パナソニックホールディングス(HD)は9日、電気自動車(EV)用の電池を生産する新工場(和歌山県紀の川市)の開所式を開いた。
米EV大手テスラへの供給に加え、EVの主戦場である米国の自社工場に現行の5倍の容量がある新型電池の量産技術を伝える役目を担う。
現行の電池では日米間の技術移転に苦戦した。世界5位からの巻き返しに向け、和歌山工場に事業の命運を託す。
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「新型電池は事業戦略上、重要な製品であり、EVの普及に寄与すると確信している」。パナソニックHDの楠見雄規社長兼グループ最高経営責任者(CEO)は開所式でこう話し、2023年に自ら最重点投資領域に定めた事業に賭ける思いを強調した。
和歌山工場は電池事業会社、パナソニックエナジーが運営する国内3カ所目、グローバルでは米国ネバダ州の主力拠点と合わせて4つ目の工場になる。
早ければ年内に直径46ミリメートル、長さ80ミリメートルの円筒形の新型電池「4680」の生産をパナソニックHDとして初めて開始するとみられる。
「大容量」電池はテスラも苦戦
新型は容量を現在主流の「2170」の約5倍に引き上げた。テスラの人気車種「モデルY」のEV電池を例に挙げると、2170は約4000本の円筒をつなげる必要があるのに対し、4680なら約800本で済む。
一般に円筒を一本一本つなげる溶接費は自動車大手が負担する。溶接回数の減少はコスト削減、ひいてはEVの低価格化につながる。
4680の量産は簡単ではない。パナソニックHDに先んじてテスラが生産を始めたが、不良品を出さず4680をつくるのに苦労しているとされる。
調査会社テクノ・システム・リサーチ(東京・千代田)の藤田光貴氏は「電池の大容量化に伴う問題への対応が難しいと聞いている」と説明する。
和歌山工場が量産技術を確立すれば、受注競争を優位に進める武器になる。テクノシステムリサーチによると、パナエナジーの車載電池市場(23年)の世界シェアは6.1%だった
。欧州の自動車大手が4680の採用を検討しており、首位の中国・寧徳時代新能源科技(CATL、36.2%)の追撃に弾みがつく。
パナソニックHD関係者は「和歌山工場の円滑な立ち上がりがEV電池事業の命運を握ると言っても過言ではない」と打ち明ける。
パナエナジーの足元の年産能力は国内が約10ギガ(ギガは10億)ワット時、米国は約40ギガワット時。今後は和歌山工場(数ギガ)と、6日に計画を発表した群馬・大泉工場(16ギガ)、米国で建設中のカンザス工場(約30ギガ)などが加わる。30年度までに計150ギガワット時程度にする見通し。
和歌山工場で培った4680のノウハウは米国で検討中の第3工場もしくはカンザス工場と共有する。
母国のマザー工場で確立した技術を海外に移転し、世界で戦う戦略を描く。17年のネバダ工場の立ち上げは、住之江工場(大阪市)が2170の先生役を務めた。
米国で社内アカデミー開校へ
ただ、このときは大苦戦した。ネバダ工場は年間損益が黒字になるまで4年と、当初見込みの倍の時間を要した。多くの従業員に電池生産の経験がないなか、日本式のマニュアルを持ち込んだことが一因だった。
ネバダ工場は生産設備の保守や点検の項目を洗い直し、熟練者でなくても正しく作業できるようラインを再構築した。一部の設備や道具は体格の大きい米国人が使いやすいようサイズを変えるなどし、不良を減らした。
「4680の量産は少し時間はかかる。それでもネバダと同じ轍(てつ)を踏むわけにはいかない」。9月初旬、パナソニックHD幹部はこう話した。
パナソニックHDは米国で人材育成のための社内アカデミーの開校を計画する。米国に合うマニュアルを短時間で作成できる環境を整える。
パナソニックHDの23年度のEV電池事業は、米インフレ抑制法(IRA)関連の補助金による利益押し上げ効果(868億円)をのぞく実力値ベースで、187億円の赤字だった。24年度も実力値ベースで170億円の赤字を見込む。
6月には30年度の電池事業の売上高を23年度比約3倍の3兆円超にする目標について、達成時期を白紙にした。EV市場の世界的な変調を受けた措置だった。
電機に比べ競争力を保っている日本の自動車産業は、時間のあるときに徹底的に生産技術の改良に取り組む。市況が悪いうちに4680の量産技術を確立しスムーズに米国に移管できれば、パナエナジーが世界3位以内に復帰する可能性も出てくる。
(柘植衛)
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日経記事2024.09.09より引用