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植民地アメリカ合衆国とフリーメーソン

2023-10-13 11:04:24 | 秘密結社 フリーメーソン、イルミナティなど、

18世紀のイギリスに誕生し、ヨーロッパ大陸に進出していったフリーメーソンの理想が、真の意味で現実化したのはアメリカにおいてです。

イギリス植民地時代から独立革命を経て、アメリカ合衆国となる歴史の裏側には、フリーメーソンの活躍が見え隠れします。

植民地アメリカにフリーメーソンが入ってくるのは、1720年代後半です。 1730年の12月3日と12月8日の2回に渡って、ベンジャミン・フランクリンの発刊していた『ペンシルヴェニア・ガゼット』紙によれば、

フィラデルフィアには、植民地最初のロッジである「セント・ジョンズ・ロッジ」があり、イギリスのグランドロッジの指導のもとに本国と同様の活動が既に始まっていました。


1733年、ボストンに有名な「ファースト・ロッジ」が開かれ、ヘンリー・プライスがイギリス本国のグランド・ロッジの承認を得て、グランドマスターになっています。

彼はその後、数年にわたって植民地アメリカ、とくにニューイングランドのフリーメーソンの中心として活躍することになります。

 

1734年にはジョージア州のサヴァンナに、軍人政治家であり博愛主義者であったジェイムズ・オグルソープによって、ロッジが開設されました。

ジョージ2世は、フロリダに進出していたスペインから、サウス・カロライナ州を保護するためにオグルソープに特許状を与えています。

1733年、オグルソープに率いられた一団がサヴァンナを建設し、翌1734年には早速ロッジを開設しています。 オグルソープが植民したその土地は、国王の名にちなんでジョージアと命名されました。

ジョージ2世の長男がフリ-メーソンとなったイギリスで最初の王族です。 その後、1735年にはノース・カロライナ州とサウス・カロライナ州、1736年にはニュー・ハンプシャー州、1737年にニューヨーク州、1743年にヴァージニア州、1749年にロード・アイランド州、1750年にはメリーランド州とコネチカット州というように拡大してゆき、1760年にはアメリカの13植民地の隅々にフリーメーソンのロッジを観れるようになりました。

 

 

独立革命の温床となった各地のロッジ

ロッジに集まっていたのは政治家・将校・富裕商人などの地元の有力者であり、その集会の様子はヨーロッパと変わるところはありませんでした。

フリーメーソンは、植民地アメリカの上層・中層の社会階級に属する人々の交流の場であり、情報交換の場として機能していました。

独立革命前のアメリカは必 ずしも一枚岩の状態とはいえませんでした。ピューリタンの宗教意識が支配的な北部植民地、商業・貿易中心の中部植民地、大土地所有による農業を基盤とする南部植民地というように、

13植民地は政治・経済の構造、歴史・宗教・習慣の違いなど、むしろ一致できる点のほうが少ないほどでありました。

フリーメーソン史家は、ヨーロッパにあこがれを持つ、アメリカ各地に組織されたフリーメーソンのロッジが、このように分裂していた植民地を共通の思想のもとに結び付けるという役割を果たしたと主張しています。

最新のヨーロッパ情報を交換するあいだに、自然発生的にロッジが、アメリカ独立革命の理念を醸成する温床となっていたのです。

アメリカのフリーメーソンが、アメリカ独立革命に絡む最も有名な事件は、1773年のボストン茶会事件です。 ちなみにフランス革命は1789-1799。

 

 

 

ボストン茶会事件

1756年に始まる7年戦争は、プロイセンとオーストリアのシュレジェンをめぐる戦争であると同時に、植民地をめぐるイギリスとフランスの抗争でもありました。 この抗争は、1763年にイギリスの圧勝に終わり、新大陸においてイギリスはミシシッピ河より東の広大な地域と、カナダをフランスから獲得しました。

しかし、イギリスはこの勝利の代償として、巨額の戦争債務をかかえこむこととなります。イギリスは植民地に新たな税金を課すことによってその支払いをしようとします。 このことが、アメリカのイギリスからの独立にまで発展する革命の起点となったのです。

一方、フランスもこの戦争で、財政難となりルイ14世以来の財政難が、ルイ16世の時代のフランス革命を招き、オーストリアから嫁に来ていたマリー・アントワネットはギロチンの犠牲となり革命の露と消えたのです。 「」パンがなければケーキを食べたらよいのに」という言葉は、マリー・アントワネットはじめ王族を処刑するために用いられたデマのプロパガンダです。

中世ヨーロッパを500年間、支配したハプスブルグ家の娘で4ケ国語堪能な彼女が、そんなアホなことをいうわけないでしょうが。 マリー・アントワネットの行状については歴史家が実正するように嘘の塊です。 むしろ正しい情報は、

「敵によってもたらされた苦しみに耐え抜いた祖の不屈の精神、運命に立ち向かう樹位、断頭台上に生命を捧げ出した潔さと勇気は断じてふしだらな女性の特質ではない」。

と記されているのです。

1764年に砂糖税法が議会を通過し、アメリカに西インド諸島から輸入される砂糖に関税が科せられた他、税収入を低下させる密輸も取り締まりが強化されました。 1765年には、印紙税法が出され、法律文書・商業文書・新聞・出版物などに印紙を貼ることが命じられました。

植民地アメリカのあらゆる階層がこれに強く反発し、法案の廃止を求めました。 「代表なくして課税なし」というパトリック・へンリーの言葉は、植民地全体のスローガンとなりました。 パトリックもフリーメーソンだったとされています。

印紙税法は、結果的に植民地アメリカの団結を促し、印紙税法会議という、後に大陸会議となる組織が生まれました。 イギリス本国における議会は、元々王権と貴族との間の徴税調整機関として出発しており、それは自由に好きなだけの額を課税出来た王権に反発する機関として、登場したのです。

印紙税法は、議会成立以前の王権と同じような意識をもって植民地アメリカ人に課税しようとしたものであってアメリカ人の反発を招くことは必至でした。

印紙税法は、翌年には廃案となりましたが、1767年、イギリスはタウンゼント諸法という別の法案を通過させました。 これは先進国イギリスからアメリカに輸入されるガラス・紙・茶などに関税を課して、植民地経営の費用を捻出しようとするものでした。

タウンゼント諸法も、これまでと同じように、植民地の強い反発を招き、3年後に廃案となりました。 一連の税法とそれに反発する植民地アメリカとの抗争の最後に登場したのが、1773年の茶税法です。

それは、財政的に破綻していた東インド会社に新大陸における茶の独占販売する権利を与えるものであり、これに不満を持つアメリカ植民地人は、ついに1773年12月16日、ボストン茶会事件をおこすことになります。

 

 

「お茶を海水でいれたらどうなるだろう」

1773年、イギリス議会が東インド会社に茶の貿易の独占権を与えて、その財政的な危機を救うために茶税法がが出されると、まずこの動きに強く反発したのはボストンの市民であります。 

ボストンはその頃、貴族的な雰囲気を持つ「ファースト・ロッジ」と、中層市民の集まっていた「セント・アンドルーズ・ロッジ」の二つの著名なロッジがりました。

「ファースト・ロッジ」には、植民地の司法長官ジェレミー・グリドリー、ジェイムズ・オーティス、ボストンでもっとも裕福な商人と言われたジョン・ローなどがおり、「セント・アンドルーズ・ロッジ」には、ジョセフ・ウォレン、オール・リヴィア、ジョン・ハンコック、ジョン・ロー(前述のジョン・ローの甥)、ヘンリー・パーキットなどがいました。

独立戦争の導火線となったボストン・茶会事件は、この「セント・アンドルーズ・ロッジ」のフリーメーソンが深く関与しています。

 

1773年の「聖アンドレ(アンドルー)の日」に、「セント・アンドルーズ・ロッジ」は、「グリーン・ドラゴン・タヴァン」で年次集会を開く予定になっていました。

しかし、「茶の請負人」のことで出席できない会員が多かったので、12月16日に延期されることになりました。 当日の夜、集会に参加したのはわずが5人で、残りの会員は別の「茶会」に出席することになっていました。

ボストン港に停泊しているイギリス船で開かれたこの「茶会(ティーパーティ)」において、インデアンに変装した植民地アメリカ人は、東インド会社の茶箱342箱(約1万5千ポンド)を海中に投げ捨てたのです。

この茶会事件は、「お茶を海水でいれたらどういうことになるだろう」という、ジョン・ローの言葉が発端になったといwれています。

この事件の結果、イギリスはボストン港を閉鎖すると共に、マサチュ-セッツ州の自治権を剥奪し、両国の緊張は一気に高まりました。

 

 

 

(関連情報)

 

・フリーメーソンhttps://blog.goo.ne.jp/renaissancejapan/e/a6473d150793ed855d2092bca83217e0

・フリーメーソン年表https://blog.goo.ne.jp/renaissancejapan/e/e78e1a6aa748dc2a1cf88944666033f9

・フリーメーソン人名録(基本年代順)概要https://blog.goo.ne.jp/renaissancejapan/e/8a7696a91d139133b82a0f7da8bf7925

・フリーメーソン(分派)https://blog.goo.ne.jp/renaissancejapan/e/5809b9012aa0fe4caabd5357942cd9b3

・中国(清)に進出したフリーメーソンhttps://blog.goo.ne.jp/renaissancejapan/e/753a6bc27abfadb73ee19501888ff6f4

・都市伝説・陰謀論を語る前に知るべき『イルミナティの歴史』https://www.youtube.com/watch?v=TPudfZRFs5s

・映画 『イルミナティ 世界を操る闇の秘密結社』 公式予告https://blog.goo.ne.jp/renaissancejapan/e/4ec5459ad4d81804dfb83ecb1d4de65f

・サバタイ派・フランキストとは何かhttps://blog.goo.ne.jp/renaissancejapan/e/83dc7a8b2d527a7eb8b1ee3b0e5c4ebf

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・スカル&ボーンズ(米国版イルミナティ)https://blog.goo.ne.jp/renaissancejapan/e/838b2645668bec299e52924811ee39ca

・フリーメーソンと「百科事典」https://blog.goo.ne.jp/renaissancejapan/e/24c8f895f413e807ff12894e9d467381

・植民地アメリカ合衆国とフリーメーソン
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(おまけ)

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