広報邂逅記

広報宣伝に携わる私が、世の中の面白いこと、美味しいものを紹介します。(⌒∇⌒。)三(。⌒∇⌒)。

浅草と初笑い070103

 | 芸術・Culture
今日は夕方から浅草寺と浅草神社へお参りに出かけた。
仲見世通りはお正月のお飾りで、とても華やかで綺麗でした。


お参りの後、浅草ロックをブラブラ歩いていると、
「スマートボール」のお店を発見。
こんな古びたお店あったかな???と思いつつ、
入ってみる。まるで昭和の温泉街にタイムスリップした感じ。
1回300円でビー球の大きいのが40個くらい貰えて
イザ、開始!
しかし、ルールが良く分からず終了( >Д<;)
店内は写真撮影禁止で、その姿がお見せできないのが残念です。

そして、せっかく浅草に来たから落語かお笑いを観ようということになり
お腹が空いていたので、近くの“The下町”な飲み屋で腹ごしらえ。
連れは、Deepな下町体験は初めてらしく、興味津々というか、びっくりしていた。

私的には浅草演芸ホールで、三遊亭金馬の落語が聞きたかったのですが、連れがお隣の東洋館でお笑いが観たいといい、結局、東洋館へ。。。。(~_~;)
ここってストリップの「フランス座」じゃないの???と思ったんだけど
最近、改装してお笑いの演芸場としてオープンしたらしい。ホッ。
連れは“わかるかな?わかんねーだろなぁ”の「松鶴家千とせ」と法律漫談家の「ミスター梅介」が観たかったらしい。
私的には「東京ユニット」のコントが面白かった。
酔っ払ってることもあって、楽しく笑わせていただきました。

そして、連れがトイレに行っている間にロビーでイスに座っていると
隣に好々爺なおじいさんがいたので
「あけましておめでとうございます」と言ったらとても気に入られてしまい
なぜか3人で飲みに行くことに。
このおじいさん77歳らしいがとっても元気。とある芸人プロダクションの
社長さんらしい。


しかも、たまたま座った席のお隣には落語家の林家正雀さんがいらっしゃった。

手に持っているのは「重宝帳」といって、芸人さんの名簿らしい。
芸人さんの本名や自宅の住所が載っている。「ほしーーーい!」

林家正雀さんの落語は多分聞いたことがないので、今度ぜひ聞いてみようと思った。
これは、当日のプログラムと正雀さんからいただいた手ぬぐい。


そして、居酒屋を出て、おじいさんに連れられ、その近くにある漫才協会へ。
協会長は既に寝てたようで、ステテコ姿で登場。
でも、親切にお酒を振舞ってくれた。さすが下町。
そのおじいさんはイザ知らず、我々はさすがに恐縮なので
早々にお暇し、そのおじいさんをタクシーまで見送った。
すると手を出して「お車代」と言った。
これにはびっくり!!!
酒代とタクシー代をたかられたが、江戸っ子にはあるまじき行為。
ちょっと気分を害したが、連れは初のDeepな下町を驚きつつも
満喫していたようなので、良しとしよう(^ー^)

時は既に25時。でも楽しい初笑いでした。





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あけましておめでとうございます 070101

 | Scenery 風景
あけましておめでとうございます。
昨年末は暗い話で締めくくってしまいましたが
今年は元気に頑張って行きたいと思います。

さて初詣でですが、皆さまはどんな場所に行かれますか?
先日お会いした方は「戦没遺族なので初詣は親戚で靖国神社に行く」
とおっしゃられていました。
場所や思いは人によって違うかも知れませんが、新しい年の始まりに
願いをかけることは同じなのではないでしょうか?
私はここ数年、近所の神社に初詣に行っています。
生まれ育った街の氏神様で、なんとなく見守ってくれているような
気がしています。

0時ちょうどになると太鼓が鳴りお参りが始まります。


昔はドーナツ化現象のせいもあって、ひっそりとした神社でしたが
都市開発のお陰か人口が増えて参拝者もこのとおり行列です。


篝火も焚かれてお正月気分が盛り上がります。


参拝者には無料で甘酒やトン汁が配られます
先着なので、うちの母はコレを楽しみに紅白が終わるとすぐに
神社に向かいます。(あっ、サブちゃんの“祭り”よかったね♪)


下町ですから、ちゃんと御神輿も飾られます。


人口が増えて、コテコテの下町もインターナショナルになりました。
御神輿の前で、インドの太鼓で踊るインド人の皆さん。
とっても陽気です。(⌒∇⌒。)三(。⌒∇⌒)。

カレー屋さんのご主人は、ちゃんと若睦に入っていて
ハッピを着ています。(一番左)

我が家の恒例としては、あと浅草寺と西新井大師に詣でます。
神社に寺にと宗教観の統一が全くないのですが、
私としては、全ての物々に神が宿っていて見守られていると
思っています。
よく悪いことをしようとすると小さい頃「神様が見てるよ」とか
「お天道様(おてんとうさま)の罰が当たる」とかって大人に
注意された覚えがあります。
まさに、そういうことではないでしょうか?

これは日本人独特の宗教観らしく
井沢元彦さんの『逆説の日本史』に「言霊(ことだま)」や「穢れの思想」とともに
そのことが語られており、理屈が通っていて面白かったです。

なぜ、日本の家庭で箸には、お父さんの箸、お母さんの箸とか決まっていて
スプーンやフォークにはそういう決まりが無いと思います?
疑問に思った人は、是非読んでみてください。
その他、目からウロコな歴史の話が満載です。
正月休暇を持て余している人には、お奨めです。











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2006年最後の夕日 061231

 | Scenery 風景
2006年12月31日16:29。西の空に今年最後の夕日が沈んでいく。

夕日の右側に富士山が見えるが、写真ではどうしても小さくなってしまう。

ズームしてもこれが限界。肉眼では、もっと大きく、もっとキレイに見えるのだが
皆さんにこの感動を見せられないのが残念だ。

来年は、この西側に40階建のマンションができてしまうので
こんな風景も、多分これで見納め。せっかく高層に住んでいる意味もなくなってしう。

さて、2006年は私にとっては悲しいことの多い年だった。
2005年の年の瀬に、私を娘のようにかわいがってくれていて、
顔も実の母より似ていたという“ママ”と呼んでいた人が亡くなり、
2006年年明け早々に、昔の彼氏と飼っていた猫の「ふくちゃん」が亡くなった。
そして、3月最愛のたろーも天に召されてしまった。
真の喪中とは、本当に華やかな気分にならず、自ずと亡くなった者への
供養に努めるものだとシミジミ思った。
そのお陰か、今年は仕事に一生懸命専念したというか
仕事して悲しいことから、目をそむけていたような気もした。

12/27に家に着くと、喪中のハガキが1枚届いていた。
新卒で右も左もよく分からなかった私を、ずいぶんとかわいがってくれた
皆から「巨匠」と呼ばれていた写真家の方の訃報であった。
ずいぶん長い間お会いする機会がなく、年賀ハガキのやりとりだけであったが
前回の年賀ハガキはトンガ王国で撮られた感動的な海の写真であり
まさか、こんなにも早く亡くなってしまうなんて、、、言葉もでませんでした。

この写真では見難いかもしれませんが、ハガキには
「鼻先で子供をあやすお母サン。撮影中いい知れぬ愛情を覚えました。
'06年はザトウクジラのお母サンに倣って過ごします。」
という言葉が添えてありました。

巨匠は私がダイビングを始めるきっかけだし、海の魅力を教えてくださいました。
いつか、マンタと一緒に泳ぎたいという夢は巨匠のお話から芽生えたものです。

音信普通だった当時のメンバーとも連絡が取れて、新年会でも、、、と
思っていた矢先の訃報だったので、本当にショックで
悔いが残ります。
先延ばしにしていたことへの後悔と、思い立ったが吉日という言葉が
身にしみました。

そんなことがあったせいか、キレイに沈みゆく夕日を見て、
新しい年をどう過ごしたいのか、ぼーとではありますが、考えさせられました。
そして来年、この夕日を幸せな気持ちで見れるような一年にしたい。
会いたいと思っている人達には、思った時に会おうと心から思いました。

今年一年、辛いことが多かった分、周りの人達には
ずいぶんと支えられて過ごしてきた気がします。
本当に感謝です。ありがとうございました。
来年もよろしくお願いします。
また、皆さまにとって幸多き年でありますことを
お祈り申し上げます。






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さいとうラビットクリニック ROC 061216

 | Others
3月にたろーが天に召されて、ずっと悩んでいたことがあった。
それは、亡くなる時に「キーキー」と鳴いて逝ったことだった。
苦しくて鳴いたのか、「さようなら」なのか「ありがとう」なのか・・・
5回鳴いた言葉は、何だったのだろうか?
生まれて4ヶ月くらいの時に、お散歩と称してリードをつけて
花見に出かけたことがあった。
初めて見る人ごみに、たろーはびっくりして「きーきー」と鳴いた。
そのとき以来、鳴き声は聞いたことがない。
それだけに、たろーが鳴きながら逝ったことは
私の心に深く残り、誰にも言えなかった。
そして、そんなたろーに何もしてあげられなかった
自分が無力で、申し訳なく許せなかった。
12月16日 久し振りのROC(ラッビットオーナーズカンファレンス)が
あり、たろーの永眠も伝えなくてはならなかったので
意を決して参加することにした。
このROCは、うさぎの飼い主さんのために
斉藤久美子先生がボランティアで開催している勉強会である。
この日は年内最後の土曜日ということもあって
クリニックはROC予定の16時を大きく過ぎているのに
うさぎだらけ。なんと新記録の100羽を超えたらしい。
うさぎだけで患蓄が100以上というのも凄い!!
結局ROCが始まったのは18:30近かった。
勉強会も終わり、軽食をとりながらの懇談会。
この時、たろーのことを報告するとともに
勇気をもって、斉藤先生に最後に鳴いたことを聞いてみた。
すると、うさぎの最期の一つに鳴きながら亡くなるという
パターンがあると教えてくれた。鳴いている時には
もう気を失っているらしく、苦しくて鳴いているわけでは
ないらしい。
その他、痙攣して亡くなるパターンもあるらしい。
飼い主にとっては、すぅっと亡くなってくれるのが
切なくなくていいが、うさぎの習性のひとつなので
飼い主さんは、そんな姿を見たらつらいわよねぇ。と言われた。
心が晴れたわけでは、ないが少しは救われた気はした。
そして、さいとうラビットクリニックでは
亡くなられたうさぎさんの名前がスタッフルームの
ホワイトボードに書き込まれるということも教えてくれた。
亡くなったうさぎさんを哀悼するとともに
全スタッフが亡くなったうさぎさんを周知するためらしい。
もちろん、この日たろーの名前も書き込まれた。
カンファレンスの後で、そのボードを見せてもらったが
一つ月に20羽くらいのお名前が書き込まれていた。
確かに、新記録とはいえ1日に100以上のうさぎが訪れる
病院である。先生たちは、多くの死に接しているのだろうな・・・と
改めて思った。
まだ、たろーの代わりのうさぎを飼う気にはなれないが
斉藤先生にも会いたいので、いつかもう少し傷が癒えたら
飼おうかな・・・て気にはなれた。

この日、カンファレンスに参加し励ましてくださった
オーナーの皆さまに感謝です。ありがとうございました。

そして、さいとうラビットクリニックの先生、スタッフの皆さまにも
本当にありがとうございました。

これは、オーナーさんがお土産に持ってきたうさぎのマシュマロ。
中にあんこが入っているらしい。(かわいそうで食べられない。。。)




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