2010の暮れに行ったイタリアの旅行記です。
今回は真実の口広場界隈です。
真実の口
前回アップしたマルタ騎士団の館のすぐ近くには、
真実の口で有名なサンタ・マリア・イン・コスメディン聖堂があります。
滞在ホテルの目と鼻の先でもあったので立ち寄ってみました。
マンホールの蓋だったと言われる'生'真実の口は、
もし映画『ローマの休日』がなかったら、
それほど知られる事もなかっただろうと思われるくらい、
人の顔が彫られたただの円形の石でした。
ポルトゥヌス神殿
画像手前側の道が蛇行している部分が真実の口広場。
画像左の手前の建物は、紀元前建設のポルトゥヌス神殿。
ローマの最初の記事でアップしたヘラクレス・ウィクトール神殿は、
この画像の左隣にあります。
真実の口広場界隈
ポルトゥヌス神殿の隣には、壊しかけの状態のまま、
明らかに現在も使われている様子の建物もあります。
真実の口広場界隈
また、この付近は帝政ローマの前の共和制ローマの、
さらにそのまた前の王制ローマ時代の遺跡も散在するエリアで、
道ばたには彫刻を施した石柱が、無造作にころがっていたりします。
画像はその付近にあった何らかの地下施設への入口。
すぐ近くを流れるテヴェレ川の氾濫によって、
特に王制時代の遺構は地下深くに眠っているそうで、
道沿いには、地下深く発掘途中の足場も多々みうけました。
真実の口広場界隈
真実の口の南側には、前回アップした
マルタ騎士団の館があるアヴェンティーノの丘がありますが、
その界隈も古色蒼然とした遺構三昧です。
以前の記事で、
ローマ市街を囲むアウレリアヌス城壁のことには触れましたが、
更に時代を遡ると王制ローマ時代のセルウィウス王によって造られた、
アウレリアヌス城壁よりも狭い範囲の城壁もあったそうです。
フォロ・ロマーノを中心とした、
古代ローマの中心街だけを網羅したようなエリアですが、
その城壁の地図を見ると、
この画像の位置がセルウィウスの城壁の位置、
(地図の赤線の左下、紫の数字で10の付近)にあたります。
だたし現在の城壁状のものはセルウィウスの城壁とは構造が違うので、
そのものではないと思いますが、
おそらく城壁のあった場所を再利用した城壁ではないでしょうか。
真実の口広場界隈
城壁の下には、
無数のラテン文字が刻まれた石柱や石碑などが転がっていますが、
植物の生長や大理石の表面に繁茂するコケ等から、
放置されている歳月が伺えます。
真実の口広場界隈
道を歩いていると、こんな光景にも出会いました。
煉瓦製のアーチは、その煉瓦の形から、
明らかに古代ローマ時代のものだと思いますが、
それにしてもこの建物はどうやって建てたのでしょうか。
◆
真実の口広場界隈は、
ローマ最古の広場、フォルム・ボアリウムがあった場所でもあり、
軽く一回りするだけで、2千年級の廃墟や遺跡がごろごろしているので、
こういった方面に興味のある方は、ローマへ行ったら是非、
真実の口広場界隈に宿泊される事をお勧めします。
今回は真実の口広場界隈です。
真実の口
前回アップしたマルタ騎士団の館のすぐ近くには、
真実の口で有名なサンタ・マリア・イン・コスメディン聖堂があります。
滞在ホテルの目と鼻の先でもあったので立ち寄ってみました。
マンホールの蓋だったと言われる'生'真実の口は、
もし映画『ローマの休日』がなかったら、
それほど知られる事もなかっただろうと思われるくらい、
人の顔が彫られたただの円形の石でした。
ポルトゥヌス神殿
画像手前側の道が蛇行している部分が真実の口広場。
画像左の手前の建物は、紀元前建設のポルトゥヌス神殿。
ローマの最初の記事でアップしたヘラクレス・ウィクトール神殿は、
この画像の左隣にあります。
真実の口広場界隈
ポルトゥヌス神殿の隣には、壊しかけの状態のまま、
明らかに現在も使われている様子の建物もあります。
真実の口広場界隈
また、この付近は帝政ローマの前の共和制ローマの、
さらにそのまた前の王制ローマ時代の遺跡も散在するエリアで、
道ばたには彫刻を施した石柱が、無造作にころがっていたりします。
画像はその付近にあった何らかの地下施設への入口。
すぐ近くを流れるテヴェレ川の氾濫によって、
特に王制時代の遺構は地下深くに眠っているそうで、
道沿いには、地下深く発掘途中の足場も多々みうけました。
真実の口広場界隈
真実の口の南側には、前回アップした
マルタ騎士団の館があるアヴェンティーノの丘がありますが、
その界隈も古色蒼然とした遺構三昧です。
以前の記事で、
ローマ市街を囲むアウレリアヌス城壁のことには触れましたが、
更に時代を遡ると王制ローマ時代のセルウィウス王によって造られた、
アウレリアヌス城壁よりも狭い範囲の城壁もあったそうです。
フォロ・ロマーノを中心とした、
古代ローマの中心街だけを網羅したようなエリアですが、
その城壁の地図を見ると、
この画像の位置がセルウィウスの城壁の位置、
(地図の赤線の左下、紫の数字で10の付近)にあたります。
だたし現在の城壁状のものはセルウィウスの城壁とは構造が違うので、
そのものではないと思いますが、
おそらく城壁のあった場所を再利用した城壁ではないでしょうか。
真実の口広場界隈
城壁の下には、
無数のラテン文字が刻まれた石柱や石碑などが転がっていますが、
植物の生長や大理石の表面に繁茂するコケ等から、
放置されている歳月が伺えます。
真実の口広場界隈
道を歩いていると、こんな光景にも出会いました。
煉瓦製のアーチは、その煉瓦の形から、
明らかに古代ローマ時代のものだと思いますが、
それにしてもこの建物はどうやって建てたのでしょうか。
◆
真実の口広場界隈は、
ローマ最古の広場、フォルム・ボアリウムがあった場所でもあり、
軽く一回りするだけで、2千年級の廃墟や遺跡がごろごろしているので、
こういった方面に興味のある方は、ローマへ行ったら是非、
真実の口広場界隈に宿泊される事をお勧めします。
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