黒沢永紀オフィシャルブログ(旧・廃墟徒然草)

産業遺産と建築、廃墟、時空旅行、都市のほころびや不思議な景観、ノスタルジックな街角など、歴史的“感考”地を読み解く

軍艦島近況リポート

2012-06-15 20:18:21 | 軍艦島(端島)
先日ワンダーJAPAN TVのロケで軍艦島に行って来ました。
崩壊の進む軍艦島を、リポートしようと思います。

軍艦島

小中学校の基礎。
ご存知の方も多いと思いますが、端島小中学校の基礎は、
海水の浸食によって剥き出しの状態になっています。
更に近づいてみると、柱の真ん中に亀裂が入って、
空洞状態になっている柱も見られます。
このまま放置しとくと、本当に学校の校舎が崩れてしまうかもしれませんね。





軍艦島

31号棟の堤防側の通路が、完全に陥没しています。
31号棟はかつて郵便局の床が抜け落ち、
地下の共同浴場が壊滅してしまいましたが、
今度は、建物の外と堤防の間の道路が陥没です。
しかし、そのあとには明治時代の堤防跡が、
しっかりと残っているのがわかります。
恐るべし、明治の土木技術!

よく見ると、中央に丸い穴、
更にその下に長方形の穴が空いているのが見えますが、
下の四角い穴は明治時代の水はけ用の穴かもしれませんね。





軍艦島

61号棟地下の共同浴場の天井にある、
デッキグラスを使った採光施設ですが、
周囲を固めていたコンクリが崩れて、
穴が大きく空いてしまっています。
特徴的な光景だったので、とても残念です。





軍艦島

端島病院の手術準備室にあった給湯施設も、
画像のように崩落してしまいました。
手術室の無影灯も、
照明灯が散乱して、もはや無影灯だったかどうかも、
わからない様相になってきています。





軍艦島

かつて扉の閉まっていた新65号棟地下のLPG倉庫。
今回訪れると、扉が開いていたので中を拝見。
ダルマと呼ばれたプロパンガスは既に1個もありませんでした。
大きなダクトは、換気を良くする為の施設でしょうか。
画像は65号棟中庭の小さな窓からのぞいたLPG倉庫跡です。





軍艦島

いろいろと崩壊が進む軍艦島ですが、朗報もあります。
悠久の時を越えて、端島神社の扁額が復活しました。
「島神社」の部分は、
今は亡き軍艦島の民間研究の第一人者、
小島隆行氏と以前に訪れた際に、小島氏が発見したのですが、
今回時間があったので、残りの「端」を探したところ、
神殿の近くに裏返しになっているのを発見。
さっそく下の部分と組み合わせてみると見事合体しました。





軍艦島

最後は中ノ島です。
画像は旧竪坑跡の穴ですが、
今回、穴内の水が少なかったのと光の角度が良かったので、
穴の奥がはっきりと見えました。
確かに明治時代の竪坑らしく、
人工的に掘削された矩形の穴が見えます。
これまでは手彫り感の残る上部しか見えなかったので、
竪坑跡かどうか疑問が残るところでしたが、
これではっきりと竪坑跡とわかりますね。

以上、2012年、軍艦島近況リポートでした。


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2 Comments

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Unknown (超問です。)
2012-06-20 05:37:59
 大変、ご無沙汰をしております。

 端島・中ノ島の貴重な近況リポートを掲載頂き、誠にありがとうございます。

 端島神社の扁額を復活は、小島氏も天国で喜んでおられると思います。
 
 また、中ノ島ですが、私自身、竪坑跡かどうか疑問を持っておりましたが、解決致しました。

 これからも、いろいろと情報を掲載頂けますよう、よろしくお願い致します。
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▼超問さんへ (KLO@廃墟徒然草)
2012-06-20 20:49:06
おっしゃるように、神社の扁額は、小島さんもさぞ喜んでおられることと想います。

また、中ノ島の竪坑に関しては、超問さんも疑問に思われていたご様子。
私も半信半疑ではございましたが、この人工掘削の跡を見て、初めて確信いたしました。

ただし画像をご覧になってお分かりかと思いますが、
左寄りの位置になにやら区切りの様なものが見えますので、
これが何かを調べて行ければと思います。

次回中ノ島へ行く機会がございましたら、
是非、下まで降りてみようと思っております。
また何か別の発見がございましたら、
ご報告させて頂きます。
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