国立大学の教育・研究活動に必要な基盤的経費である国立大運営費交付金。2004年に国立大学が法人化して以降、年々減少が続いており、東大もその例外ではない。この法人化の方向性を決めたのが、1998~99年に文部大臣(現・文部科学大臣)に就いていた元東京大学総長の有馬朗人氏だ。当時は、大学に自主性が生まれるといった効果を期待して法人化されたが、結果的には、そうした効果以上に人件費に充当される運営費交付金の削減で、若手研究者の減少を招くこととなった。法人化は「失敗だった」とする有馬氏に、法人化の経緯や今後のあるべき姿を聞いた。

日本の大学は海外に比べて資金が不足しているといわれます。東京大学総長や理化学研究所理事長、文部大臣も務められた経験から、今の大学についてどうみていますか

有馬朗人(ありま・あきと)氏
物理学者。1953年東京大学理学部物理学科卒、56年東大原子核研究所助手。71年米ニューヨーク州立大学ストニーブルク校教授を経て75年に東大理学部教授。89年から93年まで東大総長。93年から98年まで理化学研究所理事長。98年7月の参院議員選挙で、自民党が比例代表制候補者として擁立、当選。小渕恵三内閣発足とともに文部相。99年1月から科学技術庁長官兼務。同10月の内閣改造で退任。その後、日本科学技術振興財団会長、科学技術館館長を歴任。沖縄科学技術大学院大学の創設に関わり、現在も同大学の理事を務める。1930年生まれ、89歳(写真:的野弘路)

有馬朗人・元東京大学総長、文部大臣(以下、有馬氏):1990年代半ばごろ、日本はバブルが崩壊した後で経済市場が危機的な状況にあり、政府は多過ぎる公務員を減らそうとしていました。そして同時にいわれたのが、国立大学も何とかできないかということでした。最初、国立大学を私学化する案も出ていましたが、むしろ日本ほど大学教育で私学が大きな役割を果たしている国はないと、大学の在り方を検討する国の会議の委員も務めていた私は反対しました。

 米国もハーバード大やプリンストン大といった私学はあるが、州立大もきちんと役割を果たしている。ドイツやフランスはだいたいが国立や州立です。私学がこれほど頑張っているのは日本くらい。むしろ、国に対してもっと大学が貢献できるようにするなら、私立大を国立にすべきだと言いました。

 そんな議論がされている間に、持ち上がってきたのが国立大学の法人化でした。そのとき私は文部大臣を務めていて、世界中の大学を調べてみると、オーストラリアの国立大学は法人で、ドイツやフランスの大学関係者からも「法人化したほうが自主性が高まる」という答えが返ってきた。文部省でも検討委員会をつくって議論した結果、法人化したほうが良い面があるという結論が出ました。それで私は法人化を決心したんです。

運営費交付金は減らさない約束だった

海外事情も調べたうえで決断したのですね

有馬氏:ところが、実際、2004年に国立大学が法人化されると、その後、毎年1%ずつ運営費交付金が減らされていきました。

 こうしたことが約10年続きました。この結果、運営費交付金には人件費が入っているので、若手研究者が雇えなくなったんです。全国の大学で正規雇用の若手研究者がガタっと減り、理工系で博士課程に進む数も大きく減りました。運営費交付金が毎年減らされていくことを、私は読み切ることができませんでした。

そうしたことが起こり得る可能性は事前には予想できなかったのでしょうか

有馬氏:法人化するだけでなく、運営費交付金を減らさないことを法律に加えてほしいと言うと、法律にはそんなことは書けませんという答えが返ってきました。それならばと、法人化を定めた法律の付帯決議としてつけることになりましたが、結果的にその内容は無視されてしまった。大失敗でした。

大学に自主性が生まれるといった効果を期待して法人化の議論をリードした有馬氏だったが……(写真:共同通信)

 日本の運営費交付金が減少した一方で、この間に評価を高めたのが中国でした。今や中国の大学はランキングで世界トップクラスに躍り出ています。

法人化したことでよかった面もあるのでしょうか

有馬氏:大学の執行部が以前よりしっかりして、総長や学長が「これをやる」と決めると教授会もサポートするようになりました。私が東大総長のときにはできなかったことが今ではできるようになっています。かつては、国立大学の教員が企業の研究員を兼務することはできませんでしたが、今は自由にできる。東大と日立製作所による共同研究所もできていますね。戦後は、企業からお金をもらって講座をつくろうというと、経済学部などから「大学の魂を産業界に売るのか」などと反対があった時期もありましたから。

公的教育への支出増に余生を費やす

近年、東大を中心に産学連携が増えています

有馬氏:東大は「経営」をして生み出したお金で若手研究者の雇用を増やしています。大学が、そうしたことをできるようになったのは法人化によるところもあります。しかし、規模の小さい大学が同じことをできるかというと難しい。そうした点においても、やはり今最大の仕事は運営費交付金を増やす、少なくとも元に戻すことだと思っています。

GDP比で見た日本の高等教育への支出は海外に比べて低くとどまっています。これは長年の傾向になっています

有馬氏:本当に、日本はなぜ高等教育にお金を出さないのか。OECD諸国の中で、GDPに比べた高等教育への公的支出の割合は日本は低いんです。そういうことを言うと、「先生、またGDPですか」「またお金ですか」と東大出身の財務官僚に言われますが、なぜそれほど低いのか非常に不思議です。

 政府は親を頼りにしているのかもしれません。日本には教育熱心な親がいることを信じているのでしょうか。米国を除くと、日本の大学ほど入学金や授業料を取っているところはあまりありません。欧州は最近は少し変わってきており、授業料を取らないところもけっこうある。日本でも何とかして地方も含めた公的教育への支出を増やしたいですね。

 国立大学法人化によって若手研究者を雇用できなくなったことについて、私には責任があります。あと何年生きるか分からないけれど、世界並みのレベルにするまで、徹底的にやりたいです。