時間近くの船旅も残り約1時間となった。

(2008年3月23日撮影)

 鹿児島港へ入港前。見通しが悪かったのがやや残念だ。

 こういう機会があるまで島々がどの順番にやってくるのか具体的なイメージを持っていなかった。沖永良部から鹿児島市までは同じ県内だが,約500km離れている。九州の北の端よりも時間距離も含め,距離がある。特に南部は珊瑚礁で形成された島でもあり,雰囲気はだいぶ変わってくる。

(374) 【H21春・18切符2枚目】 2日目 延岡~宇和島

2010年08月10日 06時42分54秒 | 旅・散策の足跡
【H21春・18切符2枚目】の記事一覧

【363】 1日目(3月29日) 鹿児島~飫肥~延岡
【374】 2日目(3月30日) 延岡~大分~臼杵~八幡浜~宇和島
【385】 3日目-1(3月31日) 宇和島~高知
【396】 3日目-2(3月31日) 高知~坂出~岡山~大阪
【412】 4日目(4月5日) 肥薩海岸周遊
【479】 5日目(4月8日) 奈良・三重・滋賀・京都

3月30日行程
●はバス停や港

延岡 05:59
佐伯 07:09
07:10
大分 08:31
09:05
佐伯 10:37
●佐伯駅 10:48
●ととろ 12:11
●ととろ 13:07
●佐伯駅 14:30
佐伯 15:36
津久見 15:58
17:19
臼杵 17:42
●臼杵港 18:30
●八幡浜港 20:45
八幡浜 22:09
宇和島 23:20

※写真の撮影日 2009年3月30日
朝5時30分ごろ駅前のホテルを出て,延岡駅へ向かう。

 無事始発に間に合った。前日分の記事でも書いたが,ここで始発に乗れないと…

 宮崎方面は1時間に1本電車があるが,佐伯方面は1日4本しかない。しかも7時58分は市棚行き(宮崎県内どまりで大分へは行かない)なので,これを逃し,次の普通電車に乗るには夕方の16時47分発まで待たないといけない。妥協して赤字の特急に乗るなら1時間に1本程度はある。その次の19時29分が最終電車と1日3本しか佐伯までいく電車がない。
 時間がせまり,改札を通ろうとすると,2日目の欄の下に発行日が書かれているためか3日目のところにスタンプを押されかけた。誤記入(?)は免れたが,今度は今度で駅名がえんにょうの下の一部だけと駅という字の右半分がうっすらと見える状態だった。何となく経路を記録に残せる部分だけに少し残念だった。延岡からこのきっぷで乗ることはおそらくなさそうだし…時間になって電車が来た。1日3本しかないのだが,2両で車掌付だった。しかし,昨年10月から気動車による1両編成で,しかもワンマン運転になったようだ。それだけ利用者が少ないんだろうなと感じた。

 宮崎県内のどこかの駅。1日上下4本ずつにしてはきれいそうなトイレがある。
 そんな感じで山の中の景色を眺めていると,車掌が検札にやってきた。ワンマン化された今では見られない光景なのだろうが,九州の東側,西側とは大違いだ。でも車掌が検札に来ないのではなく,ただ単にワンマン運転がほとんどで車掌がいないだけだが…
 大分入って最初の宗太郎駅。

 特急は通過なので1日上下3本ずつの普通しか停まらない。利用者は少ないのだろうが,反対側を見ると…

 国道も集落もすぐ近くだ。
 その後も列車本数は似たような駅がいくつか続く。しかし,そちらは通学需要がありそうだった。でも列車通学だと朝登校した次が夕方まで列車がないので,午前で学校が終わるような日は大変そうだ。
 そんな光景を見ながら佐伯駅に着いた。今回の目的地の一つだが,バスの時間が合わなかったので,真向かいの電車に乗り換え,大分へ。

 九州最東端の浅海井(あざむい)駅。九州最東端の鶴見崎へはとても行くことはできなくても周辺を歩こうかとも思ったが,時間調整的にも大分の方がいい気がしたので,降りずに通過。
 大分駅に着き,駅前をぶらぶらし,朝食にいい店はないか探したが,見つからず。駅のホームでこの弁当を食べた。

 今度は…

 佐伯までこの電車で折り返し。中も普通とは思えないぐらいきれいで,一緒に乗っていた女子高生も「これ特急じゃない?」と言っていた。

 さっきも見たはずの風景が違った感じに感じながら…

 佐伯駅へ。今度は駅の外へ出て,駅前のバス停からバスでこちらの世界へ。途中の区間はJRと併走し,一日3本しか列車の停まらない駅前のバス停も通るのだが,バスとの接続が悪すぎる。最大500円ぐらい浮かせられても,数時間もそこで待っていられる自信も時間もなかった。
 ととろの世界から戻った後は,電車まで佐伯市内を歩き,昼食を取ろうとした。しかし名物の店が見当たらず,そのまま駅から電車に乗った。臼杵まで行ってフェリーに乗る予定だった。途中で少し時間があったので,大学時代のゼミの後輩の出身地で,彼がおすすめの場所とする津久見で降りた。

 駅周辺を1時間ぐらい散策。

 つくみんと出会ったり…

 佐伯で食べ損ねたごまだしうどんを食べたりした。詳しくは別の記事でまた書きたい。

 駅に戻り,距離はあるが隣駅の臼杵へ。
 その途中…

 電車がこんなところで停まった。対向車待ちだったようだが,こんな周りに何もないところで停まるのは久々だったように思う。
 臼杵駅。(ここから八幡浜までの過程はこちらでも紹介。)

 

 駅前には…

 小型の磨崖仏が。実物を見に行く時間はなかった。
 30分ぐらい歩いて臼杵港へ。

 この船で2時間ぐらいかけて八幡浜へ。

 10日ほど前にも訪れた八幡浜港に着いてからはまた駅まで40分ほど歩いた。
 途中…

 以前の記事で書いたことのあるこのお店で…

 八幡浜ちゃんぽんを夕食として食べた。
 店を出てからしばらくして…

 また夜の八幡浜駅へ。
 駅舎内は…

 漁業関連の暖簾があったと思えば…

 ツリーもあった。季節はずれかとも感じたが,名物のみかんが飾り物になっている。
 改札を抜ける。

 徒歩40分かかるフェリーを介した乗換えが案内されていた。

 古そうな橋を渡ってホームへ。

 まだ最終列車ではないが,一日が終わったような感じを受けた。
 宇和島行きの列車。


 外との入口との間にもう一つ扉で区切ってあり,しかも自動で開く。普通列車にしては豪華なつくりのように感じる。
 終点の宇和島駅へ。

 線路もここで終わっている。

 今度こそ一日の終わりを感じていたら,改札口が閉まっていた。しかし,他にも客はいたので安心だった。駅務室の駅員を呼ぶと慌てて改札をしてくれた。

 今度こそ改札業務終了だろうか。

 確かホテルと同居の駅舎。想像以上に大きかった。
 駅付近のホテルにチェックイン。明日の出発時刻を伝えると,その時間だったら予土線で行くのかと聞かれたが,路線名が頭に入っていないだけでなく,宇和島が愛媛であることもさっと出てこなかったので,返答まで時間がかかった。翌日は再び四国特有の鉄道事情を味わうことになった。

(368) 一見大阪の町だけど…

2010年08月04日 06時11分02秒 | 旅・散策の足跡
大阪日帰りプランの第3回の中で紹介したサンクス平尾。

(2009年8月15日撮影)

 一見普通の商店街だが,中を見ると…

(2010年3月19日撮影)

 天井の案内が沖縄をイメージさせる。
 店のシャッターにも…

(2010年3月19日撮影)

 沖縄っぽいイラストがあった。
 商店街の中ではないが,近くには…

(2009年8月12日撮影)

 シーサーのいる建物もある。
 商店街の店の名前の中にも,以下にも沖縄という感じの姓が入っているのもいくつか見かけた。以前も書いたことがあるが,この地区には沖縄に関わりのある人たちが多く住みついている。
 この商店街の中ではこんなものも買える。

 袋麺に限らず,お菓子なども沖縄限定商品が売られている。
 他にも,沖縄の調味料や…

 飲む玄米のドリンクなどもある。

(2009年8月15日撮影)


 買うだけでなく…

(2009年8月15日撮影)

 沖縄料理を食べることのできる店も多くある。
 平尾付近にも店は多いが…

 駅スタンプにも書かれているように,区の北の端の方にある大正駅界隈にも沖縄料理店は多いらしい。

 生野区のコリアタウンのように雰囲気による演出はあまりないが,沖縄の文化を味わうことのできる場所だ。