九州大学ワンダーフォーゲル部

2016年冬に作りました。九州大学ワンダーフォーゲル部公式のブログです。部活動の内容を紹介していきます。

復帰戦

2020-06-09 22:24:03 | 夏合宿

文責:利根龍二 参加者:利根龍二

 

九州一周のトラウマ(はじめに)



2018年夏休み、帰省先で観たあの高校球児の有志の姿にぼくは心を打たれた。何かあるとすぐに影響をうけまくるぼくの心は燃えていた。何かやろう。でも、何する。あ、そう言えば、ワンゲルの先輩でチャリ旅たのしいぜ!って言ってる人いたな。よし、九州一周しよう。一瞬の思い付きだった。今思うと、バカだ。思いついたら行動せずにはいられない人間のぼくは、ネットでチャリ旅記事を探し、持ち物をリスト化し、それらをamazonでポチポチ買っていった。よし、これであとは商品が届くのを待つだけ。この時、野球の試合はまだ続いていた。

さあ、荷物が届いてさあ出発。計画は30分くらいでたててしまった。ほぼ無計画と言える。amazonで色々と買い過ぎたせいで、出発時に財布の中に入っていたのは2万円だった。ぜんぜん、足りるだろうと思っていたがこのせいで、大地獄をみる羽目になった。道中の詳細は省くが、一言でいうとぼくはチャリ旅恐怖症に陥った。道中はほとんど雨だった。台風にも襲われた。あれもこれもと積み込み重くなった荷物のせいで、何度もパンクした。予算がなかったので、大雨の日も野宿だった。着替えも全て濡れてしまっていたので、濡れたまま寝た日もあった。無計画にチャリ旅を実行した自分のせいだ。なんてバカなんだ。

チャリ旅を終えると、普通なら、一度チャリ旅をすると、最高だった!またやりたい!そう思うのだろう。それくらい、チャリ旅は人を魅了する力があると確かに思う。でもぼくは、もうやりたくない。はじめて、チャリ旅をする人にはよく計画を練っていってほしい。でないと、きっとこうなる。こんなトラウマがあって、1年半チャリ旅を中断していた。その代わりに鉄道旅をよくしていた。2020年春休み、何かのきっかけでロードバイクいじりにハマり、速く走れるようになったこのチャリでチャリ旅をしたいと思った。そして、九州一周旅の失態を踏まえ、荷物の軽量化、天候の確認を徹底を行い、四国一周旅を実行することになったのであった。

 

最高のスタート(1日目)


2月26日:坂出~徳島
実家の兵庫から、坂出まで輪行、そして組み立て11時出発進行。昼は高松でうどんを食す。コシがあって、うみゃい!とりあえず、こうやって言っておけば、うどんの食レポは何とかなる。しかし、ほんとに美味しかった。夜は、徳島の新鮮な魚介類わんさかわんさか。宿代より高くついてしまった。疲労感はほとんど残っていない、明日からのライドが楽しみ。最高のスタートがきれた。

 

満点の星空(2日目)



2月27日:徳島~室戸岬
7時起床予定が、起きたのは9時45分。やばい。チェックアウトまで残り15分。急いで、準備しチャックアウトには何とか間に合う。徳島が生んだ鬼のチャリ乗り、青木君がおすすめしてくれたそば米汁を朝食にとる。やさしいお味。そして安い。300円以下で朝食が食べれてしまう。

 

ナイスな情報ありがとう。昼飯、NHK朝ドラ「ウェルかめ」のロケ地、美波町でとる。豚玉だった。19時ごろ日が落ちた。街灯のほとんどない海沿いを走った。そこで見た水平線上から真上まで広がる星空が忘れられない。プラネタリウム。星空にうっとりしながら、30km程海沿いを漕いだ。20時、目的地、室戸ジオパーク到着。ここには風呂がある。体に染みた。管理人さんに、閉館した後、敷地にテントを張っても良いか聞くと、こころよくokしてくれた。室戸町の人はきっとみんなこころが暖かいのだろう。晩飯、この時間(午後九時)はコンビニ・飲食店はあたりには一切ないので、チョコレートとラスクで空腹を満たし、就寝。

 

 

カツオ寿司(3日目)



2月28日:室戸岬~高知
6時起床。室戸岬から朝日を眺む。朝日をパシャリ、良い写真。すぐさまLINEのアイコンに設定した。

この日はゆっくりと海沿いの景色を眺めながら、チャリを漕ぐ。ぼくはどんな大人になりたいのかな、たしかそんなことを考えていた。今思うと、ナニもの思いにふけってんだ。と思うが、ぼーっと将来を考えたりできるのも、チャリ旅の魅力かもしれない。そんなこんなで高知市到着。高知なら当然カツオだ!昨日は、チョコとラスクで我慢した。今日は値段も気にせず、うまいものを食うぞ!明神丸本店に行く。店内に入ると、丁寧に店員さんが迎えてくれる。高級感のある店内、お客さんは見るからに富裕層。クロックス、ジャージ姿の私は明らかに浮いていたが、まあ許してほしい。カツオ寿司を食らう。うみゃい。え、それだけ?そう。これだけ。どう頑張っても味が思い出せない。。。この日はホテルでゆっくりと就寝。

 

スーパースターなおばあちゃん(4日目)



2月29日:高知~四万十市
9時起床。駅前広場で荷造りをしていると恰幅の良いおばあさんに声を掛けられる。どこ行くの?とおばさん。坂出から右回りで、四国一周してます。とぼくは答える。あら、そうなの。頑張ってねと立ち去る。5分後、私若いもんが頑張ってる姿好きなんよー。がんばってね。はい。と1000円。頂いてしまった。渡すとすぐに立ち去ってしまう。かっこいい。また5分後、おばさん来る。これも足しにし、と1000円。驚き、嬉しい。すぐに立ち去ろうとするが、こんな優しいおばあさんは見たことない。スーパースターに思えた。記憶にしっかりとどめておきたい。ほんとに嬉しかったしありがたかった。おばあさん、どうか長生きしてください。

画像は国道沿いにいた自由なニワトリたち。

 

思い出の沈下橋(5日目)



3月1日:四万十市~宇和島
昨日は、四万十川キャンプ場で野宿。7時半、テントの外から聞こえる声に目が覚める。見ると、サッカー少年団がすぐ傍で練習している。これはお邪魔しました。すぐに荷造りをし出発。四万十川沿いを北上した。四万十川、懐かしい。小学生の頃一度きた。沈下橋、父さんが飛び込んで死にかけた所だ。パシャリ。家族LINEに送信。

17時、宇和島到着。宇和島は鯛めしが有名だ。かどやで鯛めしを食らう。鯛の刺身とだしが白飯に絡んでめっちゃうまかった。愛媛に行った際は是非!

熱いお湯との向き合い方(6日目)



3月2日:宇和島~松山
松山に向けて出発。宇和島~八幡浜までの山道、あちこちにみかん畑があった。とってものどかだった。

17時、松山到着。道後温泉に向かう。神の湯、思ったより入湯者は少なかった。正面にあるお湯の流れ口には圧巻。ここには、いかにも神様!!ってかんじの人がでかでかと彫られている。なんかご利益ありそう。てか、お湯がアッチい。ぼくは熱いお湯が苦手だ。熱くなったら、冷水シャワーを浴びる、そしてまた湯船に浸かる。これを何度も繰り返す。寒暖差がキモチいい。これがぼくの熱いお湯との付き合い方。苦手なものはある。でもそれとどう向き合うか。それが大事。

 

異端な人(7日目)



3月3日:松山~坂出
6時半、起床してさあ出発。途中、75Lのリュックを背負い一輪車で山道を登る大学生に出会った。一輪車とは驚いた。駅伝部に所属しているらしく、なんと箱根駅伝にも出ているらしい。なんという猛者だ。その人に出会って自転車なんてまだ楽なもんだと思った。当初は新居浜市のキャンプ場で一泊する予定だったが、短縮し坂出まで走りゴール!時刻は午後5時半。兵庫の実家に着くと、母さんがお風呂を沸かして、ご馳走を作って待ってくれていた。最高だわ。

 

おわりに



ここまで、ぼくの旅録を読んでくださりありがとうございました。九州一周旅のトラウマも克服し、チャリ旅の魅力にも気づけた気がします。次は夏の北海道でチャリ旅したい!!!


夏合宿 南アルプス南部 静岡市葵区の旅 2019/9/17〜25

2019-11-22 20:36:44 | 夏合宿

〈メンバー〉
田村(PL) 三原(SL) 小山田 柏原 佐々木 執行(敬称略)
(以下、田村さん、ピーマンさん、美森さん、智香さん、佐々木くん、執行、と書く。)
記録 執行

〈概要〉
9/17 買い出し後、福岡から名古屋まで夜行バスで移動
9/18 名古屋鳥倉登山口まで移動し、登山開始。三伏峠に泊まる。
9/19 三伏峠から塩見岳ピストン行動。
9/20 三伏峠を出発し、高山裏避難小屋まで進む。
9/21 荒川三山に登頂し、千枚小屋を通過して椹島に下山。文明を回復。
9/22 静岡市内までバスとタクシーで下り、三保の松原を観光し、カラオケにて夜を明かす。
9/23 徳川家康について学び、関連する名所をめぐる。人をダメにする施設に宿泊。
9/24 再び徳川家康を拝み、ハンバーグを食べ、帰路につく。
9/25 早朝に帰福。

〈9/17〉
福岡組の4人(田村さん、美森さん、佐々木くん、執行)は昼に今宿ルミエールに集合し、買い出しをした。買い物を終えて屋上に移動していると、鶴田さんが見送りに来てくださった。

屋上で軽く仕分けをして、美森さんは一旦帰宅、鶴田さんとはお別れ(ダッシュでバイト先へと向かっていった)、残りの3人(田村さんは一時離脱)は佐々木君の家に移動し、仕分けの続きをした。山でのゴミを減らすためにカレーに使う野菜を事前に切っておくことになり、人参と玉ねぎを切ってジップロックに入れた。また、1年2人で食パンへの情を捨てて全力で潰した。(しかしここで情を捨てきれていなかったことが後に発覚することになる。)3人で博多駅まで移動しshinshinでラーメンを食べ、美森さんと合流してバスセンターへと移動した。ここで劉先輩が見送りに来てくださり、差し入れでホットアイマスクをいただいた。これが高速バスの旅で大いに役に立った。劉先輩ありがとうございました。

名古屋行きの高速バスに乗り、博多を発った。

〈9/18〉
何度か休憩を挟み、早朝には名古屋に到着した。次のバスまで2時間近く待ち時間があるので交代で朝食をとることになった。1年生2人は名古屋のモーニングを求めて出発したが、探す能力の低さと早朝だったのとでいい喫茶店が見つからず、パン屋さんで妥協した。執行は小倉トーストが諦めきれず、あんこが入ったパンを食べた。のんびりバスセンターに戻ると大事件が発生していた。東京から到着したピーマンさんが共同装備のペグとグラシを持ってきておらず、田村さんとピーマンさんがタクシーで買いに行っているという。この時間に開いている店があったことが奇跡である。智香さんが京都から到着し、買い物組が無事にペグとグラシを手に入れて帰ってきて、なんとかバスに間に合いそうだ。乗り込もうとしたところ、発車まであと3分の時点でチケットを買っていないことが発覚。ギリギリセーフ(アウトだったかもしれない)で乗り込み、飯田へと出発した。到着が近づいて来た頃、不穏な空気が漂ってきた。バスが遅れている。飯田で伊那大島行きの電車に乗り換える予定で、その乗り継ぎ時間は12分、その電車を逃すと次は2時間後。ラインで到着次第ダッシュと打ち合わせをして、いよいよ飯田駅に着いた。着いたのはほぼ電車の発車時刻であったが、駅員さん車掌さんの寛大な処置により、乗せて頂くことができた。飯田駅の皆様ありがとうございました。伊那大島駅に着き、そこからタクシーで鳥倉登山口へと向かう。急勾配かつ凸凹が激しい道だったのに熟睡できる先輩方は流石だと思った。
鳥倉登山口に到着すると、雨。ここで3年生が2人とも雨男だと言うことが発覚する。執行は晴女のつもりだったが、さすがに勝てなかったようだ。タクシーの運転手さんのご厚意で車内で雨具への着替えと食料の分配をさせていただいた。ここでピーマンさんから一言、「これ、パン潰した?」。...1年にはパンを潰す覚悟が足りなかったようだ。
13:00,準備を済ませて雨の中出発した。この日の山行は三伏峠小屋までの急登。獲得標高900m。重荷でのひたすらの急登はとにかくきつかった。しかし、序盤で雨がやんだのは幸いであった。こまめに休憩を挟みつつ、荷物を少し持ってもらいつつ、三伏峠を目指した。初日のカレーセットを持っていた執行が先輩にそれを託すとき、ザック全体がタマネギ臭を発していた。ゴミを減らせたのはよかったが、臭いの問題は要検討である。三伏峠までの道中には何割到達したかを示す看板が立っており、現実を見せられるのが辛かった。唐突に「三伏峠小屋まで200歩」という看板が現れた。

山の標識は基本的に信用しないが、これはほとんど正しかった。
三伏峠に到着である。昼間と打って変わって空は晴れ、電波もつながる最高の環境だ。時刻は17:00に近づいていたため、急いでテントを立てて入山記念カレーの調理に取りかかった。肉は焼き豚。焼き豚の汁はご飯を炊くのに使った。悪臭を放ち続けたタマネギもおいしくカレーになった。間違いなくおいしかった。
9月中旬のアルプスは日が落ちると冬のように寒く、急いで就寝準備に取りかかった。天気図を見ると予報よりも晴れが伸びそうだった。次の日に予定通り塩見岳に行くことを確認し、じゃんけんで寝る場所を決めて、この日はおとなしく就寝した

〈9/19〉
4時起床。朝食は夕飯リサイクルカレーうどん。田村さんが個人装備(?)として持ってきていたうどん出汁が活躍し、おいしかった。支度を済ませて、出発。先に水場に寄ったが、この水場が登山道からかなり下らなければならず、遠かった。当然帰りは登り返さなければならず、初っぱなからきつい。塩見岳への縦走路に入ると、空は晴れ、眼下には雲海が広がり、最高の眺めだった。南アルプスの北部から北アルプスの方まで見渡すことができ、先輩方は以前行った山の思い出に浸り、後輩は今後行きたい山への思いに胸を躍らせた。

景色を楽しみ写真を撮りながら三伏山、本谷山とアップダウンを繰り返し、いったん森に入った。方言ゴリゴリの看板に応援されながら塩見小屋を目指す。

また開けた場所に出て登り、登り、登り、ようやく塩見小屋に到着した。それまでの道中のどこよりもアルプスの山々がよく見わたせ、みんなテンション爆上がりである。それに加えて、それまで見ることが出来なかったこの日のメイン、塩見岳が目の前に現れた。
予想していたよりもずっとゴツゴツした山肌で、これから登ると思うとわくわくした。長めに休憩を取った後、いよいよ塩見岳に向けて出発した。岩の急斜面を手を使いながら登った。

場所によって岩の色が様々で、地学ガチ勢のピーマンさんがとても楽しそうだった。何度か小ピークに騙されつつ、塩見岳の西峰に到着した。3047m。

少し写真を撮ってそのまま東峰に向かった。3052m。この合宿で史上最高峰を更新し続けている1年2人にとっては塩見岳は初の3000m級のピークだ。上空は雲一つなく、眼下には雲海が残り、最高の眺めだった。

東峰の山頂で昼食をとった。メニューは焼き豚サンド、もちろんマヨは必須である。昨日のカレーに続き、焼き豚大ヒットである。今後の合宿でも活用していきたい。ハチミツもあったため、ハチミツパンも食す。バターをマヨで代用できると誰かが言い出し、ハニーマヨパンが爆誕した。好みはそれぞれだった。
三伏峠までは来た道を戻る。
道中、徐々に雲が増えてきて、雲の中を歩く場面が多々あったが、雨に降られることはなく三伏峠に帰り着いた。まだ時刻は15:00頃である。まだ夕食には早いので、大富豪で予備食のカロリーメイトの味を争うことになった。事前投票においてはチーズが不人気である。詳しい順位は省略するが、最下位は田村さんで、チーズをもらっていたことだけは書いておこうと思う。のんびりと時間を過ごした後、夕食作りに取りかかった。この日のメニューはサバ味噌すた丼と高野豆腐。白ご飯にサバ味噌缶をのせてほぐし、マヨをかけるという斬新メニューだったが、これがうまい。今後も活躍しそうな予感である。難点と言ったら、缶のゴミが嵩張るというところだろうか。丼の2杯目には高野豆腐の出汁をかけて雑炊風にした。この最高の夕食の時点で、次の日の朝に地獄を見ることになるとは予想だにもしなかった・・・。
天気図によると南の海上にある熱帯低気圧が台風になりそうだ。合宿前から心配された悪天候が現実的になってきた。21日から荒れそうだ。赤石岳を切ることを前提として、理想は20日のうちに荒川小屋まで進んでしまうことだが、行動時間やパーティーの状況を鑑みると現実的ではない。ただ、進まないのであれば高山裏避難小屋でストップすることになり、20日のせっかくの晴天と体力がもったいない。田村さんを中心に悩むに悩み、高山裏避難小屋でストップする方針になった。となると、翌日の行動時間は5時間程度で、朝の時間に余裕がある。これは大富豪大会をせざるを得ない。早めに就寝準備を済ませてテントに入り、まずはリゾッタの味を争う。食したことがある人の感想を元にどんどん決まっていく。執行が最下位だったが、優男ピーマンさんが不人気第一位コーンリゾッタを引き取ってくれた。その後も大富豪大会は続き、都落としが続き、大爆笑が続いた。夜が更けてきてからはサイレントモードで楽しんだ。ひとしきり遊んで眠りについた。

〈9/20〉
4時起床。朝から快晴。夜中星がきれいだったなどと話しながら朝食を準備する。朝食は羊羹お汁粉。餅をゆで、その茹で汁に羊羹を投入し溶かす、という迷メニュー。この日の羊羹はなぜかバリエーションが豊富だった。小倉、栗、抹茶、梅・・・。餅はひとり4~5個ずつ、それに加えて激甘の汁。お腹が悲鳴を上げている。それに加えて梅羊羹がくせ者である。すべての味を超越する香りを放ち、汁の処理を徹底的に邪魔してくる。なかなか羊羹スープを飲み終えることが出来なかった。2年前の初めての合宿でこのメニューを経験したことを思い出してエモを感じていた田村さんも、最後の方は非常にきつそうだった。このメニューは来年以降は採用しない方がいいと思われる。
片付けを済ませて、撤収にかかる。フライとテントがほとんど濡れていないほどの快晴で、この日も最高の景色が期待できそうだった。

準備を済ませて5:45出発。遠い水場は素通りして、南へと向かう縦走路に入る。南アルプスの醍醐味でもあるお花畑は完全にオフシーズンで何もなかった。まずは烏帽子岳を目指して登っていく。ここの「あとちょっと」が非常に長かった。やはり山での時間感覚はまともではない。この日も空は晴れ渡り、眼下には雲海が広がり、前方には富士山が見える。烏帽子岳を越えて前小河内岳、小河内岳と進む。小河内岳避難小屋は営業はしていなかったが、アルプスの少女ハイジの世界のような風景が広がっていて、ブランコがほしくなった。その後も絶景の中縦走路を進み、ところどころ崖のようなところを通り、高山裏避難小屋を目指す。
しばらく進んで昼食をとる。この日はワンゲル定番の魚ソチサンド(魚肉ソーセージとチーズのサンドイッチ)。たっぷりのマヨネーズとともに頬張った。(山の上では)これがうまい。ここでまた、この日のうちに荒川小屋まで行っておきたいという案が浮上した。時間と体力と疲労を考えると現実的ではないが、翌日の天気を考えると確実に行っておいた方がいい。進む可能性も残しつつ、高山裏避難小屋に急ぐことにした。
板屋岳や大日陰山のピークを(いつの間にか)通過しつつ、12:30ごろ高山裏避難小屋に到着した。安全を考えて、この日はここでストップすることになった。元々の予定ではテン場にテントを張る予定だったが、避難小屋の二階が無料開放されていたためそこに泊まることにした。

ぽかぽか陽気のお昼寝日和である。グラシやレインウエアを思い思いに干した後は小屋の横の小広場で日なたぼっこをしたり雲を眺めたり小屋で昼寝をしたり、のんびりとした午後を過ごした。この日の途中にすれ違ったおじさんから小屋の先の水場はほとんど水がないと聞いていたので、小屋から相当下ったところにある水場にくみに行くことにした。急斜面を下り、沢を下り、南アルプスなのに屋久島のような場所で水をくんだ。もちろん登り返しはしんどかった。
小屋に戻って、夕食の準備をする。この日はサラミ入り麻婆春雨。そのまま食べたりご飯にかけたりいろんな食べ方をした。サラミがうまいのなんの。何人かは予備食のリゾッタも食べていた。
小屋には私たちの進行方向からやってきた男性が一人いらっしゃった。その方曰く、荒川前岳のすぐ手前に道が崩れてハングのようになっている箇所があるらしい。翌日の午前中までは天気がもつ予報だったため、早く出発して雨が降らないうちにそこを通過してしまおうという計画で行くことになった。また、下る先は椹島より二軒小屋の方が近いのではないかという情報もいただいた。その方に明朝早くに準備し始めることをことわり、早めに就寝した。・・・が、しばらくして雨の音が聞こえ始めた。翌日に不安しかない中、眠りについた。

〈9/21〉
2:30起床。外はやはり雨のようだ。おじさまを起こさないようにそろそろと朝食をとる。朝から豚骨ラーメン2束。いろいろな豚骨ラーメンがある中、久留米市民の執行は久留米ラーメンを死守した。まだ暗いうちに小屋を出て荒川三山に向けて出発した。細かい雨がしとしと降っている。はじめの1時間半はアップダウンの少ない道で、ほぼノンストップで小広場に到着することが出来た。ここから荒川前岳までが600mひたすら急登である。宝満山ラブの美森さんは宝満山ににたとえて頑張ろうとしていた。
はじめは背丈の低い森の中を登っていき、しばらく行くと吹きさらしのガレ場に出た。完全にガスっており山の上が全く見えず、遮るものがないため風も強い。少し離れたら隊員同士も見えなくなってしまいそうなほどのガスだった。

歩きにくい道を着実に登っていく。先の長い道のりが見えるのも辛いが、終わりが全く見えないのも辛いものだった。小股で回転数を意識して歩き、ちょっとした岩場を登って稜線に出た。
強い横風と霧雨と寒さとで口数が少なくなりながらも、風にあおられないように気をつけて進んだ。しばらく行くと、なんと、雷鳥がいた。天候が最悪だったのもあり、とても救われた気分がした。

さらに稜線を進んでいき、そろそろ前岳かと思われる頃、危険箇所にさしかかった。暴風雨の中通過しないために早朝に出発したが、そう都合よくはならなかった。右側のガレがえぐれており、いつ崩れるかわからないような状態である。さらにその右側の先は見えず、これから歩く場所がハングになっているかのように感じられた。高山裏避難小屋で出会ったおじさまに教えていただいたとおり、左側のハイマツを(申し訳ないが)踏み倒しながらなんとか通過した。そこを通過したらすぐに荒川前岳に到着した。

恐怖心からの解放と達成感とで気が緩んだが、ガスと強風は容赦なく、休憩は短めにしてすぐに中岳方面へと出発した。
前岳から中岳まではそう時間はかからなかった。はじめの急登に比べて登りが少ないため、だんだん体が冷えている感じがした。中岳でも休憩は最小限にして、雨風をしのげる中岳避難小屋まで進んで、暖をとって昼食をとることにした。

中岳から中岳避難小屋までもすぐに着いた。やっと体を温めることが出来ると思って小屋に入ろうとすると、管理人から今日は片付けているから小屋は使用禁止だと言われた。よくわからなかったため田村さんが事情を聞きに行くと、怒鳴られて帰ってきた。全員体が冷え切っていたため玄関先でご飯を食べるだけでも出来ないかと聞いたが、頭ごなしに拒否されたため諦めて、極寒強風のなか冷え切った魚ソチサンドを食べた。寒すぎて感覚がなく、全く味がせず、何か物体を口に詰め込んでいる感じだった。
今後この山域を通る際には、中岳避難小屋は休憩ポイントとして考えない方がいいかもしれない。(小屋の前はそこそこ広いため、晴れたり風が弱かったりしたら外でも十分に休憩できる。)
次の目的地は今回の山行の最高峰、悪沢岳である。正直言うと、ここのあたりは寒さときつさと恐怖心とであまり記憶がないが、とりあえず悪沢までは遠く、最後の登り返しがしんどかったことは覚えている。

悪沢岳に到着した頃はもう手の感覚はなく(私は)笑う余裕もなかったが、非常に感動した。二日前に遠くから眺めた山頂にとうとうやってきたぞ!と思った。3141m。

ここでもやはり強風とガスは厳しく、写真撮影と最低限の休憩をとった後、すぐに出発した。ここで晴れて今まで通ってきた道が一望できたらどれほどよかっただろうと思った。
次は千枚小屋まで向かう。悪沢岳を越えると大きな岩を渡り歩いていくような道で、その後はガレ場が続いた。相変わらずガスは晴れなかったが、ところどころに高山植物が見られ、いいテンポで進むことが出来た。途中丸山を過ぎ、次は千枚岳である。標高はとうに3000mを切り、ところどころ森の中を歩くようなところが出てきた。千枚岳にたどり着くまでは多くの小ピークに騙された。極めつけはこのはしごである。

これは満身創痍の田村さん。疲れ切ったところで登場したはしごで、山頂だと思ったがまだ先はあった。千枚岳は遠い。あと1~2つピークを過ぎてやっと到着した。ここもほぼ素通りして千枚小屋まで下る。ひたすらガレ場を下ったあと背の低い森に入り、標高が下がっていることを実感した。二軒小屋方面に降りる登山道との分岐を通過し、いよいよ千枚小屋だ、と思ったが、ここからの下りが非常に長い。本当に長い。それになかなか急だ。二軒小屋方面に降りる予定だったので、またここを登り返すのかと絶望した。おそらく分岐から30分ほど下り、ようやく千枚小屋に到着した。12:30ごろである。千枚小屋はとても大きくきれいで、小屋の中にも入れてもらえ、質問したらいろいろ答えてもらえ、とても平和な場所だった。(どこかの小屋とは大違い。)管理人のご夫婦に、ここにとどまるべきか下るべきかを聞いたら、下るべきだろうと言われた。ここから下るとなるとさらに4~5時間の行動となるが、天候が悪化する前に降りることが先決だ。さらに二軒小屋か椹島のどちらに下るべきか聞いたところ、二軒小屋は営業していないという衝撃的事実が発覚した。聞いておいてよかったと心から思った。
こうして、この日のうちに椹島まで下ってしまうことが決定した。腹ごしらえをして出発した。椹島への到着は17:00を過ぎるかもしれないが、とりあえず下る。
テンポよく進み、前半はコースタイムの半分以下でどんどん下っていった。楽しくしゃべりながら2時間程度ひたすら下ったあと、林道を渡り、そろそろかと思ったが、ヤマップ上ではまだまだある。再びしゃべりながら下っていく。ここでの話題はほとんど宮崎だった。その理由は田村さんに聞いてほしい。さらに下ると、何度か鉄塔のそばを通過した。三郡縦走のラストの若杉のような感じがして終わりかと思ったが、なんと、岩場の登りが目の前に現れた。どういうことだ。椹島までひたすら下りだと思って完全に油断し腕力など使う気はさらさらなかったのに、ここに来て岩場とは・・・。一気にメインザックが重く感じられた。一番重いザックで最後尾を歩く田村さんは大声でわめいていた。なんとか岩を越え、坂道を登り、また平坦な道に戻った。すると次はびっくりするほど急な下りである。転げるように、でもこけないように気をつけながらひたすら下っていく。全員もう足の裏がなくなりそうとか言っていた。下って下ってさらに下ると、下の方に吊り橋が見えてきた。これはゴールか。それともまたフェイクか。吊り橋に近づいて行くにつれ、渡った先に車道が走っているのが見えてきた。ゴールは近い!みんなエンジン全開で下っていく。吊り橋の入り口がよくわからなかったが関係ない、道なき道を進んでようやく橋の端に着いた。
この日の行動時間は13時間を越え、一気に2500m近く下っており、もうテンションがおかしい。渡りながら吊り橋を揺らし、叫び、写真を撮り、もう何でもありだ。



吊り橋を渡りきると、そこは下界だった。久しぶりのアスファルトを踏み、車道沿いに椹島ロッジを目指す。この車道が登りだったのが最後の難関だった。車道からちょっとした山道に入って下ると、そこは天国だった。椹島ロッジに到着だ。
本来の受付締切は17:00だが、事前に連絡していたためチェックインさせていただくことが出来た。わらわらと部屋になだれ込み、まずは風呂。何が何でも風呂。ということで4日ぶりの入浴である。人間に戻った気分がした。
お風呂から上がったら、夕食の準備に取りかかる。炊事塔が屋外だったため寒かったが、屋根とテーブルと椅子があるだけ幸せだった。この日は「じゃんけんですべてが決まるいろいろ丼」。じゃんけんですべてが決まった。田村さんはどうしても食べたかった親子丼をゲットできてご満悦であった。
(一部の人はアルコールを買い込んで)部屋に戻り、就寝準備に取りかかる・・・と思いきや、余った食パンにハチミツをかけて食べ始めた。13時間も行動したならそれだけお腹がすくのも当然だ。
ひととおり食欲と荷物整理が落ち着いたら就寝準備だ。畳の部屋に6つ布団を敷いてなんだか修学旅行みたいだった。修学旅行みたいなのは布団だけではなかった。その後の夜な夜な恋バナ大会も開催されたのだ。みんな疲れていないのか。それはそれ、これはこれである。内容が知りたい方は該当者に直接お問い合わせください。ひとしきりしゃべり、いつの間にか寝ていた。

〈9/22〉
もう起床時間にとらわれる生活は終わった。みんなそれぞれに起き、のろのろと朝食を作りに行く。卵スープにゅうめんで温まって部屋に戻ると、ロッジの従業員の方からチェックアウト時刻を過ぎていると言われた。自分たちの山行は終わったが登山者向けの施設のため朝は早い。大慌てで荷物をとりあえず出し、外で片付けることになった。少し下の畑薙ダムまでの送迎バスが10:30に出るため、それまでは思い思いに過ごす。ほとんどが結局は売店でTシャツを買い、ソフトクリームを食べた。

畑薙ダムまでのバスは超満員。膝の上にザックをのせて約1時間揺られた。畑薙ダムからはタクシーで一気に静岡駅まで出た。24時間前は暴風雨の中を死にそうになりながら歩いていたと思うと変な感じだ。ピーマンさん以外の5人は荷物を一時的に預け、6人で少しリッチなお昼ご飯を食べ、ピーマンさんはそのまま東京へと帰っていった。在来線で帰れる距離だとか。お別れが早いのは寂しかったが仕方がない。

残された5人はその夜カラオケオールと決めていたので、それまでの数時間をどうすごすか悩んだ。赤石岳を切って早めに下りてきた原因である台風はだんだんと近づいているようで、今にも雨が降り出しそうだった。そんな中いき先に決まったのは三保の松原である。台風接近中に海に行くなどあり得ないがそれがあり得るのがワンゲルだ。タイムズレンタカーを借りて宮崎チックな海沿いの道を走る。

案の定、富士山は雲に覆われて全く見えなかったが、海と松と安倍川もちを堪能できたので満足だ。三保の松原をあとにして、スピッツを熱唱しながら来た道を戻る。波がものすごく高く、台風接近中だと言うことがよくわかった。ファミレスで腹ごしらえをして荷物を受け取り、静岡市中心部のジャンカラへ。夜の繁華街をメインザックで歩くのはなかなかの経験だった。これにもいずれ慣れていってしまうのだろう・・・。
時刻は22:00。翌朝5:00まで歌い続ける。途中執行は寝てしまったが、他の4人はノンストップでオールを達成したようだ。恐ろしい体力だ・・・。

〈9/23〉
この日は24時間を人をダメにする施設(温泉はいり放題、漫画読み放題、Wi-Fiあり、寝放題)で過ごす予定で、そこの開館時刻は10:00。まだまだ時間がある。カラオケを出て路頭に迷っていると、ふと快活クラブの看板が目に入った。ここだ!と言わんばかりに吸い込まれ、3時間の睡眠をとることになった。寝て朝食をとって8:30。まだまだ時間はあるため、とりあえず公園で暇つぶしをすることになり、静岡県庁そばの駿府城公園に行った。そこでの出会いがこの二日間の行動を大きく変えることになった。
駿府城跡では天守台の発掘調査が行われており、その調査現場の横に小さな資料館があった。そこにはボランティアのガイドさんがおり、いろいろと解説していただいた。駿府城は徳川家康の居城であったらしい。

そのため近くには家康に関連する場所がたくさんあるらしく、この日の午後や次の日に行った方がよい場所も教えていただいた。天守台をひと通り見たら城内の様々な仕掛けや、堀の外の櫓を別のボランティアさんに解説してもらいながら見学した。その後徒歩で静岡浅間神社に向かうことにした。その道中ちょうど昼時だったため静岡おでんを食べてみることにした。静岡おでんは牛すじ出汁のため黒く、具に黒はんぺんが入っているのが特徴だ。さらに、おでんとかき氷を同時に食べるのがマストらしい。驚愕だった。

浅間神社でも別のボランティアガイドさんに会い、神主さんによるお祓いと、普通の観光客は入ることの出来ないエリアに入るツアーをしていただいた。お祓いをしたら存在が無くなってしまうかもなどと心配しながらも、とても貴重な経験になった。

浅間神社は7つの神社から構成される神社群で、どうせなら全部巡ろうという話になった。6社目まではよかったが、7社目は階段の上にありそうだ。その階段は地元の高校球児が階段ダッシュに使っているぐらいの階段だ。ワンゲラーには登らないという選択肢は無いため、登り始めた。3人はダッシュし始め、体力恐ろしいと思った。

無事に7社を巡り終わり、ガイドさんにお礼を言って浅間神社を後にした。ここまでで出会ったガイドさんはみな駿府ウェイブという同じ団体の方々で、たくさん案内していただいただけでなく、私たちが向かうことを事前に連絡して5つの巨大なザックを置く場所を手配していただいたり、今後の移動のアドバイスをしていただいたりした。駿府ウェイブの皆様ありがとうございました。
そのまま徒歩で本来の今日の目的地、美肌の湯に向かう。いざ入館してみると、そこは想像以上におしゃれな空間だった。ワンゲラーの来るような場所では無い。

が、周りの目を気にしないのがワンゲラーのいいところ、意気揚々と温泉に向かう。翌朝までマッサージチェアーに寝たりハンモックに寝たり漫画や雑誌を読んだり、それぞれのやり方でダメ人間になった。

〈9/24〉
夕方の高速バスまで静岡で観光する時間がある。ガイドさんに出会っていなかったらどう時間を潰すか悩んでいただろうが、もう行き先は決まっている。がしかし、ここで田村さんの散髪タイムである。他の3人は県庁の展望台に上ったり2度目の駿府城公園で朝食をとったりした。さっぱり田村さんと合流した後は再びタイムズレンタカーを借りて久能山東照宮に向かう。久能山東照宮は徳川家康の遺体がまつってある神社で、山の上にある。・・・やま?そう、東照宮に行くには1159段の石段を登らなければならず、公式サイトによるとコースタイムは20分。ワンゲラーはここをノンストップで10分で登るべきだという話になり、それを実現した。



東照宮は彫刻と彩色がとても豪華で、浅間神社で聞いた説明を元に拝観するととても楽しかった。さらに階段を56段のぼり、徳川家康公とご対面である。

数メートル先の数メートル地下に、かの徳川家康が眠っていると思うととても不思議な気分だった。スピリチュアルな気分になって、東照宮を後にした。下りは飛ぶように早く、あっという間に下りてしまった。海がきれいに見えた。

さて、待ちに待ったお昼ご飯の時間だ。田村さんが美容師さんから聞いてきた、さわやかのハンバーグを食べに行くことにした。全員がげんこつバーグを注文した。まるまるとしたハンバーグを目の前で半分に切ってもらい、ソースをかけてもらい、食欲をそそる音がジュウジュウ鳴っている。

最高においしかった。ブログを書いている今もこの写真を見て唾液が出てくるぐらいおいしかった。
さわやかを出た後は日本平に向かう。日本平は静岡の町と富士山を一望できる絶景スポットである。曇天の時に行く場所ではないだろうが、まあいい。
日本平に着くと、空は晴れ渡り・・・とはもちろんならず、曇りのまま展望台に向かった。富士山は麓しか見えず、三保の松原とデジャブだったが、資料館を見てお茶鯛焼きを食べてお土産を買って、楽しい観光だった。



静岡を発つ時間が近づいている。車で静岡駅に戻り、ザックを回収し、路線バスで静岡インターの高速バス乗り場に向かった。出発まではまだ時間があるため長旅に向けて身支度をした。
ここでこの合宿を少し振り返りたい。塩見岳から静岡駅に至るまで、このたびはある県のある市のある区の中で完結していた。それは、題名にあるとおり、静岡県静岡市葵区である。この長い旅のほとんどは静岡市葵区の中で完結しているのだ。
本当に巨大な区である。快晴のもと富士山を眺めながら歩いた塩見岳や、ひなたぼっこをした高山裏避難小屋や、暴風雨のなか死に物狂いで歩いた荒川三山や、一夜を明かしたカラオケや、ボランティアさんに出会った駿府城公園は、全て、全てひとつの区、葵区の中だったのだ。この合宿を静岡市葵区の旅と呼びたくなるのもわかるだろう。
ここで、高速バス待ちの場面に戻る。ここでもまた遅延が発生しているらしい。福岡に帰る4人は大阪で福岡行きの高速バスに乗り換えがあり、その乗り換え時間は40分。そのうち10分は移動時間である。バス乗車時現在、バスの遅延は45分。これは絶望だ。帰れない。福岡行きの高速バスをキャンセルして大阪に泊まることもことも視野に入れつつ、バスに乗り込んだ。
途中、それぞれが代わりの飛行機や新幹線を探したり、大阪の友人の家に泊めてもらえないか連絡をしたりしていたが、遅れを巻き返しつつあったので、キャンセルせずにそのまま賭けることにした。京都深草で智香さんが下車し、4人になった。グーグルマップで梅田までの所要時間を随時チェックしながらバスに揺られる。本来の到着予定時刻は22:00。現在時刻21:50。グーグルマップが表示する所要時間は10分。おや???予定通りではないか???その情報をラインで共有して静かに歓喜に包まれる。なんと予定通り22:00に梅田に到着し、走る必要はないのに次の乗り場までダッシュした。無駄にワンゲルらしさのある展開だった。無事に福岡に帰れる。そのことだけで幸せだった。22:40、無事に高速バスに乗り込んで帰途についた。
翌朝の到着前にふとTwitterを開くと、寒いというツイートで溢れている。上着の準備をして翌朝8:15、福岡に降り立った。外の空気は本当に冷たく、一気に秋になった感じがした。
バスセンターから博多駅まで通勤ラッシュの中をメインザックで切り抜け、博多駅で美森さんと別れ、他の3人で地下鉄に乗り込む。

この合宿はワンゲル史上初の高速バスを利用した合宿であったが、ハプニングに見舞われながらもなんとか予定通りに終えることが出来た。ただ、電車に比べて交通事情の影響をもろに受けやすいため、今後利用する際は乗り継ぎに余裕を持っておくべきであろう。赤石岳に行けなかったことや荒川三山が荒天だったことは無念だったが、快晴の中で塩見岳に上れたことや下山後の静岡での観光が予想以上に充実したこと、そして何よりもパーティーの仲が学年を越えて深まったことが、この合宿における大きな収穫だった。このパーティーで同窓会(宮崎合宿)の予定もあるので楽しみでならない。


夏合宿 八ヶ岳縦走 2019.8.21〜8.28

2019-10-30 13:11:00 | 夏合宿


夏合宿 八ヶ岳縦走 2019.8.21〜28

<メンバー>

A隊:坂口、田中、小林、斎藤、小野 B隊:氏家、三橋、武谷、松井

記録:小野

8.21

合宿の始まりは、今宿のルミエールだった。激安スーパーのため、合宿の買い出しにはもってこいだ。19時に集まったのは、坂口、氏家、小林、斎藤、松井、小野である。一通り購入を済ませたのち、今宿駅まで徒歩で移動し、筑肥線、地下鉄空港線で藤崎駅へ。この日の夜は坂口家にお世話になった。明朝の寝坊を心配しつつ、各自眠りについた。

8.22

ワンゲルの朝は早い。4時半ごろに起床して、5時半ごろには坂口宅を出た。まだ人もまばらな地下鉄に乗り、博多駅へ。博多駅では三橋、武谷と合流。博多駅からは格安チケットで新幹線に乗る。姫路駅までこだまで約4時間の旅。車内では各自自由な時間を過ごした。後にこの新幹線の偉大さをメンバーは思い知らされる。

本来であれば、この日のうちに登山開始地点の小淵沢まで向かう予定であったのだが、翌日の八ヶ岳周辺は悪天候が予測されていたため、話し合いの結果この日は姫路に留まることにした。

となればやることは一つ…

観光だ!!

こんなことしたり…

こんなことして楽しみました。

姫路市立動物園、安いのにめちゃくちゃ時間潰せて楽しかった。

この日の夜は駅前の快活クラブで一夜を過ごすことに。ネットカフェと言って侮ることなかれ、そのあまりの快適性、コスパの良さにメンバーは一夜にして快活信者になりました。

 

8.23

1日遅れで姫路を発つ。快活クラブの無料モーニングを食い、朝8時半の電車に乗る予定だった…が、ここで恐れていた事態が起きてしまう。寝坊である。本人のプライバシーを尊重してここでは寝坊した人をSとする。Sさんが起きたのは快活クラブを出る5分前だった。まさか本当に寝坊しているとは誰も思っていなかったので誰もSさんを起こさなかったのだ…何とかダッシュで予定の電車に乗ることができたのでよかった。今日は青春18きっぷを使ってひたすら東へ向かう。名古屋駅に着くと、帰路についていた南アルプス隊の皆さんと遭遇。10分程度しか話せなかったが、お互いの疲れを癒すには十分な時間だった。

その後、順調に列車は進み、予定通り小淵沢駅に着いた。途中の中津川駅で食べた信州そばがとてもおいしかった。うどん王国福岡ではこの味は体験できないだろう。

 

小淵沢駅に着くと、明日から我々が挑む八ヶ岳が雄々しく姿を現していた。 

 

駅には小洒落た展望台が併設されていたので登ってみると八ヶ岳はもちろん、富士山も望むこともできた。そんな美しい自然を背景に、地元の高校生であろうか、恋仲にあると思われる男女が青春のひと時を楽しんでいた。あまりにも絵になるその光景に我々は息を呑まれた。空気を読んで早々に退散したが、大切なひと時をメインザックを抱えた変な集団が邪魔してしまったことをこの場を借りてお詫びしたい。 (↓空気を読むワンゲラー達)




小淵沢駅前は閑散としていたが、近くによさげな定食屋さんがあったので入店。下界での最後の晩餐に皆舌鼓を打った。 

夕食後は、予約しておいたジャンボタクシーを使って登山口である観音平へ向かった。観音平に着くと、そこには闇しかなかった。闇、ひたすら闇。しかも風にそよぐ木々の音がなんか不気味。それに加えて運転手さんが熊が出る話をしていたので、急に怖くなった。でも今夜はここでテント泊するしかないので覚悟を決めてさっさと寝た。幸いクマは出なかったが、あまりよく眠れなかった。

 

8.24

いよいよ登山行動開始である。天気は快晴。まずは編笠山を目指す。樹木が生い茂る中、順調に歩いてゆく。道は歩きやすかった。初めて富士山が見えた時は感動した。木々が消え始めると、山頂に着いた。

山頂では風が強く、寒かったので早々に編笠山を後にした。少し下ると青年小屋という小屋があったのでそこで休憩をとった。そこからアップダウンを繰り返しながら歩いていくと、権現小屋に着いた。ここで昼食を摂る。簡易サンドイッチで腹を満たし、ピストン行動で権現岳へ。



山頂付近は巨石がゴロゴロしており、結構危ない所もあった。みんなスリルを楽しんでいたが、筆者はチキンなので傍観していた。

権現岳下山後は再び権現小屋に戻り、アップダウンを繰り返していく。今日はキレット小屋というところでテントを張る予定なのだが、権現岳を過ぎればもう山はない。よゆーよゆー、山楽しい〜なんて思っていたら


なんかえげつないハシゴあるんですけど。もうこんなんカイジの世界じゃん、失敗したら地下労働のやつじゃんとか思いつつなんとか梯子をクリア。ちなみに百戦錬磨の坂口さんはめっちゃ速く下ってました。

その後は特にトラブルもなくなんやかんやでキレット小屋に到着。この日の夜はカレーだった。

8.25

やっぱりワンゲルの朝は早い。3時起床。朝というより夜やん。朝食は昨日の残りのカレーを使ってカレーうどんだった。やはり1日置いたカレーは旨かった。そして5時にキレット小屋を出発。この日はまず赤岳を目指す。赤岳は八ヶ岳の中で最も標高が高いらしい。


登っている途中に雲海から朝日が顔を出した。赤岳の登山道は礫石が多く、道も細いところがあったりと危ない所も多かったが、景色は絶景だった。山頂が近づくと、登山客も増えてきた。どこから来たの〜、若いね〜という問いかけに対してテンプレ通り応対しているうちに登頂。


富士山も望める絶景だった。

赤岳の下りは急で、滑りやすく大変だった。ここで田中さんが捻挫してしまったが、たかてぃんが迅速かつ丁寧な応急処置をしてくれたおかげでなんとかリタイアせずに済んだ。風の強い稜線上をいくつかのピークを超えているうちに硫黄岳山荘へ。ここで昼食を摂った。この日も昼食は簡易サンドイッチ。


硫黄岳周辺は草原が広がっており、爽やかな感じ。硫黄岳は難なくクリア。

そこからせっかく稼いだ標高を一気に解放して夏沢峠へ。休憩の後、また標高を稼いでいく。特に展望もない箕冠山を経て、東天狗岳へ向かう。ここから西天狗岳へ有志のみでサブザックでピストン行動した。ちなみに筆者は疲労困憊だっためパスした。

いつのまにか赤岳があんなに遠くに位置していた。

ここからはほぼ下りのみ。ひたすら下って黒百合ヒュッテに着いた。この日の行動時間はとても長かったため疲れた。米と和風スープをなんとか平らげ、泥のように眠った。

8.26
この日も晴れ。本当に天気には恵まれている。ゆるーい登り坂をだらだら登ると、中山に着いた。途中、ちょうど日の出を望むことができた。

燎平のiPhoneXを以ってしてもうまく朝日を撮影することができなかったが、本当に神々しい日の出だった。
中山を下り、高見石小屋で休憩した後、丸山へ。特に展望もなく、原生林の中をひたすら歩いていると、麦草ヒュッテに着いた。ここでは下界に通じる国道と交差しており、しかもバスも通っている。完全に文明エリアじゃないか。長居すると下界に引きずられるので早々に出発…とはならなかった。各自で手拭いなどお土産を麦草ヒュッテの売店で買っていた時だった。たかてぃんのスマホが死亡した。落として画面バキバキどころかまともに起動さえしなくなった。何か山の神の怒りに触れることでもしたのだろうか。結局たかてぃんのスマホは福岡に着くまで息を吹き返すことはなかった。

失意のたかてぃんと共に再び標高を上げていく。茶臼山という山があったのだが、こいつがダークホースだった。ありがちな名前のくせに直登かつまぁまぁな急登が延々と続く山だった。だいぶ体力を消費した気がするが、そのまま縞枯山へ。文字通り山の一部の木々が枯れているせいで遠くから見ると縞模様に見えた。

縞枯山からは明日登る蓼科山もよく見えた。岩場の道を下ると雨池峠に着いた。この辺り一帯は湿原地帯で、ロープウェイも近くにあることから観光地化していた。トイレを求めて一部のメンバーはロープウェイの駅まで向かったが、筆者はそっち側に行ってしまうと千と千尋の神隠しよろしく帰ってこれなくなる気がしたので行かなかった。
観光客の合間を縫って三ツ岳へ登る。山自体は大したことなかったが人が多い。どこから来たの?という例の問いも増える。九州大学ですと言うと何故か信州大学と間違えられる事案も発生していた。三ツ岳からはやや急勾配、そして階段を上ると北横岳に着いた。


曇ってはいたが雨の降る気配はなかった。
ここからは岩場のほぼ平坦な道を進んで大岳を目指した。北横岳を過ぎると急に人がいなくなった。大岳へは登山道にメインザックを置いてピストンで向かった。岩のゴツゴツした山で足場に困った。


よく撮れてますね。

ここからはひたすら下り。ただ下り。でかい岩が多いうえに苔むしてて嫌な道だった。
予定より遅れて双子池ヒュッテに到着。本合宿最後のテン泊だ。文字通り二つの池に隣接しており、テント場は池のほとりにある。ちなみにテントを張ったところはヒュッテからは徒歩10分程の距離で隔たれていたのでトイレ等が大変だった。さらに死活問題が。水は池の水から取っているため煮沸しなければ飲めないとのこと。まじかよ。それってヒュッテの存在意義としてどうなのよと思いつつテントを張り、山での最後の晩餐。この日は文字通り晩餐だった。というのも先輩方はヒュッテの売店でビールやらチューハイやらを買い、夕食のスパゲティを肴に飲んでいたからだ。筆者はコーラで乾杯した。
そして案の定坂口さんが酔っぱらった。氏家さんは結構強かった。とにかく楽しい夜だった。が、この合宿始めての雨が降ってきて水をさされた。最後のテント泊は木の根を回避できずあまり快適ではなかった。結局水はその日のうちに煮沸しておいて明朝注ぐことにした。

8.27
前日に降った雨は一時的だったようですっかり止んでいた。まだ8月だというのに池からは湯気が立ち昇っていた。いよいよ最終日である。

この景色自体は幻想的だが、この池の水を飲めと言われて飲めるだろうか。ナスDでも躊躇するだろう。煮沸しておいた水を飲もうとした刹那、明らかに飲んだらヤバい臭いがしたので結局この日一部のメンバーは水無しで出発した。
木々の間を縫って山を登っていくと割とすぐに本日最初の山、双子山についた。


山頂付近は草原と岩場が入り交じる平原となっていた。景色も良い。水を求めて次の休憩場所へ向かった。
再び森林地帯を抜けて下り、大河原荘に着いた。ここで山小屋のおばさまに交渉し、水を手に入れることに成功した。本当に助かった。
休憩した後、いよいよ登山行動もクライマックス、最後の目的地蓼科山へ向けて出発した。
しばらくはクネクネした道を登り、その後は森の中の平坦な道を進んだ。
森が開けたかと思うと、蓼科山荘だった。ここで飲み物を買ったりして休憩。ここからは蓼科山までサブザックでピストン行動なのでメインザックを下ろして必要なものだけ移して出発した。
メインザックの重力から解放され、足取りは軽かったが蓼科山は巨石がゴロゴロした急登だった。20分経ったころ山頂に着いた。

山頂にも岩がゴロゴロしていた。植物の気配もない。雲に包まれているせいで薄暗く、黄泉の国みたいな雰囲気だ。ただ鳥居もあって神秘的な雰囲気でもあった。絶え間なく強い風に乗って雲が流れ込み、自分の横を通り過ぎていく。なんだか天気の子になった気分だ。数分前までは晴れていたとおじさんが教えてくれたがこれはこれでアリな景色だと思った。



途中の山荘で買っておいた手拭いを持って記念撮影。この手拭いに描かれた山のほとんどを歩いてきたのだと思うと感慨深かった。何より全員でここまで来れて本当に良かった。最後は曇天だったが天気にも本当に恵まれた。
ありがとう、そしてさようなら八ヶ岳。下界に帰ります。
以下文明圏となります。





ゴンドラはいいね。ゴンドラは足を癒してくれる。リリンが生み出した文化の極みだよ。

こちらは八ヶ岳の山麓にある御泉水自然園です。蓼科山を下りた一行はひたすら下山し、下界へ。ゴンドラリフトを見てテンションが上がったので予定を変更して乗車。あっという間に標高を下げていきました。降りたらそこはもう避暑地にして観光地。というわけで観光です。

よくわからんモニュメントで写真を撮ってもらうくらいにはテンションが上がっていました。



いろんな動物と触れ合ったり、美味しいソフトクリームを食べて楽しみました。あとお風呂にも入って皆綺麗さっぱりしました。筆者はなぜかシャワーを浴びている時に両鼻から鼻血が噴出した。全然止まらなかった。ちなみにそっちの人ではない。

ここからはバスを乗り継ぎ、茅野駅まで下った。ここで東京方面へ向かう小林、三橋ペアとお別れ。この二人はその日のうちに東京、埼玉へ帰り着いた。ちょっと寂しくなったが、後のメンバーは松本方面へ。行きと同様ひたすら電車を乗り継ぎ西へ向かう。
寝たり、話したり、トランプをしながら過ごしているといつの間にか夜になっていた。気がつけば行きにもお世話になった姫路。時刻はすっかり0時を過ぎていた。もちろん寝るのは我らが快活クラブである。店員にはこいつらまた来たわと思われていたかもしれない。

8.28
移動を含めると合宿は本日が最後。今日はただ列車に乗るのみ。岡山駅で松井と別れた。だんだんメンバーが減っていく。山陽本線をひたすら西へ。行きは新幹線でワープした区間が在来線だとあまりにも長い。快速もないのでとにかく長い。岩国駅で昼ごはんを買った。ただの昼ご飯なのにめちゃくちゃ贅沢している気分だった。筆者の地元山口県はずっと2両編成という相変わらずの田舎っぷりだった。景色はずっと山の中で退屈だったがトランプやワードウルフのおかげで楽しめた。
博多駅に着く頃にはもう日は沈んでいた。長かった合宿がようやく終わった。

1日順延したが、行動中は天候にも恵まれ、途中リタイアすることなく無事に合宿を終えることができた。1日あたりの行動時間が長く、疲れも溜まったが素晴らしい景色を望むことができた。たかてぃんのスマホも帰福後に無事治ったのでいい合宿になったと思う。











夏合宿 裏表銀座縦走

2019-10-27 11:08:49 | 夏合宿

夏合宿 裏表銀座縦走(悪天候のため裏のみ)2019/8/17~8/21

 

西尾(PL)、福地、増田、瀬田

記録:瀬田(食当と目覚まし係も併任)

 

概略

8/17 七倉山荘~烏帽子小屋

8/18 烏帽子小屋~水晶岳・鷲羽岳~三俣山荘

8/19 三俣山荘~槍山荘

8/20 槍ヶ岳ピストン、停滞

8/21 槍山荘~槍平~上高地

 

8/14 西尾さんは後立山から他3人は剱・立山から至福の思い出とともに下山をして松本のマクドナルドで合流した。日本列島の南には台風10号がいよいよその進路を固め日本に迫っていたため、その日のうちに名古屋までいく予定だった剱隊の1年生も含めた10人でネットカフェに泊まった。

 

8/15 1年生は朝早い電車に乗るということだったため鶴さん、増田、僕は朝5時には起きて松本駅で見送った。楽しいメンバーだっただけに結構寂しかった、本当に。松本は、風は強かったが時々晴れ間も見えて台風が上陸しようとしているとは思えなかった。天気がもっているうちにと夜露でびしょびしょになったババロアを松本城公園で乾かした。剱の合宿で判明したのだがババロアの撥水性能はないに等しかったため今後の山行が不安であった。テントを乾かした後は各自コインランドリーに行ったり、松本の友人を呼びだしてご飯を食べたり、ビニール袋や行動食、撥水スプレーを買い足したりして山に備えた。

 

8/16 台風は中国地方を縦断し、肝心の北アルプスは17日から天候が回復するという予報だったため今日中に信濃大町駅から乗合バスで七倉山荘にいきそこでテン泊することにした。七倉行きの最終バスまでの時間に信濃大町の郵便局留めで郵送しておいた松本のスーパーにおいてない可能性のある食糧(堅パンとか堅パンとか)とガス缶を受け取り、現地調達分は近くのスーパーで買い足した。郵便局留めの利用は郵送できるものや保管期間などに注意すれば大きな問題はなく、今後必要な場合は利用を検討しても差し支えはないと思う。スーパーでの買い出しでは瀬田が食パンを2斤余分に購入してしまった。1斤は七倉山荘でスープに浸したり直火でトーストしたりしておいしく食べたがもう1斤の行方は誰も知らない。食糧は1日ごとに袋に分けてじゃんけんで勝ったものから選ぶことにした。今回は小屋飯を多用することもあり日によってかなりの重量差があったため、このじゃんけんは我々にとって非常に重要なものであった。先に結果だけ公表すると、1回目は1位から福地、西尾、増田、瀬田。2回目は福地、西尾、瀬田、増田。体力順になったと思えばいいか、うん。その後バスで七倉山荘に行き温泉に入った後テントで就寝した。

 

8/17 4時起床。まず西尾さんとおじょーは起きない、想定通り。七倉―高瀬ダム間はタクシーを使う予定だったが運行見合わせで5km余分に歩くことになった。6時過ぎに七倉山荘を出発して1時間強で高瀬ダムについた。高瀬ダムからブナ立尾根の登山口までは細かい砂と礫が混ざったような道だった。地図では登山口の手前に水場のマークがあったが10分ほど探しても見つけられなかった。七倉で水は汲んでいたためそのまま急登に入ったが、もし登山口の水場を当てにして水を汲んでいなかったらと思うとぞっとした。ブナ立尾根は日本三大急登に数えられコースプロフィールはざっと約1300mを水平距離3.5kmちょっとで登る感じである。平均勾配は30%を超えバーティカルレースも十分できる急登である。もっともこんなところでレースはしたくないけど。ただ登山をする者にとっては短時間で効率的に標高を上げることができるからありがたい。また、コース上には100m毎に表示がありスマホや時計で標高を確認できなくても目標を設定しやすいのもいい。登山道は明瞭で迷いやすいと感じたところはなく、道も踏み固められていて歩きやすかった。道自体は、特に前半は細いところが多くすれ違いは少し面倒かもしれない。かなり頻繁に休憩をしながらもコースタイム5h20’のところを3h30‘で登った。烏帽子小屋から5分ほど離れた場所にテント場があり、まずグラシだけ敷いて場所をとりピストン装備で烏帽子岳を目指した。烏帽子岳は頂上付近だけ岩が突き出していて一部鎖があったが特に難しいところや危険なところはなかった。

(烏帽子岳)

頂上からはこれから歩く裏銀座縦走路、赤牛岳、薬師岳、針ノ木岳、そして先日その雄大さに圧倒された立山連峰が一望できた。これは遠くから見ただけで実際に歩いていないためどのような道なのかはわからないが針ノ木岳から烏帽子への縦走路はやせ尾根が続くポイントがありメインザックで行くにはそれなりの技術や経験が必要であるように感じた。針ノ木岳を踏むために針ノ木雪渓から入る計画も検討したがブナ立尾根から入ったのは無難な選択だったのかもしれない。以前、烏帽子小屋でアルバイトをした経験のある方に烏帽子岳ではなく四十八池とその先の南沢岳まで行くといいという話を聞いていた。個人的には南沢岳も踏みたかったが他のメンバーはあまり体力的な余裕がなかったため増田と二人で、往復30’ほどでいける四十八池まで足を延ばすことにした。四十八池はその名の通り大小さまざまな池塘が点在する場所で、白い岩の目立つ南沢岳が池塘の青とカラフルな高山植物に映えていた。四十八池まで行く人は少数なのか絶景を独り占めできた。

(四十八池から見た南沢岳)

害のない雲が何個か頭上を通過してから満足してテントに戻った。14:30に烏帽子小屋について今日の行程が終了した。結構長い時間池の前にいたためてっきり二人はテント場に戻っていると思いハイペースで帰ったがテント場に姿は見当たらなかった。しょうがないので増田と二人でテントを設営して、それでも帰ってこなかったため夕食を作り始めた。メニューはα米と切り干し大根と高野豆腐の煮物で所要時間は切り干し大根を戻す工程を含めて30分ほどである。どうせ小屋でのんびりジュースでも飲んでいるんだろうなという話をしながら二人で調理していたが完成まであと数分というところになっても二人は現れず、増田が水をくむついでに二人を探しに行った。案の定二人は小屋で駄弁っていたらしい。やれやれ、西尾さんとおじょーが小屋でジュースを飲んで休憩しているとき我々はテントを設営して切り干し大根を煮ていたのか。とりあえず、切り干し大根と高野豆腐の煮物は標高補正なしに家で普段作っているものと同程度のおいしさで感激した。

(うまい、軽い、簡単の山飯)

 入山前は、向こう1週間は晴れが続くという予報だったがここにきて急に20日以降の天気が怪しくなってきた。雲ノ平2泊、三俣2泊してゆっくり槍を目指す予定だったところを山岳レンジャーの方の助言を踏まえて1日で水晶、鷲羽を回収して三俣山荘に行くことにした。翌日は2時起床ということであたりが暗くなるころにはテントに入り就寝しようとしたが烏帽子のテント場は蚊が大量に発生しており、まずテント内の蚊を一掃するところから始まった。無事に蚊を駆除してそれぞれ寝袋に入り僕は泥のように寝た。

 

8/18 2時起床。下界から持ってきた菓子パンを食べてから西尾さんとおじょーを起こした。西尾さんが夜中にトイレに行くためにテントを開けたせいで蚊が侵入し、僕は顔を刺されたが西尾さんは夜中一人で腹痛と戦っていたらしいから許すことにした。コースタイムが長いことをふまえ、ブナ立尾根できつそうだったおじょーの荷物を1日目の食糧が消えて2㎏以上減量した西尾さんに持たせて少しでもペースを上げてほしいとお願いしたが、おじょーはなぜか頑として荷物を他の人に渡そうとしなかった。僕はこの後コース上で何度も言葉を変えてお願いしたが結局この日荷物を誰かに持たせることはなく、ペースも上がらず、正直に申し上げると僕は相当不満がたまっていた。ただ、何度もそのことに言及したことで結果的に彼女を煽り、焦らしてしまったとしたら(下山後に判明したのだが)それは反省すべきであるし、この場を借りて謝りたい。

 気を取り直して、朝食は調理が不要であったため3:35に烏帽子小屋のテン場を出発できた。ここから真砂岳まではたおやかな稜線がつづいた。道は明瞭でアップダウンも少なく気持ちの良い縦走路だった。

(裏銀座ハイウェイ、走りたい!)

途中三ツ岳で日の出を拝み、7:00に野口五郎岳に着いた。

(野口五郎岳)

野口五郎岳の手前で剱・立山での唯一の心残りであった雷鳥に出会えてとてもうれしかった。裏銀座は三ツ岳の手前から槍ヶ岳が遠くに見えたが野口五郎岳から見える槍はより一層存在感を増して天を突きさしていた。一方南西の方角にはこれから歩く水晶小屋までの稜線が見えたが、ところどころ赤茶けていて岩が脆そうだった。真砂岳から東沢乗越まで下りそこからもう一度水晶小屋まで標高を上げるこのコースは、今までの幅が広く歩きやすい稜線とは打って変わってやせていて少し歩きにくかった。山と高原の地図には足元注意の文字しかなく見落としていた。裏銀座縦走をするときは真砂-水晶間は少し注意していくべきであると感じた。やや危険であったためかここはコースタイムの1.2倍かかった。水晶小屋で昼食の食パンとチーズをマヨネーズと蜂蜜で流し込んでいると水晶Tシャツを買いに来たトレイルランナーが暇そうにしていたので話しかけた。話によると彼はかなりの猛者でハセツネはサブ12、今年は北丹沢・山梨東部の指定4大会をすべて完走したらしく、参加予定のハセツネについて(ハセツネは台風のせいで中止になった、台風許すまじ)、ライトの問題やスタート後の渋滞について詳しい話を聞けて良かった。彼自身も今年のハセツネにエントリーしているようなので10月に東京で再開できたらおもしろい。(顔はあまり覚えてないけど、黄緑のGarmin foreathlete 245をつけていて、ultimate directionのザック、la sportivaのシューズだった、すべて王道のアイテムだからみんな使っているけど備忘録として)水晶岳までは黒っぽい岩が中心の道で途中小さな梯子があったが危険なポイントはなかった。水晶岳に11:01に登頂したが槍ヶ岳の方面には徐々に雲が出てきて鷲羽岳での眺望は絶望的になった。水晶小屋に戻るとちょうど荷揚げのためのヘリがちょうど来た。ホバリングしながら荷物を降ろし、こちらに手を振りながら機体を傾けてトンボのように旋回して東の空に飛んでいったのはかっこよかった。お目当ての水晶Tシャツを手に入れた先ほどのトレランおじさんはこれから新穂高温泉まで行くらしい。アルプスでのトレイルランは格別だろうなと思いつつ25㎏ほどのザックを背負った。11:35に水晶小屋を後にして鷲羽岳を目指した。ワリモ北分岐まで緩やかに下った後一度ワリモ岳まで登る。ワリモ山頂付近はトラバースがあり少し道がわかりにくいところやロープを使って下るところがあるがわざわざ避ける必要のある道ではなかった。一度下ったあと鷲羽岳までまた登り返す。勾配自体は急ではあるが道は明瞭で歩きやすかった。水晶小屋から1時間で鷲羽岳に着いたが一番楽しみにしていた鷲羽岳からの槍を拝むことはかなわなかった。鷲羽岳の南東には鷲羽池があり破線のルートではあるが山頂にいたおじさん曰く往復30分ほどでいけるということで増田と僕で池まで足を延ばした。勾配はきついがピストン装備なら問題ないコースだった。天気が良ければ鷲羽池まで行くといいと思う。稜線に戻り10時間の山行も三俣山荘までの下りを残すばかりとなった。白い石が転がるガレ場の下り、ここで増田がこけた。普段めったに転ばない増田の転倒には驚いたがすぐに立ち上がったのでそのまま三俣山荘までいいペースで下った。14:40三俣山荘着。

(味のある頂上標)

 

 この時点で21日以降は晴れが見込めない予報であったため黒部五郎岳を捨ててまっすぐ槍を目指すことにした。食糧については、大幅な日程短縮により小屋飯を使わなくても十分に間に合ったがジビエシチューが食べたかったから三俣山荘では小屋飯をとることにした。やっぱり小屋飯っていいね。うまいし、米食べ放題だし、コッヘル汚れないし。食えるだけ食べて(貧乏はつらいよ)テントに戻った。テン場は広いがある程度早めに来ないと風が強いところしか余ってないようなので要注意。またしても虫が多い。ガムテープを輪っかにしてペタペタと虫を取った。西尾さんは虫が苦手なのか全く働かずにここ虫いると叫ぶだけだった、やれやれ。見える範囲の虫を駆除してすぐ眠りについた。

(鹿肉の臭みを消すためかかなりハーブが効いている)

 

8/19 2時起床。みんな起きない。朝食の棒ラーメンを作っていると増田とおじょーが起きた。茹で上がっても西尾さんは起きないため試しに「西尾さん、虫めっちゃいますよ!!!」と言ってみたらはね起きた。みなさん西尾さんが起きないときは「虫、いるんだぜ!」といえばいいんですよ。二度寝できないほど覚醒しますから、やれやれ。テントを撤収して3:55に出発。西鎌尾根までは三俣蓮華岳と双六岳を通る稜線ルートと巻道ルートがあるが、今回は巻道ルートを通った。ただ、三俣蓮華は落としたかったためわがままを言って一人でピストンした。ヤマップのコースタイムで往復20分だったため10分ほどで行けると思ったが15分かかった。あとで山と高原を見たらコースタイム35分、ヤマップのコースタイムは時々トレイルラン基準なので気を付けたほうがいい。標高を徐々に下げていき双六小屋を目指す。道は整備されていて歩きやすかった。双六小屋手前の急な下りをこなして6:30に双六小屋についた。双六小屋から200mアップの急登で樅沢岳。ここは西鎌尾根と槍ヶ岳や大キレット、その先のジャンダルムまで一望できるので各々写真を撮りながらゆっくりした。樅沢岳からは50mにも満たない小さなアップダウンを繰り返しながら徐々に標高を下げていく。標高2600mの佐俣乗越で昼食をとった。魚肉ソーセージと食パンを蜂蜜、マヨネーズでいただいた。西尾さんとおじょーは魚肉ソーセージのビニールすら満足に剥けないようなので剥いであげた、やれやれ。半ば義務的な昼食をとって西鎌尾根の登りに入った。佐俣乗越までは幅も広く歩きやすい道だったがここからは少しずつ大きな岩や鎖場が出てきた。特に千丈沢乗越の手前はやせ尾根で道も脆かったため千丈沢乗越についてから槍山荘までの急登に備えてヘルメットを装着した。ただ、結論から言うと千丈沢乗越手前が一番脆く落石や滑落の危険を感じたため佐俣乗越からヘルメットを装着しても大げさではないだろう。

(割と険しい)

10:07に千丈沢乗越についた。すでに槍ヶ岳は雲に包まれていて拝むことはできなかった。千丈沢乗越からの急登はガレ場の350mアップ。一気に標高を上げて槍ヶ岳を目指した。標高が上がるにつれて傾斜も上がり最後はつづら折り、楽しい登りだった。10:46に槍山荘に着いた。槍山荘のテン場はあまり大きくないのですぐに手続きをしてテントを設営した。すでに槍ヶ岳は雲の中で展望は望めなかったため後日アタックすることにした。小屋の人によると20,21日は天候が何とかなるということだったが表銀座縦走は濡れた東鎌尾根は危険であると判断して20日は槍ヶ岳の晴れを待ち、21日に上高地に下山することにした。

(槍山荘、人がたくさん)

 午後からは雨も降ってきたため2時半ごろから夕食を作り始めて早めに寝ることにした。パスタを茹でて、その茹で汁でコーンスープを作りパスタは具に魚肉ソーセージ、トマトペーストとコンソメ、オレガノで味付けをしてお好みで粉チーズをかけていただいた。魚肉ソーセージにリベンジした西尾さんとおじょー。結果は、西尾さんは諦めてナイフを使ったためDQ、おじょーは1'48”。頑張りました。翌日の晴れを願って寝袋に入った。

 

8/20 何時に起きたかは覚えていないがたぶん4時頃に起きたはず。夜中に近くに雷が落ち、岩がゴロゴロと落ちる音が聞こえて恐々としていたが無事に朝を迎えらえてほっとした。男三人は雷で起きてその後あまり寝付けなかったがおじょーは雷?何のこと?という感じだった。さすがですね。朝はパスタを茹でて、茹で汁はコーンスープにしてパスタは乾燥キャベツ、ツナとあえてコンソメで味付けした。当然美味しかった。

あたりが明るくなってから小屋に行くと既に何人かは山頂にアタックしていたが、ガスっていて風もあったため多くの人は行くか行かないか迷っている様子だった。少し迷ったがいけるところまで行ってみようということで5:40に小屋を出発して山頂にアタックした。岩は濡れていたが足場は安定していて特に危険な場所はなく20分ほどで山頂についた。先客はいなかったが後ろからついてきた人がいたので写真を撮ってもらいすぐに下山した。下りも特に危険なところはなく、基本に忠実に下れば濡れていようが問題はなかった。渋滞がなかったためか45分で小屋に帰れた。

 

 展望は一切なかったため1日晴れ間を待つことにした。雲は早くどっか行けよと思いながらテントでゆっくりしていたが、そんな思いとは裏腹に風はどんどん強くなり雨もぱらつくようになる。天候は悪化していく一方だった。午後になると雨、風ともに強くなり、気づいたときにはすでに僕のトレランシューズが水没していた、やれやれ。テントにいた増田と僕で荷物を濡れないように最善を尽くしたがそのころには風が吹き荒れ、ババロアはペグが抜け、中の人が端を押さえていないと転がってしまいそうなほど煽られた。途中までは必死にテントを守っていたが、あまりの風の強さにやけくそになり堅パンを齧りながらテントにもたれかかって天命を待った。風雨もピークを越えてテントは少し移動したが何とか持ちこたえたなというところで二人が帰ってきた。そのころから増田が体調不良を訴えた。どうやらあまり寝れてなかったようだ。テントは浸水+風で小さくなったのもあり、この日は増田だけ小屋泊することになった。16時前に増田に30分後に夕食ができると伝えた後、外が急に晴れて槍の山頂がはっきりと見えた。すでに15時を過ぎていて雷の心配はあったが雲は遠く、ここまで粘ったのだからと増田以外の3人で山頂にアタックした。この判断が間違っていたのかはいまだに分からないが槍ヶ岳までのルートに雷を防げるような場所はなく、危険な行為であったことは明白だ。ともかくいつまで晴れているかはわからないためハイスピードで穂先を目指した。10分弱で山頂につくとそこからは今まで歩いてきた裏銀座や赤牛岳、表銀座の山々がはっきりと見えた。そしてちょうど東側に雲、西側に太陽が出たため山頂でブロッケン現象が見ることができた。今まで3回ブロッケンを拝んだことがあったが、そのどれよりもくっきりとしていて写真にも容易に映るほどだった。

 

貴重な経験ができたが危険を冒したということは忘れたくない。山頂には15分ほどいたが増田に夕食の時間を伝えていることを思い出した僕は早く降りて飯にしようといいながら梯子を下りたが、なかなか次の人が降りてこない。はよしろよと思いながら見上げていると、「セタは早く降りて飯作っとけよ」と西尾さん。(正確なところは覚えてないけどそういう意味のお言葉を賜った)本人は僕には聞こえないと思っていったらしいが、しっかり聞こえていますよ。増田を待たせるのは申し訳ないので一人でひらひらと下り10分かからず小屋についた。急いでテントに戻り夕食のダールカレーを作った。乾燥玉ねぎを水でもどしながらマヨネーズで炒めていい感じになったら、カレー粉を適量入れる。1分くらい炒めたらトマトペーストを3本くらい入れて豆を投入して水を好きなだけ入れて煮込むだけ、簡単でしょ。もう一つのコッヘルでお湯を沸かしてα米を戻しながら帰りを待った。それにしても遅い。どっかで滑落したんじゃないかと少し不安になりながらも西の空は赤く雨上がりのアルプスは美しかった。小屋に3人を探しに行くとすぐに3人は見つかった。増田はやはり疲れた顔をしていた。が問題の二人は楽しそうに歩いていた。勘のいい読者ならお分かりだろう。きれいな夕陽をカメラに収めたり、おじさんに写真を撮ってもらったりしながらゆっくりしていたらしい。僕が4人分の夕食を作っている間あんたたちは…やれやれ。カレーが美味しかったから許すか(自画自賛)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

食後、増田はすぐに小屋に戻り、僕たちは寝る準備をした。日が沈むとまた風が強くなってきた。テントの中に大きな石を何個か置いたが、ほとんど意味はなく風はババロアを叩き2テンほどの大きさになった。次第に雨も降りだし冷たいテントが何度も顔を叩いた。ババロアの明日に思いをはせながら目を閉じた。

 

8/21 ババロアに叩かれて起きた。寝れただけよかった。午前4時前。フルグラを食べながら外に出た。真っ白だったが雨は降っていなかった。前日に増田と早朝のアタックを約束していたためヘルメットをもって小屋に行った。西尾さんとおじょーは昨日の景色で満足したからと寝袋でぬくぬくしていたがたとえ景色が全く望めなかったとしても、僕は彼が望む限り一緒に上ってあげるべきだったのではないかとは思う。前日に増田に何も伝えずに山頂でいい思いをしたのだから、せめてそのくらいはして然るべきではないかと。僕が行けば解決する話ではあるけど、あ、それも食当の仕事でしたか。愚痴はこの辺にして(さっきから愚痴ばっかりだけど楽しい合宿でしたよ)小屋につくと何人かが山頂を見ながら逡巡していた。2回登った経験から岩が濡れいていても問題ないことは知っていたため、ためらわずに山頂を目指した。もちろん真っ白で何も見えないため登頂後すぐに下山、往復30分かからなかった。小屋に戻ると何人かに道の状況を聞かれた。あの日あの時間に登ったのはほんの数組だったと思う。その後お目当ての槍山荘名物焼き立てパンを堪能してから上高地を目指した。6:41に槍山荘を出発して槍沢まで一気に1300m下る。特に前半はガレ場の急登で足場が悪く突風で何度か転びそうになった。9:10に槍沢に着いた。ここからはよく整備された林道を歩く。横尾まで来ると同業者に交じって観光客が混じり始め、徳澤園を超えると周りはほとんど観光客になった。ひたすら歩いて12:54やっと上高地についた。悪天候時以外には使いたくないくらい長くつまらない道だった。(決して観光客を馬鹿にしているわけではない、そう、あくまで比較の問題である)道に文句を言っても今回の合宿はここがゴールである。バスに乗り込み松本まで行き、それぞれの帰路についた。

 

 雲ノ平の星空や黒部五郎岳、表銀座の山々は諦めざるを得なかったが、いわゆる裏銀座縦走はやり切れた。天候に振り回された縦走だったが前半だけでも天候に恵まれたことを素直に感謝したい。雨男がPLの合宿にしてはよく晴れたほうだろう。 以上


南アルプス北部合宿2019 8/17~8/26

2019-10-20 22:57:29 | 夏合宿

南アルプス北部(夜叉神峠~大門沢縦走ルート)合宿記録

*この合宿は秋雨前線の南下により上記の予定より大幅に短縮したが記念として元の計画も記すこととする。

参加者 A隊:田村(PL)折田 柏原 竹ノ内 原口 矢津

    B隊:中島(SPL)中村 池田 馬場 古川    敬称略

記録者 馬場

8/17(土)

この日は福岡を7時に出発し、岡山で古川と合流した後、20時半に京都に到着して柏原さんのご実家に泊まらせて頂いた。

これほど長い時間を電車の中で過ごしたのは初めてのことだったので辛さを感じていた。特に糸崎(広島)~姫路間の3時間乗りっぱなしは寝ても覚めてもまだ着かずうんざりしてしまった。ただ幸いなことにどの列車もバラければ座ることが出来た。

(辛かった。)

8/18(日)

柏原邸を8時に出発し、午前中は13時発の電車を待ちながら京都駅周辺をブラブラしていた。夕方になってきたころ中津川駅を過ぎた辺りからようやく威圧的な山々が姿を現しいよいよだなと予感させた。しかし、この日の目的地である甲府駅に着いた時に田村さんが天候悪化を鑑み日程の短縮を決断した。その後はみんなで油そば(福岡ではメジャーでないのに驚いた。)を食べ駅前の広場で大富豪などをして時間を潰し、ステーションビバーク(いわゆる野宿)で一夜を過ごした。

(風が無く暑さで少し寝苦しかった。)

8/19(月)

慣れない場所で寝たからかそれとも駅が騒がしくなり始めたからか分からないが、朝5時には目が覚めた。駅前には24時間やっているような飲食店は無かったので朝食まで各々時間をつぶしていた。

(就寝場所の近くの顔はめパネル、隣にはキ〇ィのパネルがありました。)

元々の予定では早朝のバスで夜叉神峠に向かい登り始めるはずだったが、夜叉神峠~仙水峠辺りまでをカットしてバスで長衛小屋まで一気に行ってしまうことになったので9時に出発した。アホみたいに揺れる山道を2時間進み、乗り継ぎの広河原でサンドウィッチを作って食べ、今度は満員のバスに乗り13時過ぎに長衛小屋に着いた。テント設営が完了するとまだ15時だったが夕食の回鍋肉(肉の代わりに麩)を作った。

(くっついて取りずらかった)

お肉が無いのはやはり、少し寂しかったが濃い味付けでよくご飯が進んだ。食べ終えて片付けしようとしているとにわか雨が降り始め、みんな慌ててテントの中に逃げ込んだ。他のテン泊者はちょうど夕食の支度をしていたくらいだったので早めに作り始めておいてよかった。この雨は夜通し降り続け、この合宿中一番激しく降っていたように思える。

8/20(火)

いよいよ甲斐駒臥ヶ岳登山ということで朝食に焼きそばを食べて5時40分に出発した。

(回鍋肉と同じく濃いめの味)

沢沿いの山道を歩いていると急に岩だらけの道に出た。これらの岩はガッチリ組み合っていて意外と安定しているのでその上を進んでいくことが出来た。

(ダイナミックな自然を感じる仙水峠付近)

仙水峠に着いて休憩中に甲斐駒ヶ岳と摩利支天が見えたが頂上付近は雲に覆われていた。また登り始め駒津峠を通り、1時間弱尾根沿いを進むと直登路と巻き道の分岐が現れたので巻き道の方で登って行った。少し登ると植物はほとんど生えなくなり、珍しいさらさらした白砂の道になった。(踏ん張り辛く傾斜もあるので登りにくく感じた。)

その後山頂には9時頃到着したが雲は晴れず景色はまったく見えないどころか風が吹くとかなり寒かった。

(甲斐駒ヶ岳、頂上には祠があった。)

小雨が風に交じってきたので急いで仙水峠まで戻り、昼食の魚ソーパンを食べて12時過ぎにテントに帰還した。その後私が夕食まで少しくつろごうとしているとどこからか嘆く声が…それは昨夜の予想外の大雨により登山靴が中まで濡れてしまった田村さんと古川のもので彼らの片足は血の気が無くなっていた。悲劇はそれだけではなく、登山靴は無事だったものの同じように外に普段靴を置いていた人々はそれが使えなくなり、私のようにサンダルを靴代わりにしていた人以外は履き替えられないと困っていた。(サンダルは寒さや足元の小石は敵だが裸足でも履けるし濡れても問題なしということで重宝しました。)

(みんなのテント手前A隊、奥B隊)

みんなの沈んだ気持ちを復活させるため(?)に夕食のカレーを作り始め無事に具材を煮込みいよいよカレールウを入れる時になった時、池田がルウを割らずにそのまま入れようとしたのでみんな驚いていた。彼曰く人生において一度もカレーを作るという経験をしておらず、割り入れるという発想がなかったらしく(驚くことに彼はメニュー考案係である)唖然としてしまった。

(調理中の折田さん。多分ニヤニヤしてる。)

魚肉ソーセージとサラミそして隠し味の大量のマヨネーズをいれてもカレーはやはり外すことは無く安定した美味しさだった。ただカレー唯一の欠点の後として片付けは大変でキジ紙を大量に消費してしまった。

(みんなの好みの間をとって中辛)

(伝統芸。この人は自発的にやっています。よい子はマネしないでください。)

8/21(水)拠点移動のため少し早めに起きてテントをしまって、少し残した前日のカレーにうどんと水とスープの元をぶち込んだカレーうどんを急いでたべた。その後2日前に降りた北沢峠バス停まで向かい、行動用以外の荷物を邪魔にならない廂の下において仙丈ケ岳に向け6時ごろ登り始めた。大滝頭までは傾斜があるところがあり、少し辛かったが、そこから小仙丈ケ岳までは視界が開けていて雲も無くスタート地点などや甲斐駒ヶ岳などが見渡せた。

ただ小仙丈ケ岳の休憩後は雲の中で入ってしまい風と合わさり体感温度はかなり低かった。かなり視界が悪く、そんな中でも大岩の上を進む所もあり、スリルがあった。何とか9時過ぎに仙丈ケ岳頂上に到着したが視界最悪だったので甲斐駒ヶ岳にもいらっしゃって仙丈ケ岳で再会したシニアの方々とトークを楽しみ、(なんとその方々は糸島から来られているそうで驚いた。)写真を撮った後下山を開始した。

(3000m超え!めっちゃ寒い!)

帰りは行きとは違い、仙丈小屋に寄り道するようにコースをとった。この選択は正解でなんと小屋の手前の斜面で雷鳥の親子をみることが出来た!!

(近くにはハイマツ?のような植物が群生しており隠れる場所には困らなそうだった。)

親子の邪魔をしないようにそっと側を抜け、小屋に入ると風が無いため暖かくやっと一息つくことが出来た。ここの食事スペースで昼食のグラノーラを食べ、ついでに限定商品を買ったりした。

(このグラノーラは甘い分、飲み物が欲しくなるので私と田村さんはコーヒーを注文しました。)

昼食を兼ねて長めに休息をとり、しっかり体力を回復して下山を再開すると、幸い途中で天候も良くなり、上着が必要無くなるくらいにはなった。下山完了しバスで北岳の麓の広河原まで移動してテントを設営した。

(広河原のキャンプ場。手前~奥方向が広い細長いイメージ、なんとトイレは水洗)

この日の夕食(カルボナーラ)は雨が降ってきたのでそれぞれのテント内での調理になり、酸欠と火傷が少し怖かった。

メインがパンやご飯ではなく麺なのは嬉しかったが、湯切りが出来ないので麺が伸びる&ソースが薄くなるの大きな欠点だった。翌日の北岳は登って降りて、広河原14時のバスに乗る予定なので暗いうちから出発する必要がある。しかし、昨日までの長衛小屋に比べ広河原は高度が低く、少し気温が高いので寝苦しく思っていたよりも睡眠を摂ることが出来なかった。

8/22(木)

まだ暗いうち(2時)から起床してうまく回らない頭でなんとかグラノーラを食べて準備を完遂した。はぐれるのを防ぐためA・B隊混合になり、ライトで暗い山道を照らしながら3時ごろ出発した。白根御池小屋までの山道は森の中の急こう配の道で仙丈ケ岳の登山道の前半のような道がずっと続いていた。

(左側はがけ下で結構危険です。)

森を抜けると小屋につき、休憩してると東の空が明るくなり始めた。小屋の後は「草滑り」という難所で、急こう配を短い折り返しで登っていくコースである。

(日の出を迎えて小休止。浮石が多くその名の通り本当に滑る。)

草滑りを終えた辺りでこれまでの山と同じように雲の中に入ることになり、丁度尾根に出ることもあって寒さが厳しく歯の根が合わなかった。尾根道を行くと肩の小屋についたのでみんなで休憩がてらお汁粉を食べ、最後の一頑張りのためのエネルギーを補給した。

(暖かく天国のようだった。)

雨露に濡れた岩の上を進みながら安全第一で進むと、ついに8時に南アルプス最高峰、北岳に登頂しました。

(結局この3日間頂上付近が晴れていることは1秒もありませんでした。)

夜の山道を歩くという初めての経験に加え、5時間の長丁場により気疲れしてしまい、はしゃぐようなテンションになれず山頂にいる間は石に座って休んでいた。下山を始め、尾根をそれる分岐の道に入った時、この旅で唯一といっていいほど尾根付近の広い晴れ間が生まれ、断念した観音岳や薬師岳、そして奥に富士山が見えるというご褒美をくれた。

(登るはずだったの山々)

(右1/3くらいのところにある三角は多分富士山です。)

北岳の恐ろしさは帰りも非常に長く危険ということだ。草滑りは特に危険で集中力を使う。そのため滑り後の小屋での堅パンで糖分補給を行った。夜通った森の中の道に再び戻ってくると今朝よく自分がこんな道を登れたなと驚いた。やっとこさ下山し、テントを畳みいつでもバスに乗れる準備を終えると広河原小屋で野菜たっぷりキーマカレーが食べられるということなので注文してみた。

(山ではあまり食べることのできない新鮮な野菜がたくさん入っていてその味が辛めのカレーに合い、非常に美味しかった。)

時間通りバスに乗り2時間程ゆられると甲府駅に着いた。3日間というとても短い期間だったが山でのテント生活はとても濃密な時間だった。その後関東に実家がある私は甲府駅近くの銭湯で汗を流し、一人その日のうちに甲府を後にした。他の人々は甲府にもう一泊し、行きと同じように2日かけて福岡に帰ったそうですお疲れさまでした。


剱立山堅パン合宿

2019-10-13 14:50:17 | 夏合宿

「剱立山堅パン合宿」

メンバー

A隊 増田(PL) 瀬田 織 竹谷 島崎

B隊 鶴田 福地 浅岡 小川

記録 島崎

〈概要〉

7/11 JRで福岡から金沢まで移動、金沢のカラオケで夜を明かす

7/12  金沢から富山まで電車で移動、富山から室堂までバスで移動、室堂から登山を開始し   剱沢に泊まる

7/13  剱岳登山

7/14 別山、真砂山、大汝山、雄山を通って黒部ダムに下山、その後電気バスで扇沢に移動   しダムカレーを食べ、バスで信濃大町に移動しお風呂に入り、JRで松本に移動しそこで夜を明かす。

7/15 一年はJRで松本から大阪に移動、大阪で台風に行く手を阻まれる

7/16 台風も過ぎ去り福岡に帰ってくる

〈7月11日〉

それぞれ自宅の最寄り駅から電車に乗って夏合宿がスタートした。前日の買い出しで皆に遅刻を心配されていたつるさんもちゃんと来た。それぞれ自宅の最寄り駅から電車に乗り込み、戸畑で下関行に乗り換える。この電車ではたけやんと福地さんが寝ていた。下関で岩国行に乗り換える。一年男子は歌ったりしゃべったりして結構盛り上がっていた。途中徳山で乗ってきた岡山まで行くというおじさんが乗ってきたのでその人としゃべった。岩国で糸崎行に乗り換えた。多くの人が一斉に同じ乗り換えをしたので座れなかった。たけやんは広島駅の看板、マツダスタジアムなど広島っぽいものを見つけて写真を撮っていた。広島駅を過ぎてからはおばあちゃんの家まで行くといって乗ってきた幼い兄妹のせなくんとこっちゃんに出会った。約1時間2人とおしゃべりをしながら電車に揺られた。たけやんは子供としゃべるのがうまかった。駅でバイバイして別れたが、ずっと手を振ってくれていてかわいかった。2人のおかげで広島からは退屈することがなかった。糸崎駅で相生行に乗り換える。熾烈な椅子取りゲームに勝利したけやんと私は座ることができた(不利な先頭車両に乗っていた先輩方は見捨てた)。この電車は終始満員だったがたっぷり寝ることができた。相生で網干行に乗り換えこの電車は乗っている時間がとても短い。網干で夕食を買い足した。網干で敦賀行の電車に乗り換える。この電車は今日一番長い3h30minだった。始発だから座れが途中人がどんどん多くなりザックが邪魔とおじさんに注意されたので逃げる。私のマットで瀬田さんが海音にたたかれていた。敦賀で福井行の電車に乗り換える。だんだん眠くなってくる。たけやんはとうとう床で寝てしまった。福井駅で26分の乗り換えだ。恐竜がたくさんいたので恐竜と記念撮影。つるさんと瀬田さんと浅岡は10分でそばを食べてくるといって早食いそばをしに外に出ていった。その後まもなく大満足で帰ってきた。増田さんがうらめしそうにつるさんを見ていた。電車に乗ってからはとても眠かった。夜は金沢駅周辺で寝床を求めて歩いた結果カラオケで寝た。カラオケは初めてだったのだがハイテンションの人が多いなあと思った。体に音が響くなか意外と眠れるものだなと思った。

 

 

〈8月12日〉

朝から富山行の電車に乗る。朝早いからか人が少なくゆっくりできた。誰もが電車の中で足りない睡眠を補充した。富山駅でバスの時間まで1時間あったのでそばを食べた。ここからバスで2時間半かけて室堂まで行った。たけやんとつるさんは家に葉書を送っていた。これからも機会がある度に送る予定だそうだ。室堂は観光地という感じで人もたくさんいた。剱岳で亡くなった人数が立て札に書かれていて増やさないように気を付けようと思った。天気は少し晴れたり曇ったりと微妙だった。今年の北アルプスはとても暑いと聞いていたが肌寒い。ここから火山の噴火口みたいなところや池を通る。

歩き始めて1時間ほど経つと川に出た。初アルプスでテンションが上がってしまった瀬田さんはショートパンツになって川へ飛び込み泳ぎだす。つるさんは橋の上から川へ飛び込もうとしてみんなから止められた。諦めてそのまま川で泳いでびしょびしょになっていた。増田さんの気苦労が絶えない。その後B隊から出発した。ここからはずっと登りだった。A隊も出発したのだがいつまで経ってもB隊の姿が見えない。きっと別のルートで行ってしまったのだろうということになって連絡を取ろうとしたがなかなか気付いてもらえなかった。登り切った剱御前小舎で昼食をとった。メニューは食パンに焼き豚をのせてマヨネーズをかけたサンドイッチのようなものだ。食べているとB隊もやってきた。どうやら違う道に行きかけたが引き返してA隊の後から登ってきたようだ。マヨネーズがカロリーにしか見えなくなってしまった福地さんはマヨネーズを大量にパンにかけていた。その後は登って降りてテント場についた。テントがたくさん張ってある中でテントを張れそうな場所を探してテントを張った。一年男子はビーチバレーボールを膨らませて山と海の融合だといってビーチバレーをしていた。テント割を決めて夕ご飯づくりに取り掛かる。今日のご飯はシチューだ。タマネギ、ニンジンを小さく切って炒めていい感じになったら、水を入れて煮込み、シチューの素を入れる。その後鮭フレークを一鍋に人瓶入れ、火を止めた後とろけるチーズを入れて混ぜると出来上がり。「シーフードシチューだ」「いや、鮭のクリームソース煮?」というようなおいしいシチューが出来上がった。九大ワンゲルの新定番になるだろう。暗くなるころには就寝した。


 

<8月13日>

2時起床で朝ご飯はパスタを茹でてゆで汁でコーンスープを作りパスタにはトマトペースト、ハーブ、粉チーズを混ぜて食べた。今日はペルセウス座流星群がよく見える日だそうで流れ星がしょっちゅう流れていた。天の川とかも見られてきれいだった。よく晴れて剱岳に登れそうだと嬉しくなった。剱岳は光の列が見えてもう登っている人がたくさんいるなあと驚いた。4時ごろテント場を出発して登っていった。よく晴れていてだんだん明るくなっていって、剱岳も影から光に照らされていって、晴れてよかったなとテンションが上がった。人は多かったがスムーズに進めた。途中はずっと岩がごつごつしていて、崖みたいになっているところは怖かったがゆっくり登る。先輩がいると安心感があった。岩の隙間などには小さな花が咲いていてかわいい。瀬田さんはたけやんの写真をいっぱい撮っていてお父さんみたいだった。山頂に到着して、7:30に昼ご飯の堅パンを食べた。一年生に堅パンが大人気で堅パンファンの瀬田さんは嬉しそう。山頂からは四方の山や海が見渡せてとても気持ちがよかった。山頂で1時間くらい写真を撮ったり堅パンを食べたりしてゆっくりした。

 

下りは慎重に降りた。カニの横ばいなどでは瀬田さんが見ていてくれて足場を教えてくれた。途中、前剱、一服剱では先ほど登った剱岳を見ながら堅パンを食べて休憩してその先の下りに備える。その後も慎重に降りて昼前にテント場に帰ってきてのんびりした。つるさんと瀬田さんと福地さんは買ってきたお酒を雪渓に冷やしに行った。私は時間があったので山岳診療所の医師の方にお話を聞きに行った。医師の先生はとても丁寧に山岳診療所の話や剱岳のお話をしてくださった。悪天候時の滑落はヘリでの救出が無理で助からない可能性が高い、遠くから来た人は悪天候時も無理しがちだから気を付けてねといわれた。テントに戻ってまたゆっくりした。アルコールを摂取して気分が上がってしまった瀬田さんは走ってくるといって坂を登れるところまで登り駆け下りていた。思い思いの午後を過ごしつつぼちぼち夕ご飯づくりに取り掛かる。今日の夕ご飯は炊き込みご飯。米を水につけ鯖缶(身をほぐす)、ニンジン(小さく切る)、しょうゆを入れる。水の量は瀬田さんの腕の見せ所だ。しばらく置いておく。たけやんが瀬田さんのコッヘルを勝手に開けてお箸を拝借してマシュマロを焼こうとして怒られた。瀬田さんはたけやんに手を焼いていたが、結局瀬田さんがマシュマロを焼いてくれてみんなで食べた。マシュマロがおいしかったので許してくれるそうだ。瀬田さんはこころが広い。十分水につけたので米を炊き始める。風が強かったので人間を風よけにして火を守った。少し焦げてしまったが食べれそうなご飯が炊きあがった。油揚げを入れて温めて完成。塩やマヨネーズをお好みでかけておいしくいただいた。この日は一日中剱岳を拝めていい日だった。

 〈7月14日〉

2時起床で昨日の炊き込みご飯に少し水を入れて温めて食べた。今日も晴れていて流れ星が見えた。テントをたたんで4時に出発した。まず、別山に登る。日の出を見たいと少し急いだ。ちょうど日の出くらいに山頂に到着し、山頂でゆっくりした。瀬田さんとつるさんは日の出を求めて一つ向こうのピークまで走っていってしまった。東の空は稜線のあたりに雲がかかっていたので何回か日の出を楽しんだ。                       

 

 

ここからは気持ちのよさそうな稜線沿いの縦走路を進む。これが本当の縦走だ、三郡縦走は縦走じゃないと三郡を貶し始める部員達。風が強くて日陰は寒かった。堅パンとともに真砂岳、大汝山、雄山の順に登った。雄山では山頂に行くためには参拝料が必要で、山頂で神官さんに安全登山の御祈祷をしてもらった。

 

その後お神酒を頂いた。のどが陣と温まった。そこからはひたすら下った。一の越山荘までは岩の道だった。一の越山荘から東一の越方面に下る。一年生のこの道絶対楽しいやつじゃないですかという声を聞いて、増田さんは「その気持ちを最後まで忘れんといてくれ」といっていた。ここから1000m以上ひたすら下ることになる。この道は植物の垂直分布が見られて個人的には楽しかった。下るにつれてだんだん草の丈が伸びてきて暑くなってきて通る人が少ないのか歩きにくい道になってくる。東一の越につく頃には下りに飽きてきた。黒部ダムカレーをモチベーションになかなか近づかない黒部ダムを見ながらひたすら下る。途中でロープウエーに手を振ると中の人が手を振り返してくれた。下って下って下ったころ、黒部平(ロープウエーの駅)までたどり着いた。

 

ここで休憩したが台風10号が近づいているので上級生は今後の登山が、一年生は福岡への帰り道が気になるようだ。たけやんと瀬田さんが「遠くの山より目の前のカレーや!」「明日の台風より目の前のカレーや!」といって盛り上がっていた。さらに下るとようやく黒部ダムの湖岸にたどり着いた。ダム湖岸に沿って歩いた。黒部ダムの大きさと人の多さにびっくりした。カレー屋さんはとても人が多くて長蛇の列だった。お店の人に聞いてみると扇沢でも同じものが売ってあってそっちの方が空いているということだったので先にバスで扇沢まで行くことにした。扇沢でとりあえずカレーを食べた。その後出発間際のバスに乗り込み、信濃大町駅にたどり着いた。ここでも一年生は台風が気になって電車に乗るか乗らないかで揉めたが、とりあえず目の前の風呂や!と団結して、公共浴場まで歩いて久し振りのお風呂を堪能した。その後電車に乗って松本駅まで行き、そこでご飯を食べた。この頃早寝早起きの生活をしていたので飲み屋街を歩きながらとても眠たかった。数あるメニューの中から山賊焼き定食10皿を注文した。量が多くて豊富な種類の揚げ物をおなか一杯になるまで食べられた。その後ネカフェで夜を過ごした。

 

〈7月15日〉

一年生は今日行けるとこまで行こうと松本駅から名古屋方面の始発の電車に乗った。先輩方が松本駅まで見送ってくれてうれしかった。台風による強風のため快速列車が運転を見合わせていたり、田舎の小さな駅で乗っていた電車が運転見合わせになったりしながら大阪まではたどり着くことができた。尼崎から先は正午ごろから終日運転見合わせということだったので男子は織のおばあちゃんの家へ行き女子は大阪で一泊することにしてそこで分かれた。雨と風がすごくて台風が来てるんだなと実感した。

〈7月16日〉

幸い私たちが乗りたい電車はほぼ通常通りだったので大阪駅から福岡に向けて出発することができた。台風の影響かコンビニが開いておらず朝食、昼食を堅パンに頼ることになってしまった。ダイヤの乱れは多少あったもののこの日は穏やかな旅ができた。九州に入ると見おぼえがある景色でほっとした。天候にも恵まれ堅パンによる絆も深まり良い合宿だったと思う。


夏合宿 後立山 2019/8/8~16

2019-10-13 13:07:55 | 夏合宿

夏合宿 後立山2019/8/8~16

隊員: 坂口(PL) 西尾 中尾 吉岡 (敬称略)

記録: 吉岡

8/8

自分は高速バスで中尾・坂口先輩は電車でそれぞれ西尾先輩の実家のある広島に向かった。高速バスの出発する博多駅に坂口先輩と2限にテストを控えた鶴田先輩が見送りに来てくれた。バスが予定より早く着いたので駅の近くにあった原爆ドームを観光していると西尾先輩が迎えに来てくれた。夜は西尾先輩のおばあ様にお好み焼きをごちそうになった。広島のお好み焼きはそばを使っていて自分には新鮮でおいしかった。追加を要求する中尾は勇者だった。この日は西尾先輩のお宅に泊めさせてもらい、寝る際にお借りした部屋に西尾先輩の若かりし頃の写真があった。天使のわっかは純粋な心とともに消えてしまったようです。ツボに入ってしまい布団に入った後も少しにやけてました。ごめんなさい。西尾先輩・ご家族の皆様には大変お世話になりました。

8/9

この日は広島から白馬まで一日中電車に乗っていた。夜になってやっと4人揃って座ることができトランプやウノを楽しんだ。大富豪中尾は一向に都落ちしなかった。白馬駅で発見した足湯を堪能し、寝る前に鶴田先輩に願掛けしてもらったオロナミンcを景気づけにいただき、その後駅の近くで野宿をした。人生初野宿は少し不安だったがよく眠れた。

8/10

早朝バスに乗り登山口に向かった。猿倉を出発し少しすると大雪渓にたどり着いた。少し寒かったが神秘的で綺麗だった。大雪渓を抜けると今度は日が照りかなり暑かった。白馬岳頂上宿舎のテント場はほとんど埋まっていた。白馬岳は宿舎と離れたところにあり、謎に二往復した。上から見る大雪渓も良かった。一度目と二度目とで同じ場所からも違った景色を見ることができ二往復した甲斐があった、、、。やっぱり割に合わない気もする。この日坂口先輩の体調が悪くなったので早く寝た。

8/11

朝にはまだ少し具合が悪そうだったが昼頃にはケロッとして完全復活していた。 さすが我らが部長(女帝)です!この日のメインは不帰キレット。近くから見ると名前の通り帰れるか心配になった。

 

 実際に登って見ると案外すんなりいけた。中尾は暇があると何か食べていた。その後の唐松岳、山頂宿舎では人があふれていた。テント場はほとんど埋まっていて傾斜を開拓していると近くにいたおじさま達がテントをずらしてスペースをつくって下さった。夕食は高野麻婆。改善の余地あり。その後、先輩達が奢ってくれたコーラzeroを近くの雪渓で冷やしておいたのでそれを取りに行く係を決めるため大富豪行われた。めんどくささと外の寒さが相まってみんないつも以上に必死だった。大貧民中尾とってきてくれた山でのコーラ格別だった。

8/12

テント場を出発してすぐにキレット?が続きかなりスリルあった。キレット小屋を目指してひたすら進んだ。

キレット小屋!!

 

小屋泊は何もかも快適すぎた。まさにオアシス。特にご飯は美味、至福の一時でした。寝床では消灯時間までトランプやワードウルフをした。寝心地も最高だった。小屋泊またしたい、、、。

8/13

キレット小屋を出発した後も険しい道が続いた。途中途中雲海がよく見えた。

 

 

この日の昼食はカップラーメンで個人的にかなり楽しみにしていたが小屋食の後ではかすんでしまいました。予定より早く種池ついたので各々時間をう潰したり、安定の、トランプとワードウルフを楽しんだ。夕食の鯖缶カレーは見た目から油断して仰向けいるとまさかの小屋食に匹敵するぐらい美味しかった。缶をずっと持ってた永遠の食当??こと西尾先輩には感謝です。鯖缶カレーは引き継いでいきます。最後のテント泊の夜も眠くなるまで遊んだ。坂口先輩の「カービィーに似ている芸能人」でオードリー春日は味方もウルフもかき乱した。

8/14

種池から扇沢に下り近くの温泉に入った。5日ぶりのお風呂そしてその後のアイスを少し寂しさも感じながら堪能した。信濃大町駅で荷物を整理しそれぞれ帰路についた。天候に恵まれ、無事に終わることができてよかった。夏の思い出となった最高の合宿だった。

 


2017 夏合宿 雲ノ平 水晶岳 槍ヶ岳

2017-10-12 11:04:00 | 夏合宿

北アルプス 先発
2017/8/14〜8/20
参加者
片山 久保 久保田 長友 坂口 三原
記録者
長友

8/13
夕方頃片山先輩宅にチャリで集合し松の屋でトンカツを食べてから今宿のルミエールに買い出しに行った。参加者6人のうち2人は現地集合であったので買い出しは4人で行われた。予想よりも時間がかかり最終電車で箱崎の本田先輩の家に向かった。本田先輩は私たちがお邪魔する少し前までバイトをしていて疲れていだはずなのに快く迎えてくださりありがたい気持ちでいっぱいになった。寝かせてくれるだけでもありがたいのになんと!本田先輩はその後手作り杏仁豆腐をご馳走してくれたり夜通し台所に立ち朝ごはん&お弁当まで作ってくださった。ちなみに朝ごはんはマグロカレーで昼ご飯はキーマカレーとおにぎりと名前を忘れたおかずだった。絶品で合宿前からこんな幸せあって良いのかと不安になるほどだった。1日目終わり。

8/14
移動日。見送りに来てくださった光岡先輩と奥田先輩がキンキンに冷えたスイカとビッグマンとマヨをくださった。このスイカは曲者で電車の中で網棚に乗せていたところ結露してしまい知らないおばさんにポタポタ水を降らせてしまったり網棚の上を転がり私たちをヒヤヒヤさせたりした。スイカが落ちて来た時のシミュレーションをしたりしつつ爆睡し続けあっという間に富山についた。昨日あまり寝ないでよかった。富山駅では残り2人と合流した。富山駅は北アルプスの天然水が汲み放題で感激した。その感激もつかの間、私たちはスイカの存在を思い出した。ザックにどうやっても入らないこいつをどうしようと会議した結果真夜中ではあるがスイカを食べ始めた。ものすごく甘くて美味しかった。が、量が多く最後の方はみんな無言で押し込んでいった。6人で大玉スイカを完食したところで2日目終わり。

8/15
朝の5時ごろ起床しバスに乗り込む。2時間弱バスに揺られ折立の登山口に到着。折立登山口の女子トイレは詰まりに詰まって悲惨なことになっていた。それはさておき、この日は薬師沢キャンプ場まで歩いた。太郎兵衛平小屋で屋飯を食べている大人たちを横目に、小屋に計画書を提出し、薬師沢キャンプ場まで歩いた。

太郎兵衛平で

8/16
この日は雲ノ平キャンプ場まで歩いた。途中2時間くらい急登が続き苦戦しまくったもののなんとか登りきった。この途中で急登が大好きで、楽しいねぇ楽しいねぇと言いながらものすごい速度で登っていくおじさんと出会った。(通称天国ジジイ)急登が終わると楽な道ですぐに雲ノ平山荘についた。するとらっきーなことに到着とほぼ同時に大雨が降り出した。この絶妙なタイミングのおかげでテントを濡らさないという目的で雲の平山荘宿泊が決定した。夜には黒部源流の歴史に関するスライドショーがあったりと最高の山荘だった。やっぱ最後の秘境は違うなぁと思った。

8/17

朝起きて外を見ているてみると、なんだか大きな影が見える。水晶岳だ。ようやく待ちに待ったいい天気がやって来た。水晶岳が朝日で燃えてとても綺麗だった。

雲ノ平山荘から日の出前の水晶岳

祖父岳まで登りそこからまずは水晶岳までピストンした。後方には薬師岳が凛とそびえ立っていた。たよりも距離が遠く疲れたが山頂では雲が切れたので景色は良かった。

薬師岳

 

水晶岳岳から見た雲ノ平

水晶岳山頂

その後戻って鷲羽岳を踏み、そこからガンガン下って三俣キャンプ場で泊まった。本当は先までいく予定だったが天国ジジイが三俣キャンプ場を推しまくっていたので三俣キャンプ場にしたのだが、何がそんなに良くて推していたのかちょっとよくわからなくて残念だった。

 

鷲羽岳山頂

三俣蓮華山荘から鷲羽岳

 

8/18
この日は槍ヶ岳山荘まで行く予定だったが、3時に起床すると大雨だったので、雨が弱まるまで待機することにした。9時ごろに雨が弱まったので、重い腰を上げて今日は双六小屋まで移動することにした。ガスっている中三俣蓮華岳を登り、3時間ほどで小屋に着いた。三俣蓮華のテン場よりもこのテン場の方がよっぽどよかった。ちょうどお昼時だったので、お腹が減った。小屋のご飯がとても輝いて見える。気が付いたら食べてしまっていた。その後テントに戻ると、壱号と書かれた他大学のテントが張られていたのだが、これが今にも壊れそうなテントで、ちょっと壊れたないかなと悪い期待をしてしまっていた。すると壱号を試すかのように大雨が降って来た。大丈夫かなという心配な気待ちと、何が起こらんかなという期待をしながら雨の中テントで待機した。1時間ほどで雨が上がったので、外に出て壱号の様子をみると、何と中の人がパン一で服やら寝袋やらあらゆるものを絞りまくっていた。彼らは溜まったもんじゃなかったであろうが、みんな大爆笑だった。

8/19

5時にテン場を出発した。西鎌尾根ほんっとうにガスりまくっていたのに私達が槍ヶ岳山荘に着きサブの準備をしていると雲が切れた。これはきっと晴れ男の久保先輩のおかげだろう。山荘の方がこんなに晴れるのはいつぶりかなぁと言っていたほどでとても美しかった。槍ヶ岳山荘では各々気に入ったシャツを購入したり、物資輸送用のヘリコプターを見たりして楽しんだ。槍の穂先まではずっとはしご場と鎖場だった。思っていたほど混雑してはなく、意外とゆっくり出来た。本来はここで一泊の予定だったが、腰を痛めている人もいたり、何より温泉が恋しくなってしまい、大キレットは断念し横尾山荘まで下山した。

槍の穂先

物資輸送のヘリコプター。迫力が凄かった。

槍ヶ岳山頂。かなり狭い

チングルマ

8/20
キャンプ場から上高地まで歩いた。2時間ほどで到着しすぐさまお風呂に入ろうと思ったが開館時刻になっていなかった。そのため仕方なく先に昼食をとることにした。6人とも
山賊定食という名のいわゆる唐揚げ定食を注文した。ものすっごく美味しかったのに久々に油物を食べたためか何人かは油にやられ食べきれなかった。炭水化物ばかりとっていたんだなと実感した瞬間であった。その後お風呂に入り完全に下界の人間と化した後ソフトクリームを食べ、バスに乗ってこのあと続く富士山の旅へと出発した。この日は甲府の24時間のスーパー銭湯で寝た

8/21

今日は富士山の天気がよく無さそうだったので、登山を明日の延期し、甲府のワイナリーに行った。朝からもう酔っ払った。今日はちょうど大きな花火大会が泊まっていた銭湯の近くであって、少しだけ鑑賞した。そして夜も温野菜で優勝した。みんなかなり酔っ払ってしまったが、明日の登山に向け再び銭湯で寝た。

以上終わり。

2017 富士山御来光登山に続く


2017 御来光富士登山 8/22〜8/23

2017-10-12 10:39:55 | 夏合宿

2017 御来光富士登山 8/22〜8/23

記録: 坂口

 

8/22(火)

 

北アルプス先発隊の合宿終了後、せっかくなら天気がいい日を待って富士山に登りたいということで、山梨県笛吹市にあるスーパー銭湯、瑰泉で骨を休めていた6名。ついにこの日、富士山へと向かうことになった。若干、というかかなり名残惜しい気持ちを抱えつつ(なにしろしばらく山入りしていた身には瑰泉はほんとに極楽だった…)、河口湖駅を経由してバスで吉田口五合目まで移動する。

 

 

五合目(写真を撮り忘れたのでネットの拾い画)

 

夕方頃に到着してまず驚いたのは、人の多さ!富士登山は時期が限られているということもあり、混み合うとは聞いていたが、想像をだいぶ超えていた。また五合目は観光地としても人気のようで、中国人など外国の方も沢山いた。

 

そんな賑わいの中バスから降り立った6人だったが、明らかに、浮いている、、。そう、やたらデカくてゴツいザックのせいだ。周りはみんな大きくてもせいぜい40ℓぐらいなのだから無理もない。案の定というべきか、たまたま五合目で取材をしていた山と渓谷社のライターの方々に、私たちは声を掛けられたのだった。どうもあちらはザックの大きさに目がとまって声を掛けてくださったようだったが、ごめんなさいこれを背負って登るわけではないんです…サブなんです…。何はともあれいくつか質問に答えて取材は終わり、ザックとともに写真を撮ってもらってお別れした。来年の5月発売の「富士山ブック」に載るようだが、果たして6人中何人が5月まで覚えていられるだろうか…大いに疑問である。

 

 

これが富士山ブック。レトロ感強め。

 

予期せぬ取材が終わった後は、必要なものだけサブに詰め、メインを厄介払いすべくロッカーに預けたのだが、このロッカー、やたら高い。なんと1回1000円!そりゃあ富士山ほどの高さともなれば、身軽にして登山できるのはめちゃめちゃ有難いけども、、高いものは高い。観光地と化した五合目の商魂のたくましさを感じた。その後は辺りをぶらぶらし、食堂で夕食を食べた。ここでまた山と渓谷社のお2人と再会。食べ終わってしまうと20時の出発まで特にやることもなく、そのまま食堂で時間を潰すことに。あまりに暇すぎて、紙コップを口にみたてて鳥マネをする遊びがあいり先輩を中心に謎に流行した(うまく表現できませんが、誰しも一度はやったことあるはず、アレですアレ!)。今思うと謎だけど、とても楽しかった。

 

 

こんな感じのアレ。絵心は…ご察しで…

 

ようやく20時になり、いざ出発。受付で入山料1000円と引き換えに木札をもらう。(この木札を見せたら特典がつく観光スポットが富士山周辺には約70ヶ所もあるらしい!)なかなか経験できないナイトハイク、それも日本最高峰の富士山なのだからテンションは割と上がっている(この時点ではまだ元気)。道は暗いが幅が広く、しばらく平坦な砂利道で歩きやすい。次第に傾斜が出てきて、樹林帯の中を歩き、六合目へ。まだまだ元気…なのだが、七合目へと向かう道は同じような傾斜のザレた道をひたすらジグザグに登っていく感じで、はっきりいって退屈な道に感じた。そのためこの時点で既に、「富士山登るの、2度目はないかな…」との声も…。

 

 

道は単調でも、やっぱり夜景は綺麗!

 

七合目あたりから足元に岩場が出てきて気分転換になったが、同時にところどころ渋滞もするようになった。そして何より、寒い!!風が強いために、ダウンとレインウェアを着込んでもまだ寒さを感じる。この標高でこれなんだから、山頂はどんだけ激サムなんだよ…と不安になりつつ登る、のぼる。

 

 

夏真っ盛りの8月に撮られた写真とは思えない。

 

(たぶんそろそろ)8/23(水)

 

途中、雨が降ってきたことに加え、山頂に早く着きすぎてしまいそうだったので、八合目あたりの小屋の軒下で長めに休憩した。休憩といえば、私たちが休憩するたびに見かける外国人のグループがいたのだが、その中の一人が大阪のおばちゃんも顔負けの、上下ともにヒョウ柄のド派手なジャージを着ていたのが印象的だった。余りにも派手すぎて、個人的には山頂からの景色とかよりも彼の方が強烈に記憶に残ってしまうぐらい、それはもうとにかくド派手な…。

 

休憩後、再出発してからも快調なペースで高度を上げ、2時頃には山頂の小屋、山口屋に着いてしまった。驚いたことにこんな場所にも自販機があった!日の出は5時頃だし、小屋も3時にしか開かないので、それまでは容赦なく風が吹きつける場所でひたすら待つことになる。この時が1番キツかった。

ほんとに、キツかった。

余りの寒さに持参していた寝袋を広げてちひろ先輩と一緒にくるまり、久保先輩が出してくれたツェルトも広げ、とにかく持っているものを総動員して何とか耐えた。

 

そして3時。小屋が開くやいなや、凍えていた御来光待ちの人々がなだれ込む。三原ちゃん(この呼び方も謎に流行った)とははぐれてしまっていたが、私たち5人も小屋に入り、ラーメンを注文した。冷えた体に温かさが沁み渡って、ただでさえ美味しいラーメンがもうすんばらしい味だった。後から三原ちゃんも同じ小屋にいたこともわかり、ひと安心。食べ終わると場所を空けなければいけないため、再び外へ出て日の出を待つ。ひょっとしたら短時間だったのかもしれないが、とても長く感じ、もう何でもいいけんとりあえず早よ日あがれや‼と自棄になってきた頃…。

 

 

 

言葉のいらない美しさ。しかしそれ以上に感動したのが、陽の光の暖かさ。さっきまで凍えていた体がぬくまり、景色の綺麗さを味わう心の余裕が生まれる。下界に降りたら忘れてしまうんだろうけど、太陽ほんと偉大だわ…と痛感した。

 

 

ちなみに混み具合はこんな感じ。

陽の光を堪能したところで、せっかくならということで、火口をぐるりと一周するお鉢巡りに繰り出すことに。 

 

 

ここがホントの日本最高峰、剣ヶ峰。片山先輩、完全防備っぷりがすごいです。

 

 

富士山の影。見事なまでの円錐形。

 

お鉢巡りを終えると、登りと同様吉田ルートで下山した。といっても、吉田ルートの中でも登りと下りのルートが別れているため、下りやすかった。砂利と土が混じった滑りやすい足元で、ストックを使ってそろそろ下りている人が多かったが、むしろ滑りながら走り下りた方が楽だし爽快だった。全員ほぼずっと走っていたので下りはかなり早く感じた。

 

五合目へ戻りメインを回収すると、すぐにバスに乗り込み再び河口湖駅へと戻った。近くの旅館で温泉に入ってさっぱりし、帰福、帰省、観光と各々の目的に向けて解散となった。

 

北アルプス登山に引き続き、このメンバーで約10日間一緒に行動することになりましたが、あっという間に感じるぐらいとても楽しかったです!充実した時間をありがとうございました!(そしてブログ、遅れに遅れてすみません…)


ノリと勢いの南アルプス全山縦走!

2017-10-10 13:10:39 | 夏合宿

南アルプス全山縦走

北部 2017/8/10~8/17

南部 2017/8/17~8/24

 

メンバー:B2 隈部 木村 廣瀬

記録:隈部

 

南アルプス全山縦走行きたくない?

ノリで2年を誘って集まったのは自分合わせて3人だった。南アルプスには日本百名山が10座あり、ほぼ一筆書きで縦走できるので、学生時代しかできないチャンスだと思ったからだ。

北部

鳳凰三山(2840m)

甲斐駒ケ岳(2967m)

仙丈ヶ岳(3033m)

北岳(3192m)

間ノ岳(3189m)

南部

塩見岳(3047m)

悪沢岳(3141m)

赤石岳(3120m)

聖岳(3013m)

光岳(2591m)

 北部前半を公式合宿とし、南部後半を有志による山行とした。サブピストン、夕食を何回か小屋で頂くという少しセコい全山縦走となった…

 

8/17(木)

北岳肩の小屋ー北岳ー間ノ岳ー三峰岳ー熊の平小屋

 

北岳で皆と別れた私達は間ノ岳へ向かった。本来の予定では前半合宿で間ノ岳まで行く予定だったが、 雨で動けなかったため、有志隊だけとなってしまった。間ノ岳直前で晴れ、農鳥岳や、これから先の山々が望めた。間ノ岳からくだり、10:30頃、熊の平小屋に到着。雨でびしょ濡れになった装備を洗う。そろそろ山で暮らす人になれそうだった。夕食は熊の平小屋。優しい管理人さんからメニューを伺うと、なんと角煮!!!ご飯・味噌汁おかわり自由!!!!涙が止まらなかった。

 

イケメンのH君

洗濯中・・・

8/18(金)

熊の平小屋ー塩見岳ー塩見小屋ー三伏峠小屋

 

小屋を出て塩見岳を登る。人が少ない!標識がない!!道が細い!!!ホントに縦走路かと思うくらいの登山道だった。塩見岳直前は晴れており、絶景。ガレ場の凄まじい登りの様子が分かった。が、登りつめるとガス。展望は0。元気が無くなった。塩見小屋まで下ると雨が降り始めた…雷も鳴り出した。イライラしつつ、三伏峠小屋まで爆速で歩いた。今夜も小屋飯。2000円かと思いきや、まさかの2500円。帰りたくなった。

 

北荒倉岳から見る塩見岳

8/19(土)

三伏峠小屋ー小河内岳避難小屋ー高山裏避難小屋ー荒川三山ー荒川小屋

 

17日の遅れを取り戻すために、この日はコースタイム13時間行動することを決意していた。2時に起きると外は満天の星空。前日の雨が嘘のように感じられ、モチベーションが上がった。日の出を見つつ、小河内岳避難小屋へ。小屋に入ると、管理人さんから「山に入って何日目?」と聞かれる。相当クサかったのだろう。なんと、食糧が余ってるらしく、即席麺とコーヒーを頂いた。涙が止まらなかった。ありがとうございました。テンション爆上がりの私達はコースタイムの60%の時間で荒川中岳の麓に着いた。すると、超絶急登が待ち構えていた。直登するとイキる廣瀬。途中で諦めてジグザグ。登りきると既に全員満身創痍だった。分岐にデポし、悪沢岳をサブピストンした。霧が晴れ、鳳凰三山のオベリスクまで見えた。その日は荒川小屋まで下った。快晴のもと、熊の平小屋で洗った装備を完全に乾かした。

 

小河内避難小屋と夜明け

地獄の激坂

荒川小屋前のお花畑

8/20(日)

荒川小屋ー赤石岳ー赤石岳避難小屋ー百間洞山の家

 

この日はコースタイムに余裕があった。日の出とともに起床。天気も良く、富士山がはっきり見えた。赤石岳の雪渓を楽しみつつ登った。赤石岳では前半のオベリスクや甲斐駒ケ岳まで見えた!赤石岳避難小屋でゆっくり休憩をしようと立ち寄るとポップコーンを貰った。合うと思いコーラを購入。その後、ツアー客の皆さんと合流、おにぎりやチョコなどをお裾分けしてもらえた。さらに、ここでも食糧が余っているらしく、切り餅やずんだの素、フリーズドライ食品を頂いた。人の温かさに触れ、涙が止まらなかった。ありがとうございました。ツアーの方々や小屋の管理人さんたちとお喋りをした後、百間洞山の家まで下った。下る途中、事件発生。突然の便意。小屋まで40分。走るしかないと思い、2人を置いて超爆速で下った。正直今までの登山で1番キツかった。無事2人と合流した。11:30頃だったと思う。この日は夕食を小屋で頂くことにした。メニューは、トンカツ!(実は熊の平でその情報は聞いていた)。美味しすぎて全員で泣いた。デザートに赤石岳で買ったリンゴを食べた。最高の一日だった。

朝焼けと富士山

赤石岳の残雪

 

トンカツ

8/21(月)

百間洞山の家ー兎岳ー聖岳ー聖平小屋ー上河内岳ー茶臼小屋

 

メインザックでのコースタイムが長い日だった。安定の2時起床4時出発。序盤のアップダウンに心がやられた。兎岳でウサギを見た。こっちに向かって走ってきたので蹴られるかと思った。ウサギがたくさん生息しているから兎岳なのかと思ったが、違うらしい。兎岳頂上では久しぶりのブロッケン現象が見られた!ここから聖岳まで激下りからの超絶登りで、かなりシンドかった…なんとか登りきろうとしたそのとき、直前で廣瀬と木村がダッシュ!廣瀬が前転してこけた。聖岳では晴天、今まで登ってきた悪沢岳、赤石岳が圧巻だった。ここから霧の中、聖平小屋までひたすら下った。聖平小屋ではサービスでフルーツポンチがもらえた。また登り。上河内岳までダラダラ登り、惰性で茶臼小屋までたどり着いた。小屋の方が、「良いものあげるから、テント設営したらおいで。」期待に胸を膨らませつつ、小屋に向かうと、なんとメロンを貰った。泣いた。

 

兎岳のウサギ

聖兎のコル

8/22(火)

 茶臼小屋ー茶臼岳ー光小屋ー光岳ー茶臼小屋

この日は終日サブ行動。正直ここまでメインで歩いてきた私たちにとっては、旅のエピローグみたいなもんだった。しりとりしながら暇を潰しつつ…光小屋にコースタイムの半分くらいで着いた。光小屋で色違いの、てかりTシャツを購入。光岳山頂で廣瀬が光った。(画像は自粛します。)この日もメロンを頂いた。

メロン

 8/23(水)

 ついに登山行動最終日。この日は下るだけ。どうしても早く帰りたかったので、バスの時間は固定なのに意味もなく2時に起きた。ひたすら下って…吊り橋を渡り…感動のゴール。と思った。しかし、ここからが長かった。アスファルトの道をダラダラ白樺荘まで歩く…途中、優しい方に車に乗せてもらい白樺荘に9時頃到着した。ほぼ2週間ぶりの風呂。全身を3周くらい洗った!露天風呂からニホンカモシカを見れた。(山では1回も見てない。)温泉でくつろぎタイムを過ごし、バスに乗った。静岡駅に18時頃着き、鈍行電車に乗り込んだ。片山隊が富士山から下山していたみたいなので、名古屋駅から合流。この日は姫路駅付近の漫画喫茶で始発まで過ごした。

感動のゴール

二ホンカモシカ

 8/24(木)

帰福。

 

正直、雨の北岳で心は折れかけ、他の皆と一緒に下山しようかと思ったが、今となっては最後まで頑張ってよかったと思う。後半はほぼ晴れて、南アルプス南部の絶景を味わえ、百名山を2週間で10座登った達成感も得られ充実した合宿になった。途中でサポートして頂いた方、感謝しています。