京都 洛北の時計師 修理日記

時計修理工房「ヌーベル・パスティーシュ」京都の洛北に展開する時計修理物語。
夜久野高原で営業再開しました。

時計師の京都時間「上がる時間」

2024-07-11 18:45:14 | 時計修理

「とーちゃん、電話待っとるとよー。」九州男児にゃんこのコタロ、最近電話機のそばで寝るぞー❗京町家のネコは窮屈だよ~。

やっぱり九州男児にゃんこはこのスタイルが似合います。京都に上洛して8月で一年になります。いまでは京おんなに囲まれてこのざまだよー。

「とーちゃん、学校に行く時登校って言うけど京都の学校は平地にあるのに登らんでよかと!」元々京都で子供の教育に熱心でした。江戸時代も学校の代わりにお寺さんがその役割りでしたからお寺の山門をくぐるので登校、下校と言うようです。またお寺の数えかたも「山」を使います。

昔はお寺の鐘で時刻を判断したことから明治以降掛時計がいち早くお寺に導入されました。明治維新後には京都が時計の国内最大生産地だったこともお寺さんとの関係でしょう。「京都時計」が有名、いまだにお寺さんにある掛時計の修理は最優先で時計師と深い関係があります。お寺、病院、学校の時計は町の時計師の腕の見せ所、すこし進むように設定していました。

大徳寺など京都の有名寺院に幼稚園が併設されているのも昔の教育施設の名残で京都では違和感がないのです。「登校、下校」の通学時間が短い京都市内の小学校は贅沢です。至るところに学校があるので雲仙岳の麓育ちのコタロには驚きなのだ。京都はお化けと学校には困らない❗

あずき姫は「お手、お代わり」が出来ません。無芸大食ワンコ~。昼寝時間はネコのコタロといい勝負だよ~。

 

コメント
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