池袋犬儒派

自称「賢者の樽」から池袋・目白・練馬界隈をうろつくフーテン上がり昭和男の記録

穴倉時間

2020-12-08 13:43:27 | 日記
その日は、年末のあわただしい時期の金曜日の午後だった。急に、東池袋のサンシャインシティに打ち合わせに行くことになったのだ。
本来、私はその客先と何の関係もない。オフィスで私の部署の隣にいる開発グループの顧客である。ところが、そのグループでリーダーをやっていた主任が交通事故で入院した。続いて、担当課長も持病が悪化して手術を受けることになった。それで、約束のミーティングに行くはずの人間がいなくなったのだ。

もちろん、若い副リーダー格の誰かが代理で行くべきなのだが、会社の方としては、誰か上の役職の人間も同行しないとまずいという結論になった。他のグループは、厳しい納期に追いまくられて仕事をしていた。私が担当するグループは、ちょうど端境期で、比較的余裕があった。そんなわけで、私に声がかかったのだ。

それに、私は、社長や重役からは「客あしらいの上手な男」と見られていた。しかし、実際はその逆だった。私は口下手だったし、酒の付き合いもできなかった。救いだったのは、課長にしてはやたらと老けていたことだ。客先に人間も、大人しい老け顔を相手に乱暴な議論をするのは避けてくれたのだろうと思う。

今回も、同じ手でいくしかない。つまり、客にしゃべるだけしゃべらせて、「では、社に持ち帰って検討させていただきます。お返事はなるだけ早くいたしますので」と言って引き上げるのだ。

実際に、当日の進行はその通りになった。技術本部の三人を相手に、細かい話は同行した副リーダーに任せ、私は金額やスケジュールのことについてだけ、用意した資料をもとに、ごく曖昧な受け答えをしただけで、後の全ての時間を相手にしゃべらせた。相手にしゃべらせるには、それなりにコツがあるのだが、そのあたりは年の功だ。

三時から始まったミーティングが終わったのは六時過ぎだ。
このまま直帰にしてしまおう。
地下鉄駅へ下りる階段の入口で、私は副リーダーの肩をぽんと叩き、別のお客さんところへ顔を出してくるという理由をつけて別れた。
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