破李拳竜・日記

ここでは私・破李拳竜が行ってきた仕事やお遊びとかの日記を、つらつらと載せてあります。

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電エース・シリーズ

2006年05月07日 19時39分14秒 | Weblog
本日またまたまた毎度おなじみ河崎実監督の怪作ライフワーク(?)「電エース・シリーズ」の、恒例の撮影を行った。
 「電エース」とは、元々は89年にバンダイから発売されたビデオマガジン『電影帝国』の中のヒーローコントだったもので,その設定は・・・

 電エースは、「快楽の星」からやってきたヒーローである。
普段は好青年・電 一(でん はじめ)の姿で遊び回っているが、ひとたび気持ちがよくなると身長2000メートルの巨人・電エースに変身する、ナウなヤングの間でバカウケのヒーロー。
 ゆけ!すすめ!街を焼く巨大怪獣をひっさつわざでやっつけろ!そして一般市民の迷惑なぞおかまいなしに!
                    (公式設定より。)

 というもので、主人公・電 一(でん はじめ)役は河崎監督自身が演じている。電エース役は最初、造型会社「ヴィ・ショップ」の山部拓也氏が演じていたが、1992年『実相寺昭雄のミステリーファイル』のオムニバスビデオの一話として『電エースに死す』が製作される時から私に電エース役がバトンタッチされ、現在まで延々と続いているのであった。
 
 ・・・では少し、年代に沿って「電エース・シリーズ」の思い出を掲載してみる。
                        

 『電エースに死す』が製作される時は91年の年末で、この時期私は原口智生氏が初監督を行う「ミカドロイド」の「ジンラ号」役で出演が控えていた直前で、あわただしかった。この作品のみシリーズ唯一シリアス物で・・・

[人気ヒーロー番組『電エース』の電 一役の俳優・北条高志はジャリ物番組なんぞはやめて、大人向けの一般ドラマのスターになりたいと焦っていた。ビルの屋上で電エースと敵怪人の対決シーンの時、準備不十分のまま撮影を強行させたため、電エースは転落、電エースのスーツアクターは死亡して、番組は打ち切りになる。
 その後北条は青春ドラマのスターになるが、電エースの幻影に悩まされるようになり、遂には電エースの幻影によってビルの屋上から転落死してしまう。
 心理カウンセラーの調べによると、北条高志の深層心理にある変身ヒーローを崇拝する心がもうひとつの人格となり、ジャリ物番組をバカにする北条の人格に電エースの幻影を見せて殺害してしまったと分析したのだった。]

 ・・・というサイコ作品だった。ところが撮影前日の夜、スーツを試着したら、スーツのゴムが劣化していてベトベトに溶けていて手足がくっついてしまい、無理に引き剥がそうとしたら表面がべりべりと剥れてしまい、その部分を黒のガムテープで補修し、黒い模様のモールドに見せかけるというアクシデントに見舞われての撮影となった。
 ゲスト出演の心理カウンセラー役の黒部進さんは、シリアスな役を演りながらけっこうオチャメなアドリブをする方なので楽しかった。黒部進さんとはこの作品の後、「ゴジラVSキングギドラ」「ゴジラVSモスラ」で続けて共演の機会に恵まれた。
 また、北条がタクシーを拾ったら、運転手が電エースの幻影だったというシーンでは、前もって段取りを付けておいたのではなく、道端でフツーにタクシーを止め、その場で交渉し、運転席に電エースの私を座らせてもらいカメラを回したという強行アドリブには驚いた、後で問題にならなかったのかな?(笑)
 1992年には関西テレビにて「常識を超えた男・電エース」30分番組として制作・放送され、追加シーンとしてこの時は「ミラクル電エース」と「快楽の父」の二役を演じた。と言っても電エース・スーツを赤く染めたり角を付けただけのモノだったが(笑)。
 相手の電エース・キラー役は、スーツアクターとしての先輩・石井儀一氏に演じてもらい、今回は真夏に遊泳禁止付近の海岸で、ちゃんとした撮影クルーも無く、主役の河崎監督自らがハンディカメラを回したりのお気楽撮影であった。
                  
 それから2000年、正月初っ端からの撮影となり、「怪獣墓場の決闘」という事で、河崎組の怪獣倉庫で今まで登場したキャラクターの着グルミが総登場、電エースとミラクルマンが戦うという作品が作られた。
 夏にはDVD『地球防衛少女イコちゃん~ロストフィルムズ~』に収録されるドラマが新撮される事となった。これはまず「前夜祭」からスタートさせる事となり、わざわざあの「ウルトラマン前夜祭」に出演したナンセンストリオの前田隣氏を司会者に招いて行われ、会場は発売元のポニーキャニオン本社で撮影してでっち上げた(笑)
 本編では、「きちく英一」を「鬼畜英一」と間違えるというひとネタだけに、元・帰ってきたウルトラマンのスーツアクターきちく英一氏を呼んで出演して頂いたという贅沢というかナンというかのモノで、毎回怪獣の下敷きにされる役の電エース兄弟の二男・電次郎を演じている、本業は漫画家の加藤礼次郎氏のビルの屋上で撮影されたが、この時のみきちく英一さんが殺陣師もやってくれて、怪獣の尻尾に巻きつかれるシーンでは、逆回転演出のアイデアを出してくれて、私は逆回転の演技をしたものだった。登場する怪獣は、登場するたび「地底怪獣・公害怪獣・宇宙恐竜」と肩書きは変わるがヌイグルミは同一のもので、毎回何の説明もなく現れ、何の説明もなく戦い、何の説明もなく倒されるのだった(笑)
                     
 ちなみにこの2000年という年は、私が生涯最もスーツアクターとしてフル稼働していた年で、先に述べたように正月初っ端「電エース」からの撮影に始まり、ゴールデン・ウィークには「東武ワールドスクウェアー」でゴジラショー「ゴジラ スーパーバトル」を行い、夏は東宝撮影所で唯一行われた撮影所内でのゴジラショー「夏休みゴジラツアー2000」を続け、秋にはゴジラキャンペーンの本格化により様々なイベントやテレビ番組出演をして、名古屋~大阪~東京を日帰りで移動、イベント会場やテレビ局を渡り歩き、ちょっとした売れっ子タレント並みの生活だった。同時進行でフジテレビ721で放送された、河崎実監督のサブ・カルチャー紹介ドラマ・バラエティ番組「リスペクト探Q大図鑑」で、ウンチク好きの妖怪・アサシン役とヒロインの兄役で出演していた。あ、この番組にもゴジラは出演し、私がゴジラとアサシンの二役演じたのだっけ。10月からはお台場の「アクアシティ」でのゴジライベントに出て年末まで毎週土日はアクアシティに通い、合間をぬってテレビ出演やイベント参加し、11月3日の「文化の日」イコール「ゴジラの日」には山口県宇部市へ川北監督と共に訪れ「ゴジラショー」を行い、そして映画公開日を迎えたのだった。
(続く)
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