日経が、旭化成の『ケータイの「3軸電子コンパス」開発』と言う解説記事を載せていた。
山下さんと言う開発リーダー(シニアーフェロー)と、竹内さんと言う科学評論家との対話形式で展開されている。Li 電池の開発でノーベル賞をもらった吉野さんも旭化成のシニアーフェローで、旭化成は単なる化学繊維メーカーではないようだ。
電子コンパスは針式の方位磁石と同じで、地磁気から方角を捉えるセンサーである。磁石で判別出来るが、ケータイにはスピーカーの磁石などがあって、磁石が役に立たない。そこで、旭化成が、地磁気測定に、携帯内の磁石の影響を受け無い様にするには、半導体で時期を検出すると言う3軸の電子コンパスというハードウエアと、それを制御するソフトウエアのソリューションを世界で初めて開発したという。磁気を検出するのに、ホール素子という磁気センサーを使ったと言う。
地磁気は3次元の磁力線を張るから、測定には3方向のセンサーがいる。しかも、携帯を手にしている角度や、携帯内の磁石の磁力線を計算しておく必要が在るから、かなり複雑な計測が必要となる。所が携帯内の磁石の磁力線は、携帯から見れば位置は変わらないから、電子コンパスの測定する地磁気の磁力線形態から容易に除去出来て、残るは携帯が保持されている角度を把握すれば、正確に地磁気のじりぃ億戦が計算できると言う。
逆転の発想で、GoogleのAndroid1号機に搭載
旭化成がホール素子で電子コンパスを開発したと言うのは、開発リーダーが磁気共鳴画像診断装置(MRI)の開発に従事していたとのこと。しかも、そのMRIは、永久磁石型MRIだったため、市街地の病院に設置すると、駐車場に入る車や近くを通る電車などに起因する地磁気の微少な変化に影響を受けるため、ガウスメーターというホール素子を使った磁気測定器で地磁気の変化量を測り、それをMRIにフィードバックする技術を実用化していたとのことで、ホール素子に習熟していた事が成功のカギだったと思われる。
しかもグループ会社の旭化成電子がホール素子を大量に作っていたと言う。モーターの回転制御用として、月に1億個以上作っていたため価格は安く、これを使えば世界で最も競争力のある電子コンパスができると考えました。実は当時、磁気センサーの専門家ほど「ホール素子は感度が低いので地磁気を測れない」と信じていたのですが、開発リーダーはホール素子でも地磁気が測れることを知っていたんです。
さらに良かったことは、ホール素子の感度が低い分、電子コンパスの搭載位置に自由度が高かったことと、他の磁気センサーより小さいので、3軸でも背丈の低い電子コンパスが作れたことですね。その結果、妨害磁気の影響を自動的に計算するソフトウエアを実現して、測定をしながら同時に調整(キャリブレーション)もするという計測世界のイノベーションを実現。これがGoogleのAndroid1号機に搭載されることになった理由の一つとのこと。
「私たちだけが成功する」と確信。異分野の経験が生きる
グループ会社がホール素子を作っていたことがラッキーだったということですか?
逆に言うと、私たちはホール素子のことを知っていたから、電子コンパスの話題に興味を持った。磁気センサーの専門家たちが「ホール素子では地磁気を測定できない」と言ったとしても、旭化成の場合は、そこにたまたま私がいて「いや、できるよ。MRIで以前にやっていたから」と言えた。
その時に思ったのは、MRIを開発していて、かつ、市街地の地磁気変化を測るという経験をした人間が、何十年か後に電子コンパスの開発場面に居合わせる確率というのは、非常に低いということです。であれば、私と同じような発想をする人は、世界広しといえども、そうはいないだろうと。ライバルメーカーは皆、磁気センサーの専門家が電子コンパスの開発に興味を持って取り組みましたから、当然「高感度磁気センサー」を使おうとしていました。その人たちは確かにいい地磁気センサーを作るかもしれません。でも、それを購入しようとする機器メーカーが、内部に磁石があるケータイに載せた途端、磁気センサーが飽和して動かなくなる。だから、このテーマは私たちだけが成功すると確信しました。
ほかの人たちとは発想がまったく違った。運命的でもありますね。
常に「人と違うことを考えよう」と思っていたからでしょうね。私が「へそ曲がり」と言われる要因ですけど。
「この道一筋」ではなく、多様性から生まれる融合
企業の研究者は何かに一筋という印象がありますが、山下さんはMRIやリチウムイオン電池(LIB)も含めると、世界に普及した大きなテーマを3つ扱っていらっしゃいますね。
研究者には2種類あって、「この道一筋」に深掘りをしていく人と、いろんなことに興味がある人がいます。旭化成の場合は、いろいろなことをやりたいという人が比較的多いんです。実際に、さまざまな分野の事業を行っていますし、旭化成という企業と社員の特徴は、「多様性」を許容している文化だと思います。
私の場合、MRIがやりたくて入社しましたが、旭化成としてはMRI事業から撤退してしまった。その後、LIBの研究開発に加わりましたが、これも電池メーカーとしては思ったほどうまくはいきませんでした。次の電子コンパスは三度目の正直ということで、それまでの自分の経験を生かそうと思ったんです。
多様性とおっしゃいましたが、変化が可能だということですね。
最近は、一つの分野をどんなに掘り下げても、世界中に同じようなレベルの人たちがいて、同じように掘り下げるので差がつきにくくなっています。旭化成には「幅広くさまざまな分野を渡り歩くのも好き」という人たちが比較的多いので、意外な分野の融合も生まれるポテンシャルが高い会社だと思います。
一つの分野の専門家になるほど、自分の専門にプライドもあって、そこから遠いことには頼りたくないので、実は技術的に近い分野同士の組み合わせではなく、材料技術とソフトウエアのように、遠く離れた分野の技術や発想を、「いかにうまく融合させるかという勝負の時代」になっているのです。だからこそ、旭化成の「多様性」という強みを発揮できる時代だと思います。
視座を変え、別の価値ステージにジャンプする
研究者には2種類の人がいるとのことですが、若い人たちの特性を見極めて、生かしていく仕組みはありますか。
仕組みとは言えませんが、そういう企業風土はあります。自分たちの常識と違うことをする変なヤツがいたとしても、とことん「ダメ」と言って排除はしない文化がありますね。例えば吉野彰・名誉フェローも「旭化成で電池なんか作れないから、そんな研究はやめろ」と何度も言われたそうですが、それでも身を縮めて続けた末に現在のLIBにたどり着きました。意欲があれば生き残り、それがどこかで花開く経験を多くの社員がしているので、強い意欲がある人には、とどめを刺さない企業風土でしょう。
研究者を目指す若い世代へエールをお願いします。
何かを突き詰めることは当然必要ですが、それは逆に言うと、知らないうちに「常識」という名前の何かに自分がとらわれていくことでもある。「社会にどんな価値を提供したいか」という目的を時々振り返り、「常識」だと思ってきた大前提が、いつの間にか崩れていないのか、客観的に見直してほしいですね。性能アップや品質改良だけでは、いずれ成果が飽和する時が来るので、一方通行の行き止まりの道なんだという自覚が必要です。成功している事業があるうちに、別の社会価値を生み出すステージを自らが創り出して、そこに新しい道を見いだすことがイノベーションにつながります。そのためには、一旦自らの「視座」を変えてみることが大事ですね。
そして自社のコア技術を磨くだけでなく、他社がやらないような遠い技術と組み合わせてみる。これは何も技術分野だけに限りません。マーケティングの手法も、ビジネスモデルの構想も、これまで以上に重要な競争力となっていくと思います。そういう新規事業創出の主体となるのが、2016年に発足したMY Lab(山下昌哉研究室)で、自社の技術を社外から事業化したり、社内外の技術を融合させながら新しい価値を創出したりする組織です。これからも、これまでの発想を変える新しい取り組みに期待してください。
今日は楽しいエピソードばかりで、とても満ち足りた気持ちになりました。これからのご活躍、期待しています。ありがとうございました。
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