九州大学ワンダーフォーゲル部

2016年冬に作りました。九州大学ワンダーフォーゲル部公式のブログです。部活動の内容を紹介していきます。

九州一周自転車旅 2021.03.22~04.04

2021-05-16 14:51:16 | 個人活動(チャリ)

参加者:齊藤(嵩)、齊藤(大)

文責:齊藤(大)

 

はじめに

2021年3月22日から4月4日まで、ロードバイクで九州一周の旅をしました。今後ワンゲラーの中で僕たちと同じように自転車旅をする人が出てきた時に、少しでも参考にしてもらえたらと思いこのブログを書きます。とんでもなく長いです。

前半は装備の紹介なので、自転車で旅する予定がない人は、旅の記録から読んでください。

 

旅の概観
 
 

期間:2021年3月22日〜4月4日(14日間)

総距離:1643.43キロ

総ライド時間:71時間25分

費用(旅行中):61,957円

 しっかりと海岸線を走って納得の「九州一周」ができました。一日の走行距離もほとんど100キロ前後だったので、身体が筋肉痛で動かないとか、きつすぎてもうやめたいと思うこともほとんどなく、健康的な旅でした。むしろ日数を重ねるごとに脚力がついて、どんどん漕ぐスピードが上がっていったぐらいです。天気にも恵まれ、走行中に雨に降られたのは最終日の一日だけだったのは、今回の旅がスムーズに進んだ大きな要因であることは間違いない。全体的に見て、今回の九州一周自転車旅はとても充実した納得の旅となりました。

 
装備
 <自転車>
 ・ロードバイク・リアキャリア×2・フレームバッグ・サドルバッグ・ヘルメット・ボトル(700ml)・トゥークリップ・サドルカバー・鍵

相方が紹介してくれたトゥークリップが想像以上に優秀でした。登りの時だけではなく下りの時も、足の力がしっかりペダルに伝わっている感じがしてグングン進むことができた。

 

<キャンプ道具>
 ・寝袋・テント(2人で分担)・銀マット・サンダル・アウトドアバーナー、ガスヘッド・食器(箸、コッヘル、マグカップ)・ヘッドライト

普段から山で使っている道具で十分です。テントは二テンを2人で使いました。結構キツキツではありましたが、工夫すれば足を伸ばして寝られるし、何より四テンとかだと荷物が多くなってしまうので、二テンに2人はちょうどよかったんじゃないかと思います。

 

<衣類>
○行動中
・ワンゲルT・アームカバー・サイクルジャージ下(お尻にパッドの入ったもの)・バギーズショーツ・靴下・ランニングシューズ・サイクルグローブ・サングラス・レインウエア

上半身は半袖Tシャツにアームカバー、下半身はサイクルジャージにバギーズショーツという格好で毎日走りました。毎日百数キロをサドルの上で過ごすことになるので、お尻にパッドの入ったサイクルジャージはあったほうがいいと思います。ただ、サイクルジャージだけだとガチ感がでて嫌だなと思ったので、自分はその上に短パンを合わせました。風よけのジャケットはレインウェアで兼用。これももちろん普段から山で使っているもの。

○予備、街着
・山Tシャツ・ハイキングパンツ・靴下・下着×2・薄手のダウン・キャップ

ホテルに泊まった時に着る用の衣服と、下着や靴下の替え。衣類が一番嵩張るので、どこまで妥協できるのかは大事かもしれないです。もちろんお洒落はできない。自分は長期縦走の後の下界に戻ってきた時用に持っていく服と同じ感覚で選びました。キャップはずっとヘルメットをかぶっていて髪がぺちゃんこになるので、ヘルメットをとって街中を歩く時にかぶるように持って行きました。

 

<衛生用品>
・歯ブラシ・予備コンタクト×3・コンタクトケア用品・眼鏡・薄手のバスタオル・タオル×2・汗拭きシート・日焼け止め・ティッシュ・マスク

日焼け止めは一日目の夜にドラッグストアで買いました。日焼け止めを毎日塗ってもかなり日焼けしたので、なかったら皮が剥けたりして悲惨なことになっていた気がする。

 

<自転車整備用品>
・替えチューブ・ミニ空気入れ・タイヤレバー・マルチツール・リペアパッチ・チェーンオイル・針金・ミニペンチ

パンクを修理できる道具は必須です。街の中でパンクするならいいけど、山の中でパンクして修理道具がなかったら絶望です。チェーンオイルはあったほうが快適。何日も漕いでると、だんだんチェーンがうるさくなるので定期的に油をささないと結構ストレス。針金、ミニペンチは途中のホームセンターで購入。何かしらネジが外れたりすることがよくあったので、その度針金で補強していました。

 

<電子機器>
・GoPro9・GoPro予備バッテリー×3・モバイルバッテリー(10000mAh)×2・その他充電ケーブル・イヤホン

一生に一度のことだし、せっかくなら動画に残そうと思ってGoProを購入しました。純正のハンドルマウントに走っている時は常にハンドルの上につけていて、景色な綺麗なところで電源を入れて動画をとるというスタイルでやりました。片手を離してカメラを操作すると危ないかなと思ったので、音声ガイドをオンにして基本的には声で操作していました。GoProで一つ失敗したのはGPSをオンにしていなかったので、あとでまとめる時にどこで撮った動画なのかを調べるのが大変でした。

 

<ウエストポーチ>
・財布・スマホ・行動食

一番よく使うものはウエストポーチに入れてすぐに取り出せるようにしていました。ずっとつけていて腰が痛くなったりすることもなかったし、買い物の時などにいちいち荷物の中から財布などを探す手間が省けるので結構おすすめです。

 

アドバイス

・自分たちが行った、3月後半から4月の頭にかけては天候もある程度安定していて、気温も寒くもなく暑すぎもせずにちょうどいいので、このような長旅をするにはいい季節なのではないかと思います。

・朝早くに出発して午前中のうちにその日の行程のある程度を進んでおくのがおすすめです。特に海岸沿いを走る時は、気温が上がるにつれて風が強くなるので、風が少ない朝のうちに通過するのがいいです。どんなに天気が良くても風が強いと全然進まない。

・計画はいく前にあまりガチガチに決めすぎない方が良いと思います。絶対に予定通りには行かないから。自分たちは、いく前に大まかなルートと距離絶対に行きたい場所だけ決めて、あとはその日にテントについた後に次の日の詳細な予定を決めるというスタイルでやりました。その日の体調や進み具合によって柔軟に予定を変えていったので、結果的には予定より一日早く帰ってくることができました。

・人数は2人が最適な気がします。1人だと寂しいし、3人、4人だともう一つ大きなテントやホテルの部屋が必要。自転車で走っている時も隊列が長くなると車からは迷惑かも。また、これだけ長い時間ずっと一緒にいるので、人数が多ければ多いほど余計に気を使うことが増える。何よりも次の予定を立てる時に意見をまとめるのが大変な気がします。

 

九州一周の記録

一日目 3月22日 糸島〜北九州

10時に相方の家に集合して、最終打ち合わせ。その後、やまにくの焼肉ランチでパワーをつける。いよいよ始まるのかという気持ちもあるが、これから始まる日々が想像もできないので、実感が湧かずになんだかフワフワした気持ち。

13時40分、出発。出発らしい写真を撮りたいよねということで、まずは桜が見頃の大濠公園を目指す。

14時35分、大濠公園着。予想通り桜が満開で、歩道のはしに自転車を並べて出発の記念撮影。たくさんの花見客から、荷物をくくりつけたロードバイクを物珍しそうにみられる。これから毎日「この人たち何してるんだろう」という視線を浴びることになるのだろう。

写真を撮り終えて再出発。天神の街を駆け抜ける。車と信号が多いのでなかなかスピードが上がらないが、これから走る道のなかで一番の都会を走っているはずだからと言い聞かせてあせらずに進む。

途中、九大の本物の正門を通過したり、バイパスを自転車で走っていいのか悩んだりしながら、18時30分ごろ北九州に到着。キャンプ場に向かう前に、商店街で夕食を済ませる。有名な鉄なべに行こうとするも、すでにお客さんでいっぱいで、待ちきれずに斜め向かいのお好み焼き屋さんに入ることにする。

ミックスお好み焼きを平らげた後、ワンダーフォーゲル部(通称ワンゲル)の部会があったのでドラッグストアの駐車場で参加。そのまま明日の朝食と行動食を購入してキャンプ場に向かう。

21時ごろキャンプ場に到着。すでにお洒落キャンパーが3組ほどテントを張っていたので、入り口近くの木の下にテントを張る。隣に並ぶ立派なテントを横目にこの旅はじめての夜。彼らとは違って我々にとってのキャンプは、目的ではなくて単にその日に寝る場所を確保する行為だと二人で息巻いてはみたものの、焚き火の炎を隣で見ると、羨ましいという気持ちは拭えない。

ドラッグストアで買ったレモンサワーを飲み干して寝袋にくるまった。

 

二日目 3月23日 北九州〜国東半島

6時に起床。昨日は真っ暗になってからキャンプ場に着いたので気づかなかったが、テントを張った木は桜が満開だった。バーナーでお湯を沸かして、昨日買っておいたインスタント味噌汁とパンで朝食をすませる。

8時30分に出発。若戸大橋は自転車が通れないので、若松渡場から市営の渡し船に乗る。船は生活の足になっているようで、通勤の人で賑わっていた。乗船時間はわずか5分程。船を待っている間に橋をバックに写真を撮るなどする。

対岸に渡ったら、北九州の街中を抜けて福岡県脱出を目指す。と、ここで相方がはじめてのパンク。河口付近の気持ちの良い道で、GoProを片手に後ろを振り返って動画を撮っていたら、道のでっぱりに乗り上げてしまったようだ。

いつか必ずパンクするとは思っていたので、2日目にパンクをしても2人ともそんなに動揺はしなかった。何回かタイヤを修理をしたことのある相方は、手際良くチューブを替えていく。僕は手伝うこともできないので、のんきに動画なんかを撮ってみる。20分で何事もなかったかのように再出発。相方のパンク修理がスムーズすぎたので、あまりパンクの経験がない僕は、これでパンクしても安心だな、なんて思っていた。

12時頃、行橋を超えて、築城に向かう何もない田舎道で突如として空腹に襲われる。お昼を食べたいとは思うものの、お店はおろか家すらほとんどないような場所でハンガーノック直前まで腹が減った。耐えられずにやっと現れた唐揚げ屋さんに駆け込む。昼食を目前にしてレストランではなく唐揚げの専門店に入るくらいには空腹だった。揚げたての唐揚げがしみる。

航空自衛隊基地前のドライブインでお昼を食べた後は順調に進み、16時ごろ、今日のハイライトである真玉海岸に到着。日本夕陽百選にも選ばれている、美しい海岸だ。

陽が沈むのを待っている間、途中で外れたトゥークリップを針金で固定する。こういう長旅では、壊れたものを自分で修理するDIY精神は結構重要なのではないかと思う。日頃パンクの修理でもなんでも、お金を払ってお店の人にやってもらうが、旅の途中にお店も何もないところで壊れたら、自力で修理する他はない。これからは普段の生活でもなるべく自分の持ち物は自分でなんとかできるようにしよう、なんてことをペダルに針金を巻きながら思う。

真玉海岸の夕陽のきれいさは写真じゃ到底伝わらないので、是非観に行ってみてください。

 

三日目 3月24日 国東半島〜湯布院

3日目はちょっとしたハプニングから始まった。キャンプ場だと思って寝ていたところが、実は廃ホテルの芝生広場だったのである。

昨日は夕陽が沈んでからキャンプ場に向かったので、ついた時には真っ暗で場所がわからなかった。ちなみに本来泊まるはずだったキャンプ場は少し先の坂の下にあって、オーシャンビューで良い感じのところだった。海からの日の出を逃したと思うと少し惜しいが、この先も海の隣のキャンプ場にいくつか泊まる予定であるので一回くらいはご来光を拝めるだろう。

今日は帰省中のワンゲルの友人が別府まで応援に駆けつけてくれる予定である。友達がわざわざ会いに来てくれるというのはとても嬉しい。ペダルを踏む足にも自然と力が入る。

国東半島は、サイクリングロードがあったりしてとても走りやすかった。海がきれいに見える道で、適度にアップダウンもあって気持ちがいいルートなので、輪行をしてサイクリングするのもすごく良いだろうなと思う。

11時ごろには別府に入る。久々に”街”という感じである。友達との待ち合わせにはまだ時間があったので、アサヒでタイヤの空気とチェーンの油を差してもらう。なんとなくブレーキの利きが悪い気がしたので、念のためブレーキ調節もしてもらう。こちらは有料だが、これから先ブレーキが利かなくて事故るよりは良いだろう。

12時すぎに友達と合流。待ち合わせ場所からおすすめのお店までは少し距離があるということで、実家のデリカで駆けつけてくれた。この車がアウトドア仕様でめちゃカッコ良かった。車に乗ってしばし文明の力を感じる。

ここまで自転車で漕ぎ続けると、車というのはとんでもない発明だと思う。自転車では下り坂で全力で漕いでやっと達するようなスピードに、アクセルをひとふみするだけで到達することができる。なにより、移動をするのに身体的な疲労がほとんどない。

お昼ご飯は、友達おすすめの別府冷麺。本州出身の僕としては、冷麺といえば盛岡冷麺と思っていたので(本場の盛岡冷麺は食べたことないが...)別府の冷麺が有名だというのは知らなかった。さっぱりしていてとても美味しい。

友達とも会ってなんだかのんびりした気分であるが、3日目はここからが本番であった。今日のうちに湯布院まで行って、明日はやまなみハイウェイにいく予定である。

別府市街から湯布院を目指す。途中、立ち寄ったコンビニで臼杵市の市議会議員をしているという方に、部屋が余ってるから連絡してくれれば泊めてあげる、と言っていただくが、残念ながら臼杵はルートには入っていない。行きません、と言うのもせっかくの厚意を踏みにじる気がしたので、曖昧な返事をしてその場を後にする。泊まることができていたら、一期一会という感じでこのブログのネタになったかもしれない。

さて、湯布院へ向かう道中である。皆さんご存知かどうかはわからないが、別府から湯布院というのは想像以上に山である。ほぼ海抜ゼロメートルから由布岳の横を通るといえばわかっていただけるだろうか。ひたすらにヒルクライムである。2人でペースを合わせるとお互いのペースが違ってますますしんどくなるので、この区間だけはお互いのペースで進むことにする。

今回の旅で一番大変だったのはどこかと言われたら、間違いなくこの山越えだろう。なにせこちらはヒルクライムなどしたことないのである。ただただキツかった。フーフー言いながら、ちょっとづつちょっとづつ進んでいく。休憩で相方と合流した時、相方がスマホから音楽を流していた。俺もそうすれば良かった。一人で黙々と登るのはさながら修行のようであった。

そんなこんなでようやく湯布院に到着。当然観光などする元気はなく、早めの夕飯を食べて、宿に直行。今夜はこの旅初めての宿泊である。貧乏旅なので、ユースホステルの二段ベッドだが温泉完備でかなり快適だった。車といい宿といい、今日は普段の生活の快適さを感じる一日だった。

就寝前、明日の予定を立てる。予定ではやまなみハイウェイを通って阿蘇まで行き、その後また海沿いに戻ってくる予定であった。が、二人とも今日の山越えでヒルクライムの大変さをいやというほど思い知ってしまった。満場一致で明日は予定を大幅に変更して、すぐに海沿いにでて南下することにした。

 

四日目 3月25日 湯布院〜佐伯

宿で朝食をいただいて、8時に出発。昨日標高を稼いでいたおかげで、大分市内までの道のりはなだらかな下りが続き、スイスイと進んでいく。朝は空気が澄んでいて気持ちがいい。

大分の有名なオムライス屋さんでお昼ご飯。開店直後に入ったのですぐに座ることができたが、お昼時になると続々とお客さんがやってきて、たちまち店内はいっぱいになった。

そこからはひたすらに漕ぎ進める。今日のルートはもともとの予定とは違うので、途中立ち寄るような場所もなく、ただ足を動かし続けるだけである。

16時すぎには佐伯市に入る。もともと通る予定ではなかったので、この辺りにはキャンプ場がない。運動公園があったのでなんとかそこで寝られるだろうということでやってきた。

ほっともっとでのり弁を買って、運動公園を目指していると良さげな河川敷を見つけた。橋の下なら夜露もしのげそうである。今夜の宿をここに決定する。後にも先にも、橋の下で寝たのはこの時が最初で最後であった。

今日は本当に「移動」という感じだったし、人生ではじめて橋の下で寝るのでなんだか心が休まらない。旅も4日目を終え、福岡からもだいぶ離れてしまった。もう進むしかない。

4日目にしてこんな調子で、果たして無事に帰ることができるのだろうか、まだ全行程の三分の一も終わってないのか、などなど、ぐるぐると考えてしまう。おまけに、疲れがたまっているのか足首がズキズキと痛い。身体の節々も痛みだした。「帰りたい」という気持ちが顔をだす。

そんな思いを断ち切ろうと、いつもより早く目をつぶってみるものの、結局夜中に何度も目が覚めてしまった。

気分は最悪である。

 

五日目 3月26日 佐伯〜高鍋

5時半にアラームが鳴る。なんとか無事に夜を越すことができたようだ。おじさんが朝日を撮りに河川敷に来ていたが、僕らのことは気にもとめず、ひたすら写真を撮っていた。朝食をとりつつテントをたたんで出発。今日はついに大分を抜けて宮崎に入る。

大分から宮崎に入るには山を超えなくてはならないが、峠道にはまったく車がいなかった。山を穿つように高速が通っていて、かつそれが無料区間なので、宮崎に向かう車はほとんど高速を通るのだろう。

傾斜はきついが、まったく車が通らないので、道全体を使ってゆっくり登っていく。途中で、ジグザグに登っていくと足の負担を減らせることに気づいた。ゲームの攻略法を見つけたみたいで、登り道が楽しくなる。

3日目にはあんなにキツかったヒルクライムを楽しんでいる自分がいる。これでまた一つ自分の限界が広がった気がした。

峠を超えたら、いよいよ宮崎県に入る。のどかな田舎道を抜けて延岡へ。

峠越えで疲れた身体を休めるためにドラッグストアの駐車場で休憩をしようとしたのだが、日陰が全くない。心なしか宮崎に入ってから日差しが強くなったような気がする。刺すような日差しに照らされて休めやしないので、日陰を求めて少しブラブラすることにする。

自転車を押して歩き始めた途端「プシュ〜」と気の抜けた音が後ろから聞こえてきた。何かと思って振り向くと、相方の後輪がぺちゃんこになっている。この旅2回目のパンクである。

仕方がないので道端でタイヤのチューブを替える。相変わらず相方はてきぱきとチューブを替えていく。途中、目の前の家からおじいさんが出てきて「どうしたね」と聞いてきたが、パンクですというとすぐに帰っていった。

パンク修理を終えたら、延岡駅に自転車をとめてチキン南蛮発祥のお店へ。パンクに時間をとられていて、お昼時ど真ん中についてしまったので、店の前はすでに大行列である。

僕はあまり食にこだわりがない、というか何時間も待つんだったら別のところでよくね?となってしまう性分である。対して相方は、料理がめちゃくちゃうまくてグルメであるので、食べたいと思ったものをきちんと食べたいと思う性格である(と、僕は理解している)。

この時も僕は「別のところでよくね?」と正直一瞬思ったのだが、本場のチキン南蛮というのと、そんなには待たないはずという相方の言葉もあって並ぶことにした。

結果は、本当に並んでまで食べてよかった。そんなに待たずに店内に入ることができたし、何よりチキン南蛮が絶品だった。

もしあの時、並ぶのをめんどくさがって他のお店に入っていたら、とてももったいないことをしただろうなと思う。それと同時に、俺は今まで何回くらい「めんどくさいから」と、美味しいことや楽しいことを逃してきたんだろうかとも思った。

これが一人ではなくて二人で旅をしてよかったと思うことの一つである。極端な話、相方がいなければ「早いから」という理由で毎日コンビニ弁当だったということもありえたかもしれない。でも価値観の異なる相方がいてくれたおかげで、この旅ではしっかり食事も楽しむことができた。

この日は二人でよかったと思うことがもう一つあった。元々の予定では、川南町のキャンプ場で泊まる予定だったのだが、結局もう一つ先の高鍋まで行くことになった。きっかけは相方が風呂に入りたいと言ったことだった。

僕は完全に旅モードで、数日間お風呂に入れないことはなんとも思っていなかったのだが、相方はしっかり街の感覚が残っていて、風呂に入りたいと言ってくれたのである。

よく考えてみればそれもそうだ。お風呂に何日も入らないという状況は、登山で慣れていると思っていたけど、それは山だから許されるのである。山に入ってしまえばそもそもお風呂がないのだから、何日かお風呂に入っていないことは何も言われない。

けれど、僕たちは今、街のど真ん中にいるのである。貧乏旅をしているとはいえ、街で ”風呂に入らないこと” と、”不潔” はイコールであるとみなされる。その感覚が僕はすっぽり抜け落ちていた。

ということで、二人で近くの温泉を探す。相方は予定通り川南のキャンプ場で泊まって、少し離れた温泉に入りに行こうと考えていたようであるが、僕は高鍋に温泉があることを見つけたので、もう少し進んでから温泉に入ろうという提案をした。

順調に進んでいたのでまだ時間に余裕はあるし、幸いなことに高鍋にも良さげなキャンプ場があった。予定を変更して、僕が考えたルートで温泉に向かう。

相方がお風呂にいくことを提案して、僕が最適なルートを思いつく。今まで相方に助けてもらってばかりだったが、ようやくここで自分も役に立つことができたはずである。

温泉は至高であった。多分今まで入ったお風呂の中で一番気持ちよかった。何より最高だったのはサウナである。なんてことないサウナだったのだが、僕は人生で最高にととのった。

足首の痛みも、昨日橋の下で寝て不安だったことも、一切の雑念がすーっと消えていった。このサウナのおかげでこの先の旅は快調だったと、振り返ってみると思う。

地元の名物スーパーで変な名前のついたお弁当を買って、帰路につく。奮発して買ったビールが最高においしい。

 

六日目 3月27日 高鍋〜志布志

今日も5時半に起床。海岸沿いは昼間になるととんでもなく風が吹くので、朝早くに出発して、陽がのぼりきる前にある程度の行程を消費してしまうというのが我々のスタイルである。テントから出ると、夜明けの海がお出迎えしてくれた。

今日の夜から明日の朝にかけて雨の予報だったので、なるべく早くキャンプ場について雨に備えたいところである。そのために宮崎市内はほとんど素通りすることとなった。

知り合いのサーファーが常々「宮崎に行って波に乗りたい」と言っていたのがうなずけるほど、宮崎の海は綺麗で荒々しかった。僕はサーフィンをしないからわからないけど、サーファーの人からしたら、自転車なんか乗り捨てて今すぐ海に入りたくなるんだろうな、なんて思いながら海沿いの道を進んでいく。

アップダウンがまあまああったので、本来はきついはずである。けれども綺麗な海を横目に走っていると、あまりきつくないから不思議だ。これだけでも海沿いを走る価値はあると思う。まあ、風が強くて海沿いなんて走るんじゃなかったと思う時もあるんだけど。

日南市に入り、有名なモアイ像があるサンメッセ日南に立ち寄る。自転車をモアイ像に立てかけて記念写真を撮ろうと思っていたのだが、なんとなんとモアイ像を見るのには入場料800円がかかるのである!知らなかった!おまけに自転車は中に持ち込めない。

単純にリサーチ不足であるし、せっかくここまできたからと思って800円を支払う。入ってしまえば、それまでの文句はどこかへいってしまい、モアイ像との記念写真を楽しんだ。

サンメッセを後にして漕ぎ進み、16時すぎにはキャンプ場に到着。今日のキャンプ場はきちんと管理されている有料のキャンプ場である。

受付で使用料を払ってテントを張る。キャンプイベントかなにかだろう、小学生たちが元気にドッヂボールをしていた。にぎやかな夜になりそうだ。

旅も折り返しが近いということで、二人で愛車の整備をする。僕は一度外れたトゥークリップの補強と、ネジがとれていた荷台に針金を巻きつける。相方は相方で、もうパンクしたくないからということで、買ってあったタイヤに交換している。

22時すぎ、雨粒がテントにあたり始めた。急いで荷物をまとめて屋根のある東屋に避難する。

管理人さんに事前に許可をもらっておいてよかった。これで、夜中にどれだけ雨が降っても、びしょ濡れになることは避けられそうである。明日はいつ雨がやむかな、なんて考えながら六日目が終わった。

 

七日目 3月28日 志布志〜垂水

6時すぎに目が覚める。東屋に避難していたおかげで、快適に夜を越すことができた。夜中に結構な量の雨が降ったようで、駐車場には大きな水たまりができていた。

雨が降ることはわかっていたので、今日は雨が止んでからゆっくりと出発することにしていた。予定よりも早く進んでいる分をここで消費する形だ。

雨が止むのを待っている間に、これからの予定を立てる。自転車を漕ぐのにも慣れて、スピードが上がっているので、予定よりも早く福岡に帰れそうだ。

「よくここまで来たな〜」なんて話していたら、小雨になってきたので出発の準備。昨日とは違う管理人さんがやってきて「ここ、無料のキャンプ場じゃないから」と言われたので事情を説明する。

12時すぎに出発。もうお昼なので、通り道にあったちゃんぽん屋さんに入る。大将が個性的なお店だった。野菜たっぷり大盛りちゃんぽんを平げる。

距離的にはいつもの半分くらいなので、のんびりと進む。雨もあがって、ほとんど濡れることなく進むことができた。雨に濡れることを予想していたので今日はホテル泊である。

泊まるのはホテルAZ。九州全土にやたらとあるビジネスホテルだ。今回の旅でも、通った街にはだいたいAZがあった。それくらいあるので、これから先もお世話になるかもしれないと思って、チェックインの時にメンバーズカードを作ってしまった。

ホテルの隣にある道の駅で夕飯の買い出しをする。ちょうどお弁当が2個残っていたので、それを買った。レジのおじさんが言うには、いつもならこの時間にお弁当は残っていないそうだ。今日は雨だからお客さんが少なかったのかもしれない。

部屋に戻って夕飯を食べたら、特にやることもないのでいつも通りの時間に布団に入る。道の駅で買った本場のさつま揚げはとてもおいしかった。

 

八日目 3月29日 垂水〜鹿児島

 

7時からの朝食バイキングをお腹いっぱい食べて、AZを後にする。目の前には昨日見えなかった桜島。今日はいい天気になりそうだ。

今日は桜島をぐるっと回って、鹿児島市内を目指す。昨日あまり進めなかった分、今日は頑張って漕がなければならない。

もう七日間も道路を走っていると、普段は気づかないようなことが目についたりするようになる。例えば道路標識。道路標識や看板はその土地の特徴を感じさせてくれるのだ。

桜島に近づくにつれて、「降灰によるスリップ注意」なんていう標識があちこちに出てくる。そんなものは他の場所では見たことがない。桜島が生きた火山であることを感じさせてくれる。

桜島をぐるりとしたら、霧島を通って鹿児島市内へ。白くまの本店に行って、巨大な白くまを食べる。時刻はまだ14時前。今日も余裕で日程を消化できたな、なんて白くまに舌鼓を打ちながらのんきに思っていた。

キャンプ場に向かう途中、アサヒに寄って自転車を整備してもらう。旅も折り返しなので、後半も安全で快適な旅ができるように、メンテナンスをしてもらった。お兄さんが優しくて、本来はお金がかかることまでサービスをしてくれた。

アサヒを後にしたら、キャンプ場へ。今日も時間がありそうだし、テントを張ったら、昨日ダウンロードしておいたラジオでも聞いて時間をつぶそうかな、なんて思っていた。

しかしこの後、私たちは冷戦時代を迎えることになる。

横断歩道を渡った時、相方の後輪がパンクした。整備をした直後に。昨日、タイヤ本体を替えたばかりなのに。

この時タイヤに食い込んだ釘は、僕たち二人の関係にも亀裂を生じさせることになった。

3回目のパンクということ、空気を入れてもらった直後ということ、ここまで120キロ以上を漕いだ疲労などが積み重なって、相方はキレた。

大きい声を出したりとかそういうことはなかったけど、キレているのがはっきりとわかった。それを見て僕の中に生じた感情を正直に書けば、それは「なんでお前がキレるの?」である。

僕はまだ一度もパンクしていない。相方がパンクするたびに先に進めず、待たなければならなかった。しかももう3回目である。こんなに何回もパンクしてるのに、待たせてごめんくらいの言葉はないのか?キレたいのはこっちだよ。とその時の僕は思ってしまった。

冷静になって振り返ると、相方は相方で「なんで自分だけ」という思いがあったのだろうとか、そういうことに想いを巡らせることができるのだが、あの時はお互い頭に血がのぼっていて、冷静になんていられなかった。

八日目にして二人の仲は最悪である。

そんな状態でパンクの修理を冷静にできるはずもなく、力任せにはめたチューブが破けてしまって、ますます空気が悪くなった。結局その日はパンクを直すことができず、自転車を押してキャンプ場に向かった。もちろん道中は無言。あたりはすでに真っ暗だ。

予備のチューブを無駄にしてしまったので、明日はまず、チューブを買ってからでないと出発できない。お店が開いてから出発するとなると、そんなにたくさんは進めないだろう。

明日は相方が楽しみにしていた指宿の砂蒸し風呂に寄る予定であった。僕としては、観光よりも予定をしっかり進めたいという思いがあったので、明日の出発が遅れる分、砂蒸し風呂には寄らず、先に進もうと提案した。しかし相方は、明日進む距離が短くなって全体の行程が遅れたとしても、どうしても砂蒸し風呂には入りたいという。

お互いがお互いに「今さら何を言ってるんだ」と思ったのだろう。結局それ以降言葉を交わすこともなく、僕はいつもより1時間も早く寝袋に入って、不貞寝した。

 

九日目 3月30日 鹿児島〜枕崎

「おはよう」

どちらから言ったのかは覚えていないが、その言葉で九日目は始まった。人間の脳はよくできているようで、寝て起きたら昨日のイライラはどこかにいってしまっていた。

昨日あんなことがあったので、お互いどこか気まずさはあったけれど、朝ごはんを食べて今後の予定について話し合う。

結局、指宿の砂蒸し風呂に寄って、枕崎に泊まるということで話がまとまった。そうと決まればあとは出発するだけなのだが、タイヤがパンクしたままなので、昨日のアサヒに歩いて向かう。

歩きながらいろんなことを話した。部活のこと、大学のこと、将来のこと、、、。昨日のわだかまりはどこへやら、以前よりも相方とより深く話し合えるようになった気がする。

昨日のアサヒに行ったら、お兄さんは今日もお店にいて、パンクを修理してくれた。流石にパンク修理はおまけしてくれなかったけど。

ようやく態勢が整って、指宿に向けて出発する。昨日あんなに文句を言っていたのに、砂蒸し風呂が楽しみな自分がいる。

13時すぎに指宿の街に入る。商店街でお昼ご飯を食べて砂蒸し風呂へ。砂蒸し風呂は不思議な感覚だった。身体の芯からじわーっと温まっていく感じ。気持ち良くて寝てしまいそうになる。

大満足の砂蒸し風呂を後にして、一路、枕崎を目指す。鰹が有名な街というのは知っていたが、枕崎について知っていることと言えばそれくらいであった。

ただ、それで十分だった。街に入る前から、鰹節の匂いがプンプンする。文字通り、枕崎は”鰹の街”だった。駅前の居酒屋で鰹丼を食べて、キャンプ場へ。今夜のおつまみは鰹のたたきだ。

海を見ながらの晩酌。昨日はいろいろあったけれど、過ぎてしまえばいい思い出だ。二人で、昨日は大変だったね、と振り返ってみる。

今日で南下は終わり。明日からは我が家を目指して北上する。

 

十日目 3月31日 枕崎〜水俣

太陽が顔を出す前に起きる。今日泊まったのは「火之神公園キャンプ場」。オーシャンビュー、きれいに整備された芝生、清潔なトイレ、そして無料のキャンプ場である。

長かった鹿児島も今日で終わり、目指すは水俣。曇り空の中ペダルを漕ぎ始める。昨日はおいしいものを食べて、きれいなキャンプ場でぐっすり寝られたので、身体も快調だ。

枕崎から南さつままでは、結構な山道でしんどかったが、まだ朝早くだし、こんなところで疲れてなんていられない。がんばって坂道を登る。

そういえば鹿児島ではロードキルを見かけることが多かった。車にはねられた野生動物って誰がどうやって処理してるんだろうね、なんて相方と話しながら横を通り抜ける。ふと、一歩間違えば俺たちもああなりかねないなと思ったり。安全運転でいこう。

阿久根の食堂でお昼ご飯。テレビでは春の甲子園が流れている。もう準決勝らしい。今年は甲子園を一試合も観ないで終わってしまいそうだ。

あとはひたすらに漕ぎ進める。鹿児島と熊本の県境は、山越えをしなければならないと勝手に身構えていたのだが、思ったより山道ではなく拍子抜け。

14時半ごろ、熊本県に入る。なんだか嬉しくて、看板をパシャリ。旅の終わりが刻一刻と近づいている。

この日泊まった場所は、トイレが使えないとか蛇が出るとか、Google マップのレビューで酷評されていたので、無事に夜を越せるか心配だった。しかし、実際に行ってみると、トイレはきれいで自動で電気までつくようになっているし、蛇が出そうな気配もない。

もし自分たちがネットの情報に踊らされて、そこに行くのをやめていたらと考えてみる。ネットの情報は参考にはなるけれど、実際に自分の目で見たものが本物だ。

 

十一日目 4月1日 水俣〜熊本

今日は熊本市内を目指す。距離的にも短いし、ホテル泊の予定なので、着いたらゆっくり観光ができそうだ。

自転車旅の大半は車輪の上なので、有名な観光地の横を通ることはあっても、ゆっくり観光をするということは難しい。そこで何に楽しみを見出すかということも自転車で旅する醍醐味だとも思う。

順調に進み、お昼前には熊本の市街地に入る。車も人通りも多くなる。お昼ご飯は、地元である相方おすすめの油そば。グルメな相方のおすすめだけあって、うまい。あっという間に平らげてしまった。

そのあとは熊本城へ。地震から復活をしつつあり、外側からはお城をしっかりと見ることができた。「美しい」というのが熊本城をあらわす最適な形容詞だと天守閣を見上げて思う。

熊本城を後にしたらホテルへ向かう。とその前に、相方が行きつけの自転車屋さんで空気を入れてもらう。予定ではあと4日。このままマシントラブルがなければいいが。再び仲が険悪になるのはごめんだ。

ホテルへの道は勝手知ったる相方が先導して、路地裏をスイスイと駆け抜けていく。

そしてここで、まさかのパンク。この旅4回目である。

「まじか」とは思った。だけど、パンクした時の身の振り方は、冷戦時代に高い授業料を払って学習済みである。お互い一度冷静になって、パンクを修理する。すると、驚くほどスムーズにパンク修理が終わった。

前回パンクした時は、このタイヤはチューブがはめずらいとか何とか、文句ばかり言っていたけど、結局コントロールできるのは自分だけなのだ。同じ状況を前にイライラするのも自分、文句を言うのも自分、冷静になるのも自分である。

 

十二日目 4月2日 熊本〜南島原

7時にホテルをチェックアウト。自転車を止めていた駐輪場は、日をまたいで駐輪することができなかったらしく、係員の人に注意されてしまった。今回だけなので許してください。

今日は佐賀の西側までいく計画だった。距離にして100キロほど。しかし、9時過ぎには半分ほど進んでしまった。このまま行けば、お昼過ぎには目的地についてしまう。ここまでずっと自転車を漕ぎ続けているので、脚が鍛えられてどんどんスピードが上がっているようだ。おまけに昨日はホテルでぐっすりだったので、元気が有り余っている。

ということで急遽予定を変更して、明日進む分を今日消化してしまうことにした。距離は一気に倍になって220キロ。旅も終わりが近づいてきた今、200キロを超える未知の世界に足を踏み入れるのも悪くない。果たして僕らの限界はどこにあるのだろうか。

200キロを走破するためには、午前中にどれだけ距離を稼げるかが大切だ。少しでも先に進もうとペダルを一生懸命に漕ぐ。

お昼ご飯を食べたのは13時過ぎ、120キロぐらいのところだった。ここまではまずまず順調。有明うどんをお腹いっぱい食べる。

ここからは長崎県に入って、島原半島をぐるっと三分の二くらい走る予定である。これまでの最長距離は140キロなので、そこから先は未知の領域だ。

諫早湾の堤防道路に入った時には、陽が傾きだしていた。急がなくては真っ暗闇の中を走ることになる。足にも疲労が出始めた。さらに、島原半島の坂道が追い討ちをかける。上っては下ってを何回も繰り返す。

ここまで何度もアップダウンを繰り返してきた。坂道は嫌いだけど、登り坂のあとには必ず下り坂があるのがいい。なんだか人生の縮図みたいだな、なんてクサイことが頭に浮かぶ。精神的にもだいぶ疲れているようだ。

沈む夕陽のきれいさに背中を押されながら、なんとか完走。200キロ以上の道のりを走り切った。キャンプ場近くのほっともっとに着いた時にはあたりは真っ暗。新発売のガパオライス大盛りを注文する。

海辺のキャンプ場には、外国人のカップルが一組。途中のスーパーで買ったポンカンをあげるという口実で話しかけ、ちょっと自慢げに「200キロも自転車で走ってきたんだぜ」と言ってみる。それを聞いて彼が一言

「Crazy」。

僕もそう思う。12日目にしてずいぶんとクレイジーなことをした。だが、一日に200キロ以上走ったという事実は、きっとこの先僕らを支えてくれるものになるだろう。

 

十三日目 4月3日 南島原〜伊万里

5時半、目覚ましよりも早く起きる。何日も同じ時間に起きていると、勝手に目が覚めるようになるらしい。

昨日の夜、アメリカンのカップルとは「お互い疲れてるから明日の朝ゆっくり話そう」なんて言っていたけど、僕らは今日も自転車を100キロ以上漕がなければならない。寝静まった彼らのテントを横目に、いそいそとテントを畳む。

雲仙は温泉が有名である。街のあちこちで湯気が上がっていた。湯煙の中自転車を走らせる。ここもまた、今度ゆっくりきたい場所リストに追加だ。雲仙岳に登って麓の温泉でのんびりしたい。そんなことを思いながら、自転車は長崎市街を目指す。

長崎市街はもともと通る予定ではなかったのだが、体力も日程も余裕があるので、どうせなら外側を回ろうということでやってきた。坂が多く、自転車に乗るには大変な街だ。僕ら以外、自転車に乗っている人はほとんど見かけない。

坂に疲れて、駅の近くで休憩をする。相方はグルメセンサーを働かせて、カステラを買っている。

なんだかんだでお昼になったので、街の食堂でお昼ご飯。お店の引き戸を開けるといかにも大将という人がお出迎え。二人ともちゃんぽん大盛りを頼む。大将の「残すなよー」という言葉通り、山盛りのちゃんぽんが出てきた。おいしい。

残さず食べてお店を後にし、伊万里を目指す。伊万里まで行ってしまえば、家に帰ったも同然である。最終日くらいはゆっくりしたいし、汗臭いまま帰りたくないということで、ホテルAZを予約済みだ。

順調に漕ぎ進め、無事に伊万里へ。スーパーで夕飯を買ってホテルに向かう。この旅最後の宿泊かと思うと、感慨深いものが...と思っていたが、そんなことよりも、疲れと早く家に帰りたい気持ちで、感傷に浸っている余裕はなかった。

日常の生活が近いということもあってか、今までセーブしてきたことを次々にやりたくなる。ベッドでゴロゴロしたい、永遠にYouTubeを観たい、本も読みたい。

屋根があって、壁があって、フカフカのベッドがあるというのは現代日本では当たり前だけれど、こうやって何日もそれがない生活をしていると、それがどれだけ快適だったのかがよくわかる。それと同時に、現代の都市の生活は快適すぎるのではないか?という疑問も浮かんでくる。

旅を終えた今もなお、答えは出ていない。

 

十四日目 4月4日 伊万里〜糸島

九州一周自転車旅もいよいよフィナーレである。

今日は最終日。マラソンでいえば、最後に陸上競技場のトラックを何周かするあの時間である。これまで13日も自転車を漕いできた僕らからすれば、ウイニングランといっても過言ではない。

しかし、雨である。朝からザーザー降りで、この中で自転車を漕いだら一瞬で濡れる。いや、本当に最終日でよかった。これが明日も旅が続くとなったら相当しんどかっただろう。そういった意味でも、雨に降られたのが最終日だけというのは本当にラッキーだった。

雨は止む気配がないので、意を決してサドルにまたがる。なんだかんだと雨に文句を言いながらも黙々と漕ぎ続け、福岡に入る。

「ああ、帰ってきた」というのがその時の思いで、感動とか、感慨とかそういった類の感情はほとんど湧いてこなかった。それよりも、無事に走りきれたという安心感と、これで普通の生活に戻れるという気持ちの方が強かったように思う。

我らがホームタウン、糸島の海は荒れていた。猛烈な雨と風がゴールを目前にした私たちの行手をはばむ。けれど、糸島の海は美しくもあった。ここまでずっと海沿いを走って、いろんな海をみてきたが、毎日みていたはずの糸島の海がこんなにもきれいだということは知らなかった。

これは自転車で九州を一周して良かったと思うことの一つである。今まで当たり前にあったものの素晴らしさを実感することができた。普通の暮らしの快適さも身に染みたし、見慣れているはずの海のきれいさも知った。

旅のゴールは九大の石碑の前と決めていた。14日間、僕たちは自転車を漕ぎ続け、時には橋の下にテントを張ってその中で眠り、その土地の美味しいものを食べて、温泉に入り、また漕ぎ続けた。相方と仲が悪くなったことも、何度もパンクしたことも、今となってはいい思い出だ。

この14日間の旅は、僕の人生においてとても大きな意味を持つものになるだろう。誘ってくれて、一緒に14日間をともにした相方には感謝しかない。相方がいなければ、自転車で旅をするなんてことは思いもしなかった。

石碑の前に自転車を二台並べ、通りがかりの人に写真を撮ってもらう。二人ともいい笑顔だ。日焼けした肌がまぶしい。


2019夏 ぼっち日本縦断(後編)

2020-05-25 01:50:44 | 個人活動(チャリ)

前編の続き。長くなって申し訳ありません。

後編は2019年9月2日~9月20日の旅の詳細を記す。

文責:青木一生 参加者:青木一生

 

9月2日:稚内

3日:稚内~富良野 やきにく

4日:富良野~帯広 ぶた丼

5日:帯広~釧路 ザンギ

6日:釧路~厚岸 ジンギスカン焼きうどん やる気なくなる

7日:厚岸~根室 サンマ丼

8日:根室~網走 輪行

9日:網走~岩見沢 ゲソ丼

10日:岩見沢~小樽 スマホ無くしかける

12日:京都府舞鶴市~兵庫県南あわじ市 無双状態。親に迎えにきてもらう

19日:徳島県徳島市~愛媛県松山市 道後温泉でリラックス

20日:松山市~福岡県福岡市 ほぼ走っていない。帰福

 

 

9月2日:稚内市内~利尻島~稚内市内

7時半起床。起きた頃には他の旅人全員ライダーハウスから出発していた。咲来のライダーハウス店主から勧められたので今日は船で利尻島へ行くことにした。稚内と鷲泊港を往復するフェリーに乗り島へ向かう。5110円。と言っても知識0で来たため何をしようか分からない。利尻富士!・・・に登るのは無理なので、その隣のポン山(標高444m)へ登る。途中に名水百選にも選ばれるような水が有りハイキング気分で登れる。曇って景色はよく分からなかったが、晴れると多分良い景色。帰りのフェリー乗り場

にて昨日ライダーハウスで一緒だった方と再会。写真は、たぶん利尻富士。

 

夜8時頃、稚内のライダーハウス「みつばち」に到着。セイコーマートの半額お惣菜を食べ就寝。

 

9月3日:稚内市~豊富町~(輪行)~旭川~富良野

酪農が有名と聞いて美味しいモノと変わった温泉を求めて豊富町へ。11時頃、豊富温泉へ到着。この温泉のお湯は石油や天然ガスも少し含まれるため風呂場に入った瞬間灯油のにおいがプンプンする。お湯もヌルヌルしている。石油の採掘時に、同時にお湯が噴出したようで保温・保湿効果や抗炎症作用がある。

 その後は輪行で旭川へ。列車内で気づく。駅に寝袋を忘れた!!費用対効果()を考えて取りに行くのはやめた。旭川から国道237号線を走り富良野のライダーハウス「ヒグマ」へ。元猟師のおじいちゃんのキャラが濃い。到着して最初にされたことが、目隠ししてクマの剥製の前まで連れて行かれ驚かされる、というものだった。晩ご飯は、近所に焼き肉屋があったのでジンギスカンを堪能。宮城で食べ損ねた牛タンも食べられた。お風呂も入り気持ちよく眠れるはず・・・だったが寝袋、布団なし(ライダーハウスは基本寝袋持参)で寝ていたため寒さで目が覚める。稚内では寒くなかったのに内陸部は非常に寒い。5時間くらいしか眠れなかった。

豊富駅で購入したスイーツ。こういうのブリュレっていうんだっけ。

 

通称ジェットコースターロード。写真ではわかりにくいのでググってください。

 

9月4日:富良野 ライダーハウス「ヒグマ」~帯広市 ライダーハウス「pit」

国道38号線を進む。20kmを過ぎるとだんだんと山へ入っていく。しかし本州と違い坂が緩やかなので非常に走りやすい。午前11時頃、狩勝峠に到着。峠からの景色は絶景だが写真を撮るのを忘れた。午後3時、帯広市到着。区画整理された田園地帯をぶらぶらした後、ついに念願の帯広の豚丼を食す!

甘辛いタレがしみこんだ厚切りの豚肉がたっぷり乗っている!大盛りのご飯!味噌汁!それらを一気にかき込む!!嗚呼、幸せだ。

 

9月5日:帯広市~釧路(快活クラブ)

根室へ行くことに。ライト鉄オタなので廃線スポットへ立ち寄った。

旧国鉄広尾線「愛国(あいこく)」駅

この路線には「幸福(こうふく)」駅もあり、「愛の国から幸福へ」というキャッチフレーズで一時期有名になった。廃線大好きなのでこういうスポットに大満足。

田園地帯を走って行くが地図から想像できないほど土地がバカでかい。距離感がおかしくなった。さらに、同じところを1周し時間の大幅なロス。とてもイライラし、アイスを食べて頭を冷やした。国道336→県道1038(!)号→国道38号と進んでゆく。ジェットコースターのようにアップダウンを繰り返すためじわじわと体力が奪われていく。疲れた。白糠からは平坦になり快調に進む。午後7時半頃、釧路に到着。晩ご飯は、ザンギ(唐揚げ)。味覚バカなので違いは分からないが、とにかくうまい。うまい。

 

9月6日:釧路市~ライダーハウス「あっけし」

朝寝坊した。起きたら11時だった。そしてやる気も失った。ということで、今日は早めに切り上げ、30kmくらい走り午後3時、本日の宿であるライダーハウス「あっけし」に到着。尾幌駅という無人駅があったので行ってみた。本数が少ない田舎駅の典型。駅舎の中に「駅ノート」と呼ばれる寄せ書きノート的なものがあった。駅の利用者は少なく存続の危機らしいので「がんばれ尾幌駅」と、書いておいた。

 

駅のすぐ近くにライダーハウスはあり、ここの特徴は五右衛門風呂と夕食のジンギスカン焼きうどんである。見たことはあったが入ったことはなかったので感動。うどんはカット野菜と味付け肉とうどんを豪快に鉄板の上で焼く、まさに男メシ。うんめえええ。

 

一緒に宿泊したメンバーはバイクツーリングのおじさん2人、そして各地でアルバイト、ボランティアをしながら日本1周をしているお兄さん1人、自分であった。ツーリングおじさんの1人がベロンベロンに酔い、同じ話を3回聞かされた。一緒になって聞いていたボランティアお兄さんは「ちょっと荷物取りにいってくる」と言って、そのまま寝室から出てこなかった。

 

9月7日:ライダーハウス「あっけし」~ライダーハウス「鈴木食堂」

十分に休養がとれ、回復。国道44号線を進んでゆく。牡蠣が特産品の厚岸町や湿原を通過。昼食は道の駅「スワン44ねむろ」でサンマ丼を食した。

蒲焼き風でとても美味しい。付け合わせにサンマの甘露煮もあるため、サンマが十分に楽しめる。北海道のご当地商品を探していると、「ガラナ」というジュースを発見。

コーラ・・・?。

 

午後5時、日本の最東端、納沙布(ノサップ)岬に到着。北と東の端を制覇した。

曇っていたが、北方領土の島々がうっすら見えた。その後、ライダーハウス「鈴木食堂」へ移動。今回初めての女性チャリダーに出会う。関東から東北までチャリで走った経験が2回もある猛者であった。そして、昨日筆者が泊まったライダーハウスに彼女もまた数日前に来ていたことが判明。その他に、ブロガー旅人もいた。

 晩ご飯は、お土産屋のそば(近くにコンビニや商店がない)を二束食す。↓おやつ

 

9月8日:根室 「鈴木食堂」~網走 ライダーハウス「ランプ別館」

朝6時半、出発。岬の近くは濃い霧に覆われることで有名で、数十メートル先も見えない。下り坂はドッキドキである。1時間少々走り、根室駅到着。ここから長ーい輪行の旅が始まる。

↑日本で一番東の駅。

朝8時台の列車に乗って夕方網走着。乗車中はとっっっても暇。晩ご飯は、甘い物欲が強かったためお菓子になった。他のワンゲル部員も食した「フ」から始まるあの食べ物である。味、食感がずっと同じため晩ご飯にはきつかった。もうやらない。

 ハウスの館長さんは少々クセのある人だった。電話時に「もすもす」と行っていたことしか覚えていない。

 

9月9日:網走 ライダーハウス「ランプ別館」~岩見沢市 自遊空間

輪行2日目。昨晩一緒に泊まった旅行者の1人が今日輪行で札幌まで帰るという。帰る方向が同じため、途中まで一緒に列車に乗って帰ることにした。定年退職後、北海道各地を輪行で旅しているらしい。自分も老後はこうしたい。

北見市のポスト。カーリングが盛んで2018平昌オリンピックで銅メダルも獲得。

 

昨日もそうだったがやはり車中は暇だ。寝るしかないがあまり疲れていないため眠れない。新聞買えば良かった。

午後三時台、この度3度目の旭川に到着。青春18切符北海道版みたいな切符だったため途中下車。稚内のライダーハウスで旭川の「ゲソ丼」が美味しいと言われ食べてみることにした。

薄く衣をつけたイカを揚げ、ご飯の上に乗せ、ご飯がびっちょびちょになるほどタレをかけて完成。和風ジャンクフードという感じがしておいしそう。味は、うん、、うん、、、。筆者の好みには少し合わなかった。ごめんなさい。しかし、旅をしていることを伝えると、帰り際に小枝(お菓子のほう)を頂いた。やさしいおばちゃんが経営するそば屋さんだった。

 

その後、旭川から砂川へ向かい、砂川駅にて下車。辺りは暗くなっていた。走り始めて3,40分ほど、15km逆走していることに気がつく。余分に30km走ってしまう。あ”あ”イライラずる”。日中は走ると気持ちいい大平原は、夜になると灯りがほとんどないためとても怖い。夜9時、岩見沢市に到着。明日は北海道を発つ。

 

9月10日:岩見沢市~小樽市フェリー乗り場

朝7時、岩見沢市出発。札幌までは行きと同じ道。午後1時頃、小樽到着。フェリー出向まで10時間以上あるためもう少し走ることにした。小樽から20km程離れた余市町へ。ニッカウヰスキーの工場があり、朝ドラの舞台にもなった。工場見学したかったが飲んでしまいそうなのでやめた。夕方、小樽市へ戻る。

 明日はほぼ1日中船の中なので船内ご飯をスーパーで購入。北海道らしいご飯で締めたいとおもったので「焼きそば弁当」を購入。

スープがついているから弁当なのか。お湯を有効活用して良いアイデアだと思う。

出港2時間半程前、ブックオフで本を買う。港に帰ってきてから手元にスマホがないことに気づいた。焦る筆者。ブックオフにあった。閉店1分前に駆け込みギリセーフ。船代1万円を無駄にするところだった。夜12時頃、船が出航。明日の夜、京都府舞鶴市に到着する予定。久しぶりに明日の時間を気にせず眠れるとあって3分で寝落ち。

↑小樽

 

9月11日:船内

焼きそば弁当食べて、映画見て、本読んで寝た。

 

9月12日:京都府舞鶴市~兵庫県南あわじ市 道の駅福良

朝9時頃、ホテル出発。ベッドで寝るの気持ちよすぎ。国道175号線をひたすら南下。十分休めたため、いくら走っても疲れない。ランナーズハイっぽくなった。

福知山~丹波~西脇市~明石と進み、午後3時ごろ淡路島行きのフェリー乗り場に到着。

約13分、運賃530円(片道、自転車運送費抜き)。淡路島到着後は国道28号線を南下。道がきれいに舗装されていてめちゃくちゃ走りやすい。海沿いなので景色も良い。風もないし涼しい。爆速で進む。

5~60km程走り、道の駅福良に到着。鳴門~淡路島間は船がないため親に迎えに来てもらった。

徳島の実家へ帰りしばらくの間ぐうたらした。

 

9月19日:徳島県徳島市~愛媛県松山市

実家から出たくない。帰りたくない。しかしどうにか脱出。モチベーションだだ下がりの状態で出発。国道192号線を西へ。三好市池田町を過ぎると山間部へ。この辺りはヒルクライムスポットとして知られている。坂バカの方にはおすすめ。

山を越え午後1時頃、伊予三島に到着。「松山まであと87km(位だったと思う)」という表示を見てやる気が湧いた。桜三里までゆるやかな坂が続く。西条側からのほうが坂が長い気がする。

午後7時頃、松山市到着。ここに来たらやはり道後温泉へ行きたい!ということで行列に並んで入った。

歴史を感じる内装で疲れもとれた。晩ご飯は吉野家。

 

9月20日:愛媛県松山市~福岡県福岡市 自宅

いろいろあってネカフェを午前3時に飛び出した。暗い、眠い、寒い。朦朧としながら伊予長浜駅まで走る。途中の下灘駅は海の見える駅として有名なスポット。筆者オススメ。伊予長浜駅付近のコンビニで休憩していると強烈な眠気に襲われリタイア。後の行程は、鉄道→船→鉄道。とにかく寝た。記憶も思い出もない。こうして長い旅は終わった。

※愛媛県八幡浜市~大分県別府市間はフェリーが運行されており2時間50分。3550円。(2等客室)

 

ここまでこのクソ長い旅日記を読んでくださりありがとうございました。また書くかもしれません。

もう一度、北海道に行きたい。

 


2019夏 ぼっち日本縦断(前編)

2020-05-04 18:30:17 | 個人活動(チャリ)

記録者 青木一生

期間 2019/08/10~9/20

半年以上も経ったが書くことにした。これで誰かが(チャリ含めた)旅に興味を持ってくれることを願う。

装備は
・クロスバイク ・着替え、風呂用タオル ・輪行道具 ・現金 ・寝袋 ・スマホ(充電器


含む) ・修理道具 

1日目(8月10日):伊都キャンパス(福岡市)~山口県宇部市
初っぱなから脚が重たい。なまっていた。なんとか午後3時頃関門海峡の歩行者・自転車道に着く。



自転車は20円払えば通行でき、歩行者はタダで通行できる。トンネルへはエレベーターを利用し移動し、その後780mの長さのトンネルを自転車を押して歩く。

その後は平坦な道が続く。国道2,9,190号を通り宇部市へ向かった。

2日目:山口県宇部市~広島県広島市
筋肉痛が残る中スタート。晴れの日の周防大橋はおすすめ。徳山を過ぎると山道に入り、だんだんときつくなってくる。岩国まで着けば後の道は平坦で走りやすい。



宮島口からは路面電車も併走し鉄道好きの筆者のテンション、速度は上がった。午後6時過ぎ、広島市中心部に到着。穴子とかカキ食べたかったけど我慢。


3日目:広島市~岡山県岡山市
一瞬だけ原爆ドームを見てから出発。国道2号線は昨日とおなじく山道であったが尾道市からはきれいな海を眺めながら走ることができる。しかし、日焼け対策を怠っていた筆者の腕と太ももの皮膚はグロテスクなことになりそんな余裕はない。マジで見たくない。その後は2号線をひたすら進み福山市を通過し午後10時30分頃、岡山駅付近に到着。福山~岡山間は道が少々狭くなるところもあり、小さなアップダウンも繰り返すので注意。

4日目:岡山市
観光の気分となり、岡山空港付近へ。空港の立地に絶句。こんな山奥とは思わなかった。



5日目:岡山県岡山市~兵庫県姫路市
午後から出発するがやる気がわかずチョコパン食べたりして1時間だらだら。やっと走り出したと思えば播州赤穂らへんでゲリラ豪雨にあう。寒さに震えつつも夜に姫路駅前の銭湯「森の湯」に到着。明日は台風で走れなさそうなので快活クラブで長居することにした。走行距離以上の疲れを感じた。

6日目:姫路で停滞
台風直撃。スタバも閉まり時間つぶしの場所に困る。なぜか地下の喫茶店が開いていたのでそこで一服。

7日目(8月16日):兵庫県姫路市~滋賀県草津市
天気も回復し順調に進む。明石市からの国道2号は瀬戸内海や明石海峡大橋を臨む最高の道。昼食は甲子園球場付近でとる。外に出ればアルプススタンドの応援が少し聞こえた。この日の第2試合は星陵対智弁和歌山という屈指の好カード。奥川恭伸とか見たかったなあ。

大阪はすぐに通り過ぎ夕方には京都へ。ただただ楽しい。途中通った伏見区の伏見大手筋商店街は全体的に緩やかな坂になっており活気がある。入り口に京阪の踏切がある風景は自分にはたまらない。



夜9時、滋賀県の大津市に到着。夜のため琵琶湖を眺めても何も見えないがとりあえず大きい。

宿泊は草津市となった。一瞬あの温泉で有名な草津かと思ったが違う。



8日目:滋賀県草津市~愛知県安城市三河安城
国道21号をひたすら走る。岐阜に近づくにつれ暑さが増してゆく。関ヶ原の戦いで有名な関ケ原町を通過したが特に何もない。大垣市で暑さはピークに達し2Lペットボトルの水がどんどん無くなってゆく。



午後三時頃、愛知県に入る。名鉄の赤い電車を目にしテンションが上がる。名古屋の都心部を気持ちよく駆け抜け午後9時頃、三河安城に到着。日焼けでボロボロになった肌もだいぶ治り明日からは気持ちよく走れそうだ。



9日目:愛知県安城市三河安城~静岡県焼津市
国道23→1号線と進み静岡県へ。浜名湖にて休憩。湖の上に橋がかかりきれい。掛川市を過ぎてからがこの日最後にして最大の山場であった。金谷までは登っても登っても終わらない坂。夜になり人気も無いため孤独な戦いになりメンタルがやられる。その分、晩ご飯のどん兵衛は美味しかった。

10日目:静岡県焼津市~静岡県富士市
次の日に箱根の坂を登る&昨日の疲労ということもあり短めに済ませる。道は走りやすかった。富士市で温泉に入りドンキへ向かった時、スマホがないことに気づき温泉へ戻るとあった。非常に焦った。とりあえず明日頑張ろう。





11日目:静岡県富士市~東京都大田区大森
いよいよ箱根へ登る。分かってはいたが坂道は長い。貧脚のため何度も休憩しながらのぼってゆく。1時間半~2時間くらいで到着。



うれしい。その後休憩がてら観光。観光船も運行し観光客が多い。天気が良ければ富士山でも見えたのかもしれない。

大涌谷名物黒たまご。1個100円。温泉の鉄分が殻に付着し硫化水素が反応し真っ黒になる。味は普通のゆで卵。

神奈川側への下り道(県道732号~国道1号)は静岡側よりも急であり、道が狭いところもあるので注意。下っている途中、ミニベロで箱根の坂にアタックする猛者を発見。

小田原を過ぎ、国道134号を進み鎌倉市へ。今回の旅の1つの目標でもあった湘南の海沿いを走る。




夜9時だったか10時だったかに東京の大森駅付近に到着。




12日目(8月21日):東京都大田区大森~栃木県宇都宮市
ラッシュの時間帯の東京を走る。都会人ぽい。なにげに国会議事堂とか皇居は初めて見たかもしれない。浦和、大宮と新幹線沿いを進んでいき宇都宮市に到着。最後1時間くらい雨に打たれながら走った。餃子とかどうでもいいから早くシャワー浴びたい。

 

日本の道の起点。国道1号線のスタート地点。

 

8月22日:宇都宮にて停滞

朝から雨だったため宇都宮市にて1日休憩。お土産やをぶらぶらしてるとこんなお菓子があった。

 

といっても甘辛やわらかビスケットという感じである。おいしい!食感はカン○リーマアムの外側。原材料見たら「醤油」という文字があったけど大豆だからギリセーフか。群馬県沼田市名物らしい。こうして1日は過ぎた。

 

8月23日:栃木県宇都宮市~福島県郡山市

国道4号線をひた走る。だんだん緑の多い景色になってきた。あと涼しい。そして郡山を少し過ぎたところで今回初パンク。チャリ屋いこ。

 

8月24日:福島県郡山市~宮城県大崎市

朝、眠すぎて駅前のベンチで寝た。そして起きたら

メ  ガ  ネ  な  い

リュックやポケット全部調べ、あたりを探したが見つからない。ここから約半月に及ぶ裸眼生活が始まる。

パンク修理が終わり、行きがけに店主から栄養ドリンクをもらう。優しさに感謝。

今日も国道4号線をひた走る。天気が良くて走りやすい。

 

この近くのフルーツ屋で梨を買いたかった。

午後7時、初仙台。少し進むとベガルタ仙台が試合をしておりやっと東北に来たことを実感。夜11時、大崎市に到着。吉野家で食事を取りあとは寝るだけだったのにパンクしていることが発覚。前日とは違い後輪。しかし疲れたので明日修理することにした。

 

8月25日:宮城県大崎市~岩手県盛岡市

朝パンクを修理し出発。やっぱり4号線を走る。途中スポーツ用ゴーグルを買い眼鏡の代わりにした。これで目がカッピカピになることはない。安心だ。↓岩手か宮城のどこか。

 

 

8月26日:岩手県盛岡市~青森県八戸市

休むつもりでいたので10時半起床。ゆっくりスタート。市内から少し進んだ滝沢市は小岩井農場などがありどことなく北海道感がある。しばらくは景色を楽しむ余裕もあり楽しかった。しかし、いくら進んでも山、山、山・・・。登山としての山は好きだがこういうときの山は苦痛である。途中から調子がいつも通りになり今日中に苫小牧行きフェリー乗り場を目指すことにした。いわて銀河鉄道沿いをずっと走って行き、午後九時半ごろ港に到着。船の中で一泊。翌日朝、苫小牧に着く。

 

8月27日:北海道苫小牧市~同岩見沢市

船から出たくないほどに涼しい、いや寒い。とりあえずマックに駆け込んだ。今まで朝ご飯食べるのをめんどくさがっていたため久しぶりの朝食。これほどまでにマックがありがたいと思ったことは無かった。

 その後、千歳、北広島、札幌と進んでゆく。北海道の道は真っ直ぐ、なだらかで周囲には牧場や平原が広がるためただただ気持ちいい。

 

午後三時頃、岩見沢市に到着。夜までまだ時間があるため三笠鉄道記念館へ行った。旧国鉄幌内線跡地に作られた公園であり、公園数km手前から昔の線路が残されており、イベント用の車両がたまに走るらしい。

 

懐かしの車両や町の歴史について学べた。

 

8月28日:岩見沢市にて停滞

朝から雨だったためで1日休憩。どうやって時間を潰そうか考えた結果、セイコーマートに行った。北海道で幅をきかせているコンビニチェーンである。ホットシェフのおにぎり美味しい。あとソフトカツゲンって何。

1日の最後に銭湯へ行き温まった。自分と同じようにチャリで旅をしている人を発見。大学生っぽい。

 

8月29日:岩見沢市~比布(ぴっぷ)町

国道12号線をひた走る。約30kmカーブがない区間があった。(日本一長い直線区間らしい)お昼ご飯は「道の駅 ハウスヤルビ奈井江」のシイタケカレーを食す。でっかい椎茸を揚げた椎茸フライが肉厚でプリッとしており満足感が大きい。

(画像の引用 そらち・デ・ビュー 「カレー×椎茸!?合うの?合うんです!」山口雄司 sorachi-de-view.com/naie/curry )

その後、国道12号を進み、深川→旭川と行く。道の駅「ライスランド深川」でおやつ(ポン菓子)を食す。和製フルグラといった感じ。食べてばかりの1日だった。

 

8月30日:比布町~音威子府(おといねっぷ)村咲来(さっくる)

内陸部に入り山も多くなってきた。

 

川沿いを進んで行き今日の宿をどうするか考えていたところライダーハウスというものがあった。電話して今日泊まれるかどうかを訪ねると快くOKしてくださった。

午後6時頃、天塩川温泉に到着し入浴。ライダーハウスから1駅くらい離れている。ライダーハウス咲来(咲来駅降りてすぐ)に到着するとすでに夕食が始まっていた。柳葉敏郎風のおっちゃんが温かく出迎えてくださり手作りのおかずなどを旅人達に振る舞っていた。自分もそれをいただいた。うっまぁぁぁぁ。豚すきうっまあ。干物うっま。ご飯が進む。夕食後には宴会が開かれ酒を飲み交わした。原付で来た方や女性ライダーもいた。宴会途中で店主より今日もう1人自転車来る方がいるとのこと。10数分後その人がやってきたがその人は数日前岩見沢の温泉で見かけた大学生チャリダーだった。偶然の再会。彼は千葉在住で鹿児島から自走でここまで来たようだ。すごすぎる。こうして夜11時頃まで宴会は続き、他の旅行者から北海道の地図をいただいた。

8月31日:音威子府村~天塩町

途中雨が降る。何もない大平原のど真ん中で雨に濡れるとメンタルがやられる。午後6時頃、「てしお温泉 夕映」に到着。温泉最高(600円)。温泉のすぐ近くにキャンプ場があり、その中にライダーハウスがある。なんと素泊まり200円!

釣り好きのおっちゃんと話して就寝。

 

9月1日:天塩町~宗谷岬~稚内市内

オロロンラインをひた走る。トイレはおろか建物さえ見えない。しかし走りを楽しむ道としては最高であった。宗谷岬まであと10kmのところで休憩。「ふじさんなうです」というラインがきた。あいつは富士山にいるのか。

 

午後3時頃、日本最北端の地、宗谷岬に到着。達成感はでかい。しかし3分で帰った。

午後5時半、今日の宿、ライダーハウス「みどり湯」に到着。1泊1000円。温泉のお湯は少々熱いがいい湯。午後9時、いつものように他の旅行者と談笑していると↓

(2分10秒ごろから)

こういう状況になった。歌は覚えてしまった。

 

 

 

 


2018春.日本縦断チャリ(復路)喜屋武岬~神威岬 後編

2018-04-19 01:39:34 | 個人活動(チャリ)

2018春.日本縦断チャリ(復路)後編

記録: 劉


往路を読んだことのない人はこちらから→2016夏.日本縦断チャリ(往路)

前編→2018春.日本縦断チャリ(復路) 喜屋武岬~神威岬 前編


2.目次(再掲)


(前編)

1日目 夕方の博多駅を出る。佐賀をあっさりスルー。長崎へ。 125km 

2日目 雨。長崎は相変わらずの坂っぷり。 138km 

3日目 高速船が波浪で休航。野母崎へ。 100km 

4日目 天草を堪能する。膝に激痛が。鹿児島へ。 126km 

5日目 ひざの痛みを引きずりつつ、根性でフェリーに乗り込む。 76km 

6日目 船上 0km

7日目 沖縄で膝が治る。喜屋武岬と辺戸岬。ようやくスタート地点へ。 186km 

8日目 難所沖縄県道70号。どしゃ降りすぎて前が見えない。 134km 

9日目 船上。船の揺れで立てない。0km

10日目 桜島を通過。ようやく足ができ始める。宮崎へ。170km 

ここで先輩の追いワンのためいったん帰福

11日目 疲労が抜けスイスイ。大分へ。187km 

12日目 自転車の変速機が吹っ飛ぶ。路頭に迷う。127km 

ここでまた帰福。しばらく自転車の復活を祈る

13日目 久々に漕いだ気分。門司港へ。125km 

14日目 大阪でのんびりしすぎて夜漕いでしまう。和歌山へ。97km 

15日目 紀伊半島、やばい。148km 

16日目 本州最南端にたどり着く。三重へ。136km 

17日目 向かい風と坂と雨。滅入る。97km 

18日目 一転晴れと追い風。爆速で静岡へ。190km 

19日目 残雪の箱根越え。関東は庭。東京へ。165km 

(後編)

20日目 実家で爆睡。0km 

21日目 また夕方に家を出る。霧が深い。茨城へ。95km 

22日目 暑い。桜前線を追い越す。原発区域をバスで越える。宮城へ。 185km 

23日目 盆地は自転車の友。岩手へ。150km 

24日目 条件が良すぎる。楽勝で峠越え。青森へ。190km 

25日目 平地に雪が見え始める。海と空が異様に青い。北海道へ。140km 

26日目 雪の積もり方がすごい。はしゃぐ。164km 

27日目 神威岬。ついにゴール。かぜつよ!72km 

 

21日目


3/25(Sun)→快活CLUB石岡店(茨城) 晴れ 95km ルート

 また例によって惰眠をむさぼり、夕方になってから家を出る。渋谷→六本木→三宅坂と通過して日本橋に到着。自分のような道路マニアにとっては聖地であるが、すでに飽きるほど行っているので写真も撮らずスルーする。ここからは国道六号線、常磐道を通り北上する。縦断往路の時はK山は国道四号線を南下していた。栃木か茨城を通るだけの違いであるが、やはりここはあえて違う道を通るのがK山への土産話になるだろう。江戸川を渡って千葉県に入る。小学校まで暮らしていた柏市を夜中に徘徊して思い出に浸る。当時は数km自転車で遠出するだけで大冒険した気分になっていたが、随分擦れてしまった。1000kmくらい何とも思わなくなっている。

柏市から国道に戻らずしばらく迂回路を走り、新利根川橋で茨城へ。スマホで撮ると全く伝わっていないが、霧が非常に深い。100m先が全く見えない。真っ暗で田んぼに囲まれた道を慎重に漕ぐ。土浦市に入ってから国道に戻る。夜だから車も少ないだろうと高をくくっていたが大間違い、むしろ高速代をケチった大型トラックが列をなして通っていた。わかりやすい回り道もないし仕方なく国道を走ったが、久々に道路で危険を感じた。日付が変わる頃、これ以上漕ぐことをあきらめて就寝。

22日目


3/26(Mon)→快活CLUB仙台一番町店(宮城) 晴れ 185km ルー

日が明けても道は混雑していた。あまりの混みっぷりに耐えかねて、回り道をして早めに海に出る。大洗から日立を通過する辺りで徐々に車も少なくなってくる。勝手なイメージで平坦な道が続くのかと思いきや、なかなかのアップダウンだった。予定通りいわき駅に着いて一安心。ここから輪行して原発規制区域を抜ける。国道は車は通り抜けできるものの、自転車はできないので鉄道を利用するしかない。さらに富岡駅から浪江駅までは鉄道も動いていないので、JRの代行バスで行くことになる。

富岡に着くころには暗くなる。隣の駅の表示はない。ホームから海の手前にうず高く廃棄物が積まれていた。

代行バスは40人乗りくらいで、10人くらいが座っていた。外の景色を見ようとして窓を開けようとするが、窓は開放厳禁とのアナウンスが流れてきて断念。当たり前か。基本的に暗くて何も見えないが、原発があるであろう一帯だけ異様に明るかった。浪江駅に着く。富岡も浪江もきれいな駅である。代行バスの乗り方がよくわからなかったので、念の為いわき駅で切符を買ったが、普通に浪江駅の券売機で買えるそうだ。原の町駅まで輪行して、再び自転車を組み立てて出発。相馬で寝る予定だったが、だらだら漕いで寝る場所を探すよりも先に進んでしまおうということで、結局仙台まで来てしまった。

 

23日目


3/27(Tue)→快活CLUB花巻店(岩手) 晴れ 150km ルート 

昨日の起きている時間が長かったせいか、やや眠い。四号線を北上する。本来なら仙台から三陸海岸を回る予定だったが、時間がないので仕方ない。この日はとてつもなく晴れていて、遠くの雪山まできれいに見える。鼻水が異様に出る。後で調べてみると黄砂が来ていたらしい。ティッシュを鼻に詰めて漕ぐシュールな一日だった。一関市まではアップダウンも結構な感じであったが、中尊寺を通過した辺りで平地になる。盆地という地形はやはり素晴らしい。追い風だし心地良かった。段々ボーっとしてくる。頭は冴えているのに今どこにいるのかわからなくなってきた。どうやら日本全国を漕ぎすぎて、遠出している感覚が薄れてしまったようだ。朝の見立てでは北上市までの予定だったが、15kmさらに進んで花巻で就寝。

24日目


 3/28(Wed)→道の駅よこはま菜の花プラザ(青森) 曇り 190km ルート

盛岡で何か食べようかなと思いながら漕いでいると、いつの間にか盛岡を過ぎてしまった。距離感覚が最近おかしい。体が覚醒して、一つ上のステージに上がったのかもしれない。

十三本杉峠。まるで登った気がしない。K山から聞いていた通り、非常に人にやさしい峠道だった。峠付近の山の斜面は雪で覆われており、さすがに北へやってきたなという感じがした。長い下りをゆっくりと下って青森へ突入。

18:00頃八戸駅に到着した。これで合計で本州一周達成である。最低限の目標はクリアできて一安心。

まだまだ余力を残しているので明日のフェリーの時刻を踏まえて、さらに進むことにした。一年半前走った道を再び漕ぐ。あの時は雨でイライラがすごかったが、今は何とも思わない。体力がついたのか、悟りを開いたのか自分ではわからなかった。暗くてよく見えないが、平地でも残雪を観測しつつ、陸奥湾の漁火を追って、たまたまあった道の駅で就寝。テントは久々。


25日目


 3/29(Thu)→八雲町情報交流物産館 丘の駅(北海道) 晴れ 140km ルート① 

明るくなると、海がはっきりと青く見えた。沖縄の透明な色のそれとは違う、群青色だった。

むつ市を通過してしばらくすると、ついに北の大地が姿を現す。コンディションは完璧だった。強烈な向かい風だが、まるで気にならない。限りなくゆっくり漕いだ。海沿いのマグロ(?)漁船の停泊する港を抜けて本州最北端を目指す。

12:30頃、大間崎に到着。風が強すぎて自転車を立てかけることに苦労した。どこぞの本州最南端とは違い、天気が良く景色も素晴らしい。ハイチュウしか口にしていなかったので、さっさとフェリーターミナルの食堂に向かう。大間だしマグロ..........はさすがに食べているだろう、とここまで読んでいる人は思っているかもしれない。しかし地元の名産には本当に興味ないのでパスしました。すいません。14:00のフェリーに乗り込む。大間ー函館間は一日二本しか出ていない。うまく時間があってよかった。

船の展望デッキに出ると、函館山が眼前に見える。ついにここまで来た。徐々に近づいてくる北海道に、えらく感動する。

観光しているひまなどないので、上陸して速攻走り出す。明るいうちに駒ヶ岳の麓まで行って写真を撮りたかったが残念、暗くなってしまった。函館からの五号線の峠道は結構混んでいて危ないです。気をつけましょう。


 26日目


 3/30(Fri)→道の駅 オスコイ!かもえない(北海道) 晴れ 164km ルート

やっぱり北海道は寒い。福岡から持ってきた装備がついに役に立ち始める。ちゃんとテントで寝れて自信がついた。もうここまでくると雨=雪だから天候が一番心配されたが、無事晴れてくれて助かる。長万部から山道は道路以外一面雪だった。

300mの峠を一つ登り、ニセコに降りる。ここに広がる景色を見て、この旅は成功だと確信した。何をしても、どこを見ても、よい。しばらく積りに積もった雪と戯れる。

後方羊蹄山が美しい。夏に来たらぜひ登ってみたいものだ。

日本海側に福岡以来、久しぶりに下ってくると、強烈な追い風が吹いていた。尽く運がいい。この感じなら無理やり漕げば夜にはゴールできそうな感じはあったが、最後の写真くらい明るいうちにとりたいので手前でテントを張ることにした。

27日目


 3/31(Sat)→千歳駅のカラオケ(北海道) 晴れ 72km ルート

興奮からか、寒さからかあまり眠れなかった。積丹半島の海岸線は断崖絶壁である。1km2kmあるトンネルがいくつも通っていた。

鬼のような激坂を登って、神威岬到着。この時期にスタッドレスタイヤを履かなくても行けるであろう北限をこの旅のゴールに設定してから4か月、ようやくここまで来れた。久しぶりに部の枠から解放されて、自由になって、一人になって、シンプルに素晴らしい旅ができた。そしてやはり日本は最高でした。

記念写真を撮って、帰路に着く。余市駅まで走りきり、輪行して千歳駅まで。


 

自転車旅は楽しい。頑張って自転車をこいで進めば、景色が次々と変わっていく。ひとこぎひとこぎの努力で、確実に先へと進んでいける。暑さや寒さを肌で感じ、苦しい峠に一人涙し、道の世界へと踏み込んでいくのにワクワクする。今晩はどこに泊ろうか。明日はどこを目指そうか。危険をどう乗り越えるか、すべては自分の判断次第だ。

「放浪哲学」中西大輔


これにて記録は終わりです。最後まで読んでいただきありがとうございました。


4.(一部の同業者に向けた)おまけ(資料)


自転車旅の装備一覧

服装

-5℃から25℃までの自転車での走行を想定。

  • タイツ(厚薄2枚)
  • レーサーパンツ(長短2枚)
  • 下着(2セット)
  • ベースレイヤー(長袖半袖)
  • Tシャツ(沖縄用)
  • フリース
  • ダウン
  • 長ズボン
  • ウィンドブレーカー(蛍光色)
  • 手袋
  • インナー手袋
  • フェイスマスク
  • ビンディングシューズ
  • 運動靴
  • シューズカバー
  • 雨具上下
  • サングラス(レンズ付け替え昼夜)

生活

  • 寝袋
  • テント
  • 歯ブラシ
  • ザック.ザックカバー(28 L)
  • 計画と記録を書いたノートとボールペン(和歌山で失くす)
  • 携帯.ライト充電器
  • モバイルバッテリー
  • アイマスク
  • 銀マット

自転車周り

  • リアライト(3つ)
  • フロントライト(2つ)
  • ヘルメット
  • レンチ
  • タイヤレバー
  • 輪行セット(輪行袋 リア金具 フロント金具)
  • 替えチューブ(2つ)
  • フロントキャリア.専用雨用カバー
  • リアキャリア
  • 携帯ポンプ
  • 三角キャリア
  • 荷紐(3つ)

日本三大自転車危険地帯.福岡静岡金沢 幹線道路通り抜け表

特に危険だと思うところを表にしてあります。普段ロングライドをしない人にはさっぱり訳の分からない表でしょうが、わかる人にはわかるはず...

(Rは国道、rは各都道府県道)

1.金沢の8号線←クリック

一回高架に入ってしまうとお終いな道。

2.福岡の3号線←クリック

(福岡と静岡の、この区間は国道に入ると法律違反です)

いちいち曲がったりするのが面倒な人、時間に余裕がある人はR495に迂回しましょう。

3.静岡の1号線←クリック

「静岡の道はワールドクラス」

   by紀伊半島で出会った自転車旅のドイツ人

回顧.2016年春合宿四国一周チャリの思い出

自転車旅で載せていないのは四国だけなのでおまけでざっと振り返ります。
二年前初めて自転車で長距離を走った、思い出の合宿です。今振り返ると、なんでこんな貧弱な装備と経験で、四国一周ができたのかさっぱりわからないほど、無防備で、クレイジーな旅でした。
もうこれを超す自転車旅は出来ないでしょう。
 
一日目
3/26(土)尾道駅→伊予富田駅@今治市 85.6km
 
因島フェリー。ここからスタート。
夕日のしまなみ海道。
 
二日目
3/27(日)→道の駅みろく 161.1km
初転倒の思い出の日。
 
三日目
3/28(月)→海の駅 東洋町 149.6km
N川がある事件を起こした記念すべき日。
四日目
3/29(火)→ファンキータイム朝倉店@高知市 129.7km
初ネカフェ。
室戸岬の奇岩を前にスマホをいじるN川。
 
五日目
3/30(水)→鹿島公園@土佐清水市 143.0km
峠越えがつらかった一日。みんな道の駅で昼寝してた。
 
六日目
3/31(木)→道の駅津島やすらぎの里@宇和島市 137.2km
初雨。全員が死んだ魚の目になる。
足摺岬。景色は綺麗だが、とにかく筋肉痛がひどかった。
七日目
4/1(金)→天然温泉キスケの湯@松山市 114.6km
雨で死ねる。おそらくワンゲル人生で最もつらかった一日。
 
八日目
4/2(土)→片山交差点@今治市 46.4km
ゴールしてK山とはしゃいだのはいい思い出。
 
 

2018春.日本縦断チャリ(復路) 喜屋武岬~神威岬 前編

2018-04-19 00:00:00 | 個人活動(チャリ)

2018春.日本縦断チャリ(復路)前編

記録: 劉

1.はじめに


往路を読んだことのない人はこちらから→2016夏.日本縦断チャリ(往路)

 2018春、部員が海外にこぞって旅行する中、手首と足首を捻って、観光地のみをめぐる旅の風潮に一人反抗し、自転車で再び全国を旅した人間の記録です。

今まで走ってきた道のり

今回のコースはまだ通っていなかった沖縄、本州の太平洋側、九州一周を含む全長約3100kmの道のりです。本当は長野山梨群馬も通るはずだったんですが...詳しくは記録で.

(注)ずっと書いていた記録を書いていたノートを和歌山に置いてきてしまったため、日時と距離、時刻がやや曖昧です.もっとも、こんなに長い記録を全文読む人はよっぽどの変態か筆者のストーカーかに決まっているので、普通の人たちは、暇つぶしに太字と写真だけでも読んでいただけたらありがたいです。

 

2.目次


(前編)

1日目 夕方の博多駅を出る。佐賀をあっさりスルー。長崎へ。 125km 

2日目 雨。長崎は相変わらずの坂っぷり。 138km 

3日目 高速船が波浪で休航。野母崎へ。 100km 

4日目 天草を堪能する。膝に激痛が。鹿児島へ。 126km 

5日目 ひざの痛みを引きずりつつ、根性でフェリーに乗り込む。 76km 

6日目 船上 0km

7日目 沖縄で膝が治る。喜屋武岬と辺戸岬。ようやくスタート地点へ。 186km 

8日目 難所沖縄県道70号。どしゃ降りすぎて前が見えない。 134km 

9日目 船上。船の揺れで立てない。0km

10日目 桜島を通過。ようやく足ができ始める。宮崎へ。170km 

ここで先輩の追いワンのためいったん帰福

11日目 疲労が抜けスイスイ。大分へ。187km 

12日目 自転車の変速機が吹っ飛ぶ。路頭に迷う。127km 

ここでまた帰福。しばらく自転車の復活を祈る

13日目 久々に漕いだ気分。門司港へ。125km 

14日目 大阪でのんびりしすぎて夜漕いでしまう。和歌山へ。97km 

15日目 紀伊半島、やばい。148km 

16日目 本州最南端にたどり着く。三重へ。136km 

17日目 向かい風と坂と雨。滅入る。97km 

18日目 一転晴れと追い風。爆速で静岡へ。190km 

19日目 残雪の箱根越え。関東は庭。東京へ。165km 


(後編)

20日目 実家で爆睡。0km

21日目 また夕方に家を出る。霧が深い。茨城へ。95km 

22日目 暑い。桜前線を追い越す。原発区域をバスで越える。宮城へ。 185km 

23日目 盆地は自転車の友。岩手へ。150km 

24日目 条件が良すぎる。楽勝で峠越え。青森へ。190km 

25日目 平地に雪が見え始める。海と空が異様に青い。北海道へ。140km 

26日目 雪の積もり方がすごい。はしゃぐ。164km 

27日目 神威岬。ついにゴール。かぜつよ!72km 

 

3.記録

 

1日目


  2/18(Sun)→道の駅松浦海のふるさと館(長崎) 晴れ 125km ルート

前日ほぼ徹夜でダラダラ準備していたため、昼間爆睡する。家を出たのは15:30。

 

16:30博多駅を出発。ここからまず沖縄のスタート地点に向けて走り出さなくてはならない。

伊都の部室によって借りていた本を返して、西へ向かう。すでに真っ暗だが、唐津の海の音を聞いて自転車旅の実感がわいてきた。24:30到着。グダグダして26:00くらいに寝た。

 

 2日目


 2/19(Mon)→自遊空間 長崎時津店(長崎) 雨時々曇り 138km ルート

9:00に起きる。夜はひとしきり降ったようだ。雨具を着て出発。やはり松浦半島は坂がひどい。あまりやる気も起きず、本土最西端に向かう。

14:00の時点で、まだ70kmしか走っていないことに焦る。午後から雨が強くなってくるが、明日のフェリーのため頑張って長崎市の手前まで来た。装備を乾かして就寝。

 

 3日目 


 2/20(Tue)→長崎港フェリーターミナル(長崎) 晴れ 100km ルート

8:00出発。あっさり長崎市中心部を通過して、峠を越えフェリー乗り場へ向かうが晴天にもかかわらず海が荒れていて船が出ないらしい。3時間後の次の便までベンチで寝て待つ。しかし午後の便も欠航になったそうで、今日鹿児島に行くのはあきらめて野母崎に行くことにした

野母崎からの景色。結構満足して長崎市に戻り就寝。

 

日目 


 2/21(Wed)→道の駅阿久根(鹿児島) 晴れ 126km ルート①  

フェリーターミナルの会社の人の足音で起きる。再び峠越えして茂木港へ。 

小さな船に自分と釣りのおじさんと二人で乗り込む。天草へ。道にはたまに教習車が通るくらいでほぼ一人旅。晴れ、海、静か四日目にしてようやく自転車旅らしいことができている。

牛深港についてここから長島までまたフェリーである。

オリンピックのフィギアスケートを見ながら船を待つ。長島について長い坂を上っている所で膝に激痛が走る。テーピングをして軽いギアでゆっくり漕ぐがかなり痛い。心配しても仕方ないのでさっさと寝ることにした。

 

5日目


 2/22(Thu) →船上 晴れ時々曇り 76km ルート

とても膝が痛い。が、そんなことを気にしている場合ではなく、何とかこの足で鹿児島に向かわなければならない。慎重に一つ一つ漕ぐ。R3が優しい道で助かる。坂があったら歩いていたかもしれない。14:00頃鹿児島港に着く。

ここから那覇港まで25時間の船旅である。自転車を乗せている人も結構いて安心。だがさすがに北海道まで行く人はいないだろう(行けるかわからないけど)。

 

6日目


 2/23(Fri) →奥武山公園(沖縄) 晴れ 0km 

特になし。船でのんびりしていただけ。無理を言って与論島に停泊している間、少し上陸させてもらった。

 

 7日目


 2/24(Sat) →辺戸岬(沖縄) 晴れのち曇り 186km ルート

6:00那覇スタート。膝はサドルを少し上げたら全く痛くなくなった。看板通りに道を進むといくつかダートがあって喜屋武岬についた。

ようやくここからスタートである。那覇に戻って買い出しして一気に本島北端まで北上。離島だけあって坂道が多いが、風もいいしなにより暖かい。楽しかった。

最北端辺戸岬でテントを張って就寝。

 

 8日目


 2/25(Sun)→奥武山公園(沖縄) 曇り時々雨 134km ルート

今日は昼から雨予報なので速めに進みたいが、難所県道70号が待っている。

ほぼダムか森か米軍基地しかない。売店どころか自販機すらも一つしかない。めちゃくちゃ登った後、めちゃくちゃ下るを20回くらいこなした。ボロボロになりつつ、高江や辺野古のバリケードの前を通過したくらいで次は雨がどしゃ降りになりはじめる。道が水没しそうだったのでしばらく雨宿り。暗くなってからも漕ぎ続け、巨人のオープン戦をやっていた公園で就寝。無事沖縄一周完走した

 

 9日目


2/26(Mon)→船上 晴れ 0km

船が揺れすぎて歩けない。ほぼほぼ寝て過ごした。 

 

10日目


2/27(Tue)→快活CLUB 宮崎駅前店(宮崎) 晴れ 170km ルート

9:00鹿児島港に着く。船の上で立てず、一日いろはす一本で過ごしたためたっぷり腹ごしらへをしてから、桜島フェリーに乗り込む。

20分で桜島を通過。スタート時刻は遅かったが、沖縄で疲れた体もすっかり回復し快調だった。1ピッチ40kmでガツガツ進む。ようやくロングライドに必要な体ができ始めたと実感。暗くなっていく日南海岸を横目に宮崎市に向かって北上し続ける。途中の日帰り温泉でゆっくりしてから、近くのjoyfulで夕食を取るが突然吐き気を感じて吐いてしまう。一日睡眠不足を食事でごまかし続けていたつけか。食いすぎるのも考え物である。

ここで先輩の追いワン(追い出しコンパ)のため帰福。

決して直前になって、2月が28日までだったことを思い出した訳ではない。

 

 11日目


3/6(Tue)→自遊空間大分光吉店(大分) 雨 187km ルート

追いワンを終えて、家を出よう出ようとするが雨が多くやる気が出ない。ただ自転車を宮崎においていくわけにはいかないので、渋々宮崎に戻る。雨が強いため、スマホを奥にしまい込みブログのに載せるであろう写真を撮ることを放棄して、宮崎を潰しにかかる。去年のGW大崩以来の延岡でチキン南蛮をちゃんと食べる。おそらく地方の名産をきちんと食べたのはこのたび唯一であった。食べ物にはいささかの興味もない。三国峠を抜け、緩やかな下りを終えて、大分に着く。このペースなら福岡まですぐだなとこの時は思っていた....

 

 12日目


3/7(Wed)→家(福岡) 雨 127km ルート

昨日に比べると雨が強くなっている気がする。別大道路の広い海沿いの道を抜けて、国東半島を通過する。大分はトンネルが多いため、雨を少しだけ避けられるのでありがたい。宇佐市に着く前のコンビニで変速機の調子が悪いなと思って、レンチで調整する。これがまずかった。走り出そうと漕ぎだしたとき、後ろのタイヤからバキバキ音がした。後ろを振り返ると変速機が転がっている。ヤバい、やらかしたと思った。変速機が折れ曲がり、チェーンは切れ、エンド金具は折れている。去年も同じところを壊しているので、もう走れないことは明白だった。10分で落ち着いて即家路を調べ始める。最寄り駅は豊前長洲駅で5km先にあった。そこから電車ですぐ帰れる。雨の中、自転車を分解し、ずぶ濡れになりながら一時間歩いて駅まで向かった。非常に惨めだった。今思えば、壊れたところを写真に収めるべきだったが、そんな元気もなかった。ずっと計画していたものが失敗するのは堪える。

 

家の近くの自転車屋さんに出すと、10日ほどで直ることがわかった。残りの距離を計算して、まだぎりぎり神威岬には行けそうだった。

これはもう、頑張るしかない。

 

 13日目


3/17(Sat)→船上 晴れ 125km ルート 

11:00。直ったので、再び漕ぎだす。今年の春休みは自転車に乗る以外のことをしない覚悟でいたので、漕がない理由がないなら家を出るしかなかった。自転車がちゃんと直ったのも嬉しいような、悲しいような不思議な気分だった。北九州への道を漕ぐのは4回目である。この区間の国道三号線はほぼ自転車は通れないが、バイパス供用前の旧道なら通ることができる。ちゃんと間海峡も見てその先の新門司港に向かう。ここから神戸港に向かってまた船である。

 

14日目


3/18(Sun)→快活CLUB 紀の川大橋店(和歌山) 晴れのち曇り 97km ルート

船は快適だったが、何故かまったく寝れなかった。9:00に神戸港を出る。神戸港は一年半前不貞寝した土地として(自分の中では)有名で、懐かしくなる。

大阪の梅田駅前に到着。ここから御堂筋をまっすぐ南下して、三重県松坂まで約400km曲がらないはず。都会ならではの大量の信号に眠くなってくる。パチンコ屋の多さに驚きつつ、途中のスーパー銭湯に入り、休憩室で爆睡。建物を出ると、もう暗くなっていた。のんびりしすぎた。峠を越えて、和歌山に入る。

 

 15日目


3/19(Mon) →道の駅すさみ(和歌山) 曇りのち雨 148km ルート

R26からR42に入る。幹線道路だけあって車が多い。 御坊市まで渋滞の中を道がぼこぼこのトンネルと峠越えと格闘した。暇つぶしに、峠越えをした後何キロ漕がずに進めたかを測るだけの遊びをし始める。今日の最高記録は7kmだった。途中雨が降り始めたあたりで、高速道路が無料区間になったようでほとんど車がいなくなる。暗くなって、雨の中、左手に廃墟と右手に漁火しか見えない道を30km走る。おなかが減ってきて、閉まった道の駅の横にあった自販機のハーゲンダッツで糖分補給するが、おなかが冷えて逆効果だった。そこから20km粘ってご飯にありつく。また誰もいない道の駅の屋根の下で、着ていたものを全て乾かし就寝。

 

16日目



3/20(Tue)→道の駅 紀伊長島マンボウ(三重) 雨 138km ルート

雨、つらい。昨日続いていた坂道の応酬は目立たなくなったが、やる気はない。串本町で道をそれて本州最南端に向かう。

10:00頃、潮岬に到着。このモニュメントの前にあった休憩所のベンチでしばらく寝ていると、男子大学生の集団がぞろぞろ歩いてきて、はしゃいでいた。同年代なのに潮岬に対するテンションの差に悲しくなった。本当は那智の大滝とかに寄って、写真をここに載せて、楽しい旅を演出するべきなのだろうがそんな余裕はなかった。

特に熊野~尾鷲の峠はすごい。15km雨の中下って表情筋が動かなくなった。行く人は今後10年現れないだろうが、もし行くなら頑張ってほしい。

 

 17日目


3/21(Wed) →自遊空間伊勢小俣店(三重) 雨 97km ルート

やる気があまりにもないので、今日は距離を短くして実質休養日にすることにした。雨は今日までとの予報を信じる。峠を一回登った後、茶畑の中を緩やかな下りが続くが、向かい風のためスピードが出ない。止まるたびに長い休憩を取って、自分の体を甘やかす。15:00頃目的地のネカフェに到着。業務用の暖房の真下のスペースだったため、装備が一瞬で乾いた。

 

18日目


3/22(Thu) →アプレシオ清水店(静岡) 晴れ 190km ルート①  


朝、伊勢のマックで雨雲が去るのを待つ。久しぶりに晴れを見る。夜通し強い雨が降っていたようで、道が川同然になっていた。伊勢神宮を通過して、伊勢湾フェリーに乗り込む。

恒例の一時間爆睡で知多半島に到着。今日は低気圧を追いかけることになるので、絶対追い風と予想したのが大当たりで、昨日とは見違えるような速度で走行できた。静岡に着くと普通に移動するならR1を走るべきだが、自転車だとそうもいかない。浜松から沼津までそのほとんどが自動車専用道路なので、う回路を選択しなければならないのだ。なのでこの旅を計画するうえで静岡県だけは完璧に予習した。市街地の細い道を時速40kmで駆け抜ける。

大崩海岸の海上橋からの富士山。やっぱり晴れると気分がいい。去年の夏合宿で寝た静岡駅を通り抜けつつ、思惑通り190km走れた。

 

19日目


3/23(Fri)→実家(東京) 晴れのち曇り 165km ルート

今日は交通量の少ないう回路もなくなって大型トラックの圧力がすごい。眼前の富士山を目の保養に箱根を目指す。箱根は標高874m。この旅で断トツの最高地点になる。静岡県側はトラックも多いので、歩道を無になって登る。自転車の人も多く一安心。

登っているうちに歩道が雪で埋まってしまう。紀伊半島を通っている間の雨がここでは雪になったようだ。雲も近くなって峠越えのくせに寒くなってくる。箱根峠にあるお店でカレーを食べてまたさらに登る。

 

思ったより楽だった印象が強い。やはり箱根のネームバリューは足を軽くするのか。ここからダウンヒルなので寒くならないように着こむ。30kmほどなにもせず小田原に降りる。ここまで来れればこっちのもんだった。R134→R129→都道3号とつないで、実家に帰宅。

 

 20日目


3/24(Sat) 実家(東京) 不明 0km

持ってきたあらゆるものを洗濯し、爆睡。

 

 

後編に続く...


台湾環島 2017/3/8~3/25

2017-04-25 21:55:41 | 個人活動(チャリ)

 2017/3/8~3/25 

個人活動 

記録:石橋

 

 

個人的に台湾をチャリで一周してきたのでこの場を借りてまとめさせていただく。ちなみに現地では台湾を一周することを「環島」(ファンダオ)という。 台湾一周にあたり、台湾の観光局が出しているサイクリングガイドが大いに参考になった。http://map.taiwan.net.tw/ebook/pdf/2015_bicycle_jp.pdf

 

台湾環島アウトライン

3/8~3/11 台北観光

3/12 台北→桃園 67㎞

3/13 桃園→台中 131㎞

3/14 台中→嘉義 104㎞

3/15 嘉義→高雄 138㎞

3/16 高雄観光 0㎞

3/17 高雄→懇丁 120㎞

3/18 懇丁→台東 143㎞

3/19 台東→瑞穂 126㎞

3/20 瑞穂→花蓮 79㎞

3/21 太魯閣観光 0㎞

3/22 花蓮→蘇澳→九份 (花蓮・蘇澳間は鉄道輪行)101㎞

3/23 九分→台北 34㎞

3/24 台北北部一周 124㎞

3/25 帰国

 

 

3/8~3/11 台北観光

 海外旅行は初めてで不安なことも多かったので、初めの4日間は同じ学部の友達とともに台北を観光した。さまざまな夜市、平渓線、故宮博物院、台北101、猫空、台北動物園などに行った。目に入るものすべてが新鮮だった。飯もうまいし安い。故宮博物院への道中、台湾出身ニュージーランド在住の方と知り合い博物院を英語で案内してもらった。次はニュージーランドを旅しよう。ちなみに台湾一周を思い立ったのは昨夏札幌駅で話したおっちゃんが台湾の良さを語ってくれたからだ。

(平渓線 天燈をあげることができる)

 

(猫空ロープウェー 結構急な勾配を登る)

 

(松山近くの河川敷 LOVEの文字は僕には眩しすぎる)

 

 

3/12 台北→桃園 67㎞

 友達に別れを告げ、台湾環島を開始した。自転車は日本から飛行機で輪行することも考えたが、調べていくうちに面倒になったので現地で借りることにした。現地で必死に中国語のサイトを漁り見つけたのが、松山にある佳遊單車という自転車屋。前日にアポを取りレンタルの了承をもらっていた。オーナーさんがとても親切で自転車のメンテナンス方法など丁寧に教えてくれた。オーナーさんは英語があまり話せないため娘さんが間に入って英語で説明してくれた。大学生くらいで同じくとても親身になって接してくれた。台湾でチャリを借りるときは是非行ってほしい。借りることができたのはマウンテンバイクだったが、リアにバックがついておりすべての荷物を積むことができた。松山駅に環島1号線の起点があったので記念撮影。環島1号線とは自転車で台湾を一周するのに適したサイクリングルートのことでこの標識に従っていけば台湾一周ができるというわけだ。結局出発したのは11時過ぎ。急がねば。台北を貫く川の河川敷には立派なサイクリングロードが整備されておりとても走りやすかった。途中、三峡老街によった。それからは緩やかなアップダウンが続いた。台北を抜けると急に寂しくなった。英語の併記がなく、中国語だけの世界。だんだん霧が深くなってきて、気分は良くなかった。大気汚染物質だろうか。ただの霧であることを願うしかなかった。その辺に野宿する勇気はなかったのでこの日は桃園郊外の山奥のキャンプ場に泊まることにした。初日からハードルが高い。施設の人に取り囲まれ、中国語で色々と話されたが、何一つ理解できない。英語が全く伝わらないのは恐ろしい。テン場なので安く済むと思いきや500元も取られた。確かにものすごい山奥にある割に施設は整っていた。遠くで野犬の鳴き声が聞こえる。

(環島1号線の起点)

 

(三峡老街 人が多かった)

 

 

3/13 桃園→台中 131㎞

 鶏の鳴き声で目が覚めた。この日も空気は淀んでいた。前日のテン場であまりいい思いをしなかったのでこれからはまともな宿に泊まろうと決心した。丘陵ゾーンを抜け、海岸の近くを南下した。快速公路という日本のバイパスみたいな道路が通っており、自転車や原チャは通行できないのだが、快速公路には側道が付随したケースが多く、自転車はそこを通ることができた。単調な景色が続き、あまり面白い区間ではなかった。海岸付近にも地味にアップダウンがあり、少しずつ体力を削られた。台中に入る直前にピークがありとても疲れた。この日はホステルに泊まったが、宿の場所が分からず大変だった。電話をしたら迎えに来てもらえたので助かった。

(快速公路はこんな感じ)

 

3/14 台中→嘉義 104㎞

 台中中心部を迂回し、前日に稼いだ標高を一気に駆け降りた先に彩虹眷村があった。カラフルな絵が目を引く。時間を気にしながら急ぐ。彰化の扇形車庫を見学しようとしたが平日は昼からの開放で見学できなかった。八掛山で大仏を見た。小高い丘の上にあり、なかなか眺望が良かった。大仏の中には入ることができる。鎌倉みたいだ。その後は台1線をひたすら南下。途中、西螺大橋という有名な橋を渡った。台湾は国土が狭いはずなのに川幅がやたらと広い。嘉義に着いた。阿里山鉄道の起点であり鉄道公園みたいなのがあった。面白い形をしたモニュメントなどもあり、見どころは多かった。

(彩虹眷村)

 

(八掛山の大仏)

 

(西螺大橋)

 

 

3/15 嘉義→高雄 138㎞

 台1線を南下。間もなく北回帰線を通過した。途中、台南の大きな寺院を見るため大河沿いを下った。景色が単調で向かい風がきつかった。台南北部には大小さまざまな寺院が点在していた。鹿耳門天后宮は特にスケールが大きかった。それからは台17線を南下。高雄に近づくにつれて原チャの数が増え、気分は良くなかった。日が暮れるころに高雄到着。台北を一緒に回った友達と合流し、夜市を楽しんだ。

(北回帰線)

 

(鹿耳門天后宮)

 

 

3/16 高雄観光 0㎞

 高雄には見どころが多いため、一日観光した。蓮池潭には華やかな建物が並び、テーマパークのようだった。旗津で食べたマンゴーかき氷が美味かった。

(マンゴーかき氷)

 

(美麗島駅 ステンドグラスが美しい)

 

(途中で会ったインコ 急に你好と声をかけられたので返事をするが誰もいない。声の主はこいつだった)

 

(サイクリングロード 台湾の橋は本当に洗練されていると思う)

 

 

3/17 高雄→懇丁 120㎞

 台17線を南下した。途中果物屋で謎のフルーツを食べていると、陽気なおっちゃんが話しかけてきた。彼女はいるのかと聞かれたのでいないと答えると "That's terrible !" と言われた。続けて、すぐに彼女できるよ心配しないでみたいなことを言われた(気がする)ので元気が湧いてきた。ちらほらとサイクリングをする人たちを見かけるようになってきたのでようやく面白くなってきた。途中で霞が晴れ、追い風に乗ったので気分爽快だった。日が暮れる前になんとか台湾最南端に着いた。宿は近くのテン場。懇丁は台湾のリゾート地的な位置づけでキャンプ場が多くあった。暖かく、マリンスポーツを楽しむ人たちもいた。

(台湾最南端)

 

 

3/18 懇丁→台東 143㎞

 台湾環島の中でも難易度の高い区間。峠越えがあった。朝早く出たため心の余裕があり、テンポよく峠はパスできた。安心できると思いきやその後もアップダウンは続いた。西海岸と違って台湾東海岸は険しい。だが景色は良く、飽きずに先へ進める。途中休憩してる間に同じく環島している台湾人の二人組と会った。とても遅いよと言ったが問題ないと言ってくれたので共に行動することになった。彼らはとても親切で、警察署で水分補給ができることなどを教えてくれた。グループでのサイクリングも楽しい。現地の方と話ができていい刺激になった。すでにホステルの予約はしていたので台東で一旦別れた。瑞穂で合流する約束をした。

(東海岸 道が険しいうえ、道路工事をしている)

 

 

3/19 台東→瑞穂 126㎞

 水往逆流や三仙台という景勝地に行きたかったので環島1線を外れ海岸沿いの台11線を北上した。海沿いであるので眺めは良かった。しかし天気が怪しい。左手の山には明らかに雨雲がかかっていた。瑞穂へ行くためには峠を越えなくてはならない。峠越えを開始して高度を上げるとともに徐々に雨脚が強まってきた。何とかピークまで漕ぎ、トンネルを抜けると土砂降りの雨が待っていた。この旅の中で一番しんどい区間となった。たまたま途中で昨日会った一人と合流し、先導してくれた。雨のなかだったが仲間がいたことで何とか走りきることができた。本当に感謝したい。夜は再び3人で集まり、一緒にご飯を食べた。台湾ビールが美味しかった。

(水往逆流 画像上部から水が流れているように見えるが・・・)

 

(三仙台)

 

(仲間と夕食)

 

 

3/20 瑞穂→花蓮 79㎞

 この日は3人で花蓮まで走った。瑞穂から一旦少し南下して北回帰線のモニュメントを見た。その後は台9線をひたすら北上。一緒に食べた昼食が美味しかった。2人には泊まるあてがあったので、花蓮駅で別れた。仲間と過ごした3日間はとても充実していた。

(一緒に昼ごはん)

 

 

3/21 太魯閣観光

 天気も微妙だったので、咄嗟の思い付きで太魯閣峡谷観光の現地ツアーに参加した。中国語のガイドはさっぱり分からなかったが、運転手さんがとても親しくしてくれて、助手席という特等席に座らせてくれた。太魯閣峡谷は息をのむほどの断崖絶壁で圧倒された。その断崖絶壁に人力で無理やり道路を造ったっていうからすごい。

(清水断崖 チャリで通るには厳しい・・・)

 

 

3/22 花蓮→蘇澳→九份 (花蓮・蘇澳間は鉄道輪行)101㎞

 迷いに迷ったが、花蓮ー蘇澳間は現地の人でさえ避けるほどの難所らしいので鉄道で輪行した。台湾では指定列車の最後尾に自転車を分解せずそのまま持ち込むことができる。料金は子供料金と同じだ。このシステムは是非日本にも取り入れてほしい。車内で環島している別の台湾人のグループと会った。帰り際にバナナを頂いた。偶然立ち寄った警察署がとても良かった。入るや否やとても歓迎してくれて、昼時だったのでカップの牛肉麺を食べさせてくれた。それだけで十分満足だったのに、お土産にとたくさんのお菓子とカップ麺、さらにはその辺にあったトマトや栄養ドリンクまでもを頂いた。感動で泣きそうだった。本当に感謝したい。台2線を北上。海岸沿いは観光スポットが点在し、見どころが多かった。途中あった蘭陽博物館が建築的にとても面白かったが、あいにく休館日であった。台湾最東端を越え、閑静なサイクリングロードを抜けたところで、同じ列車に乗ってた台湾人グループと合流した。さらに日本が大好きだという基隆出身のおっちゃんとも知り合い、基隆まで一緒に走った。基隆のおっちゃんにはご飯まで奢ってもらった。サメの燻製みたいなのが美味しかった。暗くなってしまったが、坂を登って九份に到着した。千と千尋のモデルになった場所らしい。確かに雰囲気はあった。夜は視程5mくらいの濃い霧に覆われた。

(列車にチャリをそのまま積み込める)

 

(蘭陽博物館 興味深いファサード) 

 

(九分)

 

 

3/23 九分→台北 34㎞

 本当は台湾最北端を目指し北上する予定だったが、天気がイマイチだったため台北に戻ることにした。雨宿りにと基隆海科館に寄ったが、日本にもありそうな感じで正直微妙だった。軽めのピークを越えるとすぐに台北に着いた。一応これで台湾環島達成。時間があったのでMRTで碧潭へ行った。男一人で行くところではない。噴水ショーが素敵だった。

(碧潭の噴水ショー)

 

(台北中心部はとても綺麗だ)

 

 

3/24 台北北部一周 124㎞

 サイクリングできるのは最後の一日。人が多くて松山駅から基隆駅まで輪行できず幸先の非常に悪いスタートとなった。全速力で基隆へと急ぎ、海岸沿いを進んだ。追い風が味方してくれたため、朝のことは忘れて気持ち良く走れた。マウンテンだったが途中アベレージ35㎞/hくらいのスピードで快走できた。野柳の奇岩や石門の老梅石槽は美しかった。カオスな寺として日本では割と有名らしい金剛寺にも行ってみたが、確かにカオスだった。一人で行くには少し勇気がいる。淡水で夕日を拝み、台北・松山へと戻った。自転車屋に戻るとご主人さんがお土産をくれた。台湾は本当にいい人ばかりである。飛行機が翌朝の早い時間だったのでMRTで空港へと向かった。最後に台湾ビールを飲んで空港ビバーク。

(野柳 自然の造形は美しい)

 

(台湾最北端)

 

(淡水 ぜひカップルで)

 

 

3/25 帰国

 無事に日本へ帰ることができた。

 

 

 レポートは以上です。今後台湾へ行く人の参考に少しでもなればと思います。 


2016年夏 日本縦断チャリ 8/24~9/28

2016-12-07 22:47:49 | 個人活動(チャリ)

九大ワンゲルにもブログができたということで、記念に投稿してみます。

もともとホームページに直接貼る予定だったので、文体が固く読みにくいですが悪しからず。

2016年 日本縦断チャリの記録

パーティー:かたやま なかがわ りゅう

記録:りゅう

 

もくじ


 

1日目   0km     嘘のように速い飛行機と地獄の五時間ノンストップ特急

2日目   132km 宗谷岬につく 凄まじい向かい風に耐える

3日目   115km 延々と続くアップダウン 中川が謎のスパートをかける

4日目   146km 追い風で心地よい サッポロビールを本場で飲む

5日目   82km   札幌市内観光 フェリーがやたら快適

6日目   115km 雨 道ぼっこぼこで転倒する

7日目   0km     東北初上陸台風 停滞

8日目   166km 初パンク 八郎潟が美しい

9日目   161km 向かい風(二回目) 中川スパート(二回目) 初山形

10日目 155km 暑い。ゼリー缶を三本一気飲みする 難所を越え佐渡へ 

11日目 50km   壱岐Tシャツを着て佐渡を渡る 至高の旅

12日目 125km 親不知は自転車が通るとこじゃない

13日目 150km まさかの午前二時スタート 久しぶりの雨

14日目 99km   トンネルの泥にはまり泥だらけに…… 中川と別れる

15日目 92km   京都へ 都会すぎてビビる

16日目 28km   また台風 それでも比叡山にのぼりに行く

17日目 41km   六甲山登山の帰り、工具とシューズをコインロッカーに置き忘れる

18日目 117km 小豆島へ  工具を取り戻しテンション高め

19日目 157km 広島へ カープ優勝でカープやくざに絡まれる

20日目 16km   下痢してやる気が出ず どしゃ降り

21日目 183km 山口の道怖し

22日目 110km 船酔いでテンション低め 無事福岡へ帰宅

ここで予備日と大学の集中講義と地区連キャンプを挟むため、日が空く

23日目 187km 久々のチャリ 暑すぎ、もう秋やぞ

24日目 209km 最後だと思って距離感が壊れる

25日目 75km ついに佐多岬にゴール 新しくなってた看板で記念撮影


1日目


8/24(Wed) 晴 自宅(福岡)→JR稚内駅  0km

 12:30に福岡空港に集合。が、自分がいきなり遅刻する。何とか間に合ったが、手荷物検査で自分がチェーンスプレー、中川がでかめの六角レンチを没収された。飛行機輪行は自転車の負担が大きいため緩衝材を詰めた。中川はプチプチを忘れたため、空港の宅急便の人にプチプチを頂戴したらしい。飛行機はあほみたいに速い。18切符が基準のワンゲラーたちは困惑気味だった。ここから列車へ。札幌行は結構混む。札幌から、一日に三本しか走っていない稚内行に駆け込む。そこから5時間ノンストップ。空腹がすごかった。

 

22:54着。稚内に着くと涼しい。駅前でのビバークは快適。

 

2日目


 

8/25(Thu) 晴 →道の駅天塩(北海道)  132km

 4:30起床。ピストンで宗谷岬へ。朝日がまぶしい。別に高度を挙げているわけではないが、北に進むにつれ息が苦しくなるようだった。

 

7:00前宗谷岬着。とても良い天気。観光バスも人もいない。ここから2300km家へと帰る。ノシャップ岬はスルーした。オロロンラインに入ると向かい風が凄まじく、平地でも15kmしかでない異常事態発生。シャリバテで死にかける。天塩まで街どころか信号も建物もない。信号より風車のほうが多かった。初日がこんなだったため、今後街を見ると「都会だ!」と感動することになる。温泉はぬめぬめだった。

 

3日目


 

8/26(Fri) 雨→くもり →留萌船場公園(北海道) 115km

午前には上がる予報なので上がるまで寝た。10:00発。風はましになった。初山別付近の延々と続くアップダウンにやられる。今日は20kmごとに町があって気が楽。昨日から隊列を入れ替えつつ風よけを作っていたが、中川が坂を前に先頭に立ったところで謎のスパート。片山がちぎられた。本人は気づかぬうちに独走状態で2km走った。途中羽幌で初めてセブンを発見し、一同その都会さに感動。今日は距離以上につらかった。日の入り前に留萌に到着。公園で野宿した。迷走している台風がこっちに来ているらしい。

 

4日目


 

8/27(Sat) 晴 →ライダーハウスねこじゃらし(北海道) 146km

 留萌の朝は寒い。深い霧が出ていた。6:15発。霧の中標高106mの美葉牛峠を越えると、石狩平野のだだっ広いたんぼになった。そこからは追い風だった。中川と片山が牛乳をいろはすに入れ替えてる写真をワンゲルラインに貼って遊び始めた。12:00の時点であっさり札幌まで25kmに。当別町のうどんがうまかった。都市部は道がぼこぼこでケツが痛い。札幌につくと、時計台を発見する。中国人であふれかえっていた。予約していたライダーハウスにチェックインするまで時間があったので北大へ。クラーク像は予想を大きく下回る。後で思えば羊ケ丘展望台のクラーク像にも行っとくべきだった。きれいな芝生でしばらくのんびりする。学生がアカペラを練習していた。ライダーハウスの下の居酒屋で飲んだビールがうまかった。札幌でサッポロビールが飲めて満足満足。

 

5日目


 

8/28(Sun) 快晴 →シルバーフェリー内 82km

 8:00起。今日は苫小牧までなので気が楽だった。個人に分かれて札幌市内を観光した。やたら道が混んでいるなと思っていたら今日は北海道マラソンらしい。交通規制がなされていた。13:00発。今日も追い風だった。R36を気持ちよく進んでいく。まるで高速道路のような感じ。札幌市内は今までと打って変わって信号があったので、自転車のキャリアが重い片山は苦労していた。キリよく3ピッチで苫小牧へ。夕飯はラーメンを食べて、自転車屋で備品を購入して、空気を入れなおす。フェリーターミナルへ行くとまるで空港のような設備で博多港や松山港のようなこじんまりとした感じではなく、とても豪華だった。フェリー内も売店、浴室、コンセントも完備されていた。二等でも相当快適。夜甲板に出ると満天の星空が見えた。

 

6日目


 

8/29(Mon) 霧雨→雨 →青森まんが図書館D-ポケット(青森) 115km

 八戸港につく。ここで片山とはお別れ。片山は太平洋側を行く。明日台風が接近するらしいので今日は青森まで行って、停滞することになった。R45とR4で青森に向かう。R4は道のぼこぼこぶりがすごくて、ちっともスピードが上がらない。途中、路側帯の溝にはまって転倒する。擦り傷で済んでよかった(今後あほみたいに転倒することになる)。青森でスーパー銭湯に入る。11時に閉まるので近くのネカフェで漫画を読みながら徹夜。

 

7日目


 

8/30(Tue) 暴風雨 停滞 0km

 6:00にネカフェを出ると、風は一段と強まっていた。台風10号は本州付近で発生して散々迷走したあげく、東北の太平洋側に戦後初上陸した。運が悪い。青森に行くとひげを蓄えた変なおじさんに話しかけられた。そのおじさんはいかに青森が寂しい田舎であるかを力説してくる。スーパー銭湯があるから青森は都会ですよといったらちょっと引かれた。青森駅のベンチでいくらか寝る。100円ショップに行って銀マット(今までなしで寝ていた)、スマホの防水ケースなどいろいろ購入。隣にインターネットコーナーがあったのでしばらく遊んだ。またしてもスーパー銭湯へ。水風呂に波を作って頭から冷や水を被るおじいさんが印象的だった。休憩所のテレビでやたらリンゴの心配をしていた。さすが青森。片山は北上市でRADWIMPSが主題歌の某映画を見たらしい。再びネカフェへGO.

 

8日目


 

8/31(Wed) 晴 →道の駅おおがた(秋田) 166km

昨日は本当にひまだった。すっかり体も回復。台風一過の中進む。今日は15㎞交代で1ピッチ30㎞走ることに。途中中川が空き缶のかけらを踏み、タイヤごとパンク。R101へ行かず、R7のままで弘前市に出てホームセンターへと向かっていった。パッチ修理キットを買ってあっさり直す。

 

晴れの中、岩木山がキレイに見えた。反対側には八甲田山も見える。矢立峠は標高はまあまあ高めだが勾配が緩いので思ったより楽だった。暑さのほうがつらかった。とにかく暑い。順調に進み、R101,r42を通って八郎潟干拓地へ。事前に調べたとおり、果てしなく伸びる直線路で気持ちよかった。温泉に入ると、大学生がたくさんいて驚く。銭湯で話したおじさんによると、八郎潟は波がないので、水上スキーに向いていてよく大会が開かれるらしい。福大の人もいた。そのおじさんは調整池の水位を調整するところの所長さんらしい。偉い人でした……。

 

9日目


 

9/1(Thu) 晴 →道の駅庄内みかわ(山形) 161km

 5:00起。大潟村を出る。早朝は無風だったが、太陽が昇っていくにつれ向かい風になっていく。相変わらず暑い。厳しい気象状況とは裏腹に調子はよかった。しかし中川がお疲れのご様子。長めに休憩をはさんだりしてしのいだ。山形県境に近づくと鳥海山が見える。海側から見ると九重のようななだらかな山容だった。

そして初の山形へ。山形の青看板が見え始めたところの坂でまたもや中川がスパートを切り始める。見る見るうちに姿が見えなくなっていった。本人曰く、早く登ったほうが楽らしい。ちょっと意味がわからない。酒田市は想像以上に栄えていた。Mont-bellもあった。温泉併設の道の駅で野宿。(この日片山は仙台から宇都宮まで236kmを走るという伝説を残した)

 

10日目


 

9/2(Fri) 晴 →佐渡みなと公園(新潟) 155km

 4:30起。5:00出。道の駅を出た。次の休憩でコンビニを探そうとするが、なかなかない。結局一息で46km走った。多めに朝食を取り前へ進む。山形―新潟の県境は断崖絶壁で進むのは困難(笹川流れ)。えげつない坂と暑さ(35℃)に耐えられない。今度はコンビニどころか自販を探すのにも苦労した。26km走ってようやく見つけてゼリー缶三本を一気飲みする。山越えを果たすと広い越後平野へ出た。どこを見ても広い田んぼだった。R7かR113で進むか迷ったが中間を並行に走るr3を通った。道は細いが、交通量が少なく静かで走りやすかった。新潟中心地に向かっていくにつれバイパスと高速だらけで自転車でどこを通っていいかわからなくなる。銭湯を早めに上がりフェリーへ。輪行作業をしているときに、タクシーのおっちゃん5,6人に作業を見せてほしいと頼まれ人前でやったがなんだか恥ずかしくやりづらかった。22:00佐渡着。23:30公園でビバーク。虫が多い。

11日目


 

9/3(Sat) 晴 →上越科学館(新潟) 50km

 5:00起。中川の姿を探すが見当たらない。公園の蚊がうるさかったらしく、モニュメントのそばで堂々と寝ていた。6:30出。佐渡の田んぼは美しい。想像以上に景色が素晴らしかった。

 

壱岐Tを着て、佐渡をめぐる至高の旅。小木港へ向かう後半の登りはやはり離島だけあってきつかった。9:30到着。11:50発のフェリーで本州に帰る。ここまで40kmしか走っていないが、上越市に移動するので新潟市から130km移動したことになる。6月の壱岐チャリで実験したことがここで活きた。かなり楽できた。近くの科学館のベンチでビバーク。

 

12日目


 

9/4(Sun) 晴→くもり →満天の湯富山店(富山) 125km

 4:30起。あまり眠れなかった。5:00発。あまりにも眠すぎて途中のコンビニで仮眠をとらしてもらった。上越から糸魚川区間は自転車道がある。しまなみ海道みたいな走りやすさとは違うが、もともとSLが走っていた部分を改造したものなので、レンガのトンネルを通ったりして涼しかった。糸魚川からは親不知と呼ばれる難所である。トンネルと細かいアップダウンが続く。きつかったがいい景色だった。親不知を抜けてからはR8は回避して、県道(たぶん旧道が県道に繰り下げになったものだろう。)を静かに走った。近くのスーパー銭湯が午前2時まで開いているというので嬉々としてそこで就寝。

 

13日目


 

9/5(Mon) 曇り時々雨 →アプレシオ米松店(福井) 150km

 2:00起。そしてそこから走ることに。富山から金沢に向かってのショートカット(r9)を通ったので交通量が少なく済んだ。石川県に入るとさすがに明るくなってくる。北海道から走り始めて初めて信号が縦並びから横並びに変わった。途中の高架橋で中川がパンク。チューブを変えるも替えのチューブ自身も空気が入らない。自分のチューブを分けて対処した。(後で知ったがチューブはビニール袋に入れるなり保護したほうが良いらしい。工具と一緒にいれるとどうしても摩擦でチューブがダメになることがあるそうだ。)福井の県境を越えたあたりで雨に降られる。雨はきづけば青森以来だった。14:30福井の銭湯着。そこからコインランドリーでのんびりして21:00にネカフェに入った。これも青森以来のネカフェ。この日はスマホの充電が7%くらいしかなく、地図を確かめるのに苦労した。

 

14日目


 

9/6(Tue) 曇り→晴 →道の駅浅井三姉妹の里(滋賀) 99km

 6:00出。朝マックしてから福井を出る。今日は越前~敦賀、敦賀~長浜と2つの山区間がある。敦賀に向けてトンネルの中を走行中、泥にタイヤが滑り顔ごと泥に突っ込んだ。幸い大きな怪我はなかったが全身泥まみれに。トンネルを出たところの川でじゃぶじゃぶシャツを洗った。

さらにトンネルは続く。親不知並みの難区間だった。敦賀で中川と別れる。琵琶湖の東を通って大津の祖母の家まで行くらしい。敦賀市街でいくらか買い物をして琵琶湖を目指した。今回の旅で初めて一人でこぎ始めて不思議な気分に浸る。峠道を越え滋賀に入った。琵琶湖周辺は向かい風がすごい。苦労しながら長浜へ。コンビニ店員が関西弁でしゃべりだした。また台風が来ているらしい。中川は大津、片山は岡崎(愛知)にいる。

 

15日目


 

9/7(Wed) 晴れ→雷雨 →アプレシオ四条大宮店(京都) 92km

 6:00起。一人だと起きる時間が遅くなる。長浜市街を抜けてからだんだんと都会を感じ始める。R1と合流してからはあまりにも車の交通量が多いため、例によって県道に抜けるがそれでも車は多かった。近江大橋を渡る。大津でR1に合流しようとして山のほうへ向かうといつの間にか阪急の駅に出た。私鉄の駅を久しぶりに見て感動。京滋バイパス沿いに走る。意外と坂はなかった。が、山科から京都中心地に勾配のきつい坂があり、手を押して登った。京都につく。あまりの都会ぶりにビビる。地下の駐輪場に自転車を止めて、京都のネカフェに入った。外は台風13号の雨雲ですさまじい雷雨に降られているようである。

 

16日目


 

9/8(Thu) 雨→晴 →極楽湯茨城店(大阪) 28km

 5:00出。バスと電車で登山口に到着。比叡山に登る。あきらかに雨がやばいが、突っ込む。大型トラックに抜かされつつ進むチャリに比べれば、静かな行動に心が癒される。雨が強くなり雷が落ち始めた。強烈な雨、ちょうど一か月前の夏合宿前の若杉縦走を思い出す。もはや夏合宿が遠い過去のように感じられた。

 

 

 

 

山頂の駐車場から少し上ると電波塔があって、そこの隣の小高い丘が山頂だった。三郡や背振よりかなり地味なピークだった。延暦寺に立ち寄ったりして15:00頃戻ってくる。京都を後にしてR1で大阪の中心には向かわず、R171で直接神戸に向かう。途中茨木市にあったスーパー銭湯に入り就寝。

 

17日目


 

9/9(Fri) 晴 →神戸港付近のベンチ(兵庫) 41km

 スーパー銭湯が2:00に閉まるので、またそこから漕ぎ始める。太陽が出ているうちは渋滞していた道路は夜になると走りやすいものになっていた。西宮付近でバイク集団と並走する。若いお兄ちゃんに「頑張ってください!」と言われた。三宮の駐輪場に自転車を置いてコインロッカーに無駄な荷物を入れて六甲山に登りはじめる。今日は涼しい。秋の風を感じ始めた。夏合宿と違い、荷物が軽いので走るように登れた。

 

 

山頂で地元のおじいちゃんと仲良くなる。大量のアメちゃんをもらった。有馬温泉に抜けて電車で帰る。三宮のコインロッカーに工具類とシューズを置き忘れて、駅を出てしまった。十分後、再び取りに戻るともう他のだれかに使われていて取り出せなくなっていた。あまりにばからしいことで停滞を余儀なくされかなりテンションが下がる。片山も中川も神戸にいるらしいが、合流する気にもなれなかった。近くの銭湯に入り、海の前のベンチで不貞寝。

 

18日目


 

9/10(Sat) 晴 →快活CLUB倉敷店(岡山) 112km

 7:30起。例のコインロッカーに行くと、扉が開いていて中をのぞくと昨日探していた工具とシューズが!! テンションが異様に高くなり、一気に姫路へ。夏合宿でカラオケオールした所だけに懐かしい。フェリーで小豆島へ。小豆島は決して平坦ではないが、離島の道路ということを考えると走りやすい。一応香川県なのでうどんをたらふく食べる。土庄港にあっさりついてそこから岡山港へ。夕日と児島湾がキレイだった。着いたときはもう18:00だったが倉敷まで行くことに。岡山バイパスの側道をたらたら進んだ。倉敷が都会すぎてまたしてもネカフェへ。ネカフェのテレビを見ているとちょうど広島カープが優勝するところを目撃。岡山の人はどこのファンが多いんだろうと思いながら就寝した。

 

19日目


 

9/11(Sun) 晴 →快活CLUB中央本通り店(広島) 157km

 5:45出。R2をひたすら西へ。途中尾道につく。春合宿以来のしまなみ海道を見てテンションが上がる。三原からは山越え。途中にあったMaxValuで一時間爆睡する。今日は暑さが戻り汗が大量に出る。坂道は長いものの勾配は緩く、思いのほかすんなり行けた。下り坂になってからは向かい風になる。体の調子があまり良く無くて、広島に着いた時は疲れ切っていた。久しぶりにコインランドリーを使用。中心街に行ってみると、赤いユニフォームを着た集団が大量に。結局人が少ない博多ラーメン屋に行って懐かしい味を楽しんだ。

 

20日目


 

9/12(Mon) 雨 →快活CLUB甘口市店(広島) 16km

 外は雨。今日はただひたすらにやる気が出なかった。原爆ドームと宮島に行くも下痢であんまり覚えていない。平和記念公園のベンチでゴロゴロして外国人観光客に変な目で見られる。雨が酷くなって、アーケード街の喫茶店でたそがれた。ちょうどそのころ四国周りの片山と中川が帰宅したと連絡が入る。気持ちを入れ替えて12km先の銭湯へ。カープの優勝セールで入浴料が半額になっていてラッキーだった。銭湯を出ると猛烈な雨が降っていた。道路は水たまりができていて走りにくい。ここ最近ずっとネカフェだなと思いながら就寝。山陽道は道の駅が少ないので困ったもんである。

 

21日目


 

9/13(Tue) 晴 →下関駅(山口) 183km

 6:30起。7:00出。最近起きる時間がどんどん遅くなっている気がする。昨日のどしゃ降りはやんだようで安心した。山越え区間を通り徳山へ。徳山~防府区間も坂道が多く交通量も多いのでいつものように県道に逃げる。山口県内の山陽道は蛇行しているので防府からはなるべく最短距離で行こうとする。周防大橋を渡って、小野田に入るまえにR2に復帰する。道が狭く、路側帯はあるっちゃあるけれども生い茂る雑草でまるで通れない。ましてバイパスも通っていないので、大型トラックがバンバン通り過ぎていく。トンネルでも激坂でもないのに押して歩くハメになった。20分ほど歩いて耐えきれなくなり、脇の田舎道と林道を迂回して何とか峠を越えた。標高はたったの57mだった。小野田まで出ると九州がくっきりと見えてくる。途中わき道を走って下関に入った。なぜか道がわからなくなり、小一時間ほど迷って下関駅に着いた。去年の夏合宿以来の下関駅ビバークだった。去年のようにヤンキー達の喧嘩も拝めず、静かに就寝。

 

22日目


 

  9/14(Wed) 曇り →自宅(福岡) 110km

 6:00起。駅ビバはやはり強制的に起こされる。昨日迷っていた道が明るくなって鮮明になる。途中唐戸市場につく。春に先輩たちとマラソンを走って以来だった。関門トンネルの人道を歩くつもりだったが、ちょうど船が出ていたのでそれに乗る。

関門連絡船は小型船で揺れが大きい。ちょっと気持ち悪くなった。小倉のコンビニで自転車に乗っていたというおっちゃんに話しかけられる。前科6犯らしい。やんちゃなおっちゃんと一時間くらい話して酔いを醒ました。R3はよく知っているだけに退屈で辛い。思った以上にメンタルをやられながら17:00頃無事帰宅。

    

 

**ここで予備日と大学の集中講義と地区連の能古島キャンプを挟むため、日が空く**

 

23日目


 

9/26(Mon) 晴 →球磨川河川敷(熊本) 187km

 昨日は能古島キャンプで飲みすぎた後遺症で昼間ずっと寝ていた。そのせいか目がさえて、徹夜で家を出る。片山も今日家を出ていたが、家のあるところが違うためこっちが追いかける形に。日が出る前に福岡市街を抜けた。暑い。もう九月も下旬だし少しは気温下がるかななんて期待していたがすっかり裏切られた。途中久留米のマックで爆睡する。今日中に追いつくのは無理そうだなと思いながら海沿いを進む。R3をなるべく通らないように走っていたが、遠回りだったかもしれない。結局追いつけず暗くなってから八代市に着いた。

 

24日目


 

9/27(Tue) 曇り時々晴 →根占港みなと公園(鹿児島) 209km

 6:00起。今日は鬼門の南九州である。どうせなら八代から内陸に入ったほうがいいんじゃないだろうかと考えてR219で人吉からえびの高原に向かうことにした。人吉までは球磨川沿いに進むだけなので楽。そこからがきつかった。400m程の上下運動。たたみかける登坂車線に心が折れかけるが、北海道から培ってきた心を無にする走法で乗り切る。片山は出水から内陸に入ったらしい。あちらもかなりきつそうだ。霧島連峰を片手に見ながら再び海を目指す。全然下っている気がしないが桜島が見えて一安心。走っていると喉がじゃりじゃりする。灰だろうか。最後だと思うと距離感が壊れる。気分良く漕げた。暗くなってからもイーブンペースで走り続けて、21:30根占港に着く。いつの間にか片山を抜いてしまった。22:00に閉まる銭湯に駆け込み、最後のコンビニで腹ごしらえして就寝。

 

25日目


 

9/28(Wed) 晴 75km

  6:30起。公園にできうる限りの荷物を置いて出発。国道の端まであっさり着く。ここからが坂道だらけでキツイと散々聞かされていたので、ゆっくり進む。確かにすごい坂道だった。しかし車がほとんど通らないので、目一杯蛇行しながら進んで耐える。生えてる植物が明らかに南国風で面白い。あと2,3kmかなと思ったところでマイクロバスに呼び止められる。ここから先は岬付近の駐輪場が工事中なので送り迎えしてもらえるらしい。写真で見たトンネルのところに着く。

 

 

 

ここでしばらく待つ。佐多岬はいま観光地化のため絶賛工事中で、再来年の春に完成予定だそうだ。そういえば写真で見た景色と違う感じだった。片山と合流して15分ほど歩いて先端部へ。

 

 

12:00.ついに日本縦断達成である。看板が立っているところは六甲山の頂上並みにさっぱりしたところだった。これから豪華になるんだろうか。ゴールしたらさぞかし感動するんだろうなと思っていたが特に何の感情を起きなかった。きっと帰ってから少しづつ実感していくものなのだろう。

 

根占港に戻り、フェリーで薩摩半島へ。そこから電車と新幹線を乗り継ぎ、家へと帰りました。

 

 


 

 

 以上で活動レポートは終わりです。長いレポートでしたが読んで頂きありがとうございました。