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道路交通法(概要)
第71条の3 第1項および第2項(シートベルト)
自動車の運転者は、座席ベルトを装着しないで自動車を運転してはならない。
自動車の運転者は、座席ベルトを装着しない者を運転者席以外の乗車装置に乗車させて自動車を運転してはならない。
第71条の3 第3項(チャイルドシート)
自動車の運転者は、幼児用補助装置を使用しない幼児を乗車させて自動車を運転してはならない。
第71条の4 第1項および第2項(ヘルメット)
自動二輪車運転者は、乗車用ヘルメットをかぶらないで自動二輪車を運転し、又は乗車用ヘルメットをかぶらない者を乗車させて自動二輪車を運転してはならない。
原動機付自転車の運転者は、乗車用ヘルメットをかぶらないで原動機付自転車を運転してはならない
ずいぶん前ですが、ラジオの広報で、こんなのがありました。
「シートベルト、着けててよかった」という声は聞かれますが、「シートベルト、着けてりゃよかった」という声は聞かれません。何故でしょう?
車やバイクを運転する上で、みなが勝手なことをしだしたら、大変なことになってしまいます。
そこで、道路交通法では様々なルールが定められ、事故の発生や被害の拡大を防ぎ、交通の円滑化を図っています。
その、道路交通法第71条の3ではシートベルトとチャイルドシート、第71条の4ではヘルメットの着用について規定されており、違反をすれば、免許の点数が減点され、罰金(反則金)が課せられます。
さて私は、他の違反と異なり、シートベルト、ヘルメットに関しては、罰則は必要ないと思っています。
「違反に罰則がなければ、強制力もないから、法文が有名無実化してしまう。それでは交通事故による死者・重傷者は減らない」というご意見もおありでしょう。
スピード違反や飲酒運転などは、事故を引き起こす可能性が高くなるとともに、一旦事故が起きれば被害は甚大なものになってしまいます。
また駐車違反は、円滑な交通の妨げになり、社会の機能に重大な悪影響を与えます。
つまり、こうした違反は、他人に被害を及ぼす行為ですから、運転者の心に、罰則というブレーキをかけて、違反そのものがなくなるよう努めなければなりません。
これに対して、シートベルトやヘルメットを着用しなかったからといって、事故が起きたり、他人への被害が拡大したり、交通の妨げになったりすることはありません。
つまり、事故の際の被害は、他人には及ばず、もっぱら本人に及ぶだけです。
であれば、法によって義務を課するところまでは必要かもしれませんが、罰則というブレーキまでは必要ありません。
なぜなら、事故が起こったとき、シートベルト等を着用していなかった者は、罰金などよりはるかに大きな「代償」を支払うことになるからです。
シートベルトやヘルメットを着用せずに運転し、大きな事故に遭遇したらどうなるか、分からない人はいません。
少なくとも、分からない人に免許は与えられませんから、非着用で運転している人は、分かっていて運転しているのです。
そうであれば、非着用で被害が拡大しても、「分かって」いたことですから、運転者は、被害を甘受しなければならない、つまり、減点や反則金などの罰則ではなく、違反者は最悪の場合、命で代償を払い、「死に損」ということになります。
であれば、罰則で強制することによって、死者が1人でも減れば、それはそれで良いことかもしれません。
しかし現在、罰則があっても、シートベルトをしない人はしません。
運転中に、パトカーを見かけたら慌ててシートベルトをし(たふりをし)、パトカーを遣り過ごしたらまた外す、といった輩もいる始末ですから、反則金程度の罰則は、意味などないと言っても差し支えないでしょう。
仮に、シートベルト非着用者が事故死しても、警察の統計でも、それは死者に数えず、負傷者に数えてかまわないと思います。(原形を留めないほどの全損とか、川への水没など、シートベルトをしていても死んでいたと判断できる場合を除いて)
もちろん自動車保険金なども、負傷者とみなした額の支払いで十分です。
ニュースでも、「運転者は死亡しましたが、シートベルトをしていなかったので、負傷者扱いになり、保険金は下りませんでした」と報道すれば、視聴者も、「こりゃたまらん」と思うでしょう。
これは、罰則などより、はるかに大きな心のブレーキになると思うのですが、いかがでしょう?
それでもシートベルトをしない人は、自ら生存する手段を放棄したわけですから、もはや保護するに値しません。
また、こちらのほうが、実は重大な問題だと思うのですが・・・
誰かの車にぶつけて、相手方が死亡した場合、加害者は「業務上過失致死」に問われます。
しかし、相手方がシートベルトをしていなかったため、本来なら怪我で済むはずのところが、死亡にまで至った場合、怪我をさせたところまでは加害者の責任ですが、怪我を通り越して死に至ったのは、被害者本人の責任です。
こうしたケースでは、加害者に負わせる責任は「業務上過失傷害」までで足り、「致死」まで問う必要はありません。
当然、処罰や損害賠償等も、怪我をした場合までで必要十分、シートベルトやチャイルドシート、ヘルメットをしていなかった者は、やはり「死に損」になるわけです。
ただし、罰則がなくなると同時に、一時的にはシートベルトをしない人が増え、死者も増加するでしょうが、それは「死に損」だという点を、自動車学校はもとより、街頭交通指導、キャンペーン等で啓発していくことは重要です。
また保険会社も、保険金を支払いませんよ、といったことを浸透させれば、「自ら進んで」シートベルト等を着用する人が増えてくると思います。
ただ、チャイルドシートだけは、親が子どもに着けさせるものであり、被害者は親本人ではなく、子どもになります。
馬鹿親のせいで、将来ある子どもが死んだりすることのないよう、こればかりは、非着用には罰則を以って取り締まるべきでしょう。
もちろん、その馬鹿親を、です。
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道路交通法(概要)
第71条の3 第1項および第2項(シートベルト)
自動車の運転者は、座席ベルトを装着しないで自動車を運転してはならない。
自動車の運転者は、座席ベルトを装着しない者を運転者席以外の乗車装置に乗車させて自動車を運転してはならない。
第71条の3 第3項(チャイルドシート)
自動車の運転者は、幼児用補助装置を使用しない幼児を乗車させて自動車を運転してはならない。
第71条の4 第1項および第2項(ヘルメット)
自動二輪車運転者は、乗車用ヘルメットをかぶらないで自動二輪車を運転し、又は乗車用ヘルメットをかぶらない者を乗車させて自動二輪車を運転してはならない。
原動機付自転車の運転者は、乗車用ヘルメットをかぶらないで原動機付自転車を運転してはならない
ずいぶん前ですが、ラジオの広報で、こんなのがありました。
「シートベルト、着けててよかった」という声は聞かれますが、「シートベルト、着けてりゃよかった」という声は聞かれません。何故でしょう?
車やバイクを運転する上で、みなが勝手なことをしだしたら、大変なことになってしまいます。
そこで、道路交通法では様々なルールが定められ、事故の発生や被害の拡大を防ぎ、交通の円滑化を図っています。
その、道路交通法第71条の3ではシートベルトとチャイルドシート、第71条の4ではヘルメットの着用について規定されており、違反をすれば、免許の点数が減点され、罰金(反則金)が課せられます。
さて私は、他の違反と異なり、シートベルト、ヘルメットに関しては、罰則は必要ないと思っています。
「違反に罰則がなければ、強制力もないから、法文が有名無実化してしまう。それでは交通事故による死者・重傷者は減らない」というご意見もおありでしょう。
スピード違反や飲酒運転などは、事故を引き起こす可能性が高くなるとともに、一旦事故が起きれば被害は甚大なものになってしまいます。
また駐車違反は、円滑な交通の妨げになり、社会の機能に重大な悪影響を与えます。
つまり、こうした違反は、他人に被害を及ぼす行為ですから、運転者の心に、罰則というブレーキをかけて、違反そのものがなくなるよう努めなければなりません。
これに対して、シートベルトやヘルメットを着用しなかったからといって、事故が起きたり、他人への被害が拡大したり、交通の妨げになったりすることはありません。
つまり、事故の際の被害は、他人には及ばず、もっぱら本人に及ぶだけです。
であれば、法によって義務を課するところまでは必要かもしれませんが、罰則というブレーキまでは必要ありません。
なぜなら、事故が起こったとき、シートベルト等を着用していなかった者は、罰金などよりはるかに大きな「代償」を支払うことになるからです。
シートベルトやヘルメットを着用せずに運転し、大きな事故に遭遇したらどうなるか、分からない人はいません。
少なくとも、分からない人に免許は与えられませんから、非着用で運転している人は、分かっていて運転しているのです。
そうであれば、非着用で被害が拡大しても、「分かって」いたことですから、運転者は、被害を甘受しなければならない、つまり、減点や反則金などの罰則ではなく、違反者は最悪の場合、命で代償を払い、「死に損」ということになります。
であれば、罰則で強制することによって、死者が1人でも減れば、それはそれで良いことかもしれません。
しかし現在、罰則があっても、シートベルトをしない人はしません。
運転中に、パトカーを見かけたら慌ててシートベルトをし(たふりをし)、パトカーを遣り過ごしたらまた外す、といった輩もいる始末ですから、反則金程度の罰則は、意味などないと言っても差し支えないでしょう。
仮に、シートベルト非着用者が事故死しても、警察の統計でも、それは死者に数えず、負傷者に数えてかまわないと思います。(原形を留めないほどの全損とか、川への水没など、シートベルトをしていても死んでいたと判断できる場合を除いて)
もちろん自動車保険金なども、負傷者とみなした額の支払いで十分です。
ニュースでも、「運転者は死亡しましたが、シートベルトをしていなかったので、負傷者扱いになり、保険金は下りませんでした」と報道すれば、視聴者も、「こりゃたまらん」と思うでしょう。
これは、罰則などより、はるかに大きな心のブレーキになると思うのですが、いかがでしょう?
それでもシートベルトをしない人は、自ら生存する手段を放棄したわけですから、もはや保護するに値しません。
また、こちらのほうが、実は重大な問題だと思うのですが・・・
誰かの車にぶつけて、相手方が死亡した場合、加害者は「業務上過失致死」に問われます。
しかし、相手方がシートベルトをしていなかったため、本来なら怪我で済むはずのところが、死亡にまで至った場合、怪我をさせたところまでは加害者の責任ですが、怪我を通り越して死に至ったのは、被害者本人の責任です。
こうしたケースでは、加害者に負わせる責任は「業務上過失傷害」までで足り、「致死」まで問う必要はありません。
当然、処罰や損害賠償等も、怪我をした場合までで必要十分、シートベルトやチャイルドシート、ヘルメットをしていなかった者は、やはり「死に損」になるわけです。
ただし、罰則がなくなると同時に、一時的にはシートベルトをしない人が増え、死者も増加するでしょうが、それは「死に損」だという点を、自動車学校はもとより、街頭交通指導、キャンペーン等で啓発していくことは重要です。
また保険会社も、保険金を支払いませんよ、といったことを浸透させれば、「自ら進んで」シートベルト等を着用する人が増えてくると思います。
ただ、チャイルドシートだけは、親が子どもに着けさせるものであり、被害者は親本人ではなく、子どもになります。
馬鹿親のせいで、将来ある子どもが死んだりすることのないよう、こればかりは、非着用には罰則を以って取り締まるべきでしょう。
もちろん、その馬鹿親を、です。
大まかには異論なのですが、N氏さん(Nさんが適切ですか?)の仰る、「罰則は必要ない」の『主旨に関して』は賛同です。
ただし、救護義務と賠償の観点から、生かした上で救護と賠償をさせる(もしくは生じた賠償を負担できる状態を残存させる)方が望ましいのではないかと感じました。
自動車 VS 人の単純接触事故で「人は重(軽)傷で済み、車の運転者は死亡する」とは現実的に考えられませんが、別例で、歩行者などに衝突・受傷させて更にガードレールや壁に衝突して運転者が死亡した。はねられた側は後遺障害を得るも命は無事だった、という場合を考えると「仕事を残して死ぬな」という思いです。
そもそもが「捨てたって惜しくない命」「壊した電信柱やよそ様の家の塀より安い命」であれば尚更、人道を外れた過労による懲役や、賠償のための重労働を課すことにもためらいありません。
被害者心情と法からも賠償義務を課して、あらゆるしょく罪に時間を投じさせたい…と思ってしまいます。
この場合、「シートベルト、着けなきゃ良かった」になってしまいそうなのが難点ですが…
自賠責保険に「対人事故死亡時の保険金取扱は、発生する全額を被害者にのみ給付」という要項がもれなく付いていれば解消でき…どうなんでしょう(>_<;)
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思い出しては拝見していますが、着眼と過激な論点がとても好きです。
呼び方は何でもいいですよ。ハンドルネームそのものが、記号に過ぎませんから。
さて駄文では、非常に冷徹、もしかすると人命軽視ともとられかねない意見を披瀝しました。
しかし、矛盾するように聞こえるかもしれませんが、「誰であっても、事故などで死んで欲しくない」というのもまた、私の、偽らざる本音です。
決して、「事故を起こして被害者を死なせた奴は、自らの命で代償を払え」という趣旨ではありませんので、念のため。
・・・もっとも、泥酔運転で他人を轢き殺し、自分はピンピンしている、などという事例を聞くと、運転者のほうこそ
>「シートベルト、着けなきゃ良かった」
のに・・・と思ってしまいますけどね。
罰則という、他律的な方法に限界があることは、シートベルト等非着用の違反が、一定割合から減っていないという統計事実で証明されています。
であれば、「自ら進んで」自律的に着用するよう啓発するしかないでしょうが、幼稚園児ではあるまいし、少なくとも免許を取れる年齢のいい大人を、手取り足取り助けてやる必要はなく、ある程度まで啓発したならば、それから先は一人歩きに任せ、言うことを聞かずに転んでもそれは自己責任、という態度も、ある程度やむをえないと思います。
ところが、あくびさんの仰るとおり、個々のケースを検討すると、矛盾点や、被害者救済の面から好ましくない状態が生じてしまうのも事実で、本当に、全て丸く収まる方法はないものでしょうか。
加害者側がきちんと保険に入っていれば、おおむね賠償も可能ですが、そうでない場合は、賠償が終わるまで、強制的に労働させ、その賃金を賠償に充てさせる、という意見には賛成です。
そこまでやって初めて「償い」だと思います。
いや、むしろ積極的にそうさせて、罪の重さを再認識してもらうべきでしょう。
似たような内容は、窃盗・詐欺・横領について考察した駄文にも述べております。
http://blog.goo.ne.jp/pingupapa/e/5e5adbf4633684d1537342722d27fcf9
難点は、あくびさんがご高察のとおり、本人にその気さえもなければ、実効性がない、という点ですね。
いずれにせよ、自賠責保険にしても何にしても、現行法の下では、被害者と加害者のバランスは傾いたままだと思います。
もしも貴方が、衝突した車に巻き込まれたり、人や、車、建物などに対する責任をシートベルトしてない車によって過失となっている場合、大変でしょう。
シートベルトをして生き残る事が大事でしょう。被害に対して償いは必要だと思いますよ!!!
さて、ご意見の趣旨としては、1番目の「あくび」さんのコメントと同じだと思いますので、回答も、上記同様とさせていただきます。
現行法の下では、公法と私法、この件でいえば、道路交通法による刑罰と、民法による損害賠償は、それぞれ独立したものですから、一応は、分けて考えるべきです。
とはいえ、「これはこれ、それはそれ」とされたのでは、おっしゃるように、被害者はたまったものではありません。
少し話が大きくなりますが、現行法の理論は・・・学者さんの話は・・・一般人の感覚とかけ離れており、そうした一部の法学者の理論や説に基づいて作られた法律が、我々一般人を律するのは、少々無理があるのではないかと考えます。
平たく言うと、「一部の学者さんには受け入れられるが、大多数の一般人には受け入れ難い」ものが、国を律する法律として罷り通っていいのか、ということです。
事故や事件、裁判のニュースを見ると、「その判決はおかしい」と思うことが多々あるでしょう?「裁判官は人の気持ちが分からないのか」と思うことも。
ではどうすれば、ということまでは考えが及びませんが、忸怩たる思いは抱いたままです。
ライダーが頭を打って死ねば道路上にはバイクと死体が二つっきり
夜間の道路にこれが転がっていれば非常に危険です
ライダーが生きていればバイクを道路からどかすか、最低限自分の体ぐらいはよそに持っていくことができ、通報を行って適切な交通規制を行うことができます
ドライバーに関しても、生きていれば車を止めてエンジンを切ることができますが、意識を失った場合、最近の車は大抵オートマ車ですから、クリープ現象でゆっくりとですが暴走状態に陥ることになります
運転手の生存は事故被害の局限に必須ですから、最低限自分を守らなければいけません
またシートベルトに関しては、大きな揺れや遠心力を受けてもドライバーをシートに縛り付けておく効果があり、適切な姿勢を維持することで過酷な条件下でもコントロールを失う可能性を低くできます
シートベルトをしないということは、飛び出し対応の急ハンドル時に助手席に吹っ飛んだり、軽度の追突でさっくり意識を失って無人状態の車を走らせる可能性が大きくなると言う事ですから、法的罰則により義務化が行われるのは当然のことです
その担保として、罰則による義務化も必要かもしれません。
ただ、私は性悪説が前提なので、罰則があってもなくてもヘルメットやシートベルトをしない者はしないし、事故が起きて怪我の程度が軽くても、救護や後始末をしない者はしない(轢き逃げ、当て逃げがなんと多いことか)とも思います。
ネンボーさんのご意見は正論で、事故を起こしたライダーやドライバーが、みな、そうしてくれればいいのですが、ネンボーさんのご意見に耳を傾ける悪質ライダー・ドライバーは、残念ながら皆無に等しいでしょう。
そもそも、ネンボーさんのように法規を守り、救護や始末まで考える方の思想と、そうでない輩の思想は、根本的に異なっています。ネンボーさんの価値観や責任感は、彼らには響かないと思います。