蓼科浪漫倶楽部

八ヶ岳の麓に広がる蓼科高原に、熱き思いあふれる浪漫知素人たちが集い、畑を耕し、自然と遊び、人生を謳歌する物語です。

ほおずき市  (bon)

2023-07-07 | 日々雑感、散策、旅行

      今日は二十四節気の「小暑」です。7日ですから「七夕」でもあります。昔は、今頃の小暑から
       だんだんと「大暑」に向けて暑くなっていったのでしょうね。最近では、もうすでに「36℃」を
       記録している地域があると報じられています。

 

 いつ頃行ったのかもわからないほど前だし、あまり印象にも残っていない
のですが、浅草寺のほおずき市は、今年も始まるようです。 恐らく当時は、
会社オンリーの毎日を過ごしていた頃で、たまたま誰かの提案で、このイベ
ントに行ったのだと思うのです。

 浅草寺のページを見れば『7月9日・10日、浅草寺境内を彩るほおずきの
屋台は、浅草の夏の風物詩である。 この両日は四万六千日の縁日であり、
縁日にともなってほおずき市が催される。』とあります。
 浅草寺では、月に一度の観世音菩薩の功徳日(縁日)を設けており、この日
に参拝すると100日、1000日分の功徳が得られるという縁日があり、特に7月
10日は最大の功徳日で、「この日にお参りすると四万六千日分の功徳があると」
されていたそうです。いち早くお参りをしようと前日から人々が押し寄せる
ようになり、9日、10日をその日と定められているとありました。

      浅草寺ほおずき市  
       (ネット画像より)

 四万六千日というのも、聞きなれない言葉ですが、その由来がありました。
『米の一升が米粒46,000粒にあたり、一升と一生をかけた』『46,000日はおよ
そ126年に相当し、人の寿命の限界ともいえる』などの説で、「一生分の功徳
が得られる縁日」ということだそうです。
 まぁ、こじつけのような気もしますが、なぜ、46000なのか?は疑問ですね。

       (ネット画像より)

 で、この縁日と「ほおずき」がどのような繋がりかといえば、元々、ほお
ずきが鎌倉時代、源頼朝が奥州征伐の帰りに軍勢を休息させ日射病で倒れた
兵士たちに、赤く熟したほおずきの実を食べさせて元気付けたということだ
そうですが、それが18世紀後半に、東京・芝の愛宕神社で、この四万六千日
の縁日にほおずきの市が立ったのが始まりのようです。「ほおずきの実を水で
鵜呑み(丸飲み)すれば、大人は癪(なかなか治らない持病)を切り、子供
は虫気(腹の中にいると考えられた虫による腹痛など)を去る」という民間
信仰にもなって、多くの人がほおずきを求めたのだそうです。
 この行事が、浅草にも取り入れられたとありますが、今では、こちら浅草寺
が盛大で有名ですね。 今年、芝の愛宕神社では、6月23,24に「ほおずき市
千日詣り」が開催され、合わせて夏越の祓も行われたようです。

        愛宕神社
         (ネット画像より)


 また、昨日7月6日から3日間、上野近くの入谷鬼子母神で「朝顔まつり」が
4年振りに開催されているそうです。 確かに夏の風物詩が、あちらこちらで
開かれて、その昔の生活や街の様子を想像するひと時、どこか穏やかな人間
らしい落ち着きが感じられ、昨今のどちらかといえば殺伐とした、デジタル
社会に便利ではあるが嫌悪感があるような印象が浮き上がってきそうです。

 やはり、この入谷鬼子母神の朝顔まつりにも行ったことがあり、行っただ
けでなく、確か朝顔の行燈作りを求め帰ったような記憶がどこか遠くにあり
ます。

       入谷鬼子母神の 朝顔まつり
       (ネット画像より)

 先の、虎ノ門近くにある愛宕神社には、2015年1月22日に訪問しましたが、
真冬でもあり特段何もイベントがなく、どちらかといえば、愛宕山山頂にある
「NHK放送博物館」がお目当てだったようでした。この愛宕山は、標高26mで
都内最高峰で、かって、ここから放送電波が発射されたのですね・・

 (拙ブログには、2017.7.10に「ほおずき市」を投稿していました。)

 

 

ほおずき/さだまさし

 

 

 

コメント (2)
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