とはずがたり

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肺胞マクロファージに見られる免疫麻痺のメカニズム

2020-06-17 10:16:42 | 免疫・リウマチ
院内肺炎は現在でも死亡の原因の多くを占めており、特にMRSAなどの薬剤耐性菌による肺炎も多いことから、その対策は急務です。肺炎がいわゆるフレイルなど、全身状態が低下した患者にしばしば生じ、特に一旦重症な感染症などに罹患した患者では、回復後も肺炎の罹患率が極めて高いことが知られています。これは起因菌が肺にコロニーを形成していることが原因と考えられていますが、このような患者では免疫機能自体が低下している可能性(免疫麻痺)も指摘されています。この論文ではエピジェネティックな制御によって、組織常在肺胞マクロファージ(alveolar macrophage, AM)の貪食機能が重症感染症後は低下することを示したものです。
まず著者らはマウスの肺炎モデルを用いて、一度肺炎を生じたマウスでは、回復後の感染に対するAMの貪食能が初回感染マウスと比較して著しく低下している(paralyzed AM)ことを明らかにしました。このようなAMの機能低下は少なくとも28日間持続していました。興味深いことに、正常マウスから得られたAMを回復マウスの肺に移植しても、貪食能が低下していることが明らかになりました。すなわち既感染マウス肺の微小環境が重要と考えられました。感染後のAM機能低下は細菌の産生するLPSの受容体であるTLR9を欠損したマウスでも同様に見られました。また感染後はTregが増えることが知られていますが、Tregを欠損したマウスなどでも同様にAM機能低下はみられたことから、LPSやTregを介する過程ではないと考えられました。
Paralyzed AMと正常なAMではH3 lysine 27 acetylation(H3K27ac)で修飾される、active enhancerの場所が異なっており、何らかのエピジェネティックな修飾、すなわち訓練免疫trained immunityの関与が示唆されました。次に貪食におけるチロシンキナーゼシグナルに関与するsignal regulatory protein α (Sirpa)の役割を検討したところ、Sirpa欠損マウスにおいては2次肺炎におけるAMの貪食能は低下していませんでした。Sirpaの発現は初回肺炎の7日後に上昇していましたが、この時点でSirpaエンハンサーのH3K27ac修飾は変化しておらず、またSirpa発現が減少した後もAM paralysisは持続していることから、Sirpaの活性化によって生じた微小環境がAM機能抑制的に作用すると考えられました。Sirpa-/-AMと正常AMの発現遺伝子を比較したところ、Sirpaによって発現が亢進する遺伝子として、micro-RNAであるMir142、発現低下する遺伝子として、ウイルス肺炎の際のケモカイン反応を制御するmethyltransferaseであるSetdb2などが同定されました。またGO analysisにより、Sirpa-/- AMではケモカインシグナルに関与している遺伝子が高発現していることも明らかになりました。
最後にsystemic inflammatory response syndrom(SIRS)患者の末梢血中単球ににおいても貪食に関与するSIRPα, CD206, CD14, CD16などの遺伝子が長期にわたり変化していること、重症患者の気管支肺胞洗浄液中においても同様の現象が見られ、SIRPαの単球における発現は、炎症の重症度、肺炎の発症と相関すること、抗SIRPα抗体によって重症患者単球貪食能が改善することも分かりました。
この結果は、一度重篤な状態に陥った患者ではAMの機能が低下しているため肺炎にかかりやすく、殊更の注意が必要であることを示しています。
Antoine Roquilly et al., "Alveolar Macrophages Are Epigenetically Altered After Inflammation, Leading to Long-Term Lung Immunoparalysis." Nat Immunol. 2020 Jun;21(6):636-648.








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