池袋犬儒派

自称「賢者の樽」から池袋・目白・練馬界隈をうろつくフーテン上がり昭和男の記録

穴倉時間

2020-12-14 17:23:07 | 日記
その頃の写真が二枚、フォルダーに入っていた。
二枚のうちの一枚、仲間と肩を組んで笑っているときの息子は、びっくりするほど私自身の若い自分の容貌にそっくりだ。
私もこんな髪型だったし、笑い方も似ている。なにより、身体全体から漂う存在感が、私の若い時分にそっくりなのだ。自分の昔の写真を見ているかのようだ。うれしい気もしたが、驚きの方が大きかった。

入社五年目で社内結婚。しかし二年後に破たん。これも私と同じ軌跡だ。
「子供は?」
「お作りにならなかったようですね。でも奥さんが妊娠中に別居したという話もあります」
「結婚相手はどういう人だったんですか?」
「アンナさんという外国人女性だったようですが、今は日本を離れていらっしゃるようで、何も調査できませんでした」

そして、息子の記述は三年前で終了している。
資料に書かれた最後の言葉は「退社?」である。

「これは、どういうことですか?」
「すみません、よくわからないのですよ。息子さんが勤めていらっしゃった会社は、三年前に日本市場から撤退しています。ということは、息子さんも失職されたのではないかと思うんです。だけど、まったく足取りがわからない。再就職する人は、大手の転職サイトへの登録とか、ネット上に何かの痕跡を残すものなんですが、まったく見当たりませんでした」
「失踪したとか?」
「うーむ、どうでしょう。心機一転して地方に移住したから足跡が途絶えたのかもしれないし」
「死んだということは?」
「それはありません。その場合は身内や友人に必ず連絡が行くはずです」

私は、資料を閉じ、写真をフォルダーに戻した。
しばらく沈黙が続く。

首と肘に軽い痛みを覚える。私のいつもの神経痛が出てきたようだ。

「ともかく、調査は続けていますので、何か新しいことがわかったらご連絡します。こういうのって、意外にすっと糸がほぐれたりするものなんですよ」調査員は、私を元気づけるように言った。
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