ぽんちゃんの買ってし魔王な日々

ことあるごとに「買ってし魔王」が降臨する、ぽんちゃん(観音旭光の両刀使い)の物欲の日々を、周囲にばれない程度に語ります。

BSデジタル号

2010-09-27 22:57:53 | 鉄道写真

前の記事を書いてうpした後に、中耳炎の記事を書いていたことに気がついて、orz…っています。もう、ここのところ忙しすぎて色々忘れている様です。

それはそうと、もう、これを書いている頃には3週間以上前になってしまうのですが、9/3(金)~9/5(日)に14系寝台車3両のBSデジタル号が九州を一周しますた。特に注目すべきは、土曜日の9/4の運行のうち、熊本-人吉間は、SL人吉号の往路(下り)を運休して(正確には列車を設定しないで)SL人吉号の58653号蒸気機関車がSL人吉号のダイヤ(スジ)で牽引すると言うこと。まあ、昔々、佐世保行き寝台特急「さくら」が、早岐から佐世保まで短距離ですがC11で牽引していたとかありますが、8620形としては空前絶後、SL牽引としても今後あり得ないだろうという珍編成と言うこともあり、撮りに逝ってきました。

最初、肥薩線・坂本駅の手前で撮ろうとしたものの、2時間近く前にも関わらず、既に凄い人出で断念。そこで、鎌瀬駅の先で駐車スペースが確保出来たことから、第一球磨川橋梁でトラス橋を渡っているところを撮る方針へ変更。そこで、三脚を立てて列車を待つことにしました。

で、そこで撮ったのは次の写真。

特別回送
特別回送 posted by (C)ponchan1791

実は、復路(上り)のSL人吉号は運行されるので、それまでにSL人吉号専用の50系客車改造車を送り込まなければならないのと、人吉から先の運行はBSデジタル号用に水戸岡さんがデザインして黒色に塗装したDE10型ディーゼル機関車が牽引するため、その両者を組み合わせて40分前に送り込みを実施したのがこの列車です。

しかし、まあ、見事に真っ黒けっけ。ちなみに、橋桁を見るとかなり上まで水位が来ていた後があるのに球磨川の水量が少ないのは、熊本県が下流のダムを廃止してしまったため、水量が下がってしまったのが原因。また、出来れば水面に反射してくれると嬉しかったのですが、隣で撮られた方によると「昼になるに従って、細かい風が吹くので水面が乱れてしまい、水鏡は滅多に撮れない。」とのこと。こればっかりは自然が相手なので仕方がないところ。

で、本番の写真は次の写真。

BSデジタル号その1
BSデジタル号その1 posted by (C)ponchan1791

回送列車の結果を見て、感度をISO400へアップして、1/1000sec.、F4で撮影しています。実は、上の特別回送もBSデジタル号もフォト蔵の等倍で見ると、動体ブレを起こしているような感じで列車が微妙に滲んでいるようないないような。実は残念なのですが、この2枚の写真、JPEG撮って出し画像が10MBを越えてしまい、フォト蔵アップロードの上限に引っかかって、再圧縮をかけているためで、仕様と言うことでご容赦を。

この球磨川第一橋梁での撮影後、運が良ければ再撮影をと思って人吉側に車を動かしたら、国道219号は追っかけ車で大渋滞(爆)

まあ、渡駅の手前でBSデジタル号を追い抜いたようで、例の西人吉手前の桜並木の辺りで再度迎撃に成功したのが次の写真。

BSデジタル号その2
BSデジタル号その2 posted by (C)ponchan1791

BSデジタル号その3
BSデジタル号その3 posted by (C)ponchan1791

結構ギリギリだったので場所を選んでる余裕が無く、桜の木の幹に体を隠して撮影したので、草やボックス、撮り鉄が入っているのはご愛敬。EOS 7D+EF 70-200mm F2.8L IS USMでISモード1で手持ち撮影です。Tv優先でISO400にしたままで撮影したので、前者が1/500sec.、F3.2、焦点距離200mm、後者が1/400sec.、F2.8、焦点距離70mm。前者の方は後ピン・手振れ気味。後者の方はヘッドマークへバッチリピントが合っていますが、どうも暗くなって、光量不足でシャッター速度が自動で1/3段下がってしまったようです。

で、この後、DL牽引のBSデジタル号を肥薩線・山線のループで迎撃撮影することも考えたものの、未経験の場所、かつ、多分集中するだろうから断念して、敢えて人吉IC前で燃料を入れて、さっさと福岡のベースへ帰還した次第。その後、自宅でBSデジタル号の番組を見ていましたが、甥っ子が楽しめればと実家に連絡していたら、改めて実家から電話があり、何故か親父が「テレビに出演していた中井精也カメラマンは独身なのか?」と聞いてきたので、「いや、結婚しているよ」と答えたら、意を得たように「お前も結婚しろ」と言ってきたのには閉口。

「余計なお世話だ!」

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生存報告

2010-09-25 19:12:16 | 日記

いや~、ま~、生きてはいます。

9月になってから偉く忙しくなって、前のエントリでは書いてませんでしたが、クーラー当たりの鼻風邪気味の状況で9/7~8と沖縄へ出張に出かけたら、耳の気圧の調整が出来なくなって、着陸時に耳に激痛が走り、難聴になってしまいました。9/10にピロリ菌退治でお世話になった総合病院へ駆け込んで診察してもらったら、航空性中耳炎との診断で、耳の中に水が溜まっていると言うことで滲出性中耳炎でもあった模様。切開手術の話もあったものの、ちょっとそれは遠慮して薬を出してもらったら、1週間ぐらいで何とか回復しましたが、未だに耳の調子が良くなかったりします。その上、先週も長崎へ出張に行くは、先週末は岩国航空基地祭に出向くは、今週に至っては、火曜は何故か浜松へ新幹線で日帰り出張して、翌日水曜日は熊本へ出張して日付が変わる直前に帰宅、昨日も職場の席に1時間座って、溜まった仕事を処理していたら、アポに間に合わないのでタクシーで県庁へ出向いて、東京のメンバーの打ち合わせに同席。その後、天神経由で久留米へ出かけて会議に出席したものの、疲れて眠りかけていて誠に申し訳なかった感じでした。

そんなこんなで、ネタはあるのですが、書いている暇がないと言う感じ。まあ、師匠からのSkypeチャット攻撃というのもあるのですが、飲んだくれていて書けなかったというのが原因の7割という話もありまして・・・(爆)。

なお、実は来週も水木と東京出張があるのですが、出張用務の初日にレセプションがあるとかで、夜までスケジュールが空かない(爆)。それに、耳の状態から飛行機を使うのがちょっと不安だしなぁ。と言うことで、死のロードはしばらく続きます。

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19DD建造中

2010-09-11 23:17:19 | 軍事

復活急行「ひかり」撮影の翌日の8/29(日)~30(月)の2日間、長崎市内のリゾート地でN大学の教員が行うサイエンスキャンプに支援者として参加してきました。

その長崎市内のリゾート地との行き来は今のところ連絡船となります。「今のところ」と書いたのは、現在、自動車走行が可能な橋を建築中だから。それはともかく、その連絡船から三菱重工業長崎造船所の各造船所の様子が良く見えるのですが、こんなのまで良く見えてしまったので、思わず手持ちのPanasonic DMC-FX500でパチリ。

20100830三菱重工長崎造船所
20100830三菱重工長崎造船所 by (C)ponchan1791

19DDその1
19DDその1 posted by (C)ponchan1791
19DDその2
19DDその2 posted by (C)ponchan1791
19DDその3
19DDその3 posted by (C)ponchan1791
19DDその4
19DDその4 posted by (C)ponchan1791
19DDその5
19DDその5 posted by (C)ponchan1791
DD103ゆうだち
DD103ゆうだち posted by (C)ponchan1791

右下を除いて、全て建造中の次世代汎用護衛艦19DDです。丁度上構を組み立てている最中の様に思えます。船体は「むらさめ」級から続く最後部に「オランダ坂」がある従来型ですが、上構は、従来と違うステルス性を考慮したマスト(と言っても、最上部は3本柱のマストになっていますが)とか、ミニイージスと言われる射撃管制システムFCS-3改の後部レーダーの設置穴が後楼にあったりとか、色々注目すべきものがあります。艦名も、「ゆき」「きり」「あめ」「なみ」が使われているので、次の艦名としては、「つき」「くも」辺りが使われるのかなと。19DDクラスは簡易防空艦で、先代も5000トンクラスの旗艦級護衛艦だったこともあるので「つき」が有力かなと思ったりして。

なお右下は、艦番号からして「むらさめ」級護衛艦DD103「ゆうだち」です。確か、1999年3月就役ですから、11年経ったこともあり、大規模な改修を行っているのかと思います。建造は当時の住友重機械工業追浜造船所浦賀工場ですが、定係港の佐世保に近い長崎で改修したと言うことでしょうか。ちなみに、2代前の白露形駆逐艦「夕立」は、屈指の駆逐艦長の吉川潔中佐の指揮下で第3次ソロモン海戦を傍若無人に戦い、米軍側指揮官のキャラハン少将を葬るなど、大戦果を上げた武勲艦であり、当時の水雷長は、先日7/23に亡くなられた海上自衛隊を代表する名提督 中村悌次 元海上幕僚長だったりします。実は、この出張の暇つぶしに買った「世界の艦船」誌で訃報を知り、残念に思っていたところでして、これも何かの縁かも知れません。何はともあれ、ご冥福をお祈りします。

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復活急行「ひかり」その2

2010-09-11 21:52:52 | 鉄道写真

先の「復活急行「ひかり」その1」の続きです。

20100828復活急行ひかり他
20100828復活急行ひかり他 by (C)ponchan1791

遠賀川駅構内での撮影後、駅前で昼食を取り、夕方に博多駅へ向かう復活急行「ひかり」の迎撃ポイントを探るため、まずは遠賀川へ向かい、遠賀総合運動公園を越えて遠賀川の土手まで行くも、遠賀川橋梁は撮影には全く向かず断念。炎天下を重い機材を担いで遠賀川駅方面へ戻る際に、段々、「何で好き好んでこんな苦行をしなければならないのか」と言う、自分の趣味の存在意義にも関わる重い思いに捕らわれる。そんな半分やけっぱちの中、海老津駅方面の踏切も撮影が難しいと断念して、最後の最後に県道55号線の遠賀跨線橋に上り、ここで駄目なら諦めると思ったら、ここは結構良いポイントだったので、ここで撮影をすることに。

220M
220M posted by (C)ponchan1791
Av優先モード、F4、1/3200sec.、+1/3補正、ISO 400

まず、415系綱体車の上り列車をEF 135mm F2L USMで撮ったのがこれ。小さい橋梁の直前にあるポイント(転轍機)が、恐らく復活急行「ひかり」が停車すると思われる遠賀川駅3番線ホームとの合流点。そのため、2番線側の直線と違い、望遠レンズで奥の撮影は難しい模様。一方、左の上り線と右の下り線の真ん中にあるボックスと、架線柱の梁をうまく処理すれば下り線が綺麗に撮れそう。但し、EF 135mm F2L USMで撮ると、20m車両4両編成が本当にギリギリ収まる感じに。そのギリギリの位置に三脚の各部を固定して、鹿児島本線の下り列車を撮影したのが次の写真。

7053レ 
7053レ posted by (C)ponchan1791
5091レ 
5091レ posted by (C)ponchan1791
1015M有明15号 
1015M有明15号 posted by (C)ponchan1791
221M 
221M posted by (C)ponchan1791
1051レ 
1051レ posted by (C)ponchan1791
177M 
177M posted by (C)ponchan1791

上左:ED76-1000番台牽引貨物列車、上右:ED81-302牽引貨物列車。 中左:787系ポケモンラッピング編成、中右:415系ステンレス車。 下左:EF81-450番台牽引貨物列車、下右:415系ステンレス車。

全ての写真の右上にある、錆の浮いた未使用の橋梁は、実は廃線となった遠賀川線の廃線跡です。中段の写真に地元の方が写っているものの、他の写真には特に問題なく、このまま撮れると思って、復活急行「ひかり」を出迎えたら・・・。

9113D復活急行ひかり号
9113D復活急行ひかり号 posted by (C)ponchan1791

光線状態もフレーミングもばっちり! と思ったら、遠賀川線の廃橋梁の辺りに撮り鉄が写ってる・・・。orz…

直前になってやってきて、ウロチョロしていたものの、踏切近傍で撮る様子だったので、「あの辺りじゃ、うまく撮れないだろうに」と思いつつ、被写体に隠されるから、まあ良いかと思っていたら、最後の最後で後ろに下がってくれました。あの位置からすると相手も私が写っている筈なので「おあいこ」とも言えますが、私、2時間以上前から場所を確保していたのに・・・。

とにかく、TORO-Q国鉄色の追っかけも、画竜点睛を欠きましたが一応これで終了です。

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復活急行「ひかり」その1

2010-09-11 21:52:30 | 鉄道写真

遅ればせながら、フォト蔵には掲載していたものの、ここのところ忙しくてブログに書き込む余裕がなかったネタ、8/28の土曜日に運行した復活急行「ひかり」を上げてみたりして。

20100828復活急行ひかり他
20100828復活急行ひかり他 by (C)ponchan1791

翌日8/29(日)の復活急行「ひかりファイナル」は休日出張予定のため、天拝山-原田のお立ち台を断念して、前日の大分→門司港→博多間を運行する復活急行「ひかり」に集中。そのため、EOS 7Dを投入することにして、レンズもEF-S 17-55mm F2.8 IS USM、EF 70-200mm F2.8L IS USM(I形)、EF 85mm F1.8 USM、EF 135mm F2L IS USMと万全な高性能レンズ群で出撃。最初のインターセプトポイント(撮影場所)は、色々悩んだあげく、近くに市営の有料駐車場があり、撮影スペースも広く、一度この場所で上り寝台特急「富士」を撮影した経験もある日豊本線・杵築-大神間の杵築の橋梁のお立ち台にして、エボゴン飛ばして突撃。

ところが、1時間半位前にその場所へ到着してみたら、寝台特急「富士」号廃止後、めっきりお客さんが減ったのか、人の背ぐらいある背の高い雑草に覆われた築堤上にこぢんまりと人が踏み固めたスペースがある感じで、前回の1年半前の冬と比べて撮影スペースがかなり縮小。早めに来て良かったけど、後から追っかけで来た人はスペース確保に一苦労していました。また、撮影アングルも、右の竹林がかなり伸びて後ろの線路を隠しており、4両編成がギリギリで、特急ソニックを撮ろうという人にはかなり辛い場所となってしまいました。まあ、今回の復活急行「ひかり」はJR九州・長崎支社からの応援で、いつもは大村線でしか走らないキハ67-1+キハ66-1の国鉄色編成が増結されて、4両編成になっていましたが、ギリギリ大丈夫。一方、神レンズEF 135mm F2L USMを使おうと思ったものの、丁度ギリギリファインダーに全編成が入るか入らないかと言う危ない橋を渡ることになりそうだったので、諦めてEF 70-200mm F2.8L IS USMで100mm相当で三脚・レリーズを使用して撮影しました。

629M
629M posted by (C)ponchan1791
Tv優先モード、1/500sec.、F2.8、+2/3補正、ISO AUTO(ISO 125)

9510D復活急行ひかり号
9510D復活急行ひかり号 posted by (C)ponchan1791
Av優先モード、F4、1/1250sec.、+1/3補正、ISO 400

上は、行きがけの駄賃がてら撮影した、大分支社所属の415系電車。JR九州の古参車両なので、良く見ると2枚の側面ドアのうち1枚が固定1枚窓に改造されていたりして。

下はメインターゲットの復活急行「ひかり」ですが、こちらは半分予想していたとは言え、先頭車両は長崎からの応援のキハ67-1。門司港駅で折り返して以降は、翌日の熊本廻りの大分着までキハ65形が先頭に来る形にするためには致し方ないと。それと、ヘッドマークを良く見ると「キンキラキン」で、どう見ても「さりげなく」ない(ネタが古いなぁ~)。私が見ても、ちょっとやりすぎです。なお、開放から1段落として、シャッター速度が高速に維持出来るよう、あえてISOを400に設定して撮影しています。

この杵築での撮影終了後、門司港の九州鉄道記念館でヘッドマーク撮影会を行うという情報は入っていたものの、先の国鉄色お披露目式の時に撮影しているので、細切れの西九州自動車道予定線の有料道路と一般道を通って、別の列車の次のインターセプトポイント(撮影場所)へ直行。

で、辿り着いたのは、またもや遠賀川駅。駅前に有料駐車場があるのが決め手でした。入場券で入って、炎天下の元、誰も来そうにない下り博多方面ホームの端に三脚を立てて、上り小倉方面の列車を待ち構えることに。

150M
150M posted by (C)ponchan1791
Av優先モード、F4、1/1600sec.、+1/3補正、ISO 400

使用レンズは、以降全てEF 135mm F2L USM。415系のステンレス車。このタイプは、恐らく415系の中でも下関-門司連絡用に最後の最後まで残ると思われます。

8094レ
8094レ posted by (C)ponchan1791
Av優先モード、F4、1/1250sec.、+1/3補正、ISO 400

で、当日の隠れターゲットのEF81の統括重連貨物。ちょっと前にEF81-304とEF81-303が福岡貨物ターミナル発黒崎行き8094レで重連を組んでいると言う情報があり、一方で、そのEF81重連貨物が今年の9月末までとの情報もあって、撮影しなければなるまいと思ったもの。どうも、JR貨物は最後の重連運用に銀釜を廻してきたように思われます。ちなみに、翌日29日の8094レはEF81-302の赤銀釜が加わった三重連で運行したとか。返す返すも、翌日の休日出張が恨めしい。なお、個人的には、EF81-304は天拝山で撮影したから、EF81-303が前に出て欲しかったなぁ、と思ったのは内緒。

文章が長くなって、サーバーから弾かれてしまったので、次へ続きます。

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全てがナローな世界

2010-09-11 10:51:24 | 日記

ナローだからと言って、軌間762mmの特殊狭軌線ではありません(お約束)。

仕事が、8/22(日)は某F県の施設の起工式へ随行出席、8/29(日)~31(火)まで、長崎・東京出張、今週は9/7(火)~8(水)と沖縄出張、プライベートでも8/28(土)は復活急行「ひかり」を撮って、9/4(土)はBSデジタル号を肥薩線で撮るなど、休みを削って飛び回っていたら体調を悪くして、エアコンの所為もあり喉を痛め、鼻風邪を引いてしまいました。そんな体調で、沖縄出張のために飛行機に乗ったら、耳栓になってしまうカナル形ヘッドフォンで機内音楽を聴いていたのも悪いのですが、気圧の変化に内耳がうまく調整出来ず、行きの飛行機で(恐らくは)航空性中耳炎を発症。一応、時間はかかったものの当日中に何とか回復したものの、翌日その状態で帰りの飛行機に乗ったものだから、エアーネクスト運航便で機内放送の準備もないので音楽を聴かず、お茶のペットボトルに龍角散のど飴も準備して、飲んだり舐めたりしたものの、耳の状態が悪化。結局、着陸の際、鼓膜が偉く痛いは、着陸後、ツーンとしたまま、まるで耳に水が入ったようなで外の音が聞こえづらくなってしまいました。で、ヘッドフォンで音楽を聴いても、テレビを視聴しても、聞こえてくるのは、まるでAMラジオのようなナローな音域の音。ただ、多少右耳がマシで、首の位置関係によっては普通に聞こえる時もあります。

とにもかくにも、他人の話し声からして聞こえづらくなってしまい、仕事にも支障を来しかけています。いつもは左耳で聞く電話の受話器を持ち替えて、右耳で聞くようにしていますが、左側のスタッフからの声が聞き取れず、右も怪しい。先のピロリ菌退治の際に通院した、職場の隣の隣の大規模病院は、耳鼻咽喉科が月水金の午前中に某Q大病院から医局員の方がやってくる時だけ診察を受け付けるため、9/9(木)はどうしようもなく、9/10(金)に時間休暇を取って行ってきました。

その結果、やっぱり航空性中耳炎と診断され、「鼓膜に内出血と、鼓膜の中に水が溜まっているのが見られる」とのことなので、滲出性中耳炎にもなっている模様。

一応、鼻から細い管を入れて、耳管へ空気を入れて内耳の内圧を上げる手当はしてもらったものの、水が溜まっているので症状に改善は無し。「急ぐなら、鼓膜切開するよ」と言われたものの、躊躇して、抗生物質などの薬をもらって帰還。

で、唾を飲むと左耳にも音がすると言うような若干の変化が出てきたものの、翌日の朝程度では特段の改善は見られず、相変わらずナローな世界が広がっております。大丈夫だと思うけど、このまま固定化したらやだなぁ。

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