Doll of Deserting

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斬花:余編

2006-02-25 02:22:48 | 偽善との共鳴(過去作品連載)
 はて、どこへ訪れてしまったのやらと適当に足を進めていくと、僅かに佇む光があった。自分が命を落としたという意識はあるが、感覚は少しも存在しない。可笑しなものだと苦笑すれば、目前に漆黒の袴を履いた男が見えた。無造作に手入れされた金糸が、先程闇に堕ちた者には眩しくてならない。
「…誰だ?」
「大したもんじゃあありませんよ。どうもアナタは普通の人間が行くべきところに行き着いていないようなんで、アタシが迎えに来て差し上げたんです。」
「行くべきところ…?」
「普通の人間ならこんなとこで立ち往生なんてしないもんなんスけどねえ…珍しい人だ。」
 馬鹿にするような口調に、少しばかり口の端を下げる。すると男はくつくつと笑い、全てを見透かすようにして口を開いた。
「良いことを教えてあげましょうか…あの魚、アナタに感謝してましたよ。」
「魚…?」
「鰍っスよ。アナタが生前食べたでしょ?実はねえあの魚、喰われることが望みだったんスよ。」
「喰われることが望みだと?そりゃ可哀想な奴だな。」
「人間にもいるでしょう?『人の役に立つことをしたい』なんて望んでる人がね。あの魚は何もないところで死んでいくよりも、誰かに喰われるのが本望だと思っていたんスよ。…生きる者の望みなんて、長年死人と向き合ってきたアタシにも未だによく分かりませんからねえ。」
 男は、今度は自嘲するような笑みを浮かべる。これ程までに笑顔を使い分ける人間は初めて見た、と日番谷は思った。
「その証拠に、自分の姿を見てみて下さいよ。」
「何…!?」
 男から渡された鏡のようなもので自分の姿を確認すると、日番谷の体躯は成人から幼児へと変貌していた。あまりのことに目を瞬かせると、男はさぞ面白そうな表情を見せて日番谷の前まで歩を進める。
「どうです、目線が低いでしょう?…ここではね、自分が一番幸せだった時の姿に返るんスよ。」
「幸せだった時…?」
「肉体的、精神的に最も満たされていた時期にね。ああ、心配しなくても成長はしますから大丈夫っスけど。」
「…可笑しいもんだな。」
「まあ、確かに可笑しなことではありますけどねえ。」
「違ぇよ。…自分の意思によってこうなるのかは分からねえが…生前の俺を見てたんなら、俺が一番満たされてた時期なんて一目瞭然だろうが。」
「ああ…成る程。」
 父もなく母もなく、生きてゆく術を四六時中探していた。自由という言葉で一括りに出来るのならば、確かに幼い頃の自分は満たされていたのであろう。けれども最も幸福であった瞬間といえば、それは限られた時間の中にしか存在しない。
「彼女…死にましたよ。」
「何?」
「後追いっていうんですか、アレ。まあでも…記憶が戻らないままでしたから、このまま乱菊って名で生きていくことになるんスかねえ、ここでは。」
「そう、か…。」
 ならばいずれ、自分が彼女を迎えに行かなくてはならぬであろうと、一種の使命感のようなものに苛まれる。けれどもどっと疲労が押し寄せ、日番谷はその場に倒れこんだ。
「アレー?どうしたんスか?」
「身体が言うことを利かねえ…。」
「まあ、急に幼少時に戻っちゃ使い勝手も悪いでしょうけど…幼児はすぐに眠っちゃいますからね。」
「…なら少し休ませてくれ。」
「いいんですかあ?彼女に追い抜かれちゃいますけど。」
「ああ―…すぐに追いつく。」
 呟くと、徐々に意識を手放してゆく。男はやれやれと肩をすくめ、踵を返した。時が来れば然るべき場所へと送られるであろうと確信し、「オヤスミなさい」と息を吐き出すような調子で言う。けれども日番谷の耳には、既に生前に聞き覚えのある声のみしか聞こえていなかった。





 終ぞ叶うことのなかった逢瀬が、今もしこの場所で叶うというのならば、転生も、希望すら捨て、走り寄ることが出来るのであろうか。それまでに彼女がどれ程の邂逅を交わし、どのような想いに苛まれるかは分からぬが、再び時を同じくする日が訪れるならば、その時には。



『お帰りなさいまし』



―笑顔を護れますように。




*あとがき*
 ここまでご覧下さった方々、ありがとうございました…!
 乱菊という名を日番谷君が与えたんなら「松本」はどうなるのよという感じですが、きっとあの世で貰ったんですよということでご容赦願います。(汗)
 何が書きたかったかって「冬獅郎さん」です。それだけです…orz
 先のギンイヅ、藍桃より更に夢見がちになってしまいましたので(しかも喜助さんとか…汗)出すか出すまいかで非常に悩んだシロモノです。(笑)
 宜しければ感想など頂けると安心します。(笑)

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2 コメント

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Unknown (Unknown)
2006-11-12 01:46:21
最高でした 本当にこんな素敵な小説を読めて感激です。感動しました。         でも、私やっぱり死ネタは少しばかり苦手ですこれからも素敵な小説を書いてください応援してます
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ありがとうございます。 (桐谷 駿)
2006-12-24 17:29:59
こんにちは、ようこそおいで下さいましたv
お褒め頂き光栄です。
この小説は、随分と経った今でも思い入れの深いものですので、何か感じ取って頂けたなら非常に嬉しいです。
死ネタは苦手とのことで、ご気分を悪くしてしまわなかったか心配なのですが(汗)これからも精進して参りますので、どうぞ温かく見守って頂けると幸甚に思います。
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