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越後の新潟という所に、伝介という百姓がいた。
伝介の畑は家から離れていたので、朝早くから、昼食のために焼飯を二つ三つほど拵え、小さな藁づとに入れて持って行き、畑の畝に置いて、田畑を耕していた。
(注:焼き握り飯のことである。念のため)
ある年の夏、いつものように畑へ行って、焼飯を入れた箱を傍らの木の枝に掛け置き、農作業を勤め、日も昼になったと思う頃、かの箱を下して昼食にしようとしたら、箱の中の食べ物がなくなっていた。
これはどうしたことかと思い巡らせても、確かに、今朝、飯を入れたと思ったが、そうかといって、誰かが盗んだ様子もない。不思議に思いながらも、腹がすいたのを我慢して、その日を勤め、家に帰った。
明くる日も、同じ木の枝に飯を掛けたら、また、なくなっていた。合点の行かぬ事と思って、二三日ほど同じ木に掛けてみたが、やはり、誰の仕業か判らないが、飯はなくなってしまった。
悔しいので、今日は、箱だけを木に掛けて、飯は手拭いに包んで腰に下げ、農作業もやめて窺っていると、日が高くなって八つになる頃、腰の周りにひんやりとしたものを感じて振り返ると、三尺ばかりの小蛇が来て、腰に付けた飯の手拭いにくるくると巻き付いて、まん中ほどを喰い破って、中の飯を食っていた。
伝介は、さてはこの者の仕業か憎い奴めと思い、鎌を抜いて、小蛇をずたずたに切り捨て、これでもう、飯を取られることもないと、伝介は畑仕事の残りを片付け、田の水を落とすなどして、いつもの夕暮れになったので、帰ろうとした。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6e/48/1a47b6fbc686b04a4f1ecc2ce4e8842f.jpg)
そこへ向こうの方から、見馴れない女が乗り物に乗って、こちらへ向かってきた。大勢の腰元や女中を引き連れ、護衛と見える四十ばかりの侍や若党などが煌びやかに進み来るのを、伝介は、
「あれは何方へ行く人だろう。この道は野続きで、先は道もない所なのに、どこへ行くつもりだろう」
と思って、眺めていた。
一行が伝介の傍まで来た時、随っていた侍が、
「その男だ。逃すな」
と声を上げると、若党どもがばらばらと伝介を取り囲み、括りあげ、乗り物の前に引き据えた。
乗り物の戸を開けて顔を出した人を見ると、年の程は二十ばかりの気高い女房が、色とりどりの小袖を着て脇息にもたれ、数珠を持つ手で涙を拭いながら腰元を呼び、
「まずは、姫の死骸を、この男の首に掛けさせ、御前に引っ張って参れ」
と命じた。
伝介は、一向に覚えのない事であれば、合点が行かず、訳が分からないまま下を向いていたら、何だか分からないが重たい袋を首に掛けさせられ、引き立てられた。
一向と伝介は一里ほど歩いて、立派な屋敷の前に着き、大きな惣門の内へ入って行った。すると奥から三十ばかりの男が玄関に立ち、伝介に向かって、
「おのれ、この国に生まれて、ここにこの御方がいる事を知らなかったのか。普段からの無礼はともあれ、今日、我が君の姫を殺したとは何事ぞ。この罪は決して軽くない。このことは既に天帝へ申し上げた。今から、雷神を以って汝の頭を打ち砕くぞ」
と荒らかに行った。伝介が、
「私には、人を殺した覚えはございません。貴方様がどなた様か存じませんが、きっと人違いでございましょう」
と言えば、男は、
「今日、汝は、僅かな食を惜しんで、姫の命を奪ったであろう」
と言う。
伝介が、さては今日の昼に殺した蛇の事かと思った時、首に掛けられたる袋から小蛇がいくらともなく湧き出て、伝介の手足に隙間なく巻きついた。同時に、俄かに空が掻き曇り、雷は夥しく、稲妻が頻りに走り、土砂降りの雨が伝介の上に降りかかってきた。
たまらず伝介は大声を上げ、
「それ天道は、誠を以って人を助け、神明もまた正直の頭に宿るものではないか。自分の腹を満たそうとする者が、私の飯を盗んで私を飢え疲れさせたのだから、天はこれを憎むべきで、盗んだ方こそ罪を逃れ難い。それなのに、盗んだ方を助けて、私を殺そうとするとは、神明は筋が通らぬではないか。よし、私を殺すのなら殺すがいい。私は誠を通す神となって、この報いを教えてやる」
と、飛び上がって大いに怒り、空を睨んで立ち上がった。
すると、今まで猛っていた雲も雷も、少し遠ざかったように思ったら、一撃の雷に打たれ、伝介は気を失って倒れてしまった。
気が付いて見ると、雲は晴れ、日の光も華やかに差し、縛られていた縄も悉く引きちぎれ、体にも、何の怪我も無いようであったので、伝介は急いで家に帰った。
次の日、かの所に行って見ると、大きな蟒(うわばみ)どもが、いくらともなく頭を雷に打ち砕かれ、そのあたりは血に染まっていた。
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越後の新潟という所に、伝介という百姓がいた。
伝介の畑は家から離れていたので、朝早くから、昼食のために焼飯を二つ三つほど拵え、小さな藁づとに入れて持って行き、畑の畝に置いて、田畑を耕していた。
(注:焼き握り飯のことである。念のため)
ある年の夏、いつものように畑へ行って、焼飯を入れた箱を傍らの木の枝に掛け置き、農作業を勤め、日も昼になったと思う頃、かの箱を下して昼食にしようとしたら、箱の中の食べ物がなくなっていた。
これはどうしたことかと思い巡らせても、確かに、今朝、飯を入れたと思ったが、そうかといって、誰かが盗んだ様子もない。不思議に思いながらも、腹がすいたのを我慢して、その日を勤め、家に帰った。
明くる日も、同じ木の枝に飯を掛けたら、また、なくなっていた。合点の行かぬ事と思って、二三日ほど同じ木に掛けてみたが、やはり、誰の仕業か判らないが、飯はなくなってしまった。
悔しいので、今日は、箱だけを木に掛けて、飯は手拭いに包んで腰に下げ、農作業もやめて窺っていると、日が高くなって八つになる頃、腰の周りにひんやりとしたものを感じて振り返ると、三尺ばかりの小蛇が来て、腰に付けた飯の手拭いにくるくると巻き付いて、まん中ほどを喰い破って、中の飯を食っていた。
伝介は、さてはこの者の仕業か憎い奴めと思い、鎌を抜いて、小蛇をずたずたに切り捨て、これでもう、飯を取られることもないと、伝介は畑仕事の残りを片付け、田の水を落とすなどして、いつもの夕暮れになったので、帰ろうとした。
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そこへ向こうの方から、見馴れない女が乗り物に乗って、こちらへ向かってきた。大勢の腰元や女中を引き連れ、護衛と見える四十ばかりの侍や若党などが煌びやかに進み来るのを、伝介は、
「あれは何方へ行く人だろう。この道は野続きで、先は道もない所なのに、どこへ行くつもりだろう」
と思って、眺めていた。
一行が伝介の傍まで来た時、随っていた侍が、
「その男だ。逃すな」
と声を上げると、若党どもがばらばらと伝介を取り囲み、括りあげ、乗り物の前に引き据えた。
乗り物の戸を開けて顔を出した人を見ると、年の程は二十ばかりの気高い女房が、色とりどりの小袖を着て脇息にもたれ、数珠を持つ手で涙を拭いながら腰元を呼び、
「まずは、姫の死骸を、この男の首に掛けさせ、御前に引っ張って参れ」
と命じた。
伝介は、一向に覚えのない事であれば、合点が行かず、訳が分からないまま下を向いていたら、何だか分からないが重たい袋を首に掛けさせられ、引き立てられた。
一向と伝介は一里ほど歩いて、立派な屋敷の前に着き、大きな惣門の内へ入って行った。すると奥から三十ばかりの男が玄関に立ち、伝介に向かって、
「おのれ、この国に生まれて、ここにこの御方がいる事を知らなかったのか。普段からの無礼はともあれ、今日、我が君の姫を殺したとは何事ぞ。この罪は決して軽くない。このことは既に天帝へ申し上げた。今から、雷神を以って汝の頭を打ち砕くぞ」
と荒らかに行った。伝介が、
「私には、人を殺した覚えはございません。貴方様がどなた様か存じませんが、きっと人違いでございましょう」
と言えば、男は、
「今日、汝は、僅かな食を惜しんで、姫の命を奪ったであろう」
と言う。
伝介が、さては今日の昼に殺した蛇の事かと思った時、首に掛けられたる袋から小蛇がいくらともなく湧き出て、伝介の手足に隙間なく巻きついた。同時に、俄かに空が掻き曇り、雷は夥しく、稲妻が頻りに走り、土砂降りの雨が伝介の上に降りかかってきた。
たまらず伝介は大声を上げ、
「それ天道は、誠を以って人を助け、神明もまた正直の頭に宿るものではないか。自分の腹を満たそうとする者が、私の飯を盗んで私を飢え疲れさせたのだから、天はこれを憎むべきで、盗んだ方こそ罪を逃れ難い。それなのに、盗んだ方を助けて、私を殺そうとするとは、神明は筋が通らぬではないか。よし、私を殺すのなら殺すがいい。私は誠を通す神となって、この報いを教えてやる」
と、飛び上がって大いに怒り、空を睨んで立ち上がった。
すると、今まで猛っていた雲も雷も、少し遠ざかったように思ったら、一撃の雷に打たれ、伝介は気を失って倒れてしまった。
気が付いて見ると、雲は晴れ、日の光も華やかに差し、縛られていた縄も悉く引きちぎれ、体にも、何の怪我も無いようであったので、伝介は急いで家に帰った。
次の日、かの所に行って見ると、大きな蟒(うわばみ)どもが、いくらともなく頭を雷に打ち砕かれ、そのあたりは血に染まっていた。