「1959年の天覧試合」のにゃんこ~。
長嶋さんの訃報、いつかこの日が来るとは思いたくなかった。「長嶋は永遠ですのはずじゃなかったのか?」あの日私は4才でした。高島炭坑の長屋にはテレビもラジオもなかったのにあのホームランは見てきたような記憶がある。
以来、70才の私は甲子園のマウンドにたって長嶋を仕留めるデイドリーマーなのだ。つらいことがあった日、長嶋さんが登場するのです。歳をとると球種が江夏並みの速球から変化球にかわり今ではナックルのヘロヘロ球で三振を取りにいく。柴田、高田、王、長嶋、黒江、広岡、末次、森、城ノ内のバッターに向かって完全試合をやるのだ❗
あの日の天覧試合で村山から打ったポール際の打球はファールだといつまでも信じている阪神タイガースファンなのだよー。
「あのゴロは長嶋でもとれん!」「あのピッチャーは長嶋でも打てん❗」エラーや凡退する度に仲間から慰めの言葉がありました。同じ昭和の時間を過ごせてよかった。ご冥福をお祈り致します。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます