杵屋六郎ブログ

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大胆かつ繊細に

2016-02-09 22:29:10 | 日記
自分の弾こうとする曲を通じて、自分の曲に対する気持ちを表現するには、自分の曲に対する考えがまとまっていないと出来ません。曲の構成や流れを把握した上で、弾く前に自分なりの方針を立てることが必要です。
人前で弾くことに慣れていないと、アガって気後れしてしまいます。アガルと、演じることが委縮して小さくなってしまいます。それを防ぐためには、普段の稽古から、大胆に弾く訓練が必要です。
大胆とは、その字の示すように肝を大きくすえることです。そのためには腹に力を入れて、思い切って弾くのですが、それが強すぎる場合には、小回りが利かなくなり、すべてに力が入り過ぎてしまうのです。従って、部分によっては繊細に弾くことも、合わせて考えておかねばなりません。神経質な人は、細かい部分にまで気持ちが行き届くのですが、ややもすると、重箱の隅ばかりに気を取られる傾向があります。そのために大胆さを欠いてしまうことが多いものです。
大胆さ、繊細さは一方だけでは不十分です。この両者が使い分けられてこそ、充実した表現ができるようになります。
場面が一瞬で変化するようなときはできるだけ大胆に表現し、曲の細部や心情表現については繊細さを失わないように心がけることが必要です。
長唄においては、置き、クドキ、チラシの構成要素を十分に把握して大胆さと繊細さを使い分けできるようにしましょう。

芸事の習い上手とは

2016-02-09 01:28:48 | 日記
勉強と同じだが予習、復習のほかに物事の理解力や洞察力、とっさの機転や判断力、第六感を働かせるなど学校で習うというよりは人間社会で養われる習い事の常識を含めた礼儀、作法を身につけておくことが必要です。
教える人は機械ではなく、教えることが義務教育ではないので習い方次第では最も大切な基本の考え方(思想というと大げさだが)を把握することが出来ます。
どのようなコンセプトで三味線を弾いているかを理解すれば三味線の美の原点に近づけます。例えば、譜面に書いてある音以外は出さないという考え方もあれば、その逆もある。譜面に書けないところの音をどうつなげるか、どう足りない音を補うか。考え方ひとつで大きくアプローチが違ってきます。
教えている人の美の考え方がその演奏技術を支えているのです。それは簡単には見えて来ません。本質に向き合って長年の修行を積んで、初めて見えてくるものです。だから、その道の先輩や年長者のアドバイスが重要になるのです。
水は上から下に流れる。教えることも同じです。礼儀的に考えても教わっているときに余分なことは言わない。
何を言われてもイエスマンに徹することが大切です。ハイ以外は言わない。
稽古中では一筆もならず。出来ないと感じる瞬間も稽古の内です。後で忘れずにメモを取ること。大切なことは一所懸命になれるので忘れる筈はありません。
稽古中に大声で話しをする、変な質問するのはお稽古の流れを妨げ、止めてしまうので百害あって一利なし。三味線を弾くことのみに集中しましょう。