中間玲子のブログ

仕事のこととか日々のこととか…更新怠りがちですがボチボチと。

青は藍より出でて藍よりも青し

2010-05-14 11:51:08 | 自己理解
先日、福島大学でお世話になった小野原雅夫先生が、
ご自身のブログ「まさおさまの何でも倫理学」
私のブログを紹介してくださいました。

心理学者にとって、人間について深く考えていく事は必須です。
上記ブログでは、そんな考えるべき重要な問題が
硬軟おりまぜて取りあげられており、
私もちょこちょこ読ませていただいていました。
心理学に興味がある方にとってもオススメのブログです。
今回、御礼に私の方でもリンクをはりましたので、
皆さんも是非御覧ください。

さて、上記ブログでは、私は「ブログの師匠」とされていますが、
それは、私が福島大学にいた頃、小野原先生に、
「ブログ」というものがどんなものであるかとか、
ブログを開設するにはどうしたらよいか、とかを
教えてあげたからだと思います。
でも、「まさおさまの何でも倫理学」の充実ぶりを見れば分かるように、
現在、私がブログの師匠と呼ばれるに値するような事は何もなく、
むしろ、私の方が弟子になってしまっている感があります。

そんな状態なのに、私は「ブログの師匠」と名乗っていいのでしょうか。

しかし、別の見方をすれば、
そんな全然師匠らしくない私こそ、
とっても優れた師匠であるとも考えられるかもしれません。

「青は藍より出でて藍よりも青し」
:青色の染料は、藍という原料から取れるが、
 放っておいても染料は取れない。
 だが、難しい工程があれば、藍から取れた染料の青さは原料の藍よりも濃く、
 鮮やかである。
→このことから、教育を受けた者が、教育をした者よりも
 つまり、弟子が師匠よりすぐれていることを意味する言葉となっています。

弟子の方がいつしか師匠を超えてしまうことはよくあることでしょう。
しかし、師匠は、弟子が成長してしまう前に、
その匙加減1つで弟子の成長を止めてしまう事も可能かとも思います。

昨日書いた「エディプス・コンプレックス」は、
父を越えられない息子の葛藤となって現れる事が多いのですが、

その逆に、息子に越えられそうな父が葛藤を抱えるということも
当然あり得ることでしょう。
そんな時に、父は、力を持つ者として何らかの権力を行使し、
息子の成長を妨げることもできるはずです。

それは、「教えない」ことによっても可能になると思います。

先日「因襲の支配力」で引用した箇所に、

女の子は学校に行かせてもらえないこと、
それは、世の中のことを知ってはならないから、
何があろうと良心に従わなくてはならないため、
書いたり読んだりできるようになると頭がよくなりすぎてしまうため、
女の子は学校に行ってはいけない、

といった趣旨の内容がありました。

つまり、いつまでも「教える」ことを与えない事で、
(ここで言う「教える」は、
 手取り足取り教えたり、直接教えたりすることだけではなく、
 完成形や成長の方向性を示したりすることも含めて考えています)
師匠はおそらく弟子の才能を殺すことも可能になりうるのです。

しかし、教えてしまった先には、先に言ったような、
弟子が軽々と師匠を乗り越えて羽ばたいていく、という
現象が待っています。

これを引き受けてこそ、師匠なのです。

大学院時代、非常勤先の看護学校で用いていた『教育学』のテキストに、

教育者と看護者の共通項の1つとして、
「自分が相手にとって必要でない存在になること」を
その営みの目的に置かねばならない点がある

といった内容が書いてありました。
鋭い指摘だなーと思い、今でも、教育に関わる際に、
また、臨床相談に関わる際に、常に携えている言葉です。
おそらくこれは、私の教育観の根本の重要な1つであるように思います。

このことを自覚しておけば、
弟子が師匠を乗り越えようとも、
それはむしろ葛藤ではなく、素直な尊敬を抱かせます。

逆にこのことを自覚していないと、
弟子を飼い殺してしまう師匠になってしまうように思います。

言うまでもなく、
今日の話のきっかけとなったブログの師弟関係においては、
そんな葛藤があるわけもないのですが、
師匠ってなんだろう?と考えた事から、
自身の教育観を改めて確認するきっかけとなりました。

こんな示唆を与えてくれるなんて、まさに出藍の誉です。
その人が師匠と呼んでくれているのですから、
敬意を込めて、「まさおさまの何でも倫理学」を
「ブログの弟子のブログ」と紹介させていただきました。

アロアになりたい

2010-05-11 22:42:32 | 自己理解
先日、トリヴィアネタで「フランダースの犬について書きました。
私はこのアニメが本当に大好きでした。

まだほんの小さい時期だったので、
話はそんなに追えてなかったかもわかりませんが、
ネロもパトラッシュもおじいさんも
フランダース地方の風景もとても好きで、
そして、その中に出てくる「アロア」という女の子は、
2歳か3歳か、その頃の私の理想の女の子でした

ネロとパトラッシュと仲良しの、可愛い優しいアロア。
私はとにかくアロアに憧れ、アロアになりたかったのです

私は母に頼んで、アロアのようなスカートを作ってもらい、
(=上のイラストにあるように、座ったら、足が全部隠れるような、
  ふんわりとしたスカート)
アロアがいつもしているように、イチゴ飴を好んで食べるようにしました。

数日したら、私はきっとアロアになっている…

でも、いつまで経ってもアロアになれません
アロアのほっぺには、赤い丸があるのです。
なのに、なかなかそれが出てこないのです。

がっかりした私は、何が間違ってたんだろうと、じっと考えました。

そして、イチゴ飴の違いに気づきました。

アロアのイチゴ飴は、見かけも赤く、イチゴの形をしており、
袋にむき出しのまま、入っているものです。
アロアはいつも袋ごと手に抱えていて、
袋から1つずつイチゴ飴を出して、口に含むのです。

かたや、私のイチゴ飴は、サクマ製の、
1つずつビニールにくるまれたものでした。
それはともかく、もっと大きな違いは、
薄いピンク色で、形も三角だということです
アロアのような、赤いイチゴの形のイチゴ飴じゃなかったのです。

でも、アロアのイチゴ飴は、どこにも見あたりませんでした。
あれは、外国でしか売ってないのでしょう・・・


こんな思い出を伴う「フランダースの犬」です


このエピソードに対するツッコミは色々入れられると思いますが、
まず、子どもの私は、自分なりに「アロアの特徴」と思ったもの
(スカートとイチゴ飴と真っ赤なほっぺ)が一緒になれば
アロアになれるんだ、と思っていたことに気づきます。
決して「アロアのふりをする」のではなく「アロアになる」ことを
めざしていたのです。

子どもが何かの状況を真似る遊びは
「ごっこ遊び」とか「ふり遊び」とかって言われますが、
もしかしたら当の子どもは「ふりじゃないもん」って
そのネーミングにショックを受けるかも知れませんね。
とっても真剣に、そうなれると思っているのですから。

(でも子どもは自分でも「嘘で○○する」とか
 「~~のふりして」と自分で言い出すようなので、
 そんなのは私だけなのかもしれません。
 現実検討能力が弱かった(今も?)のかな。)

そして、なぜ、アロアになりたかったのかというと、
もちろんアロアがかわいくて優しい女の子だからというのも
あったのでしょう。

あのアニメに出てくる女の子は、たぶんアロア1人だったので、
自分を重ね合わせられる人物はアロアだけだったというのも大きいでしょう。
男の子だったらネロになりたいと思っていたかもしれません。

でもいずれにせよ、一番強かった気持ちは、
ネロやパトラッシュやおじいさんのことが大好きで、
そして彼らの生きてる村の風景も大好きで憧れていて、
そんな人たちと素敵な村で楽しく会えるアロアに、
ネロと仲良しのアロアになりたいという、
そういうものだったのではないかと思います。

そう思うと、「アロアになりたい」というとき、
そこで求められる「アロア」とは、
どんな服を着てるとか
どんな髪型でどんな声をしているとか、
あるいはどんなことを言ったり考えたりするのか、
によって満たされるものではなく、
アロアがもっているもの(村に住んでいること、ネロと仲良しのこと)を
もっていてこそのアロアなのです

そう考えると、アロアをアロアたらしめていたのは、
アロアの属性ではなく、アロアが関わっていた世界なのか?
はてはて、私の「自己」って、
一体どこからどこまでなんだろう…なんてことにつながってしまうのでした。

補遺:ここのページによると、アロアについては、
「ネロの幼なじみで明るい女の子。何の不自由もなく育てられたせいか、ややわがままな所がある。パトラッシュとも仲が良く、ネロたちと遊ぶのが楽しみ。」とあります。
うーん、「かわいくて優しい女の子」というのは思いこみだったのか…?
でも幼い私には理想の憧れの女の子として映っていたのです。
やはり、「ネロとパトラッシュと仲良し」なところに憧れ、
そういう女の子は「かわいくて優しい」と思い込んでたのでしょうか…
でも、アロア、やっぱり今見てもかわいいです

アルバイト回想録

2010-05-07 23:34:32 | 自己理解
現金がない
現金がない:回想録」はいずれも、
社会人になってからの話であり、そのため、所持金はないけど
銀行に行けばお金がある、という状態あっての話でした。

しかし、学生の頃は、所持金はないけど銀行にもない、という
状態であることも少なくありませんでした。

そんなとき、当然節約しようということも思いつくのですが、
お金がなくなったら、あるいは、お金を使う用事ができたら、
ガンガンアルバイトをして稼ぐ、という生活をしていました。
通常やっているアルバイトとは別に、「ド短期バイト」というのを
プラスして臨時収入をゲットするのです。

今日は、最後にやった(とはいえもう10年近く前になりますね)
ド短期バイトのことを書きましょう。

大学院の博士後期課程に在籍していた時のことです。
11月か12月頃、ド短期バイトをしました。
京都には、伏見という酒どころがあるのですが、そこの工場でのバイトです。
できてきたお酒を、瓶から、干支(その翌年は巳年だったので巳)の形をした
素焼きの徳利に移し替えて、年始用のものとする、という仕事でした。
瓶であれば、中身がみえるので、どれくらい入っているか一目瞭然ですが、
素焼きの瓶に入れてしまうと、量が分からなくなってしまいます。
なので、この作業で一番気をつけないといけないのは、
瓶のお酒をこぼさず素焼きの徳利に移し替えるということでした。

ところが、こぼしてしまう人もいました。
すると、その瓶のお酒は中途半端な量になってしまうのでボツになります。
それを全部捨てるわけではなかったと思うですが、
その瓶のお酒、仕方がないから飲もうということになって、
皆軽く一杯やりながら作業をするということになりました。

また、これは朝から夕方までの一日仕事なのですが、
そこの工場ではお昼ご飯も出してくれました。
驚いたのですが、お茶の代わりにお酒が出ました。
というか、冷蔵庫にお酒が入っているから、好きに飲めと。
丼物を食べながら、お酒をいただき、なんだか皆いい感じになって、
午後の仕事にいそしむのでした。

そんなんでは注意力散漫になって、余計こぼしちゃうんじゃないかと
思ったりもしますが、
そんなにめちゃくちゃこぼしたりすることはなくて、
むしろ和気藹々と、楽しみながら作業をした記憶だけが残っています。

というわけで、この仕事、3日くらいのド短期バイトだったのですが、
登録の加減か、3日連続できていた学生は私だけでした。
3日目を終えたとき、工場長さんが最後に私だけ呼び出してくれて、
「がんばってくれたし、お酒をおいしそうに飲んでいたから」ということで
その工場で作っているお酒で一番おすすめだという大吟醸をふるまってくださいました。
それをぐびっと楽しんで、笑顔で「ありがとうございました~」と
工場を去ったのでした。

思えばこれが私と日本酒との出会いでした。
おいしいお酒をおいしく飲める機会に出会えたことで、
日本酒っておいしいんだ!!ということを知ることができ、
とてもよいアルバイト経験でした。

そして、仕事は楽しくしていた方が
(たとえ酔っていたとしても)意外とはかどる!ということ、
少なくとも楽しくやれる!終わったときの充実感も多い!ということを
学んだ経験でもありました。

工場の方々、とてもお世話になりました。ありがとうございました。

自己嫌悪の友だちへ

2010-05-04 23:31:49 | 自己理解
人は時として、自己嫌悪に陥ります。
人知れず自己嫌悪に苦しむこともあるのですが、
友達に聞いてもらうこともあるでしょう。

「私ってダメな人間」

「私なんて価値がない」

どこが悪いとか、具体的な欠点であれば解釈の変えようもあるのですが
「何でそう思うの?」→「自分でも分からない」という
自己嫌悪にさいなまれることもあるでしょう。

そんな時、打ち明けられた人は、
その人が自分を肯定的に見られるような見方を提供したり、
否定的な見方をなんとか修正しようとしたり、
自己嫌悪に苦しむ気持ちに共感したり、
あるいはただただ一緒にいてあげたり、
それでも私はあなたが好きだと思いを伝えたり、
むしろ他に意識を向けようと別の話題に転換したり、
楽しいことに誘ってそんな気持ちを忘れてもらおうとしたり、
とにかくいろいろなことをすると思います。

さらにバリエーションを広げるべく、こんな言葉に出会いました。

「私の友達を悪く言わないで」

自己嫌悪に悩むその人は、一人で生きているわけではないのですよね。
その人がその時、自分を大切に思えなくても、
その人を大切に思う人はいる。

自己嫌悪している人は、自分のことだから傷つけてかまわないと
思っているかもしれませんが、
その人を大切に思う人たちにとっては、
大切な友達が傷つけられているのを目撃する事態なわけです。
それは、その友達が大切な人であればあるほど、
自分が傷つけられるような悲しみを伴います。
だから、傷つけている人には言いたいのですよね、
「私の友達を悪く言わないで」と。

自己嫌悪は、「自分が自分を嫌悪する」という
閉じられた世界の話のように感じられますが、
でもその「自分」は決してその人だけのものではない。
だから、自己嫌悪も、その人だけの問題ではない。
一見閉じられた世界のこととして見える問題であっても、
必ず存在する世界とのつながりを見つけ、
そこから考えていく視点も大事だなと思いました。

魔法のパスケース

2010-03-17 13:42:46 | 自己理解
まだ私が小さかった頃。
小学校1年生の時のことです。

その頃私は、スイミングスクールに通っていました。
スイミングスクールまで、親が送ってくれることもありましたが
時にはバスや電車で出かけていました。

私はその中で、不思議な光景に何度か出会いました。

お金を払わなくてもいい人たちが何人かいたのです。

え?お金払わなくていいんだ!?と驚きましたが、
観察していると、その人たちは、運転手さんに何かを見せてました。

パスケースです。
当時はそんな言葉も知りませんが、視覚的には
きっちり記憶されました。

その時、私は思いました。

「あれ(=パスケース)を持てばバスや電車にタダで乗れる

乗り物にタダで乗れるそのパスケースは
私の中で、魔法の杖のようなものにも相当するものとなり、
欲しくて欲しくてたまらなくなりました。

電車賃は50円、バス賃もせいぜい100円くらいだったと思いますが
その頃の子どもにとっては大金です。

でも、魔法のパスケースの入手方法がわかりません。

ある日。
小学校の購買部に行くと、パスケースが置いてあるではありませんか

ドキドキです。

たぶん100円だったと思います。
ここで100円を使いさえすれば、その後お金はジャンジャンたまる。
これが魔法のパスケースでなくてなんでしょうか。

でも、それを買いたいと親には言えません。

なぜなら、その時、なぜ魔法のパスケースが欲しかったかというと、
それでバスや電車にタダで乗り、親にはだまっておいて、
その後もらったバス代や電車代はお小遣いとしちゃおうという
黒い考えを持っていたからです。

なので、親にパスケース代をもらうのは断念し、
手持ちのお金で買う事を決意します。

でも、それを使うのも勇気が要ります。
とっておいた100円を使うのももったいないし、
悪い事をしようとしている…という気持ちもあります。
それに、その頃は、
買った物はすべて親に報告する決まりになっていました。
それさえ破ろうとしているのでした。

数日後。
たまたま友達がそのパスケースを買いました。
それをきっかけに踏ん切りがついて、
「じゃあ、私も買っていいはず」と都合のよい理屈を
自分自身に言い聞かせ、
私はついに、購買部でそのパスケースを買いました。

購買部のおばさんに、自分の考えがばれてしまうのではないかと
ドキドキしながら、でも、ばれないように普通の態度を一生懸命装って。
とうとう魔法のパスケースを購入しました。

そして、スイミングスクールの当日。

魔法のパスケースを使い始める当日です。
絶対にばれないようにしなければ…ととても緊張してたと思います。
親に報告していない物がある時点で、怒られます。
でも何より、そこから先は、絶対に言いたくありません。
そんな悪いことを考えるような子だなんて
絶対に思われたくありません。
ばれることが怖くて怖くて仕方がありません。

ばれないようにするには…

いつも通りの態度でそそくさと出かけるに限ります。

ところが。

その日に限って、母親が、スイミングスクールの後で食べる
芋きんとん」をおやつに作ってくれていました。
たしか、こんな風に、ホイルかアルミで小分けされたものだったように
思います。

そして母親が、「ちゃんと芋きんとん入れたの?」と聞いてきました。
私は、荷物チェックをされてしまうと思いこみ、大いに焦り、
「入れた。」と言い、なんとかそのまま無事に外出したいと、
きっと挙動不審だったことでしょう。

母にしてみれば、
忘れ物は本当にないの?という程度の質問だったと思います。
でも、それに対して、
「入れたから大丈夫だから
バッグの中は見ないでいいから」的な、
明らかに「怪しいですよ、見た方がいいですよ」ということを
暴露する言葉を吐いて、逃げようとする娘。

それを目の当たりにすると、当然、
「バッグを見せなさい」となりますよね。

「大丈夫だから入れたから」と言いながらも
母親を前にして、とうとうバッグは奪われ、
私は泣き出してしまいました

バッグを開けて、見た事のないパスケースを見てびっくりする母親。
どうしたの?と聞かれて、なんかごちゃごちゃ答えていた気がしますが、
自分の黒い企みは言えなかったように思います。
自分の中の黒い心が、子ども心に本当に苦しくて悲しくて
ものすごく泣いたような気がします。

「自分は本当はいい子じゃないな」と思って
子ども時代を過ごしたように思いますが、
その根拠の1つとして、この出来事は大きなものでした。

ただその中でも、救われていたなと思うのは、
そこでばれたことです。
母親に見つかっていなければ、私はきっと運転手さんに、
悠々とまでは行かなくても、
その魔法のパスケースを見せて降車しようとしたでしょう。
そして運転手さんにとがめられ、きっとそこで号泣したでしょう。

今思うと、魔法のパスケースの中には、
「定期券」という高額なものが入っていたのですね

ミカン箱の子ども

2010-03-12 23:22:30 | 自己理解
 日本人の親の中には、
(海外でもそういうことがあるかどうか分からないので
 日本人の、と言っていいのかどうかについては何ともいえないのですが)
時に、捨て子の物語を子どもに与える人がいるようです。

橋で拾われてきた、ミカン箱で流されてきた、道に落ちていた…などです。

それを聞いた子どもは驚き、呆然とします。
話した大人は大抵、その反応がかわいくて、そのままにしてしまいます。
そういう話をする大人は、何気なく、その話をしているのです。

ですが、それを聞いた子どもの側にとっては、
その話は、自分の存在を揺るがす大きな事件です。

そのような話を聴かされたA君についてある方から話を聞きました。
その方は、A君の習い事の先生です。

ある日、A君がその先生のもとに、いつも以上に
にこにこしてやってきたんだそうです。
先生が「どうしたの?」と聞くと、
笑顔で、「僕ね、すごく運がいいんだよ」と。
「どういうこと?」と尋ねると、
「僕ね、お母さんに拾ってもらってよかったーって思ったの」と。
「どういうこと?」と重ねて聞くと、
「僕ね、道に落ちていたんだって。
 箱に入れておいてあったんだって。
 それをお母さんが拾っていってくれたんだって。
 そして育ててくれたんだって。
 僕、お母さんが大好き。
 お母さんに拾ってもらってよかったー」と。

実は、話を聞いたその先生自身も、
親から「ミカン箱に入れられて川に流されてきたのを拾った」
という物語を聞かされて育ったそうです。

そしてずっとそれを信じていて、きょうだいの中で、
自分だけが叱られた時など、
「実の子じゃないからこんなに怒られるんだ…」と思ったり、
きょうだいとの違いを見つけては
「やっぱり自分だけここの家の子じゃないからだ」と思ったり
したいたんだそうです。
そして「だから自分はかわいがってもらえないんだ」と。

もちろんその話は、親の作り話でした。
でも、その先生は、6年生まで自分は捨てられていたんだと信じていて、
ずっとそのことを心に抱いて苦しい気持ちを抱えていたんだそうです。

そんなこともあったので、その先生は、
A君のお母さんに、子どもはそんな話をされたら傷つくものだ、と
自分の体験を交えて伝えたそうです。
そして、本当のことを言ってあげるように、とお願いしたそうです。

次の週、A君が、また習い事の教室にやってきました。
またにこにこして、でもその前の週とは全然違う、とびっきりの満面の笑みで。
「どうしたの?」と聞くと、
「先生―。僕ね、お母さんから生まれたんだってー」と。
本当に本当に満面の笑みで。
「よかったー。お母さんから生まれたってお母さんが言ってたー」と。

たったそれだけのこと。
でも、それを聞いた子どもにとって、それは本当に本当に
嬉しい事実であったようです。

だって、自分がどう生まれたかということは、
自分では確認のしようのない話です。
私たちは、人から聞いてそれを知るしかありません。
にもかかわらずそれは、自分の存在の根っこに関わる重要な話でもあります。

自分はどのような存在なのだろうか。
それは、概念化されたレベルよりももっと根っこのところで
その人の存在のあり方を左右するようにも思います。
子どもはそれを知っているから敏感になるのかもしれません。

理屈を超えたところの問題は、
理屈でどれだけ説明を重ねても超えられないところがあります。
その場合は そのレベルで対話をする必要があります。
それはやってみれば他愛のないことかもしれません。
でも、本人にとっては何よりも大事な話であったりすることもあるようです。

「自覚はかっこいい」

2010-03-07 16:00:00 | 自己理解
過日行われた臨床心理士の研修会で、
厚生労働省の日詰正文さんが発達障害支援について
講演をされました。
その時のキーワードが「自覚はかっこいい」です。

日詰さんは、今は厚生労働省の方ですが、
言語聴覚士の仕事をしたり、現場での支援も数多くされてきたそうです。

講演の本論にまじって、発達障害である自分をしっかり理解し、
それを受け容れ、周囲にわかってもらおうとはたらきかけていった事例を
複数あげてくださいました。

たとえば・・・
自閉症の子どもが、自分がまわりにどのような対応を求めているか、
そしてそれは自分のどのような特徴に基づくものであるかを
伝え表現した事例。
それによって、周りの対応も変わっていき、周囲の子どもも
他に何ができるかな?と楽しんで考えていったそうです。
そして本人は、自分は何が得意で何が苦手かをよくわかっていたので、
そこに立脚した仕事選びをし、今は見事に働いているとのこと。

他にもいくつか事例をあげてくださったのですが、
そしてそのいずれも、柔らかな口調で聞き取りやすく
聞いていてとても幸せな、そして、前向きな気持ちになりました。

それは、いずれも、
「こうしましょう、ああしましょう」といった指導が
効を奏しました、という話ではなく、
周りの子どもたちや大人たちが、
自閉症などに対する理解を知らず知らずしていることを
日詰さんに指摘され、自分の気づいていなかったいいところに気づき、
その嬉しい気持ちの中で、「もっとないかな?」と動いていく様子が
伝わるものだったからだと思います。

援助者たるもの、かくありたいものです。
人は、今の自分を足場にして自分を作っていきます。
その今の自分に立脚して進んでいけば
いい方向に向かうんだ、ということに気づいたら、
とてもうれしくなりますよね。

そして、周りの人が自分を受け入れてくれたという経験をもつと、
どんな特徴をもつ自分であれ、その自分でやっていく勇気がでます。
ますます、自分がどういう人間であるかをしっかり引き受けて
生きていく力になるでしょう。

これは「自己実現」のプロセスだと思われますが、
日詰さんはそのもとになる「自己受容」を
「自覚」という言葉を用いています。
日詰さんは、何よりもまず、そういう自分であると気づけたことを
「かっこいい」ことだと励ましていました。

そもそも、「自覚する」ということは、本当に難しいです。
その人が本当の自分の姿をあるがままに認めていくのは、
それを認めても大丈夫だという心の準備が整わないと不可能です。
やはり私たちは「自覚しない」ことで、
今の自分を支えているところもあるからです。

考えてみれば、
自分を知り、受け入れ、その自分としてやっていく、なんて、
すべて完成させるのはとても難しいプロセスですよね。

その一段一段における変化を、しっかり受け止め、
できたことを励ましてあげられる人でありたいものです。
まずは私自身、いろんな自分を受け止められる人でありたいと思っています。

クラスの人気をめぐる問題

2010-02-27 16:00:00 | 自己理解
まずは、このカテゴリーを立ち上げようとするきっかけとなった事から。
最近、授業で余談的にこの話をしたら
「そんなこと考えてたんですか」「やっぱり変わってる」と言われました。

小学校の頃。
クラスにはスター男子・スター女子というのがいませんでしたか。
どのクラスにもいたと思います。
元気で明るくて勉強もスポーツもできて皆から好かれている。
そんな男子・女子です。

クラスの異性で誰が好きか?となったとき、
当然のようにその子たちの名前があがります。
つまり、「○○君が好き」「○○さんが好き」と言う答えに
クラスメート間であまり違いはなかったのです。
女子は(男子も?)好きな人の「順位付け」などをしたりしますので
1番目に好きな男子、2番目に好きな男子、なんてことをやったりしてましたが
上位5番くらいまではほぼ同じ男子たちが登場して、
その順位にちょっとした個人差が現れる程度です。

当時の私は、今のような状態、よくないんじゃない?と思ってました。
このままじゃ、結婚できない人が出てくるよ!!と。
だから、皆、好きな人をもっと分散させようよ!と。

つまり、言語化すると、
「クラスの特定の男子・女子に人気が集中していて大丈夫なのか」という疑問を
抱いていたのです。
若者批判をするおっさん・おばさんのような小学生ですね。

でも、ある時ふと思ったんです。

すべてのクラスメートに親がいる。

ということは、すべての人たちが、いずれは結婚していくのだろうと。

当時の私は、結婚している男女(つまりは子どもの父と母)というのは、
お互いを好きなものだ、と素朴に思っていました。

ということは、この状態がいつまでも続くわけではなく、
そのうち、誰もが、誰かに選ばれ、受け入れられていく。
そういう時期が訪れるのだろうと。

だから大丈夫なのだろう。
小学生の私は、それで一応納得しました。

そしてその仮説は、発達の中で確認されていくことになります。

実際、中学生、高校生、大学生の時、
皆の好みはそれぞれ分かれていき、
それぞれがそれぞれの人を好きになって恋をしていったからです。

小学校の頃のような人間関係の構造が続くわけはなく、
私の疑問はまったくとんちんかんな発想だったわけです。

そういう風に変化していくことは経験的に分かりました。

では、なぜこのような変化が訪れたのでしょうか。
ここから先は、心理学を学んだことで、解決していきました。

もちろん、実際の恋愛においてはこの他にも様々な
要因が働いて相手を選んでいくわけですが、
「クラスの特定の人だけが異性から好かれる」という事態が
なぜ崩れていくかという点について考えると、
「自己意識の自覚」
(自分の考えや価値観に敏感になること)が大きく影響するのではないかと
私は考えています。

何となく皆が言うから、何となく大人がそう言うから、
それを自分の考えだと思えた時期から、
それは本当に自分の考えなのだろうか、ということを
何となく問い直す時期というのが思春期あたりに訪れます。

そういう問い直しの現れの1つとして、
小学校高学年あるいは中学校になったくらいから
「クラスの人気者」=「自分の好きな人」とする意識が
徐々に薄らいでいくということが起こるのではないでしょうか。

つまり、「クラス全体の意思」≠「自分の意思」ということに
少しずつ気づいていくのではないでしょうか。

というわけで、小学校の頃の私の素朴な問いから生まれた問題意識は、
心理学的に考えて、思春期における自己意識の高まりという観点から、
「児童期と青年期における恋愛対象の選択過程は
 自己意識の有無によって大きく異なるであろう」と
結論されるのでありました。

思考遍歴

2010-02-07 06:00:00 | 自己理解
私はたまに「変わっている」と言われます。

若かりし頃は、人と違うということに過度に敏感で
人と違うということ、それによって人目についてしまうことを
何か恐ろしい罪悪あるいはぬぐいようのない欠陥のように感じ、
思い悩んでいたものです。

なので、「変わっている」という言葉は
(もちろん誰がどのように言うのか、にもよりますが、)
自分の未完全さを暴露してしまったという事実を
つきつける言葉として響いたのでした。

時には侮蔑の言葉あるいは拒絶の言葉として
その言葉を発している人もいたかもしれません。
姫野カオルコさんは『整形美女』の中でそう述べています。

しかし、年齢を重ね、大学教員となった今、
それは褒め言葉とまではいかなくとも、
生かしていける個性を指摘する言葉だと
受け止められるようになっています。

とはいえ、他人に「変わっている」と言われようとして
行動しているわけではないのですから
それ自体はどうしようもありません。
私には普通でも、それを変わっていると言う人もいるのでしょう。

もちろん、私自身、変わっている自分をおもしろがって
自虐ネタ的に話すこともあります。

しかし、ネタではない部分まで「変わっている」、
時には「"やっぱり"変わっている」とまで言われると
やはり未だに驚くわけです。

そして今でも、その感性のズレについて
ふと考え込んでしまうことが時にあるわけです。
たまに、共有してもらえなくて戸惑うのですね。
その共有されなさは、面白く思うときと
ちょっと淋しく思うときと、いろいろです。

ですが、そういった私の言動や思考のエピソードは、
色々なことを学ぶ中で色々に変化していき、
また、疑問をもって学問に向き合うことに役立っているように思います。
そしてそれらは、授業で心理学を教えようとする際に生きている気がします。

なので、新たに「思考遍歴」というトピックを立ち上げてみました。
私の幼い頃の思考から、何かを考えていければいいなあと思っています。

コミュニケーションにおける「知らんけど」効果

2010-01-17 06:00:00 | 自己理解
以前、なんとはなしにつけていたNHKの番組で
「ぼやき川柳」というののダイジェストをやっていました。
そこで印象に残ったのが

おばちゃんの 話の終わりは 「知らんけど」

・・・あるある

「知らんけどな」「そやな」と言って終えられるおしゃべり、
すぐにイメージできました。

見てきたように、身ぶり手ぶりを交え、表情豊かに伝え
周りもさんざんその話術に引き込まれ、話がある程度の展開を見せると
その一幕の締めを飾るように口から出る一言、
「知らんけど」。

さて、今日は、この「知らんけど」の意味を考えたいと思います。

なぜ、おばちゃんにかぎらず、時に人は、
このように「知らんけど」という言葉を添えるのでしょうか。

1.話に対する責任を放棄するため
2.話の盛り上がりをクールダウンさせるため
3.話に隠された事実を隠すため

この3通りのいずれか、あるいは、いくつかをねらって、
「知らんけど」という言葉は発せられ、そして実際に
私たちのコミュニケーションにおいてその効果を発揮していると思われます。

それぞれ見てみましょう。


* * * * *


1.話に対する責任を放棄するため

これは、「知らない」から「知らない」ということを伝える、
というそのままの素直な自分の気持ちの表現も含まれますが、
ちょっと複雑な意味合いも含んでいます。

ちょっとした出来事があったり、ちょっとした耳にした情報があったりして、
それを人に言いたい
と話し始めたんだけど、そこから対話の中でどんどん妄想が広まって、
出来事の真相やら、情報の尾ひれやらが、さもありなん、というように
付け加わって話がどんどん大きくなっていく。

きっとそうかもしれない・・・と勝手に尾ひれがついてしまい、
もともとの話からは、すっかり様相が変わっているということもあります。

この時、誰かが、そもそも、その話のどこまでが事実であったのか、
そして、話を持ってきた本人は、そもそもどう思っていたのか、
話の途中で何が付け加わり、情報がどう変わり、
話をしたことによって話を持ってきた本人の気持ちがどう変わったか、
などを整理することができれば、もともとどんな話だったか
きっと再度確認する事ができるでしょう。

しかし、かなり自覚的にやらなければ、
自分がもともと思っていた事だったのか、
どこからが対話の中で付け加えられた事だったのか、
分からなくなってしまいます。

この分からなくなった状態、
ふくれあがってしまった話に対して、
もう自分が何を知ってて知らないのか分からなくなってきた~
もともと、そんなに詳しく知ってた訳じゃないし~
と、自分の手に負えなくなったなー、と感じた時、
人は、この話の提供者としての責任を逃れたくなるのではないでしょうか。
そして、この言葉が出るのではないでしょうか。
「知らんけど。」


* * * * *


2.話の盛り上がりをクールダウンさせるため

これは、1.の姉妹版といってもいいかもしれません。
話が盛り上がっていくと、相手の方が、自分以上に興奮したり
真剣になったりしてしまう事があります。

時に、問題を解決しなきゃ、お祝いをしなきゃ、助けてあげなきゃとか、
「私たちは何をすべきか」という方向に
話が流れていく事があります。

しかし、例えば「問題を解決しなきゃ」の場合であっても、
それは、もともとその話題に含まれていたものなのか、
それとも、対話の中で、あるかもしれないと推測されたにすぎないものなのか、
あまり精査されないことがほとんどです。
それが精査されずに、「問題がある」ということを前提として、
その次の段階で盛り上がっているという状態なのです。

何かに向き合おうとする場合、本来はまずはその現状をきちんと知る事が必要ですが
この場合、仮定された状態を確固たる足場としながら、
次の動きを検討してしまっているわけです。
どう動くか、となると、非常に具体的な課題になりますから、
多くの意見が飛び交うでしょう。
その話し合いの中で、仮定された現状は、
さらに細かい部分まで推測されるようになり、
ますます具体的な輪郭をもつようになっていきます。
大抵それは、自分たちがあーだこーだと意見を出し合って
現状がどうであるかを予想しているのに過ぎないのですが、
確認のしようがない場合、その予想は現実だとされていくわけです。
そしてそのまま話が進み、次なる行動へ向けてのスクラムが組まれる・・・

しかし、誰かが「あれ」と気づく事があります。
「そもそも、本当にそうなんだっけ」と。
あるいは、そこまで自覚的ではなくても、何か違和感を抱く。

その人はきっと、話の流れを一旦停止させることができるような
なにがしかの意見を述べて、さらにこの言葉を付け加えるのではないでしょうか。
「知らんけど。」
それによって、自分たちが、よく分からない現実を作り上げて
盛り上がってしまっていた事に気付くのではないでしょうか。
つまりは、自分たちも「知らんけど」な状態にあったということに。


* * * * *


3.話に隠された事実を隠すため

これは、「私の友達の話だけどね」などから始まる話に多いと思われます。
誰かに聞いてもらいたい、人の意見を聞きたいような話がある場合、
人は、「自分」のことは「友達の話」、
「自分の友達」のことは「友達の友達の話」として
話をすることがままあるように思います。

なぜそういうことをするかというと、誰の話であるかを
特定されたくない、つまり、そこは隠しておきたいと思うからです。

あるいは、「大した問題じゃないんだけど」とか、
「別にどうでもいんだけど」など前置きしてから、
話を始める事があります。

もちろん、本当にそういう場合(どうでもいい話であることを
断っている場合)もありますが、
その話に対して、めちゃくちゃ関心や興味があるのに、
関心や興味がそこまであるということを悟られないために、
そういう前置きをすることがあります。

いずれにせよ、その話が、自分にとって非常に関わりの深い話であることを
前面に出さないようにするために、
その話題に対して適度な心理的距離をとっている状態にあることを
何気なくアピールしているわけです。
それによって、相手から変な詮索されたりせずにすみますもんね。

しかし、そういう前提で話しているにもかかわらず、
話が進むにつれて、その話に注意が集中してしまうと、
その状態をキープし続ける事が難しくなる事があります。
その結果、やけに真剣な態度をとったり、何でそこまで知ってるの?ということを
ポロリと言ってしまったり、前置きで告げた設定を、自ら破ってしまうという事態に
陥ってしまいます。

その時、
いやいや、これは、あくまで「友達の」あるいは「友達の友達の」話なのよ、
あるいは、
いやいや、本当に別に大した問題じゃないから本当にどうでもいんだけどね、
などという設定を、再度アピールする必要が出てきます。

そこで発せられるのではないでしょうか、
「知らんけど。」
この一言が。


* * * * *


以上、

おばちゃんの話の終わりは「知らんけど」

という川柳からの考察でした。

決しておばちゃんに限らないと思うのですが、いかがでしょうか。

正しい北野天満宮の詣で方

2010-01-02 06:00:00 | 自己理解
北野天満宮は、京都の北野白梅町にある神社です。
かつての私は、数ある日本の神社の中で
この神社に最も心を寄せていました。
なぜならば、北野天満宮で絵馬に書いた願いは、
確実に聞き届けられ、私に幸せをもたらしてくれていたからです。

そこで。
皆さんにもこの幸せを体験していただくべく、
自称・北野天満宮エヴァンゲリストとなって、
正しい北野天満宮の詣で方を皆さんに伝授しましょう。
もちろん、ひいきにしている寺、神社、教会がある方は
そこで応用してくださってかまいません。
内容を読んで、特に詣でなくても…と思った方は、
そういうシーンと切り離して応用してくださってもかまいません。
そのような内容ですので、宗教的な観点からの反論は
なにとぞご容赦くださいませ。

* * * * *

大抵、北野天満宮にはバスで向かいます。
このバスに乗車した時点ですでに、
北野天満宮詣ではもう5合目あたりにさしかかっています。
なぜなら、「北野天満宮に行こう!」と決めた時点から
北野天満宮詣では始まっているからです。
そしてこのバスの時間は、北野天満宮詣でにおいて、
とても大事な役割を果たします。

なぜか?
それは、このバスの時間が、詣でる自分を作る時間だからです。
冒頭で、北野天満宮の絵馬の願いが叶う、という話を書きました。
北野天満宮では、願いをただ1つだけ書くという
大仕事が待っているのです。
境内には「絵馬書所」という場所があり、
そこには墨と筆が置かれていて、人々はそこで絵馬に願いを書くのです。
1つだけ。

では何を書こう?
これについて考えるわけです。

バスにゆられながら、何を書こうか…と1人熟考するうちに
自分が今、最も願うべき事柄、そしてそれを
どう願うべきかということが明確になります。
京都のバスは遅いので、京都駅から30分程度、
ずっと「絵馬に何を書こうか」について考え、
最終段階のまとめを行います。

自己分析を進めながら、もっとも相応しい願いにたどり着くと、
それだけで、十分、安堵に至ります。
欲求は多々あるのだけど、その中で、本当に願うべきこと、
神様に託すべきことはこれだったのかーということが明確になると、
それだけでかなりスッキリするのです。
自分にとって大事なことと、さして大事でもないのに
日々を悩ませていたこと、の区別が明確になるのですね。
なので、後者はこの過程で捨て去ることができます。

「神様に何を願おう」という内省の過程で、
では、自分なりにその願いを叶えるために、どうすればいいのか?も
明確にしなくてはなりません。
なのでこれについても考えます。
だって、自分でできることを神様に頼むのはもったいない。
そんなことでたった一つの願いを使ってはいけません。
神様には、私たちの力の及ばないところで働いてもらわないと
いけません。
私たちが自分でやれることを願うなんて、
それは神様には役不足な話です。

そして、神様に何を願うか?を考えているうちに、
自分がやるべきことや、自分なりの生活の指針みたいなのが
次第に分かってくるわけです。なんて素晴らしい。

なので、神社に着く頃には、すでに色々な事柄は整理され、
指針さえも見つけちゃってる。
この時点で、殆どの悩みは消えているわけです。
まず、これが、北野天満宮に着くまでにすべき仕事です。
北野天満宮に着いた頃には、もう、心は落ち着き、
こちら側の準備は万全。
つまり、いい運気を受け入れる受け皿をしっかり
用意できちゃった~な状態に至っているわけですね。

そして、身体を清めて、牛を触りまくり、本殿にお参りし、
その後、おみくじをひいて、絵馬を書き、絵馬を掛け、終了。

ですが、上記のようにいっぱい考えて自分なりには
いろいろな我欲を捨て去った上で
最適な絵馬を書いたと満足もしているわけですが、
「世界平和」とかを書いている絵馬を見つけたりすると
所詮、まだまだ我欲にしばられる私ね…などと
自分の小ささを反省したりもするわけです。

時間があれば、北野天満宮からちょっとだけ西に行ったところの
「粟餅」を食べてお帰りになることをオススメします。
ものすごくおいしいです。
北野天満宮内に「長五郎餅」を出す御茶屋もあります。
むしろこちらの方がオーソライズされている感があるのですが、
私は粟餅の方が…

というわけで、正しい北野天満宮の詣で方について、でした。

サンタさんとのディス・コミュニケーション

2009-12-22 15:45:10 | 自己理解
米原万里さんのエッセイで、
「3つの願い」の話がしばしば引き合いに出されます。

神様が来て、「3つの願いをかなえてあげよう」と言ったとする。
しかし、その時、自分が言ったその言葉は、
神様に正しく理解されるのか?

米原万里さんは通訳だった方なので、
そもそも神様としゃべる際は何語をしゃべるべきなのか?
ということを問題にしながら、
さらに、たとえ言語が通じたとしても、
その意味が通じたかは別問題である、と述べます。
例えば(これも彼女が呈示している例ですが)
「美人になりたい」とお願いした場合に、
もしも神様は平安風の美人とか浮世絵風の美人をイメージしてしまったら、
あなたは困ってしまうのではないでしょうか?

とはいえ、現実世界において、
神様に3つの願いをかなえてもらえる場面なんて
そうそう起こりません。

と思いきや、ありました
クリスマスです

* * * * *

子どもの頃、私は、クリスマスツリー
サンタクロースに対する手紙を書いていました。
手紙と言ってもその内容は、「○○がほしい」と自分の欲求を
ただ一方的に事務的に伝えるものですので、
実質的には希望調査票ですね。

その希望調査票をクリスマスツリーにかけておくと、
クリスマスの朝にはその内容の品が届けられている、という
幸せな時期がありました。

この時、こちらの側も欲しいものが漠然としていて、
希望を大きなカテゴリーで漠然と書いていれば、
そこそこあてはまるものをもらうことができます。

ですが、小学校2年生の時、私は、ものすごく具体的なイメージをもって
希望調査票に希望の品を書いたことがありました。

当時、Dr.スランプがものすごく流行っていました。
メガネ(視力が弱いので)+ロングヘアーだった私は
周囲から「アラレちゃんみたい~」と言われて喜んでいました。
そんな時期でした。

また、MADISON SQUARE GARDENのロゴが入った
マジソンバッグと呼ばれるスポーツバックが
流行していた時期でもありました。
その形や雰囲気がとても大人っぽくて(高校生っぽい)
素敵だなあと憧れていました。

その2つの大好きなものたちが頭のなかで融合され、
合皮素材でできた、
MADISON SQUARE GARDENのスポーツバックのデザインの、
ただし、「MADISON SQUARE GARDEN」の代わりに
「Dr.SLUMP ARALE-CHAN」とロゴの入ったスポーツバッグ、
というものがイメージとして作り上げられていきました

そして、それが欲しくて欲しくてたまらなかったのです
実際に売っているところを見たことはありませんが、
天下のサンタクロースにはどうってことないでしょう

そう信じて疑わず、その年の希望調査票には迷わず、
「アラレちゃんのスポーツバッグが欲しい」と書きました。
当然、自分の頭の中で描いたあのスポーツバッグが来ると信じて。


ところが。
クリスマスの朝、枕元にあったのは、ナイロン素材の、
デザインもまったく異なる、しかし、アラレちゃんのイラストだけは
しっかりプリントされているスポーツバッグでした
「これじゃない~~」と朝から大泣きして
母親を怒らせてしまったような記憶がありますが、
希望の品が届けられなかったショックがあまりに大きくて
その後のことは良く覚えていません。

* * * * *

「欲しかったのはそれなんでしょ
「違う~~
「でもそう書いてあったじゃない
なんてやりとりをしたかしなかったか…
もう忘れてしまいましたが、
神様といえど、サンタクロースといえど、頭の中のイメージまでは
見通せないんだということを知った出来事でした。

ましてや人とのコミュニケーションとなるとなおさらです。
何か具体的なイメージがある時、そしてそれを実現したい時には、
しっかりと言語化することが大事です。
イメージというのは言語ではないので、
それを言語にしていくのは大変ですが
(だから時にはイラストや音楽なども表現手段として使われますね)
本当にそのイメージを相手に伝えたいときには
努力する価値のあることでしょう。
逆に言うと、ちゃんと伝えていないならば、
相手がそのイメージ通りのものとは違うものを出してきても
本来、文句を言えないものなのです。

あのとき、イラストを添えたり、
今ここで書いたような説明を加えたりすることができたら
私はイメージ通りの品を手に入れられたのかもしれない…

子どもの皆さん、プレゼントの内容記述は具体的に。

※次回は12月27日です。お楽しみに(^O^)/~~

年末の兆し

2009-11-13 15:15:23 | 自己理解
今年も流行語大賞の候補が発表されたようですね。
http://life.oricon.co.jp/70639/full/

こういうニュースがあると、まだ11月も半ばだというのに、
ああ、今年もそんな時期かあ…と、年末の訪れを感じさせられます。

今年、「今年を表す漢字」はどうなるのでしょうか。
と思っていたら、昨年までと同様、募集をしているようです。

ところで、流行語大賞、流行しているはずなのに
自分の知らない言葉があったり、自分の中ではもっと流行している
と思っていた言葉があったりしませんか?

たとえば、私の流行語大賞候補は「未曾有(みぞうゆう)」でした。
でもノミネートされていませんでした。
私の周りではこの言葉で笑いをとる人が多かったんですけどね…。

草さんが泥酔で逮捕された後、泥酔時の状態について医者が説明していた
「ブラックアウト」という言葉も、新たな言葉として普及するのでは?と
予想してみました。新しい知識だったしキャッチーだったからです。
でも、誰も覚えていないでしょうね。

* * *

しかし、こういうことを考えるのは楽しいもんです。
上記のようなインパーソナルなことについては、
誰かに尋ねてみると、その人がどんな切り口で日常を切り取るかが見えてきて
なかなか楽しいです。

私たちは、すべての情報を平等に扱っているわけではなく
その人その人で多くの中からある特定の情報を選び取っています。
自分の興味のあるもの、期待しているもの、など、
その人の持っている構えによって、ものの見え方は違ってくるのです。
さらに、その得た情報を記憶の中で整理する段階では
これまた、その人なりの解釈や要約の作業が加わります。

なので、たとえ同じ情報に接しても、どう記憶されるかは
まったく異なってくるのですね。

誰かに、「今年の流行語大賞予想は?」と聞くと、
その人がどんな情報に接していたかということもさることながら、
「あ!そこに注目するんだ!」という驚きがあることが楽しいです。

* * *

さて、さらに、パーソナルな話題に目を転じてみると、
これは自分についても驚けるところが出てきます。

自分の「この一年」を表す言葉は何かな?
この一年の「自分」を表す漢字は何かな?
これは、この一年やこの一年の自分を振り返る絶好の切り口です。

そう思って、この一年やこの一年の私を振り返ってみると、
ああ、これもある、あれもある・・・と普段忘れてしまっている
色々な記憶が蘇ってきます。

ぼけーっと過ごしていた気がしていたけど
色々あったんだなあ、とか、そういうこともしてたなあ、とか
気づいてきます。

また、ものの見方というのは、どのような枠から眺めるかで
がらりと違ったように見えてくるので、さらに発展させて
複数の○○部門を設けてみると、また違ったものが出てきます。
さらにそれらを並べると、自分が特にどの部門で濃い時間を過ごしたかも
なんとなく味わえてきます。

そして、その中でどれか1つに決めないといけないとなると、
え~、どれも大事だなあ・・・などと、思い始めたりして、
それまでとは違った切り口で、それらの意味を考える事もできます。

そうしていると、いつの間にやら、
この一年も大事な時間を過ごしたことに気づいてきます。

* * *

年末の時期は、こういう営みを楽しみながら
新しい年はどうなるのかなと、妄想できる楽しい時期です。
(・・・私だけでしょうか?)
もし興味をもたれたら、皆さんも是非、楽しんでみてください