九州大学ワンダーフォーゲル部

2016年冬に作りました。九州大学ワンダーフォーゲル部公式のブログです。部活動の内容を紹介していきます。

2019 春 屋久島合宿

2019-06-10 18:08:29 | 春合宿

メンバー A隊 坂口(PL)、増田、柏原、折田

     B隊 鈴木、中島、小山田、瀬田 (敬称略)

3月27日

 赤坂での買い出し後、バスで鹿児島まで移動し、鹿児島本港からフェリーはいびすかすに乗船。フェリーはいびすかすは貨物船とだけあって、なかなかの風貌。折田くんのお母さまが鹿児島本港まで届けてくださった酔い止めは最強だった。

 

3月28日

 船を降りると、雨が迎えてくれた。紀元杉でバスを降り、歩いていくと鹿に出会った。淀川入り口からいよいよ登山道に入る。淀川小屋で宿泊。川に入る強者も。夕食のボルシチは食当瀬田のこだわりメニュー。美味しく頂きました。

 

3月29日

 朝から焼うどんを作った。自分の鍋を焦がされたことに怒る折田。九大のOGである加治木高校の先生に行ってらっしゃいと見送ってもらい、まだ暗いうちに淀川小屋を出発。雨の中を歩き続け、九州最高峰、宮之浦岳を踏んだ。宮之浦岳は寒かった。写真を撮ると早々また歩きだす。この日は高塚小屋に宿泊。3階の5人用スペースに8人で詰めると、ネズミの出そうな端に誰が寝るか議論になった。この日の夕食はビーフシチュー。ご飯を炊いた増田と中島によると、少しやわらかすぎてもても卵かけご飯に合うのだそうな。

3月30日

 縄文杉やウィルソン株など屋久島の名所をこころに刻み、白谷雲水峡から下山。去年の合宿でこだまのマスコットをお借りしたというエコガイドのおじさんに偶然再会を果たし、たくさんのこだまの記念撮影をした。港ではこの日、離島式が行われており、感慨にふけりながら屋久島を後にした。

 

 

屋久島の天気(雨 笑)と空気を存分に感じ、大富豪を通じてさらに親交を深めた春合宿(別名 大富豪合宿とも言える)でした。

終わり

(ブログが大変遅くなり申し訳ありませんでした。)


屋久島合宿

2018-05-01 13:44:07 | 春合宿

屋久島合宿

メンバー 隈部(PL) 木村 坂部 坂口 竹中 田村 鶴田 西尾 山根 檀 (敬称略)

 

3/29

今回の秋合宿もとい屋久島合宿は19時に今宿のルミエールの買い出しから始まった。やはり買い出しは早々に終わり夜行バスの出発時間である23時40分までの出発時間まで手持ち無沙汰になった。そこで恒例となった竹中のトランプによる大富豪が始まった。そして肌寒くなるにつれて天神のバスターミナルへの移動が始まった。そしてバスを待つこと何分かしたころになんとサプライズで片山先輩が差し入れのピノも抱えて見送りにきてくれた。とても美味しかったことを鮮明に覚えている。

 

3/30

この日は朝早くからフェリーに乗った。同じ便に鶴丸高校の山岳部の生徒さんたちも乗っていたので一人くらいは未来の後輩になるのではないかと考えたことを覚えている。そしてフェリーでの移動後タクシーに乗り、登山口まで向かった。道中屋久猿が何匹もいてとてもかわいかった。そしてバスの運転手はとてもしゃべりたがりである人でマシンガントークが途切れることなく続いていた。そして山小屋につくとハヤシライスを作り食した。隣の鶴丸高校の生徒さんたちは皿うどんを食べていた。そして終身まで少し時間がある中人狼ゲームが行われた。毎度のごとく初夜から山根や田村が殺されてゲームにあまり参加できずにいて不憫だった。そして就寝直前にこの小屋ではネズミが出ると聞いた時の恐怖は今でも忘れられない。心なしか深夜に目が覚めるとかたかたかたと何か動物が走り回るような音がしたことは気のせいであると信じたい。

 

3/31

この日は朝の4時に起きて棒ラーメンを食べた。味どうこうよりも暖かくて身に染みた。そして淀川小屋、投石平、宮之浦岳、焼野三叉路、第二展望台、新高塚小屋の順で回った。この道を通る際にたくさんの大きな杉がありこれが縄文杉なのではないかと幾度となく思った。しかし本物の縄文杉を見ると他よりも一回りも二回りも大きくて圧倒された。そして恒例となった小屋でのトランプ大会の最中に野生のシカが表れた。驚いたがとてもかわいかった。そしてこの夜はポトフを食べた。だがコメが焦げてしまったり余ったりといったハプニングもあった。そしてなぜだか隈部さんがマヨネーズとご飯によるどんぶり飯をつらそうに食べていた。

 

4/1

                 朝起きるとなぜだろうかマヨネーズに穴が開いていた。考えた結果野生のネズミに食い荒らされたようだ。そしてワンダーフォーゲル部のライフラインであるマヨネーズは使えなくなった。そう言ったトラブルはあったが道中は特にハプニングもなく新高塚小屋、高塚小屋、縄文杉、大王杉、ウィルソン株、大株歩入口、楠川分かれ、辻峠、白谷山荘、白谷雲水峡の行程を渡った。そしてフェリーで鹿児島まで戻り夜行バスで福岡まで帰った。

 

4/2

麻のバスが福岡に到着した。今年は全く雨が降ることなく全行程を全うできたのでとても有意義で貴重な経験ができたと感じた。


2017春合宿 山陰横断チャリ 3/26~3/31 (後編)

2017-04-10 15:27:50 | 春合宿

(後編)


 

3/28 三日目 道の駅キララ多岐⇒コミックバスター鳥取店 185km

暖房つきの道の駅で、非常に快適なビバークだった。起きてすぐに出発する。雨は降ってはいないが非常に寒い。夜の間に本降りの雨だったようで、路面が著しく濡れていた。

すぐに出雲大社についた。朝早くだったが人は多い。地元の人はみんな挨拶してくれる。すぐ近くにあった蕎麦屋さんで食べたそばはおいしかった。のんびりしすぎて八時半になる。出雲を出ると雨が降り出した。とても寒い。途中、宍道湖が見えてきたくらいで手がいたいなと思っていると雨具がぱちぱちと音を立て始めた。雹だ。道の途中にあった電光掲示板が4℃を示している。山陰の寒さをなめていたようだ。しかしなぜか自分は調子がよく、鼻歌が出るくらいだった。宍道湖をすぐ横眼に見ながら進む。雨もやんできていい景色だった。だが写真がない。チャリ合宿ではありがちなことである。松江を通り過ぎ、安来市で中川のタイヤがパンクした。近くのコンビニで慣れた手つきでタイヤを修理する中川を見物する。米子の吉野家で腹ごしらえをし、自転車屋に寄っていくつか買い物をした後、再び漕ぎだす。雲に隠れた大山を拝みつつ、だんだんと道が田舎になっていく。

米子からある程度行くと、山陰道が無料区間に入るため交通量が少なくなる。しかも追い風になりだしたため、今まで雨行動で抑えめだった隊のペースが爆発した。まるで北海道の道のような爽快な道だった。あっという間に湯梨浜までついた。

ハアイ温泉につかり、いつものように近くの道の駅で野宿しようとする。暗くなった。事前にバイパス沿いにしか道の駅がないと知っていたものの、自転車で行くには無理のあるところで寝るには心許なかった。これはもう鳥取まで行ってしまったほうが良いのでは、という話になりあと40km漕ぐことに。夜行動だが交通量が少ないので助かる。日本縦断の鹿児島以来、夜行動が楽しくなっていたので距離が伸びても気分はよかった。鳥取市まで残り5kmのところで目にゴミが入る。右目だけ号泣しつつ、今日の行動を終えた。中川曰く、砂の国の洗礼を浴びたとのこと。



四日目 コミックバスター鳥取店⇒(福部駅....輪行....城崎温泉駅)⇒天橋立ユースホステル 85km

目が痛いため、眼科に行こうとする。ほかの人と別れるが途中でめんどくさくなり、砂丘へと急いだ。

砂丘に行くと中川が丘を登っている。写真だとわかりにくいが、傾斜はかなりある。周りにいた中学生が引いていた。集合写真を撮って、ここで石橋と重田とはお別れとなった。

近くの砂丘館で梨のソフトクリームを食べる。前日に砂丘に行っていたワンゲルの女帝こと神崎姐さん曰く、あまりおいしくないとのことだったが普通においしい。ここから最寄りの福部駅から城崎温泉まで輪行した。理由は単純明快この区間の道は自転車にとって鬼門中の鬼門だからである。五年前の清水先輩の記録では、

砂丘には17時すぎについた。予想よりは大きかったからそこまでガッカリはしなかった。そこから海沿いを走るが、食事をとれそうな所が見当たらない。 コンビニも無い。仕方なく夕食は食べずに走る。20:30くらいに久谷駅についた。ここで野宿する予定だったが、寝れそうな所が無かった。 やりたくなかったが夜間行軍をすることにした。もちろん真っ暗。そして急傾斜な坂ばかり。峠を下ったらすぐにまた峠。 当然のようにコンビニは無い。旅行中最もきつい箇所であったと断言できる。


とある。残された三人にこの区間を行くクレイジーさはなかった。

城崎温泉に着く。平日なのに人がとても多い。こんな観光地だと自転車集団は浮くものである。人が関西弁をしゃべりだした。温泉につかって、最後の目的地である天橋立に向かった。うんざりするほど一緒に走ってきたので、この三人だけだと大して書くことがない。あっさり70km走った。

もう暗い。天橋立は橋になっているところに車は入れないが、自転車は入れる。橋の上で寝ようという意見もあったが、寒いのが嫌なので、ユースホステルに泊まってみることに。今までチャリ旅というと宿泊に金を使うといえば、ネカフェだったがユースホステルも安くベッドもふかふかだった。野宿をやめれば、もっと部内のチャリ人口も増えるだろうか。


五日目 天橋立ユースホステル⇒快活CLUB玉の津インター店 145km


後はもう帰るだけ。この日は本当に何もなかった。決してもう文章を書くのが面倒くさくなったわけではない。一応150km近く走っているし、ちゃんと活動しているはずなのだがいまいちこの日のことが思い出せないのだ。三人とも無の境地に入ってしまった。中川が撮った明石海峡大橋で許してほしい。


六日目 快活CLUB玉の津インター店⇒西明石駅 5km


新幹線で帰っただけ。


レポートは以上です。読んでいただきありがとうございました!



2017春合宿 屋久島 3/18~3/22

2017-04-10 15:14:55 | 春合宿

隊:かたやま なかがわ ほんだ くぼた ながとも にしお かじはら ひぐち こだま こが 

記録:ながとも


3/18
午後5時半に箱崎のルミエールにファッションコレクションに参加した本田先輩を除いたメンバーで集合し買い出しを行なった。予想を上回る効率の良さで時間が余るほどだった。その後やよい軒で夕食をとり天神バスターミナルへ移動した。先発隊は20:40後発隊は23:40のバスに乗って移動した。


3/19
8:00発のフェリーに乗って屋久島へ移動。

このフェリーの到着が遅れたことによりバスを逃しタクシーで淀川小屋側の登山口まで移動。(この経験により9人以下ならばタクシーを利用したほうが安く済むことが判明)14:40から登り始め16:00ごろに淀川小屋に到着。夕飯を済ませ18:10に就寝。
3/20
4:00に起床し朝食を済ませたのち5:00に先発隊が出発。その5分後ほどに後発隊が出発。朝食がラーメンだと早く準備ができるので良かった。先発隊は相当とばしたようで12:30に高塚小屋に到着。後発隊はその2時間半後に到着。後発隊のメンバーに雨具の劣化により雨が身体に直であたり身体が冷えきり体調を崩した者がいた。そのため休憩を多めにとりゆっくりと行動した。雨具の大切さを痛感した1日だった。夏に南アルプスに登った時いたるところに[靴と雨具は良いものを]と書いた張り紙があったがその通りだと思った。

小屋に着いてからは後発隊のメンバーのみ縄文杉を見にいき先発隊は小屋で過ごした。その後夕飯をとり18:00に就寝。
3/21
3:00に起床し朝食を済ませたのち5:00に先発隊が出発。その20分後ほどに後発隊が出発。

先発隊は9:30,後発隊は10:10に到着した。到着後12:00までバスがなく登山口にいた職員の方の好意でストーブのある小屋で待機させてもらった。バスに乗り港に着き、よしフェリーに乗るゾッ!っとなった時バスの運転手にフェリーが高波のせいで欠航になっていることを告げられた。九州本土にはもう帰られないかと思われたが4時間待って高速船を利用して帰ることができた。本当に良かった。本土に帰った私たちはとりあえず何よりも先に温泉に向かった。霧島温泉は港から徒歩圏内の上にサウナも付いていて最高だった。そこでさっぱりした後に夕食をとるために名前は忘れたがシロクマの有名な店に入った。

本田先輩がスペシャルという巨大なシロクマをすごい勢いで完食した後寒い寒いと凍えていたのがとても可愛かったまた、シロクマというとてつもなく甘いものを食べた直後にひっそりと板チョコを食べていた中川先輩の姿がとても面白かった。甘いものでお腹を満たしたあと徒歩でバスターミナルに移動し23:30のバスで福岡に向かった。
3/22
朝の6時に天神バスターミナルに到着。少しだけ反省会をしてすぐに解散した。全日程天候に恵まれず修行のような登山だったがこのメンバーで行動できてとても楽しかった。晴れた日にまたリベンジして山頂を素通りせず楽しむような登山をしたいと思う。


2017春合宿 山陰横断チャリ 3/26~3/31 (前編)

2017-04-08 23:17:49 | 春合宿

春合宿 山陰横断チャリ 3/26~3/31 (前編)

隊:りゅう かたやま なかがわ しげた いしばし

記録: りゅう


どうもこんにちは!

チャリ合宿のご報告です。

この合宿、四国一周、北海道一周、日本縦断、台湾一周、など様々なチャリ旅を経験してきた猛者たちが集まりました。おそらく全員の走行距離を合わせれば、二万キロを優に超えるでしょう。なんだかスレた感じの記録になっています

目次


(前編)

一日目 下関駅⇒道の駅阿武町 125km

 

二日目 道の駅阿武町⇒(奈古駅....輪行....大田市駅)⇒道の駅キララ多岐 18km

 

(後編)

三日目 道の駅キララ多岐⇒コミックバスター鳥取店 185km

 

四日目 コミックバスター鳥取店⇒(福部駅....輪行....城崎温泉駅)⇒天橋立ユースホステル 85km

 

五日目 天橋立ユースホステル⇒快活CLUB玉の津インター店 145km

 

六日目 快活CLUB玉の津インター店⇒西明石駅 5km

 


 

3/26 一日目 下関駅⇒道の駅阿武町 125km

朝八時下関駅集合。自分はやや寝坊して到着。

中川が嬉しそうな顔して遅刻王といじってくる。去年の四国のように戸惑うことなく準備して9:30頃駅を出た。最初なので慎重気味漕ぎだすがみんな元気そう。今日は日曜なのでR191は角島に観光に来ている車で賑わっている。天気も雨の予報なわりにやたらよく海もきれいだった。角島見えそうになる辺りでシゲの自転車にトラブルが発生する。ブレーキのところに問題があるらしく終始ブレーキがかかったような感じになっていた。道の駅豊北に着く。レンチで修理するとあっさり直った。角島を通過してからは交通量も減り、普通の田舎道になる。萩に着く前に峠があるので、県道で迂回しようとたくらむが、これがまずかった。急こう配急カーブの連続。個人的にはこの合宿で一番きつい箇所だった。道を選んでいるのは自分なので、みんなに申し訳ない気持ちになる。萩に到着。観光地がいくつかあるがあっさりスルー。

道の駅阿武町に着く。ここは日本で一番最初にできた道の駅らしい。名前が敬愛する前々主将のものなので、アンノと読むのかと思っていたが、アブだったのには驚いた。最初にできただけあって施設が素晴らしい。とくに併設された温泉は全国の道の駅を巡ってきたメンバーたちをうならせたようだ。

 


3/27 二日目 道の駅阿武町⇒(奈古駅....輪行....大田市駅)⇒道の駅キララ多岐 18km

朝起きるととても寒い。予報通り天気が悪く、雨が降りしきっていた。寒すぎて時折雹になっている。

というわけで奈古駅から輪行することにした。やはり一周だの縦断だのそれ自体が目的な旅と違い、気が楽でよい。益田駅で石橋を拾い、大田市駅まで行く。ここは石見銀山の最寄り駅である。

一通り石見銀山周辺を歩き、駅に戻ってくる。もうかなり暗い。ここから出雲市に向けて出発。雨も降っているし地味にアップダウンもあるので大変だった。ただ今回の合宿に際して雨対策だけは万全にしてきたので、それが功を奏してそれほど体力は奪われなかった。まあ電車使ったし当たり前か。出雲の手前12kmの道の駅に止まると、そこがなんと24時間空いていることに気づく。中で寝られるところはめったにない。どうせだしここで寝るか、となりあっさり就寝。

 

 

(後編に続く)


2017春合宿 高千穂峰、韓国岳 3/13~16

2017-03-28 16:36:27 | 春合宿

隊長:かんざき いのうえ りゅう しげた なかむら くぼ さかうえ 

記録:さかうえ

 

3月13日

 20時に箱崎ルミエールに集合。天気は曇天。買い出しを行い、ラーメンをひっかけ、22時過ぎに天神バスターミナルに到着。片山先輩、下野先輩、村岡先輩が見送りに来てくださった。みかんを受け取り、その場で食す。23時40分に桜島号に乗り、出発。0時50分頃に消灯。初めての夜行バスだったので、二回ほど目が覚めた。先輩方もなかなか寝付けなかったそうで、5,6回目を覚ましたそうだ。

3月14日

 6時00分鹿児島中央駅に到着。眠たそうな人もいるが、おおむね気分良好。ただし空は曇り模様。

6時27分発の電車で国分駅へ。7時09分途中で乗ってきたたくさんの高校生とともに下車。7時25分にバスで霧島いわさきホテルへ。8時38分にいわさきホテル発高千穂河原のバスで登山口へ。9時20分に到着。天気は快晴に。雲量は1。そばにあった無料休憩所にメインザックを置き、サブで高千穂峰へ。自分と劉先輩が昼食用の食パンとジャム、バナナを詰め込んで登った。

神社のわきから入るルートで、説明板には「急な傾斜が続く」とあったが、それほど急だとは思わなかった。馬の背を臨む場所にあるちょっとした休憩場所で休憩をとる。なかなかの傾斜が目に入り、気合を入れなおす。休憩が終わり、火山らしい軽石が積もってできた道に入ると、非常に登りにくくなった。安定した足場が中々確保できない中、それぞれが登りやすそうなルートを見つけて馬の背へ。お鉢が一望できる位置まで登り切った時はとてもすがすがしかった。そこからはお鉢の周りを回る形で高千穂峰への降りへ。傾斜はほとんどなく、ほぼ砂利道。いったん降った先には小さな祠があり、「これお賽銭取れるんじゃね?」と中村先輩がいうほどに小銭が詰め込まれたお賽銭箱が置いてあった。そこからは山頂までほぼ直登だが、なかなかの傾斜で430mの道のりがとても長く感じた。11時25分登頂。山頂には2組ほどのグループがおり、食事をとっていた。我々も各々満足するまで写真を撮ると昼食に移る。食事はぺしゃんこになった食パンを男3枚女2枚ずつ、ジャム4種類、バナナである。バナナはかなりやわらかーくなっていた。

天気は快晴のまま風も少なく、絶好の登山日和といっても過言ではなかった。13時30分のバスに間に合わせるべく、12時に下山開始。30分ほどかけて登った直登ルートを10分で滑り降り、行きに祈願した祠で合宿の無事を祈願。お鉢周りは特に問題なかったが、その先の馬の背はすべる上に歯止めが利かず、非常に下りにくかった。しかし、久保先輩と中村先輩が端の方に砂利道を見つけてからは、そこを一気に駆け降りることができた。馬の背を臨む第一休憩所で休憩。そのあとは行きとは違う自然研究路ルートで高千穂河原へ。13時06分に登山口に到着し、13時30分発のバスで丸尾へ。丸尾から2㎞歩き、キャンプ場に到着。その途中でコンビニがあったので、隊の多くはアイスを買ったりジュースを買ったりしてしごくまったりとしていた。キャンプ場に着いたのが15時頃。キャンプ場はかなり広いが、我々のほかにだれもおらず、ど真ん中に生えていた木の近くにテントを設営することにした。しかし、自分と中村先輩の不手際で4テンのポールを持ってくるのを忘れていたことが発覚。6テンのみを設営し、数人外で寝ようという話になった。16時30分頃まで各自自由行動をすることになり、自分含め数人は貸しボールにてサッカーもどきをすることにした。16時30分頃から中村先輩の監修の下、ラーメンを作る。先輩謹製の干し肉で出汁をとり、パスタ麺に重曹を加えて中華麺を作る。出汁には海鮮の味の素などを入れて味を調え、キャベツ、もやし、ハムを加えてスープとする。各自それに麺をつけて食べるつけ麺風ラーメンになった。

とてもおいしく仕上がっており、中村先輩の食事にそそぐ情熱を垣間見た気がした。余ったスープに、重田先輩が持ってきた追いワンで余った餃子を入れて食べた。食事が終わり、後片付けをしているときにテン場の事務所のおばちゃんが、無料でSnowPeakの家庭用テントを貸してくれた。

少々手間取ったものの組み立てに成功し、寝るのは主にそちらを使うことにして6テンに荷物を詰め込んだ。しかし、自分と劉先輩は外で寝てみることに。自分は興味本位だったが、劉先輩はきたる自転車合宿に備えてとのことだった。夜は22時30分頃までテントの中でトランプ、ウノを楽しみ、5時30分に起きるべく早めに寝ることになった。

3月15日

 外で寝袋にくるまってから、最初のうちは風もなく、晴れ間が広がりそこまで寒くなかったが、夜半を過ぎたあたりから冷え込みはじめ、3時30分を過ぎたころには寝ていられなくなった。快適な睡眠を求めるよりも半ば意地になって寝袋の奥に奥にと潜っていったが、4時30分には先輩ともども耐え切れなくなりテントの中にもぐりこんだ。テントのありがたみを痛感した。5時30分に起床、テントを畳み、朝食のパスタを食べる。自分は完全に風邪を引いたようで、鼻水がすんごいことになってしまったが、持ってきていたキッチンペーパー1ロールのおかげで事なきを得た。(帰宅時には38度超えてた)7時00分に出発し、丸尾①のバス停へ。朝食のうちに話し合ったいたようで、行程を変更し、大浪池登山口から登り、えびの高原へ降りるルートをとることになった。大浪池登山口から大浪池までは石段がほとんどであり、登り40分とあったが、20分で大浪池に到着、5分休憩をとる。昨晩の寒さのためか霜が降りているところや、水たまりが凍っているところなどがあった。

大浪池の向こうに見える韓国岳にメンバーの士気は高まった。その後大浪池をぐるりと回る形で韓国岳への直登ルートに向かう。40分ほどかかったが霜の降りた道を行くシャクシャクという音が耳に心地よく、また、葉が落ちて見通しがよくなった木々の向こうに見える山々はなかなか良かった。分岐が多くあり、わかりにくかったが、韓国岳へのルートにたどり着いたところで休憩。そのあとはひたすら階段階段階段である。

アップダウンではなくアップアップの道にやや心が折れそうになるものの、SLの劉先輩にくっついて登った。山頂に近づくにつれ丈の低い木が増え、着氷も見られるようになった。風を遮るものがなく時折強風が吹いたりしたが、11時20分頃に無事登頂。

天気は昨日同様快晴。風がやや強く、時折着氷した雪が舞いあげられたりしていた。遥か向こうに桜島を臨むことができたが、名前の由来となった韓国は見えなかった。13時のバスに乗ろうという話になり、食事もとらずに下山開始。途中吹き上げる風にやや辟易としつつも12時40分ごろにはえびの高原のバス停に到着することができた。そこでまた予定を変更し、15時50分に出発するバスに乗ることにして、近くにあったえびの高原荘の温泉に入って昼食をとることにした。えびの高原荘の温泉は殆ど貸し切り状態で、露天ぶろやサウナもあり、ゆっくりと1時間ほどつかることができた。昼食はえびの高原のバス停のそばにあるうどん屋で取ることになった。そこは土産屋も一緒になっており、食事と土産選びで時間を潰してバスに乗った。バスで霧島いわさきホテルに着いたのが16時15分頃であり、国分駅行のバスが来るのが16時55分だったため、やや時間つぶしをすることになったが、あいにくと時間を潰せるような場所もなく、寒風吹きすさぶ中40分ほど待つことになった。16時55分にバスが来て、国分駅に着いたのが18時ごろ。鹿児島中央駅に着くころには辺りは暗くなっていた。鹿児島中央駅に着いた時点で夕飯をとることに。駅構内の飯屋ではなく、外に出ることに。何軒か回って座れそうな店を見つけそこに入ることに。「サフラン」という名前のカレー屋で奥様と旦那様の二人で営んでいる様子。「ジャンボ黒豚カツカレー」と「スペシャル黒豚カツカレー(?)」を大体半々で頼んで食べた。

もう25年ほどカレー屋を営んでいるらしく、期待大。なお、旦那様の方は九産大の出身らしく、話が弾んでいた。また、備え付けのテレビでWBCの日本vsイスラエル戦を放送しており、自分と劉先輩はもっぱらそちらを気にしていた。出てきたカレーは大変おいしく、ボリューム的にも満足のいく品だった。食後にアイスもついてきて、また機会があれば来たいと思った。そのあとは、鹿児島中央駅の屋上にある観覧車に乗ることになった。2グループに分かれてどちらもシースルーゴンドラに乗ることになり、自分は重田先輩と劉先輩と一緒に先に乗ることになった。ゴンドラには中から見える街並みについての絵と説明がついており、それによると天気が良ければ桜島まで見えるらしい。

中村先輩は高所恐怖症とのことで、降りてきたときに神崎先輩がとても楽しそうだったのが印象的だった。その時点で時刻は21時前になっており、「サフラン」の近くにあるカラオケ屋で2時間ほど潰すことにした。てっきり2時間歌い倒すのだと思ったら、おもむろにウノを取り出し、2時間のウノ大会が始まった。最初に勝った人が歌うという、罰ゲームなのか勝利者特権なのかよくわからなかったが、「これが『ワンゲル流正しいカラオケの利用の仕方』だよ。」と言われて、なんとなく納得してしまった。ちなみに歌ったのはもっぱら中村先輩、劉先輩、自分だった。23時を過ぎたあたりでカラオケ屋を辞し、バスターミナルへ向かう。23時20分頃バスターミナル着。23時35分にバスに乗る。行きのバスとは違い、乗客もそれなりに多かったが、風邪と、合宿の疲れのためか即爆睡。起きることはなかった。

3月16日

 6時00分頃天神バスターミナルに到着。直前まで寝ており、ややばたばたとしたが、全員特に忘れ物もなく無事帰還。天神バスターミナルで解散。お疲れ様でした!