国会の前でスイス国旗を振る人々(6月15日、ベルン)=ロイター
【パリ=北松円香】
スイスが200年以上続けてきた永世中立の外交政策が揺らいでいる。
ロシアによるウクライナ侵攻をきっかけに、欧州の国々はスイス製武器の再輸出を認めるよう圧力を強める。スイス政府は拒否しているものの、世論の半数超は再輸出を支持する。
スイスの中立はフランス革命とナポレオン戦争後の欧州再編のために開かれた1815年のウィーン会議で認められ、1907年のハーグ条約では中立国としての権利と義務が明文化された。
戦争への不参加、紛争国への武器輸出は平等に行うなどの義務を負う一方、領土不可侵の権利を得た。
中立国ゆえに多くの国際機関が拠点を置き、富裕層金融にも強みを持つ。永世中立は国の根幹にかかわる問題だが、ウクライナ侵攻以降、活発に議論されるようになってきた。
「中立によってスイスが負う義務の一部は、もはや時代遅れだ」。
スイスの環境政党「自由緑の党」の議員は5月末、国民議会(下院)で政府に対し、中立の要件見直しを求める動議を提出した。
争点となっているのが、武器の再輸出などを禁じる国内法「戦争物資法」だ。
スイス政府はこれまで同法を理由に、ドイツなどによるスイス製武器のウクライナへの再輸出を拒否してきた。
6月下旬には「中立国としての責任を優先する」として、国営の軍事企業ルアグが申請した戦車「レオパルト」のウクライナへの再輸出を不許可とした。
スイス議会では再輸出の解禁も視野に戦争物資法改正の審議が進む。
スイス紙NZZアム・ゾンタークは1月下旬、同紙が世論調査会社ソトモに依頼した調査で55%が再輸出を支持したと報じており、有権者も解禁容認にやや傾く。4割は反対で、5%は「わからない」と答えた。
22日に予定される総選挙では国民議会最大勢力で厳格な中立維持を主張する右派の国民党(UDC)が議席数を伸ばす見通しだ。UDCは再輸出解禁にも反対しており、スイスが解禁に踏み切れるかは選挙結果次第だ。
ミシュリン・カルミレイ元大統領は、中立の是非が問われるようになった背景に「多国間主義が抱える課題がある」と説明する。
ロシアのウクライナの侵攻で、独立を守ってきた中立政策の前提となる国際法の尊重が崩れたとの危機意識だ。
「法よりも力が支配する事態になれば、北大西洋条約機構(NATO)加盟を真剣に検討せざるを得ない」と懸念する。
スイス経済を支える金融業にも逆風が吹く。政府は欧州連合(EU)と同内容の対ロシア制裁を科すなど足並みをそろえてきたが、スイスメディアによると、主要7カ国(G7)の駐スイス大使から制裁に「抜け穴がある」と懸念する連名の書簡が届いた。
ジャン・ジーグレル元ジュネーブ大教授は「今もスイスの金融機関にはロシアの新興財閥(オリガルヒ)の資産がある」との見方を示す。
日経記事 2023.10.08より引用