杵屋六郎ブログ

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直観力を養う

2016-05-31 01:34:12 | 日記
直観とは直接に本質を見抜くことです。あらゆる稽古事で最も大切なのは瞬時に本質を見抜く力で、全ての事に応用が利き、簡単な機転から始まって、危機回避能力にまで役に立つ力です。稽古を単純な習い事として考えるのではなく、その一瞬にすべて自分の能力を総動員して集中することが大切です。常に五感と共に直観を養うように努めれば必ず成果が上がります。
稽古事においては短期間で悟りの境地を売ることは出来ません。継続して行くことが悟りへ一歩近づけることに繋がります。月日の流れは早く、お稽古事においても同じ場面は無く、常に時の流れとともに変化して行きます。方丈記にあるように「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。」
三味線の演奏がArtになるまでには想像を絶する時間が必要です。その時間を節約し、早くArtを磨く時間を作りましょう。そうすれば人生をArtの中で生きられます。日々Artに没頭し、自分の芸を磨くためには直観力を養うのが一番の近道です。
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三曲糸の調

2016-05-26 23:42:56 | 日記
辞典の解説によれば次のようになります。正式の題名は《三曲糸の調》。9世杵屋(きねや)六左衛門作曲といわれる。義太夫節《壇浦兜軍記(だんのうらかぶとぐんき)》の〈阿古屋琴責(あこやことぜめ)の段〉を長唄に移したもの。景清の行方を追及され,三つの楽器の演奏を強要されながら音色に乱れを見せなかった遊君阿古屋が主人公。長唄では筋立てはほとんど述べず,箏・胡弓・三味線の手組みをすべて三味線で弾き,うたと間奏とを楽しむ純演奏曲になっている。歌舞伎の〈阿古屋〉でもこの曲が用いられている。
長唄の三味線を習っていれば一度は憧れる曲だと思います。この曲の難しいところは超絶技巧のテクニックを披露せずに曲の眼目を聞かせることが出来るかが最大の課題です。どんな手順でも楽々とこなせることとは真逆に淡々と阿古屋の気持ちで弾くことが大切です。従って、聞かせようとすることは返って失敗する原因になることを自覚すべきです。無心で弾くところにこの曲の良さが現れます。三味線で琴や胡弓の感じを出す、しかし、テクニックに溺れないことが難しいのです。テクニックは完璧で心を無心に保つことが難しい曲であり、幾度でも飽きずに弾ける楽しい曲です。
原曲は義太夫なので細棹では音に限界がありますが、そこがこの曲の魅力でもあります。義太夫の阿古屋の演奏をを知った上でこの曲に取り組むことが必須条件です。
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三味線の技術と共に心を磨く

2016-05-25 23:19:57 | 日記
三味線を弾くことは技術と精神の二つがうまく組み合わされて完成へ向かうのです。人が感動するような演奏は技術と心の両面が熟達して、初めて完成品になるのです。技術一辺倒では限界があり、人を関心させることは出来ても、感動させるまでにはならないものです。名演奏というのは一朝一夕にはできないものです。
技術についても、研究して行けば限りがありません。しかし、技術は研究すれば何らかの形で捉えることが出来ます。心は年齢に応じて変化して行くもので常に一定ではなく、不安定なものです。環境の変化や美意識、嗜好のに変化よって曲をどのように解釈し演奏するかはその時の自分の考え方次第です。若い時と嗜好が変われば壮年や晩年の演奏は大きく変化します。
技術は自分の心を表現する手段に過ぎません。従って、技術ばかり磨いても、それをどのように使うかが問題になるのです。先ず、自分の感性や美意識を高めて行くことが必要です。これらを土台にして、心が技術に反映できるように工夫することが大切です。
技術が未熟だと感情ばかりが先行して稚拙な演奏の範囲を出ません。十分過ぎるほど練習して、初めて心の行き届いた演奏が出来るのです。
世阿弥は『花鏡』の中で「心を十分に動かして身を七分に動かせ」と言っています。さらに、「心の命じるままに身を十分に動かしてしまうと、粗雑になってしまう。心よりも少し控えめに動かすことで、優れた感銘が得られる」と述べています。
何事も過ぎたるは及ばざるがことしの例えもあるように、自分自身の演奏を冷静に判断できる余裕を心に残しておくことが必要です。
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自分の音楽を本物にするためには

2016-05-20 00:23:45 | 日記
毎日、単純にお稽古をしているだけでは本物の芸に近づくことは出来ません。劇的に生活を変えると、一歩、芸に近づけます。それはすべてを能動的にして時間のスケジュールを組むことです。流されないように工夫をして時間の無駄をしないことです。毎日、決まった時間にお稽古することも大切ですが、最も大切なのは自分の日常に音楽のある生活を作り出すことです。朝起きる時から眠るときまで皮膚から音楽が入って来る感じで生活することです。良い音楽で正しい時を刻むことが最も効果があります。短期間でこの効果を実感することは難しいですが、1年2年と続けると効果を実感できます。そのためには超一流を厳選して聞くことが大切です。
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本当に習うとは

2016-05-11 23:57:19 | 日記
本当に習うには一度、自分の考えをすべて捨てなければ、本当に習うことは出来ません。
自分の考えに習うことを積み上げるのは普通のことで、間違いではありません。
しかし、根本的に自分を変えるには自分の考えを捨てて、教えることに従うことが大切です。
捨てることによって大きく見方が変わって、新しい発見が必ずあります。芸事も効率重視の考え方が重要ですが、意外なことにヒントがあるものです。常人には自分の考えを捨てることは出来ないので大きな進歩や変化はありません。従って、習っても無理なことが多いものです。残念ながら短い時間で稽古の極意を獲得することは出来ません。教わった本質を理解し悟ることが真に習うことです。悟れば自分の考えを捨てることが出来るようになります。習うとはすなわち、自分の考えを捨てることです。それが芸への一番の近道です。いくら捨てても自分の核となるなる物は残るので心配はいりません。さらりと捨てて、本当の稽古に向き合いましょう。
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