11人の侍

「生きている間に日本がワールドカップを掲げる瞬間をみたい」ひとたちの為のブログ

リスクを犯さずに偉大な勝利を収めたオシムジャパン

2007年07月22日 00時31分29秒 | サッカー
 敵将と抱き合ったあとPK戦を見届けずにロッカールームに引き上げたイヴィツァ・オシム監督は、試合後に「PK戦は運に左右される。ゲンを担いで見ないようにしている」とのコメントを残した。でも僕はこの意見に同意しない。

 PK戦の勝敗は運で決まるわけではない。
 PK戦で勝つのは、精神的にタフなチームの方だ。集中力に余裕を残しているチームの方だ。勝利に対する確信が強いチームの方だ。PK戦はほとんどの場合、強いチームの方が勝利を収める。

 中澤祐二が5番目のキッカーとしてペナルティスポットに向ったとき、僕は日本の勝利をまったく疑っていなかった。「彼は決める。肉体的にも、精神的にももの凄く強い選手だから」と、僕は一緒に観戦していたドイツからの観光客バーニーに呟いた(確かにドイツ人らしくない名前だけれど、彼はこう呼んでくれと言った)。僕は中澤がアジアで最高のセンターバックであると断言することに、何のためらいも感じない。

 僕らの前で観戦していたオーストラリアのサポーターは、中澤のPKが決まるのを見届けると同時に席を立ち、僕と握手して去っていった。僕は試合中ずっとバーニーに、「おっ、やっとハリー・キューウェルを投入するみたいだよ」とか、「アーノルド監督がどうしてパワープレイを仕掛けてこないのか解らない。ヴィドゥカを替えるなんて信じられないよ」とか解説していたから彼らは苛立っていたはずだけど、握手を求めてきたくらいだから少しは日本チームの実力を認めてくれたのかもしれない。

 ただ、後半30分のヴィツェンツォ・グレッラ退場のときだけは、恨彼らはめしげにこっちを振り向いている。「あれがレッドカードか!?」
 バーニーの目もこちらに向けられる。僕はこう答えた。「ソーリー。厳しい判定だとは思うけど、出たものは仕方がない」

 セリエAでプレイする守備的MFのグレッラは高原直泰に肘打ちを食らわせる前にも、鈴木啓太や中村憲剛といった日本のMFに背後から荒っぽいチャレンジを仕掛けていた。アジアのレフェリーは接触プレイに対して、欧州リーグほど寛容でないことを、グレッラや彼の仲間たちは知っておくべきだった。彼らがプレイするイタリアやイングランドを基準にしてはいけない。

 アジアカップ2連覇中の日本は、それをよく知っている。前回の中国大会の準決勝で、ささいな接触により退場処分を受けたのは、今回のチームで主力を張る遠藤保仁だ。今度こそ無事に決勝の舞台に立ちたいと望んでいるに違いない。

 日本は経験という点でオーストラリアを上回っていた。そしてオーストラリアより強いチームだったから勝利を収めた。

 一方のオーストラリアはドイツワールドカップで対戦したときほどのレベルにはなかった。ほとんど同じ選手を揃えているというのにどうしてだろうか?それは、彼らを率いたのがフース・ヒディングでなかったからに他ならない。

 オーストラリアを率いるグラハム・アーノルド監督は、最後まで日本に対してパワープレイを仕掛けてはこなかった。ドイツワールドカップで改めて明らかになったアジア王者の弱点はいまだ未解決だというのに、彼はその試合をみなかったのだろうか。アーノルド監督は、後半16分にキューウェルを投入する際、よりによってCFのマーク・ヴィドゥカをベンチに下げている。日本の守備陣が安堵のため息を漏らしたことはいうまでもない。

 ヒディングが率いたドイツでのオーストラリアは、後半開始から30秒も経たないうちにいきなりロングボールを蹴りこんできたし、後半15分にはジョシュア・ケネディを投入して圧力をかけてきた。ケネディは今回メンバーにも選ばれていない192cmの長身選手だ。さらに、30分にはジョン・アロイージを投入して日本の守備陣を陥落した。

 そもそもアーノルド監督は大会を通じてまったくパワープレイに関心を示さなかった。アジアでは最も効果的な戦法だったはずにも関わらず。
 臨時で現在のポストに就いているにすぎない同監督は、ほぼ間違いなく職を失うことになるだろう。

 だから、僕は今回の勝利をもちろん盛大に祝いはしたけれど、ただ手放しで喜ぶというわけにはいかなかった。これで日本の課題が解決したというわけではないのだから。

 そして隣で観戦するドイツ人のバーニーは別の事実が理解できなかったようだ。10人で戦うオーストラリアは前線にキューウェルひとり残し、徹底して時間稼ぎに回っている。どうして日本はリスクを伴うPK戦に突入する前に勝負を決めようとしないのか?

 ”リスクを犯しても勝負を仕掛ける”が、オシム監督のサッカーのコンセプトだと思っていたけれど、この試合では慎重な采配に終始した。最初の交代は後半終了間際のことで、しかも左SBの位置に今野泰幸を投入している。守備陣の疲労度を考えるとこれは理解できるけれど、次の佐藤寿人投入も延長前半終了まで待った。

 そのせいか延長戦に入っても日本はなかなか打開策を見出せなかった。中盤でまったく無意味なパス回しを続け、サイドにボールを運んでは切り返しを入れてバックパスというプレイが延々と続いた。延長前半は双方ともにシュートらしいシュートを一本も放っていない。静まり返るスタンドでは、ときおり一本調子の「ニッポン」コールが湧き起こった。

 しかし熱狂の瞬間を待ちくたびれた中立ファンの反応は違った。レアル・マドリード時代のデイヴィッド・ベッカムのシャツを着て日の丸のはちまきを締めた欧米人のひとりは突然踊り出し、日本サポーターだったはずの僕の周りのベトナム人たちは、ハリー・キューウェルのドリブルに声援を贈り始めた。

 オーストラリアの選手たちは彼らが軽蔑したオマーン人さながらに、ずる賢く時間を稼いでいたわけだけど、日本がオーストラリアのペースに合わせる必要はなかったはずだ。素晴らしいフリーキッカーがふたりもいるのだから、”リスクを犯してでも”誰かひとりくらいドリブルで仕掛けてFKをもらいにいく選手がいるべきだった。それだけの余力が残っていなかったというならば、もっとはやく元気なアタッカーを投入してもよかった。

 確かに、日本は強敵相手に偉大な勝利を収めた。ドイツワールドカップの苦い記憶を払拭することができた。僕はこの事実に大いに満足している。中澤のPKが決まった瞬間には、狂ったように奇声をあげもした。

 でも、僕は日本がさらなる高みを目指していると信じているからあえてこう付け加えたい。歓喜の瞬間が訪れるまでの長い間、僕はずっと苛立ちを抑えきれずにパス回しを眺めていた。