・下記表記の「R」は当該曲目のレコード(CD)発売日、「HC」は当該曲目のオリコンチャートでの最高位を表しています。
・また、曲目の部分の記載につき、オリコンチャート1位獲得曲については■、同じく2~10位にランクインされた曲については■の背景色にしてあります。
・各曲目につき、放送回順に記載していますが、必ずしもその放送回がその曲目が初めてヒットスタジオで歌われた(演奏された)回であるわけではないので、この点にご留意頂いた上でご覧下さい。
・また、1970年代前半までについては映像資料等が乏しいため、レコード発売日と各歌手の出演日との兼ね合い、何らかのタイアップ曲として発売されたものについては、スポンサーや他局番組との競合の有無、その他種々の点を考慮の上、その放送回に披露されたことがほぼ間違いないであろうと「推定」されるものについてのみ記載をしております。発売日等で間違いがございましたらご一報下さい。
<1974年11月4日(第313回)>
・ふれあい 中村雅俊
詞:山川啓介 曲:いずみたく R:1974/07/01
HC:1位(1974/08/19-10/21)
◆年間チャート(74年)4位(117.7万枚)
※日本テレビ系ドラマ「われら青春!」劇中歌/松竹映画「ふれあい」主題歌
※73年に文学座に入団し、俳優生活をスタート。翌74年春、日本テレビ系の青春ドラマ「われら青春!」に主役の教師役に新人俳優ながら大抜擢され、一躍青春スターとして台頭し、続いて「俺たちの勲章」「俺たちの旅」「ゆうひが丘の総理大臣」といった青春ドラマでも相次いで主役の座を射止め、他方では大河ドラマ「花神」(77年)、映画「悪魔が来たりて笛を吹く」などではシリアスな役柄を好演。シリアス・コミカルいずれもこなせる実力派の主役級俳優として、その人気を確固たるものとした。
※「われら青春!」の劇中歌として企画・発売されたこの曲もドラマの好評振りに即応するかのように発売直後よりヒットチャートを急上昇。発売後7週目にはオリコン週間チャートで1位を獲得、以後10週連続で1位の座を維持し続け、最終的には累計で約126万枚(オリコン調べ)を売り上げるミリオンセラーを記録した。
・追伸 グレープ
詞・曲:さだまさし R:1974/10/25 HC:13位
・お別れですあなた ザ・ピーナッツ
詞:千家和也 曲:すぎやまこういち R:1974/09/-
・夜霧の街 南 沙織
詞:有馬三恵子 曲:筒美京平 R:1974/10/01 HC:17位
<1974年11月11日(第314回)>
・伊豆の踊子 山口百恵
詞:千家和也 曲:馬飼野康二 R:1974/12/10
※「冬の色」B面
※東宝映画「伊豆の踊子」主題歌。川端康成の名作「伊豆の踊子」の6度目の映画化となる同映画は山口の初主演映画であると同時に、後に夫となる三浦友和とはじめてコンビを組んだ作品でもあり、山口の約7年半の芸能活動の中で一つのエポックメイキングとなった映画であった。
※この回のヒットスタジオでは、山口は映画で演じた主人公の踊子「かおる」に扮し、傍らで共演者の三浦友和が見守る中でこの曲を披露している。
・愛の詩を今あなたに 布施 明
詞:なかにし礼 曲:川口 真 R:1974/09/10 HC:24位
・雨だれ 太田裕美
詞:松本 隆 曲:筒美京平 R:1974/11/01 HC:14位
◆第17回(1975年)日本レコード大賞新人賞受賞
◆第8回(1975年)日本有線大賞優秀新人賞受賞
※スクールメイツ、ヤング101(NHK「ステージ101」内の番組限定グループ)を経てこの曲でソロ歌手として正式デビュー。他の女性アイドル歌手とは一線を画す、ピアノ弾き語りのスタイルでこの曲を当時のテレビ音楽番組やイベント・コンサートでは披露、フォーク歌手とアイドル歌手の中間的存在として主に学生の間でファン層を徐々に獲得してゆく。
※因みに、スクールメイツからヤング101への移行期に、一旦「キャンディーズ」の一員としてデビューすることが決まっていたが、デビュー直前になって田中好子と交替したとのエピソードが残されている。
・愛の逃亡者 -THE FUGITIVE- 沢田研二
詞・曲:Tony Weddington/Wayne Bickerton R:1974/11/21 HC:12位
※欧州全域での市場獲得を企図して、イギリス・ロンドンのレコーディング・スタジオで現地のスタッフをプロデューサー・演奏に迎え製作されたLP「THE FUGITIVE 愛の逃亡者」(74年12月発売)先駆けて発表された沢田のソロ11作目に当たるシングル曲。 当時日本の歌謡曲ではまだ珍しかった全編英語詞による意欲作(因みに上記LPの収録曲も全て英語詞で製作されている)であったが、オリコン週間チャートは最高12位に留まり、 72年のソロ2作目「許されない愛」より9作続いたベスト10入りはこの作品で一旦途切れている。
※因みに同曲の作詩・作曲(及び上記LP全収録曲の作詩・作曲及びプロデュース)を担当したウェイン・ビッカートンは、英国ポリドール・レコードの敏腕プロデューサーとして知られ、これより前にはザ・ルーベッツの「SUGAR BABY LOVE(シュガー・ベイビー・ラブ)」を世界的ヒットに押し上げた実績を残している。
<1974年11月18日(第315回)>
・挽歌 由紀さおり
詞:千家和也 曲:浜 圭介 R:1974/09/05 HC:15位
◆第25回(1974年)NHK紅白歌合戦出場曲(6回)
※由紀のシングル作品では「生きがい」(70年11月リリース)以来のオリコン週間チャートベスト20入り曲。
・冬の駅 小柳ルミ子
詞:なかにし礼 曲:加瀬邦彦 R:1974/10/10
HC:1位(1974/11/18・12/09)
◆年間チャート(75年)27位(34.1万枚)
◆第25回(1974年)NHK紅白歌合戦出場曲(4回)
※小柳にとり、5作目のシングル「京のにわか雨」(72年8月リリース)以来のオリコン週間チャート1位獲得曲。
・はしゃぎすぎたのね 美川憲一
詞・曲:中川博之 R:1974/10/25
◆第25回(1974年)NHK紅白歌合戦出場曲(7回)
<1974年11月25日(第316回)>
・冬化粧 黛ジュン
詞:阿久 悠 曲:猪俣公章 R:1974/10/10 HC:58位
・南十字星 欧陽菲菲
詞:千家和也 曲:猪俣公章 R:1974/11/-
※西城秀樹の「南十字星」とは同名異曲。
・雪の中の二人 麻丘めぐみ
詞:千家和也 曲:馬飼野康二 R:1974/12/01 HC:16位
【司会】 芳村真理・三波伸介(・朝丘雪路<不定期出演>)
(参考)この頃の主な出来事
・11/01 気象庁のアメダスが運用開始。
・11/05 ローマにて世界食糧会議開催。
・11/09 浦賀水道でLPGタンカー「第10雄洋丸」とリベリア船籍の貨物船が衝突し、タンカーが爆発炎上。両船舶の乗員33人が死亡。タンカーはそのまま暫く炎上したまま太平洋上を漂流していたが、同28日、海上自衛隊が空爆・魚雷などの方法により撃沈。
・11/18 フォード・アメリカ大統領が来日。
・11/21 巨人軍の指揮を14シーズンに渡り採ってきた川上哲治が監督を勇退。後任にはこの年引退したばかりの長島茂雄が就任(72年よりヘッドコーチ兼選手としてプレーを続行しており事実上は昇格)。
・11/23 フォード・アメリカ大統領がソ連を訪問し、ブレジネフ書記長と階段。翌24日には第2次戦略兵器制限交渉(SALTⅡ)が大筋合意に至る。
・11/26 国語辞典「大辞林」や英和辞典「コンサイス」で知られる三省堂が東京地裁に会社更生手続開始を申立て。
・11/26 金脈問題が追及され窮地に立たされていた田中角栄首相が辞意を表明。
・11/26 第5回日本歌謡大賞に森進一「襟裳岬」。