picopandaのブログ

goo簡易ホームページとは違った味わいを出そうと思います。

謹賀新年

2004年12月31日 23時52分33秒 | Weblog
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

現在、多忙につき、ネットがなかなか出来ませんが、1月上旬のうちに、たまったgooニュースへのコメントを書きたいと思っています。そのほかのネタもたまりつつありますので…。

奈良女児殺害事件の犯人が捕まったようですね。新聞配達集金人、これなら顔見知りと言えるでしょうね。それにしても、殺害に及んだというのが理解できません。

今年はよい年になって欲しいですね。私も、頑張ろうと思っています。

刑事告訴もしてみたらどうでしょう?

2004年12月20日 16時10分55秒 | Weblog
被告の妻に検事“圧力” 大阪地裁に国賠提訴 (産経新聞) - goo ニュース

刑事法上は、(妻に対する)強要罪乃至は公務員職権乱用罪になるでしょうね。証言の信憑性に疑問を抱きながら、被疑者を釈放しなかったのであれば、(被疑者に対する)特別公務員職権乱用罪にもなるかも知れません。尤も、検察官相手では難しいでしょうが。

そもそも未成年者は暗示・誘導にかかりやすいので、その証言の採否には慎重でなければならなかったはずです。ただ、被害者一般の問題として、被害に遭った当初はどぎまぎして、周囲の状況を正確には認識できなかった場合も多いものであり、時間が経つに連れて記憶が闡明に甦ることも多いでしょう。

サハラ砂漠に植林せよ。

2004年12月19日 08時27分26秒 | Weblog
原生林の伐採中止要求 製紙大手に環境団体 (共同通信) - goo ニュース

原生林とは、神秘の宝であり、未来に受け継ぐべき宝庫です。それを、パルプ原料生産のために破壊するとは!生態系への影響もあるでしょうに。

製紙業者は、むしろサハラ砂漠に植林するとかすればいいのです。そのためなら、国際機関の支援も受けられるのではないでしょうか。

恥ずかしい話ですね。

2004年12月19日 08時21分38秒 | Weblog
陸自の活動「約束の5%」 サマワ学生がメッセージ (共同通信) - goo ニュース

約束の5%とは!自衛隊員は特別手当も貰ってウハウハなのだから、もっと頑張ったらいいと思います。元々イラクは古代メソポタミア文明地帯。その歴史は、アメリカは勿論のこと、日本も比肩しうべくもありません。この学生たちのメッセージは、我々をなめてくれるな、と言っていると思いますよ。

カストロ、頑張れ!

2004年12月19日 08時17分37秒 | Weblog
米利益代表部とキューバ政府、クリスマス飾りめぐり対立 (朝日新聞) - goo ニュース

何年か前でしょうか、世界的な飢餓問題を討議し、その対策を講じようとする国際会議が、何割かの人が餓死するのはやむなしとして、残りの人を助ける対策を決定した際に、カストロが演壇に立ち、「恥ずべき計画だ。実に○千万かの人々を餓死させようとしている。こんな計画に賛成することはできない。」と言い放つと、会場が割れんばかりの拍手喝采を浴びたというのを思い出します。社会主義者という以上に人道主義者なのですね。

ブッシュとはえらい違いですね。しかも、アメリカは、キューバの対外資産を接収し、ガンタナモ基地―どういう条約でこうなっているのでしょう?―を占拠したままです。

キューバ政府は、ベトナム戦争時の蛮行を描いた写真も掲示してやったらいいと思います。

ポストモダンの社会のあり方について―barbaroidさんのブログに基づいて―

2004年12月19日 05時10分27秒 | Weblog
barbaroidさんのブログ―Quo vadis, domine? 「社会問題関係」を読んで

上からの指示に的確に順応すべく定型化された行動様式を持つ人民―これがフォーディズム(大量生産方式とも言えますね。)のもたらしたものだと言えるでしょう。そして、そうした人民は、常に指示待ちなので、サディスティックな命令を発する者をさえ歓迎しやすい面があるともされます。産業面ではフォーディズムが通用しなくなりつつある現代でも、かなりの程度にそう言いうるでしょう。

更に進んで、自己同一性喪失の不安が強まるに連れ、「みんな画一的に個性を追求するというジレンマ」に陥るのですが、あくまでジレンマのままにとどまりやすいのです。barbaroidさんは、そもそも「個性というのはあらかじめ存在するものではなく、さまざまな体験を積んだ結果、事後的に見出されるものだと思」うとされていますが、慧眼だと思います。換言すれば、フォーディズムが通用している時代にあっては、各人の定型化された行動様式自体が、各人に共通する「個性」であったとも言えそうですね。「個性」は余暇においてしか発揮されそうにないのですが、その余暇さえ定型化されているでしょう。

そして、その体験過程に成果主義を持ち込むことは、社会的諸事象の因果関係が誰にも見て取れるようにはなっていないためもあって、組織体の成果さえをも蝕む結果を招きやすいのです。又、個人レベルでも、機会主義(=他を出し抜くこと)が跋扈して、足の引っ張り合いとなる弊害もありうるでしょう。

そこで、barbaroidさんは、「上から押し付けるのでもなく、孤独な競争の中に放置するのでもない、下から互いに助け合うことができるような教育こそが求められるべきなのです。」と提言されています。「まずは互いにもたれ合いながら、協力関係を築く経験を積むことが必要でしょう。」とされるのには全く賛成ですね。

擬似中世的とも言うべきポストモダンの世界の行方には不確定な面が多々あると思いますが、単なる相対的安定期に過ぎないのではないか、とも思われる面があります。フォーディズムに強く支配されている領分も多々残っているでしょう。ポストモダンを駆動させるものは何なのかを探究していきたいと思います。

成果主義とか業績主義とか言うものは、ポストモダンの社会にあっても、組織体運営の観点からは避けて通れない問題として生き続けるのではないか、と思っています。問題は、その業績連関が、個々の組織成員には見通せないものとなっていること、場合によっては、トップの指導者にさえ見通せなくなっている場合が多いのではないか、というところにあると思います。産業連関表という研究分野がありますが、それと似たものとして、社会的業績連関を対象化していくことが、とりわけ国家と社会という問題視角からは重要であり続けると思います。剰余価値論を実体化することも、これと関連するのではないでしょうか。

人と人との協力関係を適正に築くことが可能になるためには、その関係を規律づける規範体系を新たに構想し直さなければならないと思います。刑事司法に妥当する手続的正義を広く社会関係一般に妥当されるとか、平等の意味を問い直すとか、最近とみに盛んになりつつある消費者契約法の分野を支配すべき法原理を相関社会科学的に構想するとか、種々の課題が我々に課されていると思います。

再び、荒らしについて

2004年12月19日 02時59分36秒 | Weblog
飽きもせずに来てますので、是非ご覧頂きたいと思います。私の日記と掲示板を対照しながらご覧頂くと、面白いのではないでしょうか。まあ、相手が分からないので、対応にも限度があるのですが。
■なお、12月19日9時24分頃から、そこの掲示板を閉鎖しました。■
不在時に荒らされても困るので。尤も、成りすましなどを得意とする連中ですから、それでも勝手に改ざんされるかもです。黒幕も登場してきたので、その危険性が大なのですね。荒らしの軌跡は、日記の方に転載してありますので、そちらでご確認下さい。

pocopanda's web site

組織犯罪に警察が協働している構図の一端ですね。

2004年12月18日 19時05分02秒 | Weblog
警視庁汚職、警部補の受領総額は700万…ビール券も (読売新聞) - goo ニュース

明白な詐欺商法の展開に警察が協働していたわけですね。具体的な共謀の内容も明らかになってきているようです。

「組織犯罪対策4課(旧捜査4課)の勤務が長く、暴力団にも比較的顔が利く存在だった」とのことですが、暴力団に顔が利くようになる目的は、捜査のためではなく、組織犯罪に協働して私腹を肥やすことにあったことが白日の下に晒されましたね。組織犯罪対策4課の警部補磯脇清春容疑者(52)だけの悪行とは言えないと思います。

「磯脇容疑者は詐欺行為と知りながら黙認」とありますから、090金融とかオレオレ詐欺とかの背後にも警察官がいたのではないでしょうか。

犯罪とは…

2004年12月18日 05時11分39秒 | Weblog
その人が長年に亘って溜め込んできた怒りの爆発だという意見があります。長年FBIの捜査官を務めたという人の意見です。耳目を騒がすような激情犯であって、単独犯である場合は、全てこれに該当するでしょう。彼が長年に亘って被り来たった、《unlabeled exploitation》と言うべき攻撃の累積が彼を突き動かしたのです。これは、社会のあり方に変化がなければ、いつの時代でも必然的に生起することでしょう。
逆に、彼を攻撃し来たってきた連中は、彼を攻撃することによって自らのガス抜きをしてきたわけですから、彼のような激情犯に走ることはなく、マスコミで騒がれるようになった前者をせせら笑えば済むというわけです。
これが古典的な犯罪観だと思います。

しかし、現代では、組織犯罪が目立ってきています。普通の人、立派な人が、その体面を保持し、利益を上げるために、何ら規範意識を働かせることなく組織犯罪に協働する場合が増えてきています。公務員犯罪や企業犯罪に走った人は、その他の点から見れば、「立派な」人ばかりでしょう。そうした人が組織犯罪に走るのは、一つには、組織犯罪とは、一こま一こまに分ければ大したことはない行為を各人が分担するように構成されているからです。ありふれた日常的諸行為を合成して出来上がるのが組織犯罪の典型なのです。又、砂漠のような現代に於いては、たとえ犯罪目的であろうとも、組織的背景に安住することがもたらす効果も馬鹿には出来ないでしょう。自分を失いたいがために、或いは、自分を見つけたいがために、他人の下に足を運ぶ人が増えているでしょう。最期に、組織犯罪がもたらす莫大な利益に与れるということは、大きな魅力ともなっています。《to profit from crime》、これが彼らの合い言葉です。

こうした組織犯罪が遂行される場合の地ならしとして面的に展開されるのが《unlabeled exploitation》です。それ自体を単独に見れば大したことではないのですが、面的に、或いは、累積的に展開されることてもって、総体としてみれば、耳目を騒がす単独犯など比べようもない巨悪を成すことが出来るに到るのです。そして、そうした悪行の展開がもたらす副産物としてこそ、上記の単独の激情犯などが噴出してきていると思われます。

世襲について

2004年12月18日 04時44分16秒 | Weblog
世襲制が正当化されるのは、親子に伝承されていくことで技に磨きがかかるような分野でしょうね。伝統工芸などが直ぐに思い浮かびますが、日本の農林水産業などもそうではなかったでしょうか。

プロフェッショナルと言われる分野も、そもそもそこに到るまでの教育費を負担できるかという点で、相当な制限があるでしょう。多額の寄付金が要求される医学部入学という場面では、この点は露骨に出て来ると思います。専門的な知識の習得という点でも、「家庭教育」が行われるかどうかは、かなり違いが出て来るのではないでしょうか。でも、だからといって、世襲がいいという結論になってはいけませんよね。世襲ではない―親の縛りがない立場の人がそうした職に就いてこそ、斬新な発想でheuristicに改革を推進していけるという利点は大きいと思います。

政治家の場合には、裏世界に詳しいとか腹芸に長けているとかいった悪い面だけが目立ってくるでしょう。役人などの場合にも、さぼりの術に長けているだけという弊害が出て来るかも知れません。総じて、その世界での腐れ縁の縛りが効き過ぎる嫌いがあると思います。

古代アテネで行われたとされるような民主制では、ひっきりなしに交代が迫ってきますから、人気取りに走り、長期的視点に立った政策提言などが出来なくなる恐れもあります。でも、そのままの制度を現代に適用するのは、抱えている問題群の質の違いから見て不可能ではないか、とも思われます。そうかといって、世襲になってしまっては、何の前進も生まれず、諸問題の爆発までの小康状態を維持するだけに終わるでしょう。

NPOと言っても…

2004年12月17日 17時21分53秒 | Weblog
長谷工など恐喝のNPO法人会長らに実刑判決 (朝日新聞) - goo ニュース

確か、重度の汚染土壌の上に建つマンションであることを秘匿して販売していた大手不動産屋が立件されて間もないと思いますが、このNPOは、そうした不動産屋も攻撃していたのでしょうか?もしそうなら、(恐喝が違法なのは言うまでもありませんが)一応は筋が通るのですが。多分そうではなかったのでしょうね。そこにも、この法人の悪質さが現れていたでしょう。NPOなどという得体の知れないものが増えていますが、眉唾物も多いという次第ですね。