ウォール街、私が「強欲」な理由　大物投資家に聞くあなたの知らないアメリカ　潜入ウォール街㊤ (日経2025.4.24)

2025-04-24 14:34:58 | 世界経済と金融

通りに建つ雄牛の像はウォール街の象徴だ=ロイター

米ニューヨーク・ウォール街。

ここで働く社員の平均ボーナスは2024年に24万4700ドル（約3500万円）と過去最高になり、投資ファンド、ブラックストーンのスティーブン・シュワルツマン最高経営責任者（CEO）の年間報酬（自社株配当分も含む）は10億ドル（1400億円）を超えた。

ウォール街の巨額報酬は「コーポレート・アメリカ」の強欲の象徴とされるが、使い切れないほどの富に執着するのはなぜか。

「富は自分の意思で社会に還元」

「自分は一夜にして大富豪になったのではない。ポーランド移民の父親が配管工として懸命に働いて一家で初めて自分を大学に入れてくれた」。

マンハッタンのオフィスで自分の生い立ちについて語ってくれたのは、カリスマ投資家のレオン・クーパーマン氏。富を築くことができたのは教育を授けてくれた両親のおかげだという。

クーパーマン氏は「巨額報酬は自分の努力のたまもの」とも語り、ウォール街の人々が不当に高い所得を得ているとの考えをやんわり否定した。

レオン・クーパーマン氏は「富を自分の意思で社会に還元したい」と語った

クーパーマン氏が強調したのは「その富を自分の意思で社会に還元したい」ということだ。

税金を払って政府に富の再配分を任せるのではなく、寄付を通じて自ら支援を必要としているところにお金を振り向ける。効率的に自分たちの富を使ってくれるとは限らない国への疑念が根底にはある。

クーパーマン氏の理屈でいえば、報酬が増えれば増えるほど、彼自身だけでなく社会全体にとってもプラスになるというわけだ。

ウーバー株で巨額の利益、一部は寄付へ

「ウーバーに投資して巨額の利益を得たのをきっかけに大型の寄付を始めた」。

ベンチャーキャピタル（VC）運用会社ファースト・ラウンド・キャピタルの創業者、ハワード・モーガン氏も寄付の効用を語る。

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ハワード・モーガン氏

サンフランシスコでライドシェアを始めたばかりのウーバーテクノロジーズに潜在成長力を見出し、いち早く投資したモーガン氏。

ウーバーの新規株式公開（IPO）後に株価が急騰すると巨額の利益を得た。今から5年ほど前に、もうけの一部の数百万ドルを「寄付に振り向けた」という。

モーガン氏はそれ以来、積極的に寄付をしてきた。寄付の対象は教育、医療、宗教、音楽という4つのテーマに分けられるという。

教育ではニューヨーク市立図書館や自身が卒業したコーネル大学、医療ではがん研究専門病院として世界的に有名なスローン・ケタリング・がんセンターに寄付している。

ユダヤ人の同氏はユダヤ教のシナゴーグなどにも資金を提供。さらに音楽愛好家としてジャズやミュージカルなどの音楽家育成の団体にも寄付してきた。

「子供の頃、放課後にお世話になった図書館や今の自分を形作ってくれた大学、多くの人を救う医療の発展に貢献できたらと思った」

社会のためか、節税か

モーガン氏の寄付活動の背景には、宗教的な意味合いもある。

モーガン氏は子供の頃から小遣いの一部やおつりの小銭を瓶に入れて、たまったらシナゴーグに持って行って寄付をする習慣を両親からしつけられた。

ユダヤ教では収入の10%を寄付に振り向けるという教えがある。収入の一部を寄付に回すのであれば、多く稼ぐことに罪悪感を覚える必要はない。

もちろん、ウォール街のビリオネアたちの巨額の寄付にはもっと実用的な動機もある。節税と名誉だ。

寄付をすれば、毎年の確定申告の際に税控除が受けられる。約1400万ドル（約20億円）以上の資産には連邦遺産税（相続税）がかかるため、税金で取られるよりは寄付に回そうという発想が資産家の間では一般的だ。

大手米銀の富裕層向けファイナンシャルアドバイザーは「顧客のほとんどが効果的に節税し、政府ではなく自分の意思とお金で社会に貢献したいと願っている」という。

「チャリティー社交界」の誘惑

寄付は成功の証しであり、「チャリティー社交界」に仲間入りするための通行手形ともいえる。

この社交界は巨額の寄付を通じて著名大学や病院、非営利団体の取締役メンバーとなった人らが参加する隠れた交流の場だ。

寄付によってその団体の活動に影響力を持ち、社交界を通じてビジネスの人脈を広げることもできる。

若い頃に商品先物トレーダーで身を立て、いまはウイスキーなど酒類の輸入卸売りをしているピーター･ソン氏も、チャリティー社交界の一員だ。

ソン氏は大学生だったころ「将来お金持ちになったら、その成功の証しとして大好きなオペラ鑑賞のためにメトロポリタン歌劇場に寄付するのが夢だった」。事業が成功して夢がかなった。

チャリティー社交界の一員として、パーティーで慈善活動をしていると声高に語れることを誇りに思っている。

ニューヨークの街には、ビリオネアたちの成功の証しがあふれている。

元シティグループCEOのサンディ・ワイル氏はコーネル大学病院に巨額の寄付をし、同病院は「ワイル・コーネル・メディシン」という名称となった。

著名投資家で物言う株主の元祖であるカール・アイカーン氏が寄付したスポーツスタジアムは「アイカーン・スタジアム」と記した大きな看板を掲げる。

ワイル・コーネル・メディシン。建物には大型寄付者の名前を表示

寄付者の名前の表示の仕方は、寄付の規模によって異なる。

寄付金が一定額以上なら、たとえば美術館の特定の展示室に名前が入り、さらに額が大きくなると建物の名前やその団体全体に名前が冠せられるという具合だ。

「強欲は善だ」ウォール街を象徴

音楽の殿堂であるカーネギーホールやロックフェラーセンターにみられるように、寄付の歴史は古く、ウォール街のビリオネアたちがその伝統を受け継いできた。

トランプ政権によって大学や非営利団体、国連の活動組織などへの政府資金が絞られる中、こうした民間の寄付の役割は改めて見直されている。

「強欲は善だ」。1987年の映画「ウォール街」でマイケル・ダグラス演じる投資家ゴードン・ゲッコーが放ったセリフは、ウォール街を象徴する言葉として一躍有名になった。

強欲を是とするウォール街の文化が、時に混乱を引き起こしながらも米国にエネルギーを注ぎ込み、成長と繁栄をもたらしてきたこともまた事実だ。

（ニューヨーク=伴百江）

【あなたの知らないアメリカ】

あなたの知らないアメリカ

トランプ政権が誕生した米国。現状への怒りや不満が社会に広がりますが、経済は絶好調で超大国の地位も今のところ盤石です。米国の強さともろさはどこから来るのでしょうか。

日々のニュースには表れない「アメリカ」を現地記者が報告します。

ウォール街、私が「強欲」な理由　大物投資家に聞く（4:04）
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日経記事2025.4.24より引用

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