伝説の歌番組・夜のヒットスタジオを語る

伝説の音楽番組「夜のヒットスタジオ」の22年間の足跡を通じて、日本の歌謡界が最も輝いていた時代を振り返ります。

【改訂版】歌謡曲黄金時代と夜のヒットスタジオ-曲目リスト(36) 1974年9~10月

2008-05-02 | 夜ヒット/曲目(改訂・増補版) 73~74年

<1974年9月2日(第304回)>
あなたにあげる 西川峰子
 詞:千家和也 曲:三木たかし R:1974/07/25 
 HC:1位(1974/12/16)
 ◆年間チャート(75年)17位(41.8万枚)
 ◆第16回(1974年)日本レコード大賞新人賞受賞
 ◆第5回(1974年)日本歌謡大賞放送音楽新人賞受賞
 ◆第2回(1974年下期)FNS歌謡祭・音楽大賞 最優秀ホープ賞(新人賞)受賞  
 ◆第26回(1975年)NHK紅白歌合戦出場曲(初)
北航路 森 進一
 詞:阿久 悠 曲:猪俣公章 R:1974/09/15 HC:10位
 ◆第2回(1974年下期)FNS歌謡祭・音楽大賞 最優秀歌唱賞受賞曲
・女の純情 野村真樹 R:1974/07/-
 ※殿さまキングスの「女の純情」とは同名異曲。
・1990年 吉屋 潤
 詞:吉屋 潤/岡田冨美子 曲:吉屋 潤 R:1974/08/-
 ※韓国読みは「キル・オギュン」。終戦後、米国キャンプにサキソフォン奏者として参加したのを機に音楽活動を開始。1950年に日本に渡り、東京のジャズバンドを転々と渡り歩いた後、1953年に自前のバンド「クールキャッツ」を結成。このバンドのリーダーとして創世記の日本のテレビジャズ番組にも数多く出演し、韓国よりも先に日本で、まずはジャズ演奏家として人気を集めた。その後、1962年に韓国に帰国し、「私の恋人」で作曲家生活をスタート。1966年に結婚(73年離婚)したパティ・キムとのコンビによる「4月が行けば」「愛するマリア」「別離(イピョル)」、自ら発掘した新人歌手、へウニとのコンビによる「あなたは分からないでしょう」「カムスグアン」など数多くのヒット曲を作曲、1988年のソウル五輪では開会式の音楽を担当するなど、韓国を代表するポピュラー音楽家として親しまれたが、1995年3月、68歳で死去。没後、生前の作曲家・演奏家としての業績に対し韓国政府より文化勲章が追贈されている。
※同曲は元々はパティ・キムとの夫妻コンビで韓国で発表された作品である。韓国での売上は今ひとつであったが、その後日本にこの曲の企画が輸入され、吉屋自身の歌唱による日本語バージョンのシングルが74年にリリースされたところ、幼い娘への親としての愛情溢れる歌詞が共感を集め、以後、伊東ゆかり、鹿内孝、菅原洋一、アローナイツ、千葉紘子ら多くの日本人歌手がアルバム・シングルで同曲をカバー、海を渡った隣国・日本で長く愛唱される楽曲となった。

<1974年9月9日(第305回)>
・両手いっぱいの明日 森田健作
 詞:石原信一 曲:中村泰士 R:1974/09/15
 ※グリコ「アーモンドチョコレート」CMソング(このため、ヒットスタジオではB面の「青春を迎えに行こう」を披露した可能性あり。情報求む)。
・ふたり旅 北島三郎 R:1974/08/-
・水色の街 三輪車 
 詞・曲:山崎 稔 R:1974/07/20 HC:21位
 ※関西テレビ「レッツゴー・ヤング」(NHKの「レッツゴーヤング」とは別番組)エンディングテーマ。
 ※関西学院大学・近畿大学の現役学生3人によるフォークグループ。同曲の他シングル「黒のスーツ」「夏の日の思い出」、アルバム「午後のファンタジア」「夏の日の思い出」を発表したが、大学卒業とほぼ同時に解散した。
愛ふたたび 野口五郎
 詞:山上路夫 曲:佐藤 寛 R:1974/07/21 HC:5位
 ◆年間チャート(74年)45位(26.3万枚)

<1974年9月16日(第306回)>
・夢見る頃 伊藤咲子
 詞:阿久 悠 曲:Shuki Levy R:1974/08/05
 ※73年、日本テレビ系オーディション番組「スター誕生!」決戦大会に合格し、74年「ひまわり娘」で歌手デビューした伊藤咲子の2作目のシングル曲。
前作同様、イスラエル出身の音楽家、シュキ・レヴィが作曲を担当。
 ※この曲の後も「乙女のワルツ」「きみ可愛いね」などをヒットさせたが、ヒットスタジオの出演は記録上ではこの放送回の1度のみとなっている(他の放送回の出演の有無につき追加情報求む)。
・面影のワルツ 園 まり
 詞:千家和也 曲:都倉俊一 R:1974/06/-
・美しい別れ いしだあゆみ
 詞:なかにし礼 曲:加瀬邦彦 R:1974/08/01 HC:74位
 ◆第25回(1974年)NHK紅白歌合戦出場曲(6回)
・ピクニック ガロ
 詞:山上路夫 曲:堀内 護 R:1974/07/01 HC:53位
 ※スパイダース解散後ソロ活動を開始したかまやつひろしの専属バンドを経て、71年にシングル「たんぽぽ」、アルバム「GARO」でデビュー。72年、元々は3枚目のシングル「美しすぎて」(72年6月発売)のB面であった「学生街の喫茶店」をA・B面を入替えた上で再発売したところ、72年末~73年春ころにかけて累計70万枚以上を売り上げる大ヒットを記録、その後発売された「君の誕生日」「ロマンス」「一枚の楽譜」も立て続けにオリコン週間チャートのベスト10入りを果たし、人気バンドとして一時代を築いた。約5年の活動を経て、76年2月、12枚目のシングル「最後の手紙」を残し解散。メンバーの日高富明(愛称Tommy)と堀内護(愛称Mark)はその後、ソロアーティストとして、リードボーカルの大野真澄(愛称Vocal)は作曲家・音楽プロデューサーとしてそれぞれの道を歩みだすが、86年、日高が自ら命を絶ち、ファンが待望し続けていた再結成は適わぬ夢となってしまった。

<1974年9月23日(第307回)>
・初めてのお酒 千葉紘子
 詞:千家和也 曲:浜 圭介 R:1974/07/25
・波止場ワルツ 芦川まこと R:1974/09/20
・悲しみにつばをかけろ 本郷直樹
 詞:なかにし礼 曲:菊池俊輔 R:1974/06/-
 ※日本テレビ系ドラマ「白い牙」主題歌
・秋日和 あべ静江
 詞:阿久 悠 曲:三木たかし R:1974/08/25
・花の散りぎわ 水前寺清子
 詞:なかにし礼 曲:浜 圭介 R:1974/10/-
傷だらけのローラ 西城秀樹
 詞:さいとう大三 曲:馬飼野康二 R:1974/08/25 HC:2位
 ◆年間チャート(74年)34位(29.5万枚)
 ◆第16回(1974年)日本レコード大賞歌唱賞受賞曲
 ◆第5回(1974年)日本歌謡大賞放送音楽賞受賞
 ◆第7回(1974年)日本有線大賞大衆賞受賞曲
 ◆第25回・第49回(1974年・1998年)NHK紅白歌合戦出場曲(初・15回)
 ※西城秀樹の初の海外進出作品であり、カナダでも現地のヒットチャートで最高2位を記録するヒットを収めている。また、翌75年にはフランス語のバージョンも企画・製作された。

<1974年9月30日(第308回)>
・ハネムーン・イン・ハワイ アン・ルイス
 詞:なかにし礼 曲:平尾昌晃 R:1974/08/25 
・あなたが欲しい ぴんから兄弟
 詞:悠木圭子 曲:鈴木 淳 R:1974/09/01 HC:32位
 ◆第7回(1974年)日本有線大賞優秀賞受賞曲
・くちづけの秋 牧美智子 R:1974/08/-
・海鳴り 内山田洋とクールファイブ
 詞:千家和也 曲:劉 家昌 R:1974/09/15 HC:45位
 ◆第25回(1974年)NHK紅白歌合戦出場曲(3回) 
 ※台湾のシンガーソングライターである劉家昌(ラウ・カーチョン)の作曲作品。この曲で71年のボーカル・前川清の急病による出場辞退以来、疎遠となっていた年末の紅白にも4年ぶりのカムバックを果たした。

<1974年10月7日(第309回)>
・何かありそな西銀座 奥村チヨ
 詞:千家和也 曲:浜 圭介 R:1974/06/-
・ああ北海道に雪がふる 鶴岡雅義と東京ロマンチカ
 詞:山口洋子 曲:鶴岡雅義 R:1974/09/01
 ※それまでメインボーカルであった三条正人が脱退。同曲からは代わって浜名弘(ヒロシ)がメインボーカルを担当。ヒットスタジオへのレギュラー出演期間で最後に披露したシングル曲がこの作品であった(74年秋を以て降板)。
・銀座ブルー・ナイト 青江三奈
 詞:橋本 淳 曲:吉田 正 R:1974/09/15 HC:87位
 ◆第25回(1974年)NHK紅白歌合戦出場曲(8回)
・理由(わけ) 中条きよし
 詞:山口洋子 曲:平尾昌晃 R:1974/10/01 HC:17位

<1974年10月14日(第310回)>
・雪化粧 テレサ・テン
 詞:山上路夫 曲:猪俣公章 R:1974/10/21 HC:41位
・おかあさん 森 昌子
 詞:神坂 薫 曲:遠藤 実 R:1974/09/01 HC:21位
想い出のセレナーデ 天地真理
 詞:山上路夫 曲:森田公一 R:1974/09/01 HC:4位
 ◆年間チャート(74年)40位(28.7万枚)
 ◆第25回(1974年)NHK紅白歌合戦出場曲(3回)
 ※天地の新境地を切り開くスローナンバーとして話題となり、累計売上枚数も久々に30万枚台を突破したものの、その後は新譜発売の度に売上枚数が減少。オリコン週間チャートベスト10入りはこの曲が最後となってしまった。
愛の執念 八代亜紀
 詞:川内康範 曲:北原じゅん R:1974/09/25 HC:9位
 ◆第16回(1974年)日本レコード大賞歌唱賞受賞曲
 
<1974年10月21日(第311回)>
・疑惑のブレスレット 小川知子
 詞:千家和也 曲:馬飼野康二 R:1974/11/05
・旅路 舟木一夫
 詞:丘灯至夫 曲:遠藤 実 R:1974/09/10
 ※73年10月に起こした自殺未遂騒動以後、歌手活動を休業していた舟木の1年ぶりとなる新曲。デビュー曲にして最大の代表作「高校三年生」(1963年)の丘・遠藤の作詞・作曲コンビが再集結し、失意の底から心機一転、再起を誓う舟木を盛り立てた。
ちっぽけな感傷 山口百恵 
 詞:千家和也 曲:馬飼野康二 R:1974/09/01 HC:3位
 ※雑誌「明星」の企画で原案を募集し、それをもとに作詞・作曲が行われた。

<1974年10月28日(第312回)>
美しい朝がきます アグネス・チャン
 詞:安井かずみ 曲:井上忠夫 R:1974/09/10 HC:8位
 ※NET(現・テレビ朝日)系ドラマ「おじさま!愛です」主題歌。
・小さな青春 井上 順
 詞:なかにし礼 曲:都倉俊一 R:1974/02/-
 ※「愛情物語」B面。
・悲しい妖精 小林美樹
 詞:阿久 悠 曲:都倉俊一 R:1974/10/-
 ※73年、「スター誕生!」(日本テレビ系)に合格したことを機に、翌74年7月に「人魚の夏」で歌手デビュー。しかしヒットに恵まれず2年ほどで歌手業に見切りをつけ、大学受験に専念。明治大学卒業後、テレビ新潟(日本テレビ系列)に入社し、アナウンサーとして活躍した
・かなしみ模様 ちあきなおみ
 詞:阿久 悠 曲:川口 真 R:1974/09/01 HC:69位
 ◆第25回(1974年)NHK紅白歌合戦出場曲(5回)
 ※同年5月に病気で倒れ、一時芸能活動をセーブしていたちあきなおみの、前作「円舞曲(わるつ)」の発売から数えて実に半年振りの新曲。この曲を主軸として、収録曲全てを阿久が作詞・構成を担当、川口のほか小林亜星ら5人の作曲家がその阿久の詞に2作ずつ曲を付けたオリジナルアルバム「かなしみ模様 新しい出会い そして新しい出発(たびだち)」も同年11月にリリースされている。

【司会】 芳村真理・三波伸介(・朝丘雪路<不定期出演>)


(参考)この頃の主な出来事
・09/01 台風16号に伴う集中豪雨で多摩川が増水、東京・狛江市付近の河川中央に設置されていた農業用取水堰が流水と衝突し発生した迂回流が狛江市側の堤防を決壊させ、3日までの間に家屋19棟が流出。
・09/01 原子力船「むつ」、太平洋上での出力上昇試験中に放射線漏れが発生。
・09/13 日本赤軍メンバー3名が、オランダ・ハーグのフランス大使館を占拠。大使館員11名を人質に取り、身代金とフランス当局に収監されている他の日本赤軍メンバーの釈放を要求(ハーグ事件)。オランダ政府から右の要求通りの対応を引き出すが、19日、シリアで投降。
・10/08 佐藤栄作前首相にノーベル平和賞が贈られることが決定。
・10/12 プロ野球、セントラル・リーグ、中日ドラゴンズが巨人のV10を阻止し、1954年以来20年ぶりのリーグ制覇を達成。
・10/14 巨人軍のスター選手、長島茂雄が後楽園球場で現役最後の試合に出場。試合終了後の挨拶で「わが巨人軍は永久に不滅です」との名フレーズを残し、17年にわたる選手生活に別れを告げる(翌75年シーズンより川上哲治に代わり巨人軍の監督に就任)。
・10/14 三井物産本社で爆破事件発生。
・10/22 「月刊文藝春秋」内の立花隆によるルポタージュ記事「田中角栄研究-その金脈と人脈」によりかねてより噂のあった田中の金脈政治の全貌が暴露される。臨時国会ではこの点が一大争点となり、政局は混迷の度を深める。
・10/23 プロ野球、日本シリーズ、パシフィックリーグ覇者のロッテオリオンズ(現・千葉ロッテマリーンズ)がセ・リーグ覇者の中日を4勝2敗で下し、1950年以来24年ぶりの日本一に輝く。


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